2014年04月30日

資料系アップデート:1404

薄い本なのに歯ごたえありすぎて、正直なところ随分てこずった。

3giants.jpg
三大巨頭揃い踏みイメージがないものかと随分探したけど結局見つからず。

cvCinepolitics.jpgCine-politics - Film Stars and Political Existence in South India
著者:M. Madhava Prasad
版元:Orient Blackswan, New Delhi
発行:2014年(初版)
版型:A5版
頁数:210
主な販売サイト:Amazon.com ほか
定価:Rs.625-(インド国内)
コンテンツ要約:版元サイト上にあり
掲載図版数:8
言及される映画の本数:136本 

タミルのMGR (1917-1987)、テルグのNTR (1923-1996)、カンナダのラージクマール (1929-2006)という、南インド映画史の3人の巨人と政治との関わりを詳説し、南インド独特の政治現象を説明するのに「シネ・ポリティクス」という新たな力学を提唱する快著。

MGR、NTR、ジャヤラリターなど、映画俳優が政治家に転身して州首相にまで登りつめる南インドの現象は、ジャーナリストや学者の興味を惹き、多くの記事や論文が書かれてきた。それらはほとんどがナショナル・ジャーナリスムの中心であるデリーをはじめとする域外の観察者によるもので、基本的には愚民史観と言うべき単純なものだった。

つまり、映画と現実の区別がつかない愚かな大衆が、正義のヒーローあるいは無謬の神を演じるスターと役柄を同一視して政治の頂点に押し上げてしまうというもの。あるいは、行動主義心理学の手法による分析として、スターはプロパガンダ的メッセージの担い手にすぎず、メッセージが効果的に深く浸透したことによって担い手であるスターがトップに担ぎ出されることになったとするもの。

しかしこれらでは、なぜ南インドでだけこうした現象が起きたのか、またなぜ(演劇などの他の分野ではなく)映画の世界がその舞台となったのかが説明できない。そこには、中央に対抗する強烈な言語的アイデンティティーを持つ南インド、そして1930年代のトーキー化と1956年の言語州の理念に基づく州界再編という出来事の絶妙なタイミングによって可能になった、より精緻なシステムが存在しているのではないか、というのが著者の立場。

■MGR
MGRstatue.jpg20世紀初頭にタミル地方で勃興したドラヴィダ民族主義運動が、実際のところは都市におけるバラモンの権力独占に異議を唱える非バラモン中間層エリートの政治闘争に端を発するものであり、ダリトなどの底辺階層には冷淡であったことは広く知られている。一方でこの運動は、正義党(1917-1944)~ドラヴィダ連盟(DK、1944-)~ドラヴィダ進歩連盟(DMK、1949-)の各時代を通じて理論家には事欠かず、反バラモン、反中央、反ヒンディー語、反会議派といったイデオロギーを次々と打ち出していった。中でもDMKは大衆に直接訴えかける手段として映画を重視し、そのプロパガンダを目的として製作された一群の作品はDMK映画として知られている。シヴァタンビによれば、DMK映画は2つのフェーズに分けられるという。第一期は1948-56年の約10年間。この期間は「社会批評」の時代で、アンナードゥライやカルナーニディといった脚本家が舵を握っていた。第二期の1957-77年は、MGRがDMK映画というジャンル全体を支配した時代である。

1967年にタミル・ナードゥ州首相となったアンナードゥライは、既にその時点で一党員でしかないMGRのカリスマが肥大しすぎていることを懸念していたという。その死後、カルナーニディは激烈な党内抗争でMGR派閥に打ち勝って後続党首・州首相となる。その後もMGRをターゲットとした様々な攻撃を仕掛け、その勢力の弱体化を図る。MGRは1972年にDMKを脱退して自前政党ADMK(後にAIADMK)を創設し、1977年選挙でDMKを蹴落として州首相に就任する。この一連の成り行きを後押ししたのは何だったのか。

各種の目覚ましいイデオロギーを掲げながらも、DMKは実質的には極めて狭隘な特定カースト/階層の利益代表政党だった。DMKが支持者を拡大すればするほど、この表看板と実態の乖離は広がるばかりだった。そうした中で、(スリランカ引き揚げのマラヤーリーであり、極貧の中に育ち、高等教育も受けていない)MGRは、革命の体現者として演じ続け、特定層の権益とは無関係なユートピア的ドラヴィダ民族主義の想像上の代表者となったのである。MGRは多くの夢追い人を引き連れてDMKを後にした。MGRのADMKはインド史上初めての、利益を体現せず願望だけを体現した政党となったのだ。

第一期のDMK映画は、プロパガンダとしての映画の利用であり、脚本家の完全なるコントロールの下にあった。第二期のそれは、MGRのスター人格が主導し、脚本もイデオロギーも、全てがMGRを中心に回るというものだった。党のメッセージを彼が担うのではなく、彼自身がメッセージとなったのだ。

第一期から第二期への移行は、奇しくも南インド映画における「スタジオ・スタイル」(別名マドラス・プレジデンシー・スタイル、つまりハリウッドの初期のモデルに近いもの)から「男性スター中心スタイル」への移行と一致するものだった。著者によれば、その転回点となったのは Nadodi Mannan (Tamil - 1958) で、後者が完成型となったのは Nam Naadu (Tamil - 1969) だったという。この作品から、主演俳優たるMGRはストーリーラインの上に立つ超越的なアイコンとなったのである。そしてこの変異はMGR本人や党中央が意図して企んだ作為的プロセスではなかったのだと本書は断ずる。

南インド各言語の映画界で、こうした流れと並立したのは、二大男性スターによる分業という現象である。広範な大衆から支持を受け政治的な代表者となるアクションスターと、中産階級に支持されるクオリティー追求型の演技派スターである。念のため付け加えるならば、これはアクションスターには演技力がなく、演技派スターには身体能力がない、ということでは必ずしもない。にもかかわらず、いつのまにか分業の体制が定着してしまうのだ。タミルではMGRとシヴァージ・ガネーシャンがそれぞれの代表格と見なされた。そして、いつの時代のどの地方であれ、人々の口にこうした二人の名前が上る時は、必ずアクションスター/演技派スターの順番であるというのは、大変に示唆に富んでいる。

■NTR
NTRstatue.jpgNTRは1982年に自前政党テルグ・デーサム党(TDP)を立ち上げ、翌1983年に、それまで政権を独占していた国民会議派を蹴落とし、州首相に就任した。それ以降、合計3期の政権を担当したが、1995年に娘婿のチャンドラバーブ・ナーイドゥの党内クーデタによって失脚し、1996年に失意のうちに死去した。政界入りを決意したのは、1981年のとあるインタビューで、来る60歳の誕生日に(今日の地位を与えてくれた)テルグの人々に何か恩返しをするプランがあるかと問われたのがきっかけだった、というのが広く流布された説である。その真偽には立ち入らないが、州内外の誰にとってもNTRの政界入りが青天の霹靂だったことは確かだ。ここでは、それまでの年月にNTRが映画の中で培ってきたシネ・ポリティクスについて検証する。

テルグ映画界では、上のMGRの項で述べた分業体制はNTRとANRによって担われた。MGRと異なり、NTRの俳優としてのキャリアの大半は政党や選挙政治とは無縁だった。しかしそんな彼にあっても、シネ・ポリティクス現象は1960年代に既に明らかなものになっていた。まず、災害に際しての義捐金集めにおいて映画界でのリーダーシップを発揮した。1960年代はまた、テルグ映画界にとってもナラティブの構造がポピュリズム的なものに変容した時期である。初期にフォークロア映画 Patala Bhairavi (Telugu - 1951) で成功したNTRは、(エモーショナルなメロドラマの演技に長じているとされたANRに対して)「ハンサムなアクション俳優」と見なされるようになり、その後ソーシャルや神話映画でヒットを飛ばしてもそれは変わらなかった。

スタジオ・スタイル時代のソーシャル映画は、今日のそれとは大きく異なり、社会的・啓蒙的なメッセージを含み、複雑なプロット構造をもち、しばしば女優がストーリーとアトラクションの中心を占めるものだった。それに対してフォークロアはまず何よりもヒーローによるアクションを売り物としており、教育のない低所得者層に最もアピールするものと見なされていた。しかしこのジャンルは1960年代半ばから徐々に衰退していく。同時期に起きたのがジャンル混交という現象である。正確にはソーシャル映画がフォークロアの諸要素を取り込んだといったほうがいい。ソーシャル映画に派手なアクション・シーンが配され、ストーリーが主演男優を中心に展開する、今日のそれに近いものに変容したのだ。このジャンルでのNTRの初期の代表作 Kathanayakudu (Telugu - 1969) は、奇しくも上述のNam Naadu としてMGR主演でリメイクされることとなった。70年代以降のNTRは、フォークロアや神話映画からソーシャルへと、完全に重心を移すこととなる。

ここで留意したいのは、ジャンル混交によってソーシャルにフォークロア的要素が導入されて娯楽性が強まったからといって、ソーシャルが社会批評的要素を失った訳ではないということだ。社会批評の提示のされ方が変わったのだ。人々の言語的アイデンティティの代表者としてのNTRのスクリーン人格が、個々の映画作品の上に位置づけられるようになり、観客はどの作品にもリーダーとしてのNTRを見るようになったのだ。そこでは、物語の開始後すぐ、主人公が登場した瞬間から(つまりまだ何事も成し遂げていない時点から)、NTRこそがリーダーなのだと観客に直感させるさまざまな映画的デバイスが駆使されることになる。つまりこれは、「政治と映画」という視点で語られれば済むものではすでになく、むしろ「政治としての映画」と呼ぶべき現象なのだ。

■ラージクマール
RajkumarStatue.jpg3人の中で一番若いラージクマールは、選挙政治の世界に足を踏み入れることを生涯拒んだと言う点で特異である。1982年からのゴーカーク・アジテーションにおいては、当初文化人サークル内だけの細々としたキャンペーンだったものを、その参入によって一気に大衆運動にまで押し上げた。この時点で、ラージクマールは言語を核としたカルナータカ民族主義の代表者となり、そのシンボリックな力は死後の現在も衰えていない。ゴーカーク・アジテーションの前後から、多くの政党・政治家、それに無数のファンが、ラージクマールの政界入りを懇請したが、巨大なプレッシャーを撥ね退けて彼は選挙政治との距離を保ち続けた。

シネ・ポリティクス的観点に立てば、俳優の政界進出や州首相就任はあくまでもシネ・ポリティクスに派生する現象で、究極形態ではない。シネ・ポリティクスは選挙政治に従属するものではなく、現実の政治システムを補完する、仮想ではあるが現実世界に影響を及ぼす可能性を持つシステムなのだ。そうした前提に立てば、一度も選挙に出馬することがなかったラージクマールのケースは、シネ・ポリティクスの最も純粋な表れと言えるかもしれない。

カルナータカ州では、タミル・ナードゥやアーンドラ・プラデーシュと異なり、地域主義を謳う政党の伸長は低調だった。最初期の動きとして、国民会議派を脱退した元州首相デーヴァラージ・アラスによる、1979年の Kannada Kranti Ranga (KKR) の旗揚げがあったが、この党は長続きせず、ジャナター党に吸収されて終わってしまう。しかし、1982年には、カンナダ語を州内(行政や教育の場)で最優先のものとしようとする運動(ゴーカーク・アジテーション)が、地域ナショナリズム現象として続くことになる。これは、上記を勧告した諮問委員会の文書(ゴーカーク・レポート)をないがしろにしようとした会議派州政府への反対キャンペーンだったが、ラージクマールが請われて参加して以降、熱狂的な大衆運動として燃え上がった。運動の事実上のリーダーとなったラージクマールの巨大な影響力に屈して、州政府はゴーカーク・レポートを原則として承認することになった。この時、ラージクマールが政界に出馬していたら、カルナータカの政治地図は全く違ったものになっていたかもしれない。しかし実際には、以降の州政権は会議派、ジャナタ―党、ジャナター・ダル党、BJPという全国政党によって担われ続け、地域主義政党は大衆的支持を得ることができずにいる。

ゴーカーク・アジテーションはラージクマールのシネ・ポリティクスの現れの頂点だったが、そこに至るまでにはどのような道のりがあったのだろうか。転換点はやはり1960年代だった。1960年代を通じて、ラージクマールは出演作において「カンナダの守護者」という役割を担う機会を増やしていった。そして、古くからの良き価値を守るだけでなく、バンガロールのような現代的な都市空間の中でカンナダ人がどのように立つべきかを彼が身をもって示した(そして選挙に打って出て市長になるというプロットも含む) Mayor Muthanna (Kannada - 1969) は、それを決定的なものとしたのだった。

ラージクマールの場合に特異だったのは、他の2地域と違い、カンナダ映画界にはアクション・スターと演技派スターの並立がなかったということだ。ラージクマール自身が双方のタイプの役柄を申し分なく演じたこと、そしてカンナダ映画界の相対的な規模の小ささといった要因によるものと思われる。中産階級にアピールするロマンスものに特化した後者のタイプの俳優としてはウダヤ・クマール、カリヤーン・クマールなどがいたが、キャリアの最初期においてこそ彼らはラージクマールのライバルと見なされたものの、やがて後退し、彼ら自身も「ラージクマールのファンである」ということをラージクマール・ファンクラブの前で公言することとなる。このファンクラブ、Karnataka Rajkumar Premigala Sangha は1977年に発足し、1983年に Akhila Karnataka Dr. Rajkumar Abhimanigala Sangha の名のもとに改組され、ラージクマールのシネ・ポリティクス的なリーダーとしての地位を固めることに貢献した。ここにおいてのファンとスターとの関係というのは、域外の観察者が決めつけたような、単純な模倣要求(スターの髪型や衣装を真似る)や宗教的献身(神話映画で神を演じたスターを神と同一視する)とは異質のものである。ファンはラージクマールをカンナダという言語的なグループの一体性を象徴するリーダーと見なし、王に対する忠臣のように奉仕したのである。

* * * * * * * * * * * * * * *

以上が、本書の中核をなす3つの章の要約である。抽象的で説得力に乏しいと感じられる読者がいたら、それは当網站筆者の責任である。実際には、南インド3州のカースト構造から、映画産業の発展の各段階、実作品の構造分析に至るまでの、豊富な、そして要約不能な具体的記述が満載な本なのだ。ひょんなところで日本のテレビCMに登場するハリウッド・セレブの話なんてのまで引き合いに出されていて興味深い。

本書では上記の3人以外に、さらにジャヤラリター、ラジニカーント、(NTRの後妻)ラクシュミ・パールヴァティについても若干の言及あるいは分析がなされている。また、ここまでお付き合いいただいた読者は、なぜ南インド4州ではなく3州なのか、ケララはどうなっているのか、という疑問を当然もつものと思う。本書では脚注(P.17)において若干の言い訳が記されているが、なぜケララでだけはシネ・ポリティクス現象が起きなかったのかというのは、巨大なテーマである。いずれ気鋭の研究者によってマラヤーラム映画の謎が解き明かされる日を待つばかりとしか今は言えないようだ。

著者のMマーダヴァ・プラサードは、ハイダラーバードの English and Foreign Language University の教授、詳しくはこちらを参照。本書のコンテンツに最も近い内容の論文でオンラインで読めるものとしては、Cine-politics: On the Political Significance of the Cinema in South IndiaCinema as a Site of Nationalist Identity Politics in Karnataka などがある。また、Enthusiasm and Indian Politics: Problems in the Analysis of Aural Culture と題したレクチャー動画もある。

投稿者 Periplo : 23:47 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2012年12月13日

12月のJ-テルグ(大感謝祭編)

最後まですったもんだのJ−テルグ、15日に3ショーの予定が急遽1ショーに変更になってしまった落とし前、12月23日に3本だて上映決定しますた(荒い息)。場所は同じく秋葉原。

まずは最重要項目。12月15日18:00開始予定の Thuppakki は予約だけで既に満員御礼。これからの申し込みは不可、当日券もありません。

そして23日の落とし前ショー。

1223KVJ.jpg
一発目は、Krishnam Vande Jagadgurum (Telugu - 2012) Dir. Krish(字幕無し)、11:00開始。作品のアウトラインについては12月7日のエントリーを参照。


1223Thuppakki.jpg
ニ発目は、Thuppakki (Tamil - 2012) Dir. A R Murugadoss(英語字幕付き)、2:30開始。作品のアウトラインについては12月7日のエントリーを参照。


1223shirdiSai.jpg
三発目は、Shirdi Sai (Telugu - 2012) Dir. K Raghavendra Rao(字幕無し)、18:00開始。作品のアウトラインについては11月3日のエントリーを参照。


各回の料金は大人1800円/5歳以上12歳以下の子供1000円/5歳未満の子供は無料(座席なし)。ただし、3回目の Shirdi Sai のみ、大人1000円、子供500円になるという情報もあり、気になる人は主催者に確認を。各回ともインターミッション付き上映、別料金で軽食のサービスもあり。

会場はアキバシアター(東京都千代田区神田練塀町3、JR秋葉原駅中央改札から徒歩2分、詳しくはhttp://www.fsi.co.jp/akibaplaza/cont/theater/index.htmlを参照、英語での案内はこちら)です。

家族チケット料金・予約方法など上映に関しての詳細は、主催者公式サイトhttp://www.indoeiga.com/を参照。席が少ないからというだけでなく、今回のような突然の変更の情報を確実に受け取るため、予約がお勧めです。

ということで、J−テルグはスケールアップして来年も続きます(つ、続くよね…)。これからもますますご贔屓に。

投稿者 Periplo : 04:13 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2012年12月07日

12月のJ-テルグ(総決算編)

上映まで一週間を切ってからのまたまたの番狂わせ。15日の上映は18:00からのThuppakkiだけになりました。キャンセルとなった分は年内に再上映されます。その詳細は明日12日にアップデートされる予定です。(12月11日付記)

一年のご愛顧におこたえしての大感謝祭、今回はなななんと最新タミル映画との二本立て、しかも会場は秋葉原だよ。

まず最初に重要なお知らせを。過去のエントリーで告知した Shirdi Sai の上映は再度の延期(日時未定)。12月8日に川口に行ったりしないでね。

jtelug1212.jpg

一発目

Thuppakki (Tamil - 2012) Dir. A R Murugadoss

原題:துப்பாக்கி
タイトルのゆれ:Thuppaakki, Thuppaaki, Tuppakki, Tuppaakki, etc.
タイトルの意味:The Gun
Cast: Vijay, Kajal Agarwal, Vidyut Jamwal, Sathyan, Jayaram, Zakir Hussain, Manobala, Anupama Kumar, Deepthi Nambiar, Akshara Gowda, Meenakshi, Prashant Nair, Gautam Kurup, Steven Clarke

■日時:2012年12月15日に2回上映、第1回は11:00ごろ、第2回目は18:00ごろ開映予定 ※インターミッション中には別料金での軽食サービスもあり
■各回の料金:大人1800円(予約1500円)/5歳以上12歳以下の子供1000円(予約500円)/5歳未満の子供は無料(座席なし)
■字幕:英語(のはず。万が一技術的な理由で表示されなかったらご容赦を。汗)
■上映時間:ネット情報によれば約165分
■会場:アキバシアター(東京都千代田区神田練塀町3、JR秋葉原駅中央改札から徒歩2分、詳しくはhttp://www.fsi.co.jp/akibaplaza/cont/theater/index.htmlを参照、英語での案内はこちら
※家族チケット料金・予約方法など上映に関しての詳細は、主催者公式サイトhttp://www.indoeiga.com/を参照のこと
■ 参考レビュー集成:http://periplosjottings.blogspot.jp/2012/12/thuppakki-tamil-2012.html
Thuppakki1.jpg

ニ発目

Krishnam Vande Jagadgurum (Telugu - 2012) Dir. Krish

原題:కృష్ణం వందే జగద్గురుం
タイトルのゆれ:KJV, Ongaram(タミル吹き替え版のタイトル)
タイトルの意味:Praise Krishna, the Guru of the Universe
Cast:Daggubati Rana, Nayanthara, Brahmanandam, Kota Srinivasa Rao, Posani Krishna Murali, L B Sriram, Milind Gunaji, Murali Sharma, Raghu Babu, Kishore, Venugopal, Satyam Rajesh, Hema, Venkatesh (guest), Sameera Reddy (special appearance), Hazel Keech (special appearance)

■日時:2012年12月15日に1回だけ上映、14:30ごろ開映予定 ※インターミッション中には別料金での軽食サービスもあり
■料金:上に同じ
■字幕:なし(たぶん)
■上映時間:ネット情報によれば約135分
■会場:上に同じ
■ 参考レビュー集成:http://periplosjottings.blogspot.jp/2012/12/krishnam-vande-jagadgurum-telugu-2012.html
KVJ1.jpg

Thuppakki について

【粗筋】
カーヴェリ川長治さんによるレビューを参照。

【予想される見どころについて】
まずはヴィジャイ、そして Ghajini(2005年のタミル版、2008年のヒンディー版双方)を手がけたARムルガダース監督の作品であること、そしてあのサントーシュ・シヴァンが撮影監督として名を連ねていること。豪華きわまりない布陣だ。

ヴィジャイについてはむんむんさんのサイトを見てね、で済まそうかとも思ったけど、一言ぐらいは書こう。今までは日本での公開はなかったけれど、ともかくラジニカーントとカマルハーサンを別格とすれば、タミル映画界のトップに立ってるスーパースターだ。香港芸能界の慣用句を使わせてもらえば、ヴィクラム、アジット、スーリヤとならぶ四天王の一人。他の三天王と比べて突出しているのは、長い長い手足とそれを活かした超絶のダンス。ニコ動住人の皆さんには、お馴染みのこの動画Thirumalai のダンスシーン)を見ていただければ、こいつか!と分かるはず。ヒンディー映画をもっぱらご覧の皆さんには、Rowdy Rathore (Hindi - 2012) Dir. Prabhu Deva のこのソングシーンに、まるでサブリミナルみたいに登場してたニイちゃん(しかしこの出し惜しみぶりって何だろね。期待して固唾を飲んで待ってたファンには生殺しもいいとこだったろうに)と言えば分かってもらえるだろうか。

しかしニイちゃんなどと書いたけど、実はヴィジャイ、見ての通りの童顔ながら、この12月に芸能生活20年となったのだ。有名ブロガー、バーラジさんによるデビューからの芸風の変遷をまとめたこの記事は大変参考になる。この記事からの受け売りで簡単にまとめると、デビュー当初はロマンチック・ヒーロー路線でそれなりのヒットを飛ばしていたのがやがて行き詰まり、上に紹介した Thirumalai (Tamil - 2003) Dir. Ramana でフルマサラ仕様のアクション路線にシフトして大成功、しかし2000年代終わりに近づくとこれも万能ではなくなり、2010年代に入ってからは踊りやアクションというアトラクションを保ちつつ新しい方向性を模索していたというところ。そしてこのThuppakki は11月のディーパーヴァリに公開されて、2012年タミル映画の興行成績ぶっちぎりトップランナーとなった(一説には『ロボット』に続く歴代タミル映画の第2位であるとも)だけでなく、同時に批評家からも大いに賞賛されることになった。節目の年にブロックバスター、綺麗にキメてくれたもんだわ。

ヒロインのカージャル・アガルワールさんについては Businessman の項で少しだけ書いているので、そちらをご参照いただきたい。

Thuppakki2.jpg


Krishnam Vande Jagadgurum について

【粗筋】
ハイダラーバード生まれで、アメリカに移民して豊かな生活を送ることだけを夢見ていた若者バーブ(Daggubati Rana)が、演劇人であった祖父(Kota Srinivasa Rao)の死をうけて、その叶えられなかった夢であるオリジナル脚本の新作上演を決意する。同じ頃、カルナータカ州のバッラーリでは巨大資本による鉱物資源採掘が行われており、その違法性を暴こうと若い女性ジャーナリスト(Nayantara)が取材を行なっていた。バーブは新作の初日をバッラーリで挙行することになり、そこで二人の運命が交錯する。※さらにもっと知っておきたい人はカーヴェリ川長治さんのレビューを参照。

【予想される見どころについて】
Thuppakki に比べて見どころは分散傾向にあると思う。
■主演のダッグバーティ・ラーナーについては、シェーカル・カンムラ監督に関して書いた時にデビュー作 Leader (Telugu - 2010) に絡めてちょっとだけ触れた。100本以上の作品を手がけた大プロデューサー・ラーマーナーイドゥの孫であり(二代目でラーナーの実父スレーシュもプロデューサー業)、そして熟年大スター、ヴェンカテーシュとナーガールジュナの甥に当たる。正直なところ、Leader ではまだ役者としての器量までは判断できなかったのだが、嫌でも目につくのはその長身。トリウッドのスターさん大集合のこの写真の中央がそれなんだけど、なんか「独活のナントカ」だの「総身に知恵がナントカ」だののフレーズが思わず口をついて出そうになるんだよね。しかし気づけばラーナーも本作で6作目。これまでの5作にはヒンディー語映画2本も含まれており、それもあってなのかボディビルディングにもせっせと励んでいるようだ。鍛錬の成果は、基本的にはアクション映画であるらしい本作で充分に拝むことができそうだ。
■ヒロインのナヤンターラについては説明不要だろう。『チャンドラムキ』(Tamil - 2005) Dir. P Vasu で日本のスクリーンにもデビュー済み、同作のヒットを足がかりにタミル&テルグを中心にトップ女優として活躍していたが、2011年には改宗だの婚約破棄だののすったもんだで出演作も僅か1本にまで落ち込んだ。しかし、年の終わりに近くなって封切られたその1本 Sri Rama Rajyam (Telugu - 2011) Dir. Bapu では、そういうゴシップの霧を吹き晴らすような快演を見せた。今年の出演もまた本作1本に終わったようだが、相変わらずのキュート&セクシー路線で飛ばしてくれているようなので嬉しい。
■監督のクリシュ(ジャーガルラムディ・ラーダークリシュナ)は、本作がデビュー以来の第4作目となる。過去作品Gamyam (Telugu - 2010)、Vedam (Telugu - 2008)、Vaanam (Tamil - 2011) は、いずれも青年の成長をテーマとして扱いながら、一風変わったストーリー・テリングの手法がうけて、批評家からも高い評価を得た。既に一人の映像作家として観客を引き寄せる力をもった新進なのである。
■上に書いたことで一般的な意味での見どころは列挙できたと思う。しかし個人的には、他の要素を圧倒するほどに魅力的に思えるアトラクションがある。以前に一度紹介したことがある、南インド巡回演劇界の老舗にして生きた化石でもあるスラビ劇団だ。1885年に今日のアーンドラ・プラデーシュ州の寒村スラビで生まれたこの劇団については、2010年のThe Hindu 記事に詳しい。粗筋に書いた劇団とは、ずばりこのスラビがモデルであり、現役団員も登場してその上演風景が劇中で再現されるのだ。このスラビは、その成員の中からモノクロ時代テルグ映画の大スター達を輩出しただけでなく、その多彩なレパートリーが、テルグ映画の神話ものやフォークロアもののストーリーやヴィジュアルの源流ともなった。スラビの舞台劇のタイトルの多くが、そのまま映画タイトルと重なるのだ。こーんなスチル写真を見たら、もう仮に本筋のアクションがどんなにヘボくても文句言わないもんね、とまで思えちゃうんだ。

KVJ2.jpg

投稿者 Periplo : 22:27 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2012年04月11日

収集癖:ナーラダ仙(2)

集中連載にするつもりはないと言っときながら、我慢できず続けてしまうのだ。今回はぐっと本格的な神話映画。バーガヴァタ・プラーナを基にした、禍々しさと不吉さに満ち、しかし感動的なストーリー。

KaBhaktaP1.jpg
TeBhaktaP1.jpg

Bhakta Prahlada (Telugu - 1967)

Director:Chitrapu Narayana Murthy
Cast:S V Ranga Rao (SVR), Baby Rojaramani, Anjali Devi, Balamuralikrishna, Padmanabham, Relangi, Haranath, Ramana Reddy, Dhulipala, Chittoor V Nagaiah, Jayanti, T Kanakam, Vanisri, Santa, Meena Devi, Sunita, Sushila, L Vijayalakshmi, Vijayalalitha, Geethanjali, Venniradai Nirmala

原題:భక్త ప్రహ్లాద
タイトルの意味:Devotee Prahlada
タイトルのゆれ:Bhakt Prahlada, Bhakta Prahlaada, Bhaktaprahlada, Bhaktha Prahalada

DVDの版元:Volga (Palビデオ)
DVDの字幕:英語
DVDの障害:特になし
DVDのランタイム:約2時間46分
DVD 入手先:Induna(MoserBaer から発売のNTSCビデオ)など

参考レビュー集成:http://periplo.posterous.com/bhakta-prahlada-telugu-1967

※Volga版の本作DVD冒頭の認証画面を見ると、認証日が1977年となっているのが読み取れる。67年の公開から10年後に、何らかの手を加えた形でリバイバル上映がされたものと推測されるが、67年版との異同は明らかではない。

TeBhaktaP2.jpg

Bhakta Prahlada (Kannada - 1983)

Director:Vijay
Cast:Rajkumar, Master Rohit (Puneet Rajkumar), Sarihta, Anant Nag, Tugudeep Srinivas, Vanavali Krishna, Satish Srinivasamurthy

原題:ಭಕ್ತ ಪ್ರಹ್ಲಾದ
タイトルの意味:Devotee Prahlada
タイトルのゆれ:Bhakt Prahlada, Bhakta Prahlaada, Bhaktaprahlada, Bhaktha Prahalada

DVDの版元:United Video
DVDの字幕:英語
DVDの障害:特になし
DVDのランタイム:約2時間28分
DVD 入手先:Kannada Store など

参考レビュー集成:http://periplo.posterous.com/bhakta-prahlada-kannada-1983

KaBhaktaP2.jpg

【ネタバレ度100%の粗筋】(カッコ内の人名は、テルグ版/カンナダ版のキャスト。なお神話の登場人物の名前の読みは概ね映画中の台詞のものにあわせるようにしてみた。厳密なサンスクリット発音の表記ではないのをご了承いただきたい)

ヴィシュヌ神の住まうヴァイクンタの門番である天人のジャヤとヴィジャヤ。ある日ヴィシュヌ神が休息をとっている時間にブラフマー神の息子である4人の若き聖仙がやってくる。童形の彼らを甘く見て、また主の休息を妨げまいとして、入域を拒む門番と聖仙たちとの間で小競り合いが起こり、怒った聖仙は2人に人間界に堕ちるべしと呪いをかける。ヴィシュヌ神は2人の門番の非を認め、追放せざるを得なくなるが、時限を設けることにする。ヴィシュヌ神は2人に、ヴィシュヌに敵対するものとしての3転生を経た後に戻ってくるか、それともヴィシュヌ信徒としての7転生の後とするかを選ばせる。ヴィシュヌ神から離れていることが堪え難い2人は前者をとる。こうして2人は、1:ヒランニャカシャプとヒランニャクシャ、2:ラーヴァナとクンバカルナ、3:ダンタヴァクラとシシュパラ、という3つの転生を経た後にヴァイクンタに戻るのを許されることとなった。

ヒランニャカシャプ(SVR/Rajkumar)とヒランニャクシャの双子の兄弟は梵仙カシャパと妻ディティとの間に生まれた。ディティはまだ日のある黄昏時に欲情し自分から夫を誘って交わり2人を受胎した。これは大変不吉であるとされ、双子は婆羅門の両親を持ちながらも夜叉の王族としての人生を歩むことになった。

2人は有力な領主として君臨していたが、弟のヒランニャクシャは天界になだれ込んでの狼藉が過ぎて、ヴァラーハ(イノシシの形をとったヴィシュヌ神の化身のひとつ)にあえなく殺されてしまう。最愛の弟をなくして怒り狂ったヒランニャカシャプはヴィシュヌへの復讐を誓い、そのための超能力を得ようと激しい苦行を数年がかりで行う。ヒランニャクシャに住処を蹂躙されて以来夜叉の兄弟に恨みを持つインドラ神は、食を断ったヒランニャカシャプが痩せ細って行くのを見て彼の死を予測し、一族の血統を絶つため妊娠中の妻リーラーヴァティ/カヤドゥ(Anjali Devi/Saritha)をかどわかし胎児もろとも殺そうとするが、ナーラダ仙(Balamurakikrishna/Anant Nag)に止められる。ナーラダはリーラーヴァティを林間の庵に引き取って保護する。平穏に産み月を待つリーラーヴァティにナーラダはヴィシュヌの偉大さを讃える説法をする。まどろむ妊婦の体内で、胎児は熱心にそれに聞き入り復唱する。

TeBhaktaP3.jpg

苦行を成し遂げてブラフマー神を喜ばせたヒランニャカシャプは引き換えに恩寵を授かることになる。不死身となることを希望したがそれは不可能であると言われた彼は、以下のように望んで叶えられた。昼にも夜にも、地上でも天空でも、屋内でも野外でも殺されないこと。鳥・動物・樹木・虫によっても、武器・言葉によっても、天人・神・夜叉・人・その他ブラフマー神によるどんな被造者によっても殺されないこと。これによって事実上の不死者となり無敵となったヒランニャカシャプは天界・人間界・冥界、三界の支配者となる。勝利に酔った彼はインドラとその取り巻きの神々を屈服させ自らの僕とする。さらに弟の復讐を果たそうとヴィシュヌの棲むヴァイクンタに押し入るが、不信心な彼はその場にいるヴィシュヌを見ることができない。雲隠れした卑怯者と罵りながら彼はヴィシュヌの行方を探し続けることになる。

ヒランニャカシャプの不在中に生まれた王子プラハラーダ(Baby Rojaramani/Master Rohit)は聡明で、誰に教わるでもなく生まれついての熱狂的なヴィシュヌ信徒だった。そんな彼を矯めようと父はシヴァ派の婆羅門(Padmanabham, Relangi/??)の下に入門させるが、プラハラーダはその学舎で門下生達にヴィシュヌへの帰依を説いて勧める有様だった。度重なる説得にも耳を貸さない息子に激怒したヒランニャカシャプはヴィシュヌへの信心を捨てなければ処刑すると脅すが、プラハラーダは「ヴィシュヌのために死ぬならば、それはまたとない僥倖である」と動じない。ヒランニャカシャプは兵士達に命じて、プラハラーダを崖から突き落としたり、象に踏ませようとしたり、毒蛇の群れの中に放り込んだりするが、ヴィシュヌ神の恩寵によってその度に息子はかすり傷一つ負わずに生還する。黄昏時、宮殿の柱廊で、ついにヒランニャカシャプは自ら手を下す覚悟で息子に迫る。「そなたが帰依するヴィシュヌが宇宙に遍在するというのなら、この宮殿にもいるというのか、儂の目の前のこの柱の中にもいるというのか」という問いに然りと答えるプラハラーダ。ヒランニャカシャプが怒りに任せて棍棒で柱を叩き割ると、そこからヴィシュヌの十化身の一つである人獅子ナラシンハが躍り出てヒランニャカシャプを倒し、その体を膝の上に抱え手で腹を切り裂いて貪り喰らう。憤怒のナラシンハはナーラダや神々が宥めても治まらなかったが、プラハラーダの祈りによって鎮静し、慈愛に満ちたヴィシュヌ神が再び現れる。(粗筋了)

KaBhaktaP3.jpg

【寸評】
主役となるヒランニャカシャプやプラハラーダは日本人には馴染みの薄いキャラクターだが、インドでは映画以前の巡回劇団時代から神話ものの定番ストーリーの一つとなっているようで、幾度もリメイク(というか、先行作を意識して制作されたかどうかもわからないので、この言葉を使っていいか疑問なのだが)されている。 1931年のテルグ版は、記念すべきテルグ初のトーキー映画。同じくテルグの 1942年版は有名なスラビ劇団の演出を踏襲したものらしい。ヒンディー語版の Bhakt Prahlad (Hindi - 1946) Dir. Dhirubhai Desai についてはあまりにも情報が少なすぎる。上にあげたテルグ版からはタミルおよびカンナダ吹替え版が派生していた可能性が高い。実例は見つからなかったが、おそらく他の地方言語でも制作されていたのではないか。今回取り上げたのはそのうちのDVDで簡単に見ることができる2本。

先にズバリ総評してしまうと、どちらも見る価値あり、でも作品としての出来で比べるなら断然テルグ版が上、だと思う。

南印4言語の映画にそれなりの目配りをしていれば誰でも思うことだろうが、ともかく「神話映画」という浮世離れしたジャンルのテルグ語地域におけるしぶとさには驚くしかない。筆者は5年以上前にとあるところで、

南印神話映画の中心地はテルグ語圏らしい。神話映画がジャンルとして盛んだったのはヒンディー語映画が1940年代まで、タミル語映画が1960年代まで、それに対してテルグ語映画圏では1980年代まで命脈を保っていた。1960年代(タミル映画)、1970年代(テルグ映画)までの全盛期神話映画は総じて大作で、その時代の一流俳優が出演するものだった。それ以降の神話映画は急速にB級化し、かならずしも一流俳優が出演するものではなくなり、配給上も大都市ではなく地方が主なマーケットとなった。

などということを知ったかぶって書いたのだが、 今現在は、たとえば Sri Rama Rajyam (Telugu - 2011) Dir. Bapu の華々しい興行成績を見るだけでも訂正、あるいは留保を書き加える必要を(特に後半部分に)感じている。

なぜテルグ映画でなのか、というその頃からの疑問には未だに決定的な答えは見つかっていない。テルグ人が他州人と比べて特別に信仰深いとか、そういうんではなさそうだし。タミル映画との比較で言えば、テルグ界には神話映画とは相性が悪いドラヴィダ民族主義イデオロギーの影響が少なかった、ということは言えるのではないかと思う。それ以外で思いつく仮説はというと、冗談に聞こえるかもしれないが「テルグ映画界にはNTRがいたから」なんてとこだろうか。もちろんNTR一人では神話映画は成り立たない。同時代人として、今回紹介作の主演であるSVR(S V Ranga Rao)がいて、アンジャリ・デーヴィーがいた。さらには CSRが、サーヴィトリが、グンマディが、カンタ・ラーオが(かなり中略)そしてもちろんANRがいた訳である。神話映画が必要とするモニュメンタルな存在感を持つこれらの俳優が集まり、才能ある製作陣に支えられて秀作が数多く送り出された1950年代後半(Mayabazar 公開の1957年を起点としても大ハズレではないかもしれない)から60年代後半までの期間は、神話映画史からすれば奇跡の10年といってもいいものだったのではないか。この時期に生まれた傑作群に接しているうちにテルグ人観客はみんな神話映画アディクトになっちゃったんだよ、きっと。

KaBhaktaP4.jpgTeBhaktaP4.jpg
この2作の見比べからは、60年代のテルグと80年代のカンナダの、まさに総体的な人材の差というのを感じさせられた。主演のSVRとラージクマール、この2人の間に甲乙をつけるつもりは全くない。ただもう華麗の一言のドクター・ラージに対して業の重みに耐えかねて巨体を喘がせるSVR、どっちも繰り返し見たくなる。問題はそれ以外の部分。カンナダ版の方は主役の夜叉を取り巻く人々がなんかすっかりホームドラマになってるんだ。

一番くっきりと対照的なのはプラハラーダを演じる子役。カンナダ版ではドクター・ラージの次男三男ローヒト(現在のパワースター・プニート、誤記指摘感謝、川縁先生)なんだけど、かなり退く。この年頃の子供として当たり前ではあるけれど乳歯が抜け始めててガラッパチ顔なんだ。でもって(おそらく自分の声で)思い切り調子っぱずれに歌ってる。オイラがエキストラの兵隊役だったら、別の意味で頭を垂れちゃうよ。それに対してテルグ版でこの役を演じたのは本作でデビューした少女、ロージャーラマニーだった。歌の吹き替えはおそらくより年長の訓練された歌手。キャプチャ写真だけでイッちゃってる感が伝わるかどうかわからないが、もう楳図かずおの世界なんだ。この子の赴くところ奇跡が巻き起こるというのも200%納得。こんな神懸かった凄い役を幼少時に演じてしまったら、燃え尽きてその後の人生が滅茶苦茶になってしまったりしないだろうかと余計な心配までさせられてしまうのだが、成人後はフツーの人となって、吹き替え声優として落ち着いたキャリアを築き、オリヤー映画の俳優と結婚してもうけた男児は俳優タルン・クマールとして活躍するに至っているという。よかったよかった。

KaBhaktaP5.JPGTeBhaktaP5.jpg
あー忘れてた、これは一応ナーラダ仙品評のエントリーなんだった。ええと、カンナダ版ではアナント・ナーグが起用されている。本作にまつわる資料はあまりにも少なすぎて裏は取れないのだけれども、Narada Vijaya (Kannada - 1980) Dir. Siddalingiah がヒットしたのを受けての登場なのは間違いないと思う。衣装も使い回しじゃないかってくらいの、そっくり同じ役作り。ただ、同じキャラが本来の神話世界に投げ込まれると、なんだかやり手営業マンみたいな雰囲気になってしまう。システム手帳(この時代まだスマホはなかったから)でも使ってそうだよ。ドクター・ラージの剛毅とはいまひとつ噛み合っていないような印象を持った。一方テルグ版の方は、今やカルナーティック声楽の大御所となったバーラムラリクリシュナがやっている。音楽家のキャリアを1950年代から始めたこの人は、プレイバックシンガーとして映画との関わりも浅くはなかったが、自分自身の役での特別出演を除けば、本作が唯一の俳優としての演技。この時はまだ20代だったはずだ。これにはかなり意表をつかれたね。だってまあ、このオッさん、素顔を見てもお世辞にも男前とは言えない、っていうかハッキリ言ってキモい系じゃないすか。で、実際メイクをして花を飾ってスクリーンに登場してもやっぱヘンテコ顔なんだわ。にもかかわらず、物語が進むにつれて最高位の神仙としての深い慈愛のようなものが滲み出てくる。マッチポンプの謀略家というだけではなく、同時にあわせ持つリシとしての徳の高さが、いつの間にかオーラとなってこの素人俳優を覆っていた。これは結構みものだと思う。

******************************************************************

なんだかカンナダ版を貶すようなことを随分書いてしまったが、最初に断ったように本当に両作ともに鑑賞しても損はないと思うのだ。一番凄いのは何よりもこの神話のストーリーだと思うから。

特に「昼にも夜にも、地上でも天空でも、屋内でも野外でも殺されない/鳥・動物・樹木・虫によっても、武器・言葉によっても、天人・神・夜叉・人・その他ブラフマー神によるどんな被造者によっても殺されない」という恩寵を授かったヒランニャカシャプが、「黄昏時に、ナラシンハの膝の上で、宮殿の柱廊で、人獅子によって、素手で」殺されるというのが面白い。ほとんど頓智問答ではあるのだが、境界線上にある曖昧なものが持つ得体の知れない恐ろしい力という、原始的な神話世界に多く見られるモチーフが巧みに取り込まれていて唸る。

同時に、涜神の輩ですらヴィシュヌ神の大いなるはからいの中にいるという、バクティ的世界観のスケールの大きさに圧倒される。神話世界の中では、悪人にすら言祝ぐべき壮烈な死がありうるということ、自らを恃み暴虐を尽くした末の悔悟の暇さえ与えられない酷たらしい最期でありながら、それがヴィシュヌに近づくための悦ばしき一歩であるということ、こうした事々が民百姓にも夷狄の天竺映画オタクにも体感できるよう平易に説かれるのだ。心が洗われる。解脱への道が見えてきたような気すらするよ。

KaBhaktaP6.jpgKaBhaktaP7.jpg
解脱への道も見えたところでもういい加減にしとこうと思うのだが、最後にひとつだけ。83年のカンナダ版でのヒランニャカシャプのお母さん、まだ日のあるうちからイケないことで頭がいっぱいになっちゃった女仙人様、これを演じた女優さんは誰なんだ〜(ハアハア)。

投稿者 Periplo : 02:43 : カテゴリー バブルねたsouth so many cups of chai
| コメント (0)

2010年12月04日

資料系アップデート1012

Pokkiriraja.jpg

【前ふり】
今年のマラヤーラム映画界の話題作のひとつだった Pokkiri Raja (Tamil …じゃなかった(Malayalam - 2010) Dir. Vysakh をDVDで鑑賞。

いやホント、ヒットするのは分る良くできた娯楽映画なのよ。

最大のウリは、マ映画二大巨頭の一人マンムーティ(二大巨頭の両方、でもよかったと思うが)と若手のトップスター・プリットヴィラージ(念のため確認したいが、ホントにこいつでいいのか?>ケララの衆)の共演。それから、あどけなくもグラマーな、凛としていながらタコ焼き屋台の姐さんみたいでもある、あの可愛いシュレーヤー・サランのマ映画初出演。個人的なツボは、久しぶりのアイテム出演のシュウェちゃんの広い肩。

しかしまあ、いつものことながらヒットしたマラヤーラム映画にはボロカスの評価がついてまわる。varnachitram さんは「マ映画の最後の日が近づいている」なんて言ってるし、只今上映中の評者は「タミルあるいはテルグ映画そのまんま、ただし1980年代の」と言って星二つ評価にしてるし。もう、こいつら集めて正座させて、「お前らなんっにもわかっちゃいねえ」って説教してやりたいよ。

あのなあ、まがりなりにもマ映画の第一線業界人をやってる連中が、単細胞な勧善懲悪・一家和合・恋愛成就映画を盲信してるわけがないじゃん、こりゃパスティーシュだぜ。なんで、本来このジャンルにはつきもののエグい流血は回避されているし、州境ものの要素を加えて重要なアクセントにしたりして、それなりに手が込んでるんだ。脚本はシビKトーマスとウダヤクリシュナのコンビ Twenty:20 を手がけた売れっ子だ。何のためのパスティーシュなのかといえば、それはやっぱり伝えたいメッセージがあったからだと思うのよ。そのメッセージとは、「ともかく劇場に足を運んでマラヤーラム映画を見てくれ」だ。以下はプリトヴィラージのインタビューでの一節。

We should not be in a situation where out of the five theatres in Kochi, four are running non-Malayalam films. (2010年4月の rediff インタビュー 'I can only do five movies in a year'より)

文中の「コーチンの映画館5館」というのは適当に言った数字ではない、エルナクラム中心部にはホントにこれだけしかないのだ。そのうちの4館までもが非マラヤーラム映画を上映しているという状況には幸いにまだ遭遇したことはないが、決して絵空事ではないのだと思う。

つまりこれは「マラヤーラム映画を守るために、窮屈な規制を導入したりはしたくないのだ。ともかく映画館に来て欲しい、そのためならば我々は"タミル映画"だってやって見せる」という共同声明なのよ。マ映画二大巨頭の一人(二大巨頭の両方、でも…以下略)と若手のトップスター(略)の。本作のテーマソングのサビのフレーズ、「The great Malayalee is capable of speaking English and Tamil」はそれを最もよく表していると思う。このまま放っとくと来年あたりには英語映画まで作り出すかもしれんぜ、こいつら。

【本題】
新しく創設された南インド映画専門ブログ、Ayyo Diary -家長風月-のご紹介。

サウスの家父長キャラに萌える Ayyo さんが、満を持して登場。個々の作品を、所作・踊り・殺陣・時代背景・地域性などの切り口から丁寧に分析。その謙虚な語り口には、日頃妄言垂れ流しの筆者などは頭を垂れるしかありましぇん。

Ayyo Diary -家長風月-の速やかなるコンテンツ充実を祈念してのご紹介でした。

【付記】
前ふりと本題とはどういう関係があるのかというと、あまり関係ないのだ実のところ。ただし冒頭に掲げた画像はそのうち大いに関係してくるのではないかとふんでいる、あくまでも予測だが。

投稿者 Periplo : 05:47 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2010年10月06日

資料系アップデート1010

読書の秋に濃ゆ~いサウスな一冊。

cvCinemasSouthIndia.jpgCinemas of South India - Culture, Resistance, and Ideology

編者:Sowmya Dechamma C.C, Sathya Prakash
版元:Oxford University Press
発行:2010年(初版)
版型:A5版
頁数:256

主な販売サイト:Amazon.comほか。探せばもっと安く手に入れられるはず。
定価:£30.00

タイトルの Cinemas が複数形になってるところがミソ。同名のセミナーにおいて発表された複数の学者による論文の集成なので、内容は(それにクオリティも)バラエティに富んでいる。特に州単位の地方政治と映画との関係について充実。'Cinema as a Site of Nationalist Identity Politics in Karnataka' なんてタイトル、ぐっと来るじゃありませんか。マラヤーラム映画界のコメディアン・シュリーニヴァーサンが主演・監督した Chinthavishtayaya Shyamala (Malayalam - 1998) Dir. Sreenivasan の分析なんて、オオッってなもんでしょう。日本でも見た人の多い有名なリメイク輪廻の踊り子さん映画をジェンダー論で巡ってみたり。詳しい内容一覧は版元サイトの Table of Contents でどうぞ。

まだ全部読んじゃいないけど、面白いコンテンツがあればこの先も当ブログ上でちょぼちょぼ紹介してくかも。

投稿者 Periplo : 03:55 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2010年09月14日

ロートル大集合!

「きみにはなんにん分かるかな?」だね、黄金の80年代。

約1年前に断片的な記事を見た時にえらく引っかかったのだけれど、それ以上の情報がなくてつい放置。今年になってシリーズ化されたということが分かったのだった。

80年代にサウスの映画界で活躍していた俳優たちが一堂に会して旧交を温める集い(おそらくこの時代には言語を問わず皆さんがマドラスで仕事していたのだろう)、題して Evergreen 80s というらしい。そしてその仕切り人がリシーたん!(今年度からスハーシニ様も加わったという)

旧交を温めてどーする、というのもあるだろうが、まあ若いもんの悪口とかを心置きなくくっちゃべる場も必要なんだろね、熟年スターさんたちにゃあ。

golden80sPart1.jpg
昨年末に急死したヴィシュヌヴァルダン翁の顔が見えるので、これは2009年の第1回イベントの際のものと分かる。主な出席者は以下の通り。

Nadhiya, Radhika, Shobana, Poornima Bhagiyaraj, Ambika, Lissy Priyadarshan, Radha, Sumalatha were the important yesteryear heroines who turned up. Then ex-heroes like Prabhu, Karthick, Prathab Pothan, Suman, Suresh and Banuchandar were also present for the bash. Apart from the above stars, Kannada Superstar Vishnuvardhan graced the function along with his wife.

Did we fail to add a big-shot in the above list? Though he turned a bit late, our Superstar Rajinikanth was also there to boost up this merriment into a big hit. (IndiaGlitz 記事 Superstar and stars of 80’s より)

その他のスチルはこちらなど参照。

golden80sPart2.jpg
こちらが今年のもの。80年代に活躍していた人物ならば今の身分は問わない、という事みたいだ。最後列にケララ人俳優のシャンカル氏の顔も見える。下の記事によれば全29名。

From the Tamil industry, the actors attended the event were superstar Rajnikanth, Sharat Kumar, Arjun, Mohan, Karthik, Prabhu, Suhasini, Radhika, Poornima, Radha, Kushbu, Ambika and Nadiya. From the Malayalam, Mohan Lal and Shobhan were present while from Kannada industry, Sumalatha and Ambarish attended the event. From the Telugu industry, Chiranjeevi Venkatesh, Bhanuchandar, Naresh, Suresh, Ramya krishnan and Suman were present. Mammootty and Kamal Hassan dint attend the function, Mammootty cant attend the party due to Ramadan fasting and Kamal Hassan is busy with International tour.(Metromatinee 記事 1980's South Indian actors Special Get together !!より)

今年はチェンナイで行われたが、この先は4州の都市で順繰りに開かれるとも。両年とも黒っぽい服が多いのはドレスコードがあってのことなのか。皆さんのはち切れんばかりのイイ笑顔。業務用のスマイルを超えてるように思われるんだが気のせいだろうか。

それにしてもリシーたん、昨年頃から明かにメディア露出を増やして来ている(たとえばこんなとこに顔出したり)。専業主婦を卒業してサウス映画界の顔役を狙うのか。もしかして、リシーたんとお近づきになれば、サウスのスターさんのインタビューとり放題になるとか??? まずはこのブログのタイトルをなんとかしないとあかんか(マジ)。

投稿者 Periplo : 01:17 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (1)

2010年06月18日

後世に残すために

99.9パーセントは駄法螺だと思う。しかし万が一本当だったら面白すぎるので、元記事が消滅しないうちに保存しておこうと思う。

It is noteworthy that Mani Ratnam is known for having different climaxes for Hindi, Telugu and Tamil versions. Remember his yesteryear film Thalapathy? The climax of the Tamil version had Malayalam superstar Mammootty shot dead, while in Kerala it was superstar Rajinikanth who kicked the bucket.(Galatta 2010年6月17日記事 Raavan's tragic climax? より)

ちょっとマラヤーラム版VCDでも探してみようかという気にはなっているが。

投稿者 Periplo : 00:00 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2010年03月17日

注目のHDBウルドゥー映画?

制作はボリウッド、俳優も(どうやらほとんどが)北インド人。だがメインの撮影地はRFC、そして監督はハイダラーバード出身。

Well Done Abba (Hindi/Urdu - 2009) Dir. Shyam Benegal

welldoneabba.jpg

これもまた我が偏愛の収集アイテム、ハイダラーバード産ウルドゥー語映画の系譜に連なるのか、それともボリウッド映画のオフビートな1品ということになるのか、見てないから分からないが、見ても分からないかもしれない。

サウスの映画世界には幾つかのマイノリティー・ジャンルがある。個人的に最も慣れ親しんでいるのはケララのマーピラ(ムスリム)映画とアチャヤン(クリスチャン)映画。しかしこれは、以前に書いたように、あくまでもメジャー作品の中のテーマで、当該コミュニティの観客だけを見込んで作られたものではない。

それから思いつくのは言語的なマイノリティーの映画だ。カルナータカ沿海部ではトゥル語の映画が細々と作られていると聞いているのだが、これは今までのところ見る機会に恵まれていない。商業ベースに乗る以前の状態で奮闘しているらしいのだが。

で、ハイダラーバード産ウルドゥー語映画。ハイダラーバードという一都市の住人、それもウルドゥー語話者(この半世紀ほどの間にアーンドラやラーヤラシーマから移ってきた住人の大半は除外されるものと思われる)だけを観客に当て込んで作られている、世界でも珍しいマイナー映画群。香港映画はどうなんじゃと、突っ込まれるかもしれないが、あれは第二次大戦前の上海映画界が引っ越してきて成立したものだし、その後もローカル色を保ちながらも広大な中華世界をマーケットにして発展してきたものだから、全然違うと思う。

本作は昨年のロンドン国際映画祭に出品されたらしいが、インドでの一般公開は今月に入ってから。メインの公開地はやはり北インド・ヒンディー語圏なのだとは思うのだが、当然ハイダラーバードでもやってるんだろうね。これが最近マンネリ&ネタ切れ気味になってきてるという在地のウルドゥー語映画に活を入れることになるのか。

ともかく、アーンドラ・プラデーシュが生んだヒンディー・ニューシネマの旗手にして、一本もテルグ映画を撮っていない、そしてこれまで深刻路線で来ていたのに前作Welcome to Sajjanpur [ようこそサッジャンプルへ] (Hindi - 2008) で突然コメディに目覚めた、あのシャーム・ベネガルの最新作、舞台はハイダラーバード、そして地方政治への風刺もたっぷり効かせてあるという。期待せずにいられようか。

資料集
Sify:Well Done Abba is extremely contemporary: Minissha Lamba
IBN:Shyam Benegal completes 'Well Done Abba'
BFI:The BFI 54th London Film Festival
Glamsham:ポスター集
NowRunning:レビュー
PlanetBollywood:レビュー

投稿者 Periplo : 01:00 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2010年03月10日

ガキども

cvPasanga.jpgcvRamayanam.jpg

常々思ってるのだが、印度映画界では子役の演技力が異常に高い。それに比べると、どこぞの「将軍様の神童」なんてのは猿回しの猿にしか見えない。ただし、その能力の高さが常に活かされているとは限らないのも事実。大抵の場合はべっとりシュガーコーティングされた分かりやすい子供らしさの図化で終わってしまっている。それでも時々、ぱっくり口を開いた異世界が覗けるような児童映画に出会ってたじろぐこともある。

低予算作品ながらかなりヒットしたという2009年のタミル映画異色作を見てみた。

Pasanga (Tamil - 2009) Dir. Pandiraj

今頃気付いたが、左上のジャケのイメージはこれのパロディなんだわな。そこからも察せられるように、最初の3分の1ほどは、子供達がドツキあう様を過去のタミル映画のパロディを交えて描写している。敢えて感情移入を拒むような退いた視点が印象に残る。中盤の3分の1になると、大人達が登場してきて、ドロドロとした子供と純真な大人の対比で話が進む。最後の3分の1は、子供同士の友情が極限状況を乗り越える、というようなヒューマンストーリーになっている。

まあ、映画館を後にするファミリー観客は、このラストの部分で安心して家路につくことができるのだろうけれど、一本の映画としてどうにも収まりが悪いのだ。最後のエピソードの泣かせの伏線となる「主人公の少年の奇妙な性癖」の提示のされ方が、ひどく取ってつけたような不自然さだし、開始時点での「昆虫の観察日記」風の突き放した視点が、いつの間にかアップを多用したクリシェ的な友情のドラマになってしまって、見ていてすごーく居心地が悪い。商業的な制約があって、テイストの異なる各パーツを一まとめにして公開したとしか思えないがどうなのだろう。

一体なにをやりたかったんだ?と激しい疑問に苛まれるヒット作が後から後からでてくるタミル映画は、だから止められないんだ。

ガキ映画ということでは、しかしもっとディープなものが前世紀末のテルグで作られていた。

Ramayanam [Bala Ramayanam とも] (Telugu - 1996) Dir. Guna Sekhar

Ramayanam01.jpgRamayanam02.jpg
Ramayanam04.jpgRamayanam03.jpg

一貫してメインストリームの娯楽作品を撮り続けて来たグナ・シェーカルの監督作品。日本では『バブーをさがせ!』 [ 原題:Choodalani Vundi] (Telugu - 1998) が公開されている。また当サイトでは Arjun (Telugu - 2004) を過去に紹介している。大掛かりでかつ丁寧に作り込まれたアクションというのが作風といえるだろうか。

1996年4月14日に公開されたこの映画、1983年生まれのNTRジュニアを主役に据えている。撮影時点でのジュニアは12,13歳といったところか。凄いのは、ジュニアを始めとした主要キャストから数百人規模のエキストラまでを全て同年代の児童で揃えて、ラーマーヤナ(ヴァールミキ・ラーマーヤナに忠実な、正統的な筋立てとなっている)を実写してること。

見る前に予想していたのは、最晩年のNTRシニア(1996年1月18日に死去)の肝入りか何かで最愛の孫息子の主演作(大人が主演する映画の子役ではなく)がお膳立てされたもので、きっと何もかもが「リトル・スーパースター」を引き立てるための分かりやすいギミックなんだろな、というくらいのところだった。

ところが実際に見てみると全然違う。どこまでもガチな人間ドラマなのよ。しかも主演のNTRジュニアはあまり活躍してない。眉目秀麗なラーマ王子(上の写真群の右上)として画面中央に静かに佇んでるだけといった印象。ドラマの中心は、囚われの身となっても毅然として魔王の誘いを拒むシーター姫(同左上)、満たされない欲望に懊悩する魔王ラーヴァナ(同左下)、我が子可愛さに横暴を通そうとする継母カイケーイー(同右下)が担う。

いずれも奇麗事では済まない複雑な襞を持つ登場人物な訳だが、ここでまた「子供だから」という手心は一切ない演技を要求されて、それに見事に応えているんだな。かなり吃驚するよ。ぐいぐいと観客を引き込む迫真的なドラマでありながらも、見た目はあくまでも子供だから、常に異様な感覚に付きまとわれながら鑑賞することになる。

Ramayanam05.jpgRamayanam06.jpg
Ramayanam08.jpgRamayanam07.jpg

見終わってみると、やはりこれは単なる「名門映画一族への御用聞き仕事」として作られたものではないことがはっきり分かる。それから、グナ・シェーカルのこれまでの仕事振りからして、特異な手法そのものにメッセージ性を盛り込む、という芸術映画的な志向を持ったものでもなさそうなのだ。それでは一体何なのか。

数百人の子役をかき集めること、衣装の調製、撮影現場でのきめ細かな演技指導、想像するだけで気が遠くなりそうな作業だ。大人を使って同じものを撮るのと比べたら、手間も金も倍増だったのではないか。そこまでの労力をかけて何がやりたかったのか、やはりよくわからないのだ。

かすかな手がかりと思えるのは、かつてMGRやシヴァージが加わっていたような少年演劇団の伝統だ。もちろん実見したことはないし、近代的な児童福祉の通念に反するようなこの芸能は今では残ってはいないだろうが。かつてのインドでは厳しく鍛え抜かれた少年達が演じる舞台劇が大人の娯楽となっていたという事実から、今日の日本人が持っているのとは微妙に異なる「子供の世界」の受容の仕方があるのではないかと想像されるのだ。これ以上言葉ではうまく説明できないが。

本作に関しての英語での情報は非常に乏しい。キャストもラーマ王子役のNTRジュニア、それにシーター姫役のスミタ・マーダヴの名前しか出てこない。そのほかの芸達者の子供達については、テルグ語のキャストを丁寧に解読していけば分かるのだろうが、ちょっとその気力が湧かないや。

当然ながら、絶世の美少女スミタ・マーダヴちゃんのその後が当然気になるのであるが、調べてみたところ、映画界とは縁を切り古典舞踊の道を歩んでいるということがオフィシャルサイトから判明。ときにモデル業もやっているようだ。まあ無難な選択だったということなのだろうが、そのまま映画界に進んでいたら間違いなくトップヒロインだったのになあ、と惜しい気もしている、テルグファンとしては。

smithamadhav.jpg

投稿者 Periplo : 02:27 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (1)

2010年01月04日

建設的提言

Happy ...be Happy

Happy (Telugu - 2006) Dir. A. Karunakaran の同名のマラヤーラム語吹き替え版のポスター。椰子國でのアッル‘クソガキ’アルジュンの人気には瞠目すべきものがある。ウィキペディアによれば、2003年のヒーローデビュー以降の全作が吹き替え公開されているという。確かに椰子國明星さん方が持ってないもの全てが備わっている、ように思える、この餓鬼には。

* * * * * * * *

日頃ヘラヘラしたことしか書いてないが、これでも一応マ映画に関しては定点観測ヲチャーを自認しているのだ。定点観測とは、「日本にいて可能な範囲で出来る限りマ映画の新作を観る、たとえどんなに嫌な予感のするものであっても」ぐらいの意味だ。

なので2009年を振り返った総括がしたいとこなのだが、今日現在のところ2009年公開作全リスト(2008年に関してはこういうのがあった)が見つからない。公開作総数すら分からない。【詳細が判明したら後日追記】

■ケララ州政府文化部のマ映画全リストは1999年で止まってる。

■マラヤーラム俳優組合AMMAのリストでは40本が挙がっているが、これは幾らなんでも少なすぎ。

■Sify の総括記事によれば、78本のオリジナル・マ映画+12本の吹き替えで合計90本が公開されたという。そして78本のうち10本が利益を上げた作品だという。同記事の結論は豊穣な一年という評価。

■IndiaGlitz の同趣旨の記事によれば、公開総数は78本で、これは他言語からの吹き替えを含む数字だという。そしてこのうちヒットと呼べたものは1割だとも。

■アルン・トーマスさんの個人ブログには作品一覧がアップされていて、吹き替え映画を除くカウント法で61本を数えている。

今のところ、IndiaGlitz 説とアルン・トーマス説を折衷して、60余本のオリジナル・マ映画+16~17本の吹き替え映画で合計78本の封切りとするのが妥当かと思っている。これは、純正マラヤーラム映画62本+吹き替え22本で全84本だった2008年と比べて若干下降したということになる。吹き替え映画の中身はおそらくほとんどがテルグ映画(カンナダ映画吹き替え公開は現状ではまだ例外的)。ハリウッド作品を中心とした英語映画、そしてヒンディー映画、タミル映画は吹き替えも字幕もなしでコンスタントに公開され続けている。これらの公開本数を知る術がやはり見つからないのだ。しかし、トリヴァンドラム、コーチン、コーリコードの3大都市で上記3言語の映画が常にそれぞれ最低1本は小屋でかかっていることを考えれば、少なくとも合わせて年間30本ぐらいには達しているのではないか。

正確な数字が出せなくて気持ち悪いが、2009年のケララでは110本超の映画が封切られ、そのうち60本余りがストレートなマラヤーラム映画だったということになるか。これは比率としてはタミル映画界などと比べて特に低いものとは思われない。

そんな中で昨年末の記者会見でのモーハンラールの発言が波紋を呼んでいる。

Superstar Mohanlal has suggested restriction in release of foreign and other Indian language films during festival seasons in Kerala. He was pointing to films `Avtar' (English) and `Vettaikaran' (Tamil), which are running in more than one theatres in a centre, during the X'mas season. He was addressing a meet the press programme organised by Thiruvananthapuram Press Club on Wednesday in connection with release of his film `Ividam Swargamanu'. ``We must regulate the release of films from outside the industry. So that we can save Malayalam film industry. Many other States are practising it." he added. (My-Kerala 記事 Mohanlal proposes restriction of other language films より、太字は引用者による)

いかなスーパースターとはいえ、一俳優の発言に大騒ぎするのもどうかと思うが、確かに発言の内容もどうかと思うものだ。この手の規制の話は南印の他の地域でもよく持ち上がるが、実際にそういう保護主義を制度化しているのはカンナダ映画界だけじゃなかったっけ? お蔭でカンナダ映画が富み栄えてるって話は聞いたことないなあ(こちら参照)。

* * * * * * * *

一方で、製作本数において圧倒的なプレゼンスを誇り(Tolly's bigger than Bolly)ながら、この先彷徨える映画界になってしまうかも、のテルグ界。

Andhra Pradesh Chief Minister K. Rosaiah Wednesday said the continuing attacks on film shootings in and around Hyderabad by Telangana supporters may force the Telugu film industry to shift back to Chennai.

Assuring full protection, the chief minister urged all political parties to ensure that the industry stays in Hyderabad.

The campaign over Telangana has caused huge losses to the film industry, with thousands boycotting movies of some actors and continuing attacks on the shooting of some others opposed to Telangana's creation. (Yahoo! Movies 記事 Telugu film industry may shift to Chennai, warns Rosaiah より)

2009年12月上旬の会議派中央政府による突然のテランガーナ分州「決定」から荒れまくりのアーンドラ・プラデーシュ(行政区分についてはこちらなど)。独立派のTRSと同地の極左マオイスト勢力、当初は独立を支持していたが現在はUターン中のチルさんのPRPや態度の煮え切らないAPコングレスの主流派、それに徹底抗戦のAPコングレス内反主流派やTDPが入り乱れて大変なことになってるみたいだ。

テランガーナの各地で独立派(あるいはそれを騙った連中)による暴動が頻発し、映画の撮影クルーを標的にした妨害・攻撃も枚挙に暇がないほどだという。

The chief minister regretted that the shootings of actors like Mahesh Babu and Junior NTR who have said nothing on Telangana were also attacked.

Last week the protestors also attacked film shootings of veteran actor-producer Mohan Babu's son M. Manoj and actor-turned-politician Chiranjeevi's nephew Allu Arjun.

Both Mohan Babu and Chiranjeevi are opposing the bifurcation of the state. (同上)

攻撃の理由というのが、結局のところテルグ・メジャー映画はコスタ・アーンドラ出身者が牛耳っているから、というしょーもないもの。でもこれは確かに事実なんだ。

この問題が持ち上がる前からだって、テルグ映画界の体質は不健全そのものだった。カーストベースで対立する荒れるファンクラブとか、大スターの間での度を越した内輪揉め(でなければ各種行事の折々にあそこまでフラタニティを強調したりはしないだろう)、露骨なビッグバジェット映画優遇政策とか。でありながら、信じがたいまでに娯楽的偏差値の高い(個人的には印度一だと思っている)プロダクトの数々。やはり映画というのは汚泥に咲く蓮花なのか。

トーキーの開始からしばらくはカルカッタに、その後1936年にラージャーマンドリーに移り、独立後は長らくチェンナイを中心地としていたというテルグ映画界、1980年代末から90年代にかけて時の州首相NTRのイニシアチブでかなり人為的にハイダラーバードに引っ越してきて今日に至っている(資料)わけなのだが、再びチェンナイへ出戻るなんて事態が本当に起きるのだろうか。

“At least 25 per cent of the Telugu cinema production is likely to come to Chennai. Already many production managers are calling their counterparts in Chennai to line up shooting spots and equipment,” said V.C. Guhanathan, president of the Film Employees’ Federation of South India. Those who wish to continue to shoot in Andhra are moving their schedules to Visakhapatnam or Tirupati, he added.(The Telegraph 記事 Telangana storm drives films to TN より)

なんてのを読むとテルグ映画界のチェンナイ・シフトはAP州首相ロサイアー氏の単なる脅かしとも思えなくなってくる。

* * * * * * * *

ここまでお付き合いくださった読者の方々には既にご明察のことと思うが、よーするにラルさん及び椰子國政府関係者の方々には以下のことを提言したいのである。

セコい保護主義に走ったり、生ぬるいバイオレンス映画を作ったりする小手先の療法に頼らずに、今こそテルグ映画を椰子國に誘致しませんかい?!

椰子の木陰に血の雨が降る♪マ映画ルネッサンスの幕開けだ!

投稿者 Periplo : 20:26 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2009年12月23日

傍迷惑な奴ら(7)

ActorShankar.jpgDirectorShankar.jpg

また困った事態になってきた。写真右はいわずとしれた Sivaji The BossEndhiranシャンカル監督

以前のポストで紹介したマラヤーラム&タミル俳優シャンカル氏(上左)が本格的に監督デビューの報。80年代初頭に飛ぶ鳥を落とす勢いだった人気アイドル。その後凋落して映画界を去っていたが、数年前からカムバックするための試みを始めたようで、昨年は児童映画 Robo (Malayalam - 2008) Dir. R Prasanna Kumar に出演。そして今月初の監督作 Keralotsavam 2009 が公開になったらしい。

監督作にまつわるインタビューなどではシャンカル・パニッカルのフルネームで紹介されているものが多い。頼むから2語名前で通してくれ。それにしてもこの人、1960年生まれでラルさんと同い年なんだわな。もちろんラルさんも今では立派な親爺になったが、この人の顔の変わりかたには言葉に詰まるような凄惨さがある。

この監督作も、おおかたの予想を裏切らずこてんぱんにやられてるみたいだ(一例)。それにしても、映画界を一度去るにあたってだって、そりゃあ色々面白くないことがあっただろうし、カムバックにあたってだって相当気まずい思いがあったと想像されるが、それでもやっぱり再チャレンジせずにはいられない魔力というものがあるのだろうか。

正直なところ本作を先を争って見てみようという気にはまったくなれないのだが、封切時の記者会見か何かで語ったとおぼしきシャンカル氏の以下の発言が面白かった。

"May be if I had listened to the advice of those who told me then that a fan's association is a must, I would not have faded out as an actor," Shankar told reporters in Thiruvananthapuram.

(中略)

"Honestly, I never realised that a fan's association was a must then. When many said it is a must, I dissuaded them," Sankar added.
(Buzz18 記事 'Fan clubs a must for Malayalam films' より)

いやー、やっぱファンクラブ現象ってのからは目が離せない。できればインタビューしてみたいもんだわ、シャンカル監督@椰子國に。

投稿者 Periplo : 04:31 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (1)

2009年10月10日

資料系アップデート0910-2

cvMegastar.jpgcvJeevithams.jpg

読書の秋ってことで。

Megastar - Chiranjeevi and Telugu Cinema after N.T. Rama Rao
Author:S. V. Srinivas
Publisher:Oxford University Press, India
主な販売サイト:アマゾンなど

テルグ界のメガスター、チランジーヴィのキャリアの変遷を追いながら、アーンドラ(あるいはサウス)明星の特異なファンとの関わり方、社会的変動とリンクしたスクリーン上のイメージの変遷(rowdy から reformer へ)、そしてアーンドラの映画をめぐる政治的風土を丹念に分析する。

チランジーヴィ本人へのインタビューを含め豊富な資料に準拠した労作。しかし徹頭徹尾学者による学術書なので、現地でファンクラブ活動に汗を流している皆さんには全く届いていないと思う。そのこと自体がテルグ映画界と一般のファンとの関係について何かを物語っているように思える。

まあそれと、ものすごーく読みづらい英語であることはここに書いとこう。意地でも同じ単語は二度と使わないぞ、考え付く限りで一番難しい言いまわしで書いてやるぞ、っていう姿勢で貫かれてます、はい。冷静に判断すれば、本来オイラ程度の英語力では読んでも仕方ない本だと思う。でも歯を食いしばってでも読みたくなるんだ。

頂点のスターたち-たとえばMGR-は、スクリーン上で死ぬことすら許されないのである。かつてMGRがイエス・キリストの生涯を演じようとした際には、イエスが磔刑となる聖書通りの筋書きを改変し、彼が反撃するクライマックスにすることが試みられた、という有名な話がある。(序章xxiより)

な~んていう興奮のトリヴィア満載、やっぱり読まずにはいられない。

The Hindu による著者プロフィール:Much fan fare
Screen による書評:Matinee ideal

お次はラルさん。

Mohanlal Malayaliyude Jeevitham
Author:A Chandrasekhar, Girish Balakrishnan
Publisher:View Point, Thiruvananthapuram
主な販売サイト:いまのところお手軽通販サイトでは見つからず。そのうちここらあたりで扱うだろう
タイトルの意味:モーハンラール、マラヤーリーの人生
ネタ提供:花隈會舘さん(多謝)

全編マラヤーラム語、こっちは幾ら歯を食いしばっても、逆立ちしてみても読めない本。しかしこれがマラヤーラム語で出版されるということ自体に、また意味を感じてしまう。

Neither is ‘Mohanlal: Oru Malayaliyude Jeevitham’ a fan’s adulation nor is it a regular biography of the superstar. It is much more than all this. The work, jointly written by A. Chandrasekhar and Girish Balakrishnan, focuses on thechange in Malayali sensibility over the past 30 years as reflected through the real and reel life of Mohanlal.(The Hindu 記事 Citizen Mohanlal より)

1980年代初頭からこっちの、ラルさんが演じたキャラクターを通して、ケララ社会の変動を考える、みたいな趣旨らしい。下手に転べば、子供じみた感想文に勝手な注釈をつけただけのトンデモ本、でもそれなりの書き手(共著者の一人、Aチャンドラシェーカルさんはケララ州映画賞・映画評論部門での受賞経験があるという)によるものなら相当なお値打ちものになるはず。確かめる術がないのが残念。

“We feel there has been no Malayalam actor who has used the ‘mundu’ so effectively as a property in films. It is not that others have not appeared on screen in the ‘mundu’ but no one has done it so portrayed this sensibility so well.”(同上)

なんてくだりを目にすると、居ても立ってもいられないほど読みたくなるのだが…。英語版は出ないのか、の悶絶読書の秋。

投稿者 Periplo : 17:50 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (1)

2009年10月08日

名作電影保存会

世界の名作を自主上映する小規模な集まりというのが、サウス(特にケララ)ではけっこう歴史がある、ということは色んなとこで読んで知っていたけど、その実態についてはよくわかっていなかった。

タミルナードゥ州コインバトールで活発な活動を行っている Konangal Film Society さんのラインナップはちょっと面白いですね。

投稿者 Periplo : 23:59 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2009年10月04日

資料系アップデート0910

mahanatisavitri.jpg久しぶりに俳優の伝記。

A Legendary Actress: Mahanati Savitri by V R Murthy and V Soma Raju (2009, New York)

テルグ映画人に関する英語の資料というのは非常に貴重。もちろんサーヴィトリはテルグ界だけの人ではなかったが。MGR, シヴァージというタミル界の巨星群と共演し、何よりもジェミニ・ガネーシャンの夫人であった。その豊穣な生涯が640ページに渡って語られていて、お値段500ルピーならば超お得。ただし…。

大抵の本を買う時は、少なくともその時点では完読するつもりでレジに持ってくのだが、これは無理だってことが最初から分かってた。印度人特有のしつこく理屈っぽくい語りが延々と連なって、パラパラめくっただけで駄目だこりゃあってのが分かっちまうんだ。例えばサーヴィトリの感情表現の素晴らしさを説明するに当たって、印度古典演劇論の「9つのラサ」を持ち出して、それぞれのラサを彼女の出演作の数々の中からピックアップして台詞の再現と共に解説したりしてるのだが、著者が独自に考えた10~20番目のラサまで加えて、それだけで約40ページ。こんな調子だからちょっと苦しい。まあ、見る目を持った人が読めば情報の宝の山なのかもしれないが。

巻末のレファレンスはテルグ語・タミル語資料を中心にかなり充実したものだし、本書のためにかなりの関係者インタビューも行われたようで、決して脳内で生み出された妄想系の記述ばかりではないから、資料価値が低い訳ではない。幸いに巻末には索引もあるので、引きながら使う参考図書にはなると思う。それから私生活にまつわる部分はやはり興味深いのでそのうち拾い読みしてみようとは思っている。

参考
The Hindu 記事:Flashback ‘n’ memories

投稿者 Periplo : 04:24 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2009年08月16日

セット販売の必要性

いや、まさしくこれはバンガロールの街外れの羅生門。

cvMission90days.jpgcvCyanide.jpg


先日ちょいと予告めいたことを書いたのもあって、割と軽い気持ちでメイジャー・ラヴィ監督の長編劇映画第2作目、Mission 90 Days (Malayalam - 2007) を観たら、もう止まんなくなっちゃって、前年に公開された Cyanide (Kannada - 2006) Dir. A M R Ramesh まで一気見することになってしまった。

どちらも、ラジブ・ガンジーの暗殺に加わったLTTEのメンバーとそれを追う捜査班を扱っている。

1991年5月21日、マドラス近郊のシュリペルンブドゥールで、国民会議派総裁にして前首相のラジブ・ガンジーが遊説中に爆殺された。花輪を捧げる風を装って近づいた少女の自爆攻撃によるもの。元首相、自爆犯を含む17名以上が死亡した。犠牲者の一人である地元カメラマン・ハリ氏のカメラは無傷で見つかり、暗殺直前の会場の様子が写った貴重な証拠写真10枚が残された。捜査当局はそれらの残存物から、犯行はLTTEによるものと断定し、自爆した少女タヌを支援した他のメンバーの追跡を始める。地元警察、中央情報部(CBI)に加えて、軍のコマンドー隊員からなるSIT(特別調査チーム)が投入された。ほどなくして暗殺実行部隊のメンバー、ムルガンとナーリニの夫婦がタミルナードゥ州内で逮捕される。彼らの自白などによって、指揮官であるシヴァラーサン、隊員のスバ、スレーシュといった面々のプロフィールが浮かび上がる。

捜査が進む中で、シヴァラーサンらがバンガロール郊外のコンナクンデ地区の一軒家に潜伏していることが分かる。この家は地元市民のランガナータンの名前で借りられたものだった。ここから一味の逮捕に向けた周到な作戦が練られる。これは単なる立てこもり事件ではなく、容疑者を生きたまま捕捉することが焦点となるデリケートで困難なものだ。LTTEメンバーは、自決のための青酸カリ入りカプセルをペンダントにして常に身に着けていることで知られる。捕われて拷問されるよりも、死を選ぶように教育されているのだ。

SITは即座に突入の態勢に入ったが、指揮系統の上部からの作戦開始命令はなぜか遅れ、ゴーサインが出たのは情報がもたらされてコマンドー部隊が配置に着いてから実に36時間後のことだった。突入した彼らが目にしたものは、周囲の異変を察知して服毒自死した十数人のLTTEの遺骸だった。

というのが、おおむね現地の観客の間で共有されている歴史的な事実のようだ。シヴァラーサン、スバ、ナーリニという名前はいずれも平凡なものだが、この組み合わせで出てくればたちどころに1991年の記憶が蘇る、という類のものらしい。

上記2作はこの衝撃的な事件を描いたもの。Mission 90 Days はSITコマンドーの立場から、Cyanide はシヴァラーサン、スバと彼らに隠れ家を提供することになったランガナータンの立場から。前者はマンムーティが主演、そのことから推察できるように派手なアクションとコメディ、センチメンタルなソングシーンが全部入ったフル娯楽仕様。後者は対照的に、ソングシーン無しの1時間39分、役者も割と地味目なセミドキュメンタリー。前者は興業的にイマイチで、批評家の意見も分かれた。後者は概ね好評をもって迎え入れられ(Kuppi のタイトルでタミル語吹き替え版も公開)、そこそこのロングランもして、新感覚の上質映画という区分に納まったようだ。

それなら、2作を比較した結果が後者の圧勝かというと、そうでもないのが面白いとこなんだな。

Mission 90 Days が凄い傑作ではないのはわかる。なんといってもこれは失敗に終わった作戦の物語、マンムーティのヒロイズムを求めて劇場に足を運んだ観客は失望しただろう。それから枝葉の部分がまとまりきれておらず、主筋の足を引っ張っているのもマイナス。メイジャー・ラヴィという監督は、軍事作戦を迫真的に再現するのはもちろん得意だが、兵士のプライベートな感傷を描写するのがはっきり言って下手だ。緊迫したシーンの連続のなかでホッとする瞬間としての家族生活の部分が上手く機能していないと感じた。それからラジブ・ガンジーのスリランカ紛争介入政策を擁護する長々とした演説も余分だったね。それでも Mission 90 Days を推したいのは、やっぱりラスト30分の手に汗握る進行と、作戦の失敗を察知した瞬間のマンムーティの演技が捨てがたいと思えるから。同じ部分が Cyanide ではまるで呑気なピクニックのように描かれる。それから、Cyanide で捜査の主体として前面に出てきているバンガロール市警察( This also highlights about the braveness, planning and investigation capabilities of City Police force. などという説明がオフィシャルサイト上にある)が、Mission 90 Days では完全な道化として描かれているのには唖然とする。つい昨日の歴史が、立場の違いでここまで異なったものとして再現されるとは。

そうなんだ、Mission 90 Days のラヴィ監督はこの突入作戦の一員でもあったのだ。

"I, Captain Ravi (he was a captain then) was the first to break into the house where Sivarasan was hiding in. Now, so many people are making films on that, but one day, I will make a film on that operation and there will not be any lie in it; only the facts. It will be what I went through, and how bureaucratic hassles spoiled the entire operation. There are so many things I want to tell everyone." (Rediff 記事 A Major's Mission より)

一方で、Cyanide のラメーシュ監督は、脅迫されてシヴァラーサン一味に隠れ家を提供することになってしまったランガナータン夫妻の友人だった。

For Ramesh, the national tragedy turned out to be more disturbing and personal with the arrest of Ranganathan and Mridula, who were his friends for decades.(The Hindu 記事 The detoxifying effect より)

各々が明確に主張したいものをもって、それをダイレクトに反映させた作品を送り出し、世間一般を説得にかかる、世界のどこにでもある現象ではあるけれど、とりわけインドではそれが激烈なものと感じられる。まさに印度版羅生門とでも言うべきこの2作、併せての鑑賞がお勧め。

一方タミル映画界では、暗殺事件からほどなくして同じテーマを扱った Kutrapatrikai (Tamil - 2006) Dir. R K Selvamani という作品が制作されたが検閲を通過することができず、実に15年後の2007年にやっと劇場公開に至ったという(The Hindu 記事参照)。こちらは現状ではディスク入手不可。機会が訪れたら是非見てみたいもんです。

投稿者 Periplo : 20:07 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2009年06月15日

神出鬼没アシン

AsinMetro.jpg
ほぼオフィシャル、ということなのかね。

Asin and her Japanese co-star Tadanobu Asano will start training in Kalaripayattu for Bharat Bala’s film 19th Step from June 4.

The gorgeous Asin (who most of Bollywood is threatened by after she walked away with Best Debutant trophy at the Filmfare Awards) had hurt her hand, and hence, the training in the traditional form of martial art had to be deferred. Asin says, “My hand is fine now. I’m in Chennai for a couple of days for some commercial, then I will fly to Cochin and later to Trivandrum for the kalari training.” Asano has also arrived in India. He took the train from Cochin to Chennai to meet Kamal Haasan the other leading man in the film. He will join Asin for their on-screen combat. (Times of India 6月1日記事Asin loves Archie より)

何年越しだ?のジャパン関連映画The 19th Step (Tamil - 2010?) Dir. Bharat Bala の撮影開始に向けて純子ちゃんがついにカラリのトレーニング開始、タタノブ・アサノと一緒に仲良く、トリヴァンドラムで。すでにイメージスチルの撮影は先月にチェンナイで行われていたらしい。

しかしこの週末の澳門では最優秀新人女優賞を手にして微笑む姿を目撃されてもいる、印度国際映画学会賞会場にて。もしかして分身の術をマスターしたのか?

このIIFAなる巡業サーカスについては一度腰を据えて悪口を書こうと思いつつ果たせずにいるが、今年はこの子まで来てたのを知って、やっぱ見に行けばよかったかなあなどと無様な未練。

投稿者 Periplo : 00:23 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2009年05月05日

たまには目出度いゴシップ2

meenaKatha.jpg

あまりにご無沙汰だったのでこっちに投稿してみました。

ちなみに、たまには目出度いゴシップ1は見事な誤報ですた。

投稿者 Periplo : 21:45 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (2)

2009年05月02日

何考えとんのか

しばらく前のこととなってしまったが、ナヤン女王様に新たな騒動の種。

Nayanthara’s love for temples is well known. She makes it a point to visit all the famous temples near her locations.

On Wednesday (April 15), Nayan went for a ‘Darsan’ at the Mannaserry Killikavu Temple near Ottapalam, in Kerala where she is shooting for her Malayalam film, the Siddique directed Bodyguard.

It is a Bhagavathy (Amman) temple, where women should wear Sari before entering the temple premises. Poor Nayan did not realize it and went to the temple wearing a Salwar-Kameez.

After praying at the temple, the temple authorities and locals got into an argument with her, over her dress code which became a slanging match. Soon better sense prevailed and Nayan apologized to the temple authorities and the matter was amicably settled.(Sify 記事 Nayanthara’s temple tussle! の全文)

これはもっと時間をかけて書こうと思っていたのだが、ともかくマ映画界のイケてる女優さんにはシリアン・クリスチャンが多いのだ。ミーラ・ジャスミン、アシン・トーットゥンカル、ゴーピカ、ローマ・アスラーニetc。ナヤン様(本名ディアナ・クリヤンというのは識者に言わせるとコテコテのシリアン・クリスチャン・ネームなんだそうだ)もその一人というのは、まあ常識。で、ここに挙げた皆様の中で、ミーラちゃんと鱈子様には共通の嗜好があるというのだな、ネット報道によれば。それは、ヒンドゥーのお寺にお参りするのが大好きということ。

以前に別んとこで書いたように、ケララ州では非ヒンドゥー教徒の寺院入構は基本的に禁止。それから最近緩和の方向にあるらしいがドレスコードも非常にやかましい。上に引用した記事では、ナヤンターラが女性信者に要求されるサリーではなく、サルワール・カミーズで参拝したことでトラブルが起こったというのだが、そもそもクリスチャンが寺院に立ち入ることは咎められなかったのだろうか? 謎だ。過去には、ミーラちゃんがヒンドゥーに改宗したなどと偽って寺院に参拝して物議を醸したりしている。

オマケについてきたトホホ話。

Hindu Makkal Katchi (HMK) on April 18 sent a parcel containing a saree to Malayalam actress Nayanthara to protest against her visit to Killikavu Amman temple near Ottapalam in Kerala wearing salwar kameez. The parcel, addressed to the actress, was sent to the Tamil Nadu South Indian Actors’ Association, HMK sources said. (中略) HMK also ‘advised’ the actress to behave like a Tamil woman and not to degrade Tamil culture, the sources said. HMK General Secretary Ramamurthy had filed a case against south Indian actress Khushboo last year for allegedly causing disrespect to the idols of Hindu goddesses. (Screen 記事 Saree sent as protest より)

Hindu Makkal Katchi に関してはよく知らんのだが、よーするにセレブに噛み付くことで知名度アップをはかろうとしている、泡沫ヒンドゥー至上主義地方政党なのかね。ナヤン様がクリスチャンであること、ケララ人であることにもお構いなしの論法。

それにサリーの送付先が South Indian Film Artistes Association (Nadigar Sangam) だってのも凄い。別件で鱈子様と一戦交えてるってのにさ。果たしてナーディガル・サンガムはこのサリーを女王様の元に送り届けるのか。注目じゃ。

RaapakalNayan.jpg
お雑巾を切らして困ってたとこですのよ。

投稿者 Periplo : 05:25 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2009年03月08日

注目の上質脚本映画

thamburati.jpg

タミル映画界での騒動にやはり関係があるのかどうか、ナヤン女王様が久々にマ映画に出演。ディリープ主演の Bodyguard (Malayalam - 2009) Dir. Siddique のヒロインとして。Raappakal (Malayalam - 2005) Dir. Kamal 以来ってことになるのかな。あ、こないだの Twenty:20 (Malayalam - 2008) Dir. Joshiy は数に入れてないよ、あれはボランティア活動だから。しかし極貧で知られるマ映画界、ギャラの一桁欠けは避けられなかったのじゃないか。

ともかく、今回の都落ち、じゃなかった御降臨の理由は、こちらのゴシップ記事によれば「脚本が素晴らしいから」だそうだ。良質な脚本の不足が嘆かれるマ映画界に新風を吹き込むことになるのか、Bodyguard 公開は6月初旬の予定。

投稿者 Periplo : 13:35 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (1)

2009年03月05日

私はなぜサウスの映画を見つづけるか2

SasirekaParinayam5.jpg画像は再び Sasirekha Parinayam (Telugu - 2009) Dir. Krishna Vamsi より。ラブコメとして、またロードムービーとして、近年まれに見る快作だと思うよ、これは。

印度映画とその他の映画とのパラダイムのズレは、映画ジャンルの王といってもいいだろう恋愛ものでもくっきりとわかる。

印度映画にももちろん恋愛の要素はよく登場する。しかし一方で純粋なロマンスもの、つまりハリウッドなどではプログラムピクチャーとして量産され続けてきた「恋の鞘当て」的なストーリーラインはそれほど多くない。恋愛はとてもしばしば登場するが、恋愛至上主義ではないのだ。

そこには必ず家族というものが、時には地域共同体までもが入ってくる。恋愛は結婚に結びつき()、結婚は家族に結びつく。結婚はすなわち家族という共同体を経営していく中での一事業なのだ。事業であるからにはパートナーの選定にあたっても多角的な観点から検査し、経営メンバーの承認を得た上で決定されなければならない。当事者個人の感情も考慮には入れられるが、それが決定的要因になるとは限らない。

そうは言っても、印度人にとっても、恋愛が理性でコントロールしにくい原初の感情であることには変わりないから、結局ロマンスもの映画の大勢は自由恋愛と周囲の思惑との対立という黄金パターンになるんだな。家族の存在を無視した至上の恋の成就なんてストーリーは、絶無ではないのかもしれないけど凄く少ないはずだ。大恋愛の末の駆け落ちカップルもいないこたないけど、大抵最後に罰を受けるか、色々あって家族に許されて受け入れられるかするんだ。

だから、印度映画の突飛さとしてときどき引き合いに出される、初対面でいきなりの「結婚してください」発言(だけど近年のものではさすがに少なくなってるかな)も、必ずしも脚本の手抜きという訳ではないのだと思う。都市化したアッパーミドルやNRIという限られた階層の間、あるいは大学のキャンパス内という特殊な空間内を除けば、未婚男女が公衆の面前でじゃれあったりすることは論外なのだ。それは女性とその家族にとって名誉の失墜を意味する。つまり I love you と言って交際を求める代わりに直ちに結婚を申し込むのは、一目惚れした相手の名誉を重んじる、誠実さを打ち出した言動なのだ、それが上手くいくかどうかは別として。

それと、一目惚れというのもインド的パターンだな。出会いのニュートラルな状態から色々あってお互いを意識し合い、ついには相思相愛になる(あるいは恋に破れる)というのを全編かけてゆっくりと語っていく映画は少ない。一気に相思相愛になってから、家族の反対をはじめとした各種の障害を乗り越えるという展開がやはり王道か。もしかしたら「一目惚れ」(ただし見合いの席限定)というのは印度人にとって理想の恋愛パターンなんじゃないか。あるいは恋愛結婚率の低い印度人にとって、ゆっくり恋愛感情が芽生えていくという展開にあまりリアリティが感じられないのか。

まあ、こんな背景が少しずつ会得されてくると、チープに見えるストーリーもただの荒唐無稽と一括りにするわけにもいかなくなる。「ここは笑うとこ」なのか、そうでないのかは本当に微妙。作品全体の評価もそう。2006-7年のカンナダ界ぶっちぎり大ヒットMungaru Male (Kannada - 2006) Dir. Yogaraj Bhat はアッパーミドルの男女が、恋仲になりながらも、紆余曲折の末家族の意思を尊重して別れるという、こうして書いてみると馬鹿馬鹿しいくらいに捻りのない話だった。しかしこの映画を高く評価する現地観客の証言に以下のようなものがあるのだ。

「この映画のように、子供が両親の決めた通りのことをするのを見ると、気持ちよくなる」(川縁さんによる同作レビューより)

気持ちよくなる、んですかい。こんな貴重な証言を引き出してくれた川縁長治先生に感謝。

決して相手の価値観に同化はしないが(だって無理だもん)、学習の果てに背景に横たわるものを少しずつ理解してはいちいち仰け反る、これもサウスのひとつの醍醐味とはいえないだろうか。

 一方で現実の印度世界での男女交際についてこんなレポートもある。

 恋愛結婚の文化がまったくない国に育てば、「恋愛=結婚」のリアリズムが欠如しているのがとうぜんだろう。
 恋愛結婚の文化から見れば、「見合い」や「宛てがい」で結婚することは信じがたい。だが、宛てがい婚文化に育った者のから見れば、恋愛は結婚に直結しない。
 そもそも彼らの文化圏では、恋愛は火遊び(ルビ:アバンチュール)であり、社会的浮気にすぎないのだ。浮気がばれたって、金を払って解決することはあっても責任をとって結婚することはあり得ない。もし恋愛が結婚に結びつくということになるのなら、いまつき合っている相手は願い下げだと彼らは言いだすだろう。 (『インド 旅の雑学ノート 驚愕編』 山田和著、ダイヤモンド社、1998年、P.229-230より)

 現在のインドには、日本のように、つき合っていて妊娠したら結婚するという図式がない。
 結婚は結婚。恋愛は恋愛。セックスはセックス。妊娠すれば堕胎し、生まれてしまえば捨てる。恋愛はあくまで「映画ごっこ」の域を出ないのだ。それが男の論理であるだけでなく女の論理でもあり、社会の論理でもあるところが日本とまったくちがっている。
 マザー・テレサの孤児施設「シシュ・バヴァン(子供の家)」に引き取られる赤ん坊たちの多くが、貧困層の子供ではなく、実は裕福な階層の子女たちの間に生まれた「ごっこ」の結果の子どもたちであることからも、そのことは察せられるだろう。(同上、P.231-232より)

もしこれが本当なのなら、印度娯楽映画というのは夢の世界への逃避であると同時に、建前を形にしてあるべきモラルを確認するという意味合いも色濃く持っていることになるのだな。

【オマケ】男女関係に関してもうひとつ。婚姻関係にない男女が二人きりでホテルの部屋にいる、印度ではこれだけで売春・買春容疑でしょっ引かれても文句が言えない暗黙のルールがあるという。これが分かってはじめて腑に落ちるシーンがある映画はいくつか挙げられる。

投稿者 Periplo : 05:19 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2009年03月02日

私はなぜサウスの映画を見つづけるか

私はなぜアジアの映画を見つづけるか』(佐藤忠男著、平凡社、2009)なんて本を手に取ったわけよ。インド映画の部分を拾い読みしてクラクラ。立ち読みだから引用はしないけどさ。国際映画祭の招待状が貰える人物がすなわちオピニオン・リーダーになる時代は終わった、と思ったわ。一言でいうと、「国境や言語、文化、体制の違いを超えて人間が共感できるもの」だけを評価するする姿勢に貫かれてるんだな。だから枝葉末節の個別的な事実関係に関しては記述がえらく杜撰だったりする。

それじゃつまんないじゃん。

まあ、無理もない部分もあるのだが。

ラクガキ いっぷく』(中野翠著、毎日新聞社、2009年)、こちらは買って読んだ。この著者のいつものシリーズ、ハリウッドと欧州映画を中心とした(若干の東アジアものもあり)映画レビューを多数収録。コンテンツに文句があるわけじゃないから引用はしないけどさ。ともかく、異国の人が作った映画をガイジンである自分が見ることの意味、そういうの対して清々しいほど無頓着でいられることにやっぱり眩暈。感性における「彼我の一体」への無条件の信頼には驚くほかない。これは団塊世代の特性なのか。それとも日本の平均的映画好きというのはこんなものなのか。

インド映画を映画一般の中のひとつのジャンルとしてとらえるか、隣接してはいるが別種の芸能として捉えるか、これはイ娯楽映画に接し始めた時から付き纏って離れない設問。

前者の立場をとれば、「スラムの負け犬→百万長者」のオスカー制覇で大喜びしたり大憤激したりすることになるのかね。後者の立場をとれば、よりディープな世界にダイブできるけど、一方で「インド映画かくあるべし」というのに凝り固まって新しい潮流を全く認められなくなる危険もあるわな。

まあ、そういう大問題に結論を出すのを先延ばしにしたいから、物好きガイジンの暇潰し(=検索)に走ったりしてしまうんだけんど。何なんだかよく分からないことを調べてるプロセスが快感の連鎖というのは確かにある。作品の本質的なところからは外れてるけど。

それにしたって、「インドの人たちの悲惨な現実を学ぶために映画で勉強します」なんていうトンチキよりはずっとマシだと思う。もちろん結果的に色々学んじゃうことはあるけどね。それが目的であるか結果であるかは大きな違いだと思う。

一方で、やり切れない日常のルサンチマンを晴らすために「珍獣を大権現に祀り上げて神輿で引き回して大騒ぎする」だけっていう享受の仕方もどうかと思う。これも結局、今の立ち位置から一歩も動かずに自分に都合のいいものだけを見る、というアプローチの1変種でしかないんじゃないか。まあもちろん、浜の真砂のごとき作品群の中には「莫迦映画」として笑いものにするしか対処の仕様がないものが結構混ざってたりするから、全否定はしないが。

まとまりはつかないが(最初からつけるつもりもない)、表題の設問への今日のところの解答は、「彼我のあまりの価値観の違いに直面して悶絶するのが気持ちいいんじゃ、かわゆい女の子ちゃんに萌えまくれて寿命が延びる気がするんじゃ」にしておこう。

shasirekhaparinayam1.jpgshasirekhaparinayam2.jpgshasirekhaparinayam3.jpgshasirekhaparinayam4.jpg
Sasirekha Parinayam (Telugu - 2009) Dir. Krishna Vamsi より。ディスクに字幕はついてなかったけど(泣)、ゲンちゃんのファッションショーはエかった。

投稿者 Periplo : 01:31 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (2)

2009年02月28日

名前の神秘2

なんでか分かんないけど最近自分のストライクゾーンが広がってる気がする。
swathi.jpgsuja.jpg
左は Ashta Chemma のスワティちゃん、ガラッぱちぶりが良い。右は Gopalapuranam のスジャーちゃん、ちんくしゃ顔が妙に印象に残る。

なんの話だ。

以前にディスク情報として紹介した Ashta Chemma (Telugu - 2008) Dir. Indraganti Mohana Krishna をやっと鑑賞。注目の監督インドラガンティの第三作目、Maya Bazaar (Telugu - 2006) に続く低予算娯楽映画。

【ネタバレ度35%の安心粗筋】
マヘーシュ・バーブの狂ったファンであるラヴァンニャ(Swathi)は、2005年のマヘーシュの結婚で精神のバランスを崩す。その後かろうじて立ち直ったものの、自分の結婚相手はマヘーシュという名前でなければならないという思いこみに凝り固まっていた。隣家に住む幼馴染みのアーナンド(Srinivas Avasarala)はラヴァニャの狂態に悩まされ、打開策としてハイダラーバードのクラブでマヘーシュという名の好男子(Nani)を見つけ出してきて引き合わせる。たちまちのうちに恋に落ちる2人。しかしこのマヘーシュ、深い訳があってラームバーブという本名を隠している人物なのだった。

テルグ映画に多少馴染みがあれば爆笑必至のギャグの数々。プリヤン先生がボリウッドで作ってるコメディが古くさく感じられる軽快な笑い。ボックスオフィス的にもかなりの成功を収めたという。しかし笑うだけ笑って見終わった後に引っかかるものがなにもない。まるでテレビドラマみたいに平板で手応えがない。フロップに終わったという前作 Maya Bazaar にはあった「映画の喜び」(それはもっぱらこの人に負っている)がどうしても感じられないんだ。本作でデビューの Srinivas Avasarala は拾いものだったが、こいつが狂言回しの寝業師として登場しておきながら途中から登場人物の一人になってしまうストーリーには収まりの悪さが感じられた。ともかく、こういう小粒が受けるってのはテルグ・オーディエンスの皆さんも何か疲れてるのかと思ってしまったのよ。

しかし、結局のところ、良作の感動には恵まれなかったものの、本作によってまた細かい学習をしてしまったんだわな。たとえばテルグ界(サウス、いやインド全域?)ではNRIのブランド力がとてつもないってこと。それからマヘーシュ・バーブって名前は凄くクールだけど、ラームバーブじゃドン臭くて救いようがないってこと。こういうのは幾ら鑑賞本数重ねても体感できるようになるのは無理。試験勉強よろしく一個ずつ丸暗記だな。

cvGopalapuranam.jpg名前の話で思い出した、最近見た Gopalapuranam (Malayalam - 2008) Dir. K K Haridas。これまでに見たマ映画のなかでも一、二を争うサイテーぶりだった。こんな素人くさい脚本にマ映画が誇る芸達者脇役さん達がよく出てきたなというくらいのダメダメ。でありながら、主人公であるゴーパーラクリシュナンという名の若者が作中に叫ぶこんなセリフで、やっぱり観て無駄じゃなかったと思えてしまうのだ。そのセリフとは、

「ゴーパーラクリシュナン、この名前で呼ばれるたんびにオイラは死にたくなるんだよう」

マ映画界の若頭、ディリープの本名がゴーパーラクリシュナンであること(というよりはディリープという芸名との落差か)が執拗に揶揄の種とされていることを側面から補強する名セリフ(笑)だわな。

Ashta Chemma についての追記:タイトルの Ashta Chemma はインドに伝わる子供向けの双六ゲームのこと。詳しくはこちらなどで。

投稿者 Periplo : 00:37 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (1)

2009年02月06日

20lakh:20lakh

タラ子女王様はやっぱスケールがでかい。

20lakhs.jpg

Nayanthara was signed for this film opposite Paruthiveeran Karthi for a record salary of Rs one crore. It was the talk of Kollywood, as no actress has ever been offered such a whopping amount in an industry in which heroines are paid only in the range of Rs 40 to 50 lakhs.(Times of India 記事 Nayathara is angry! より)

上の記事の続き部分:女優としてはタミル映画界空前の1000万ルピーのギャラでリングサーミ監督の新作にサインしたナヤン様だったが、制作側はその後世界的な景気の悪化を理由にギャラの引き下げを要求。これをにべもなく断った女王様とプロデューサーとの間で激しい応酬があったらしい。結果、プロデューサーはヒロインをナヤンターラからタマンナに差し替え、ナヤンターラには手付け金として支払った 20 lakhs (200万ルピー)のうちの15 lakhs の返還を求めたのだという。うーん、セコい。もちろん女王様がこんな非礼に応じる訳もなく、押し問答が続いた。そしてここに来て、制作サイドの訴えを受けた Tamil Film Producers Council (TFPC) と South Indian Artists Association (Nadigar Sangam) とが連名でナヤン様使用禁止令を出したのだそうだ。おい、ちょと待て、プロデューサー組合はまだ分かるが俳優組合が女優を弾劾していいのか? 大体お前ら手付け金ってものの意味をわかってるんかい?

俺はタラ子様を断固として支持するぜ!!

などとここで息巻いてもしょうがないか。別んとこでのマムターちゃんの証言もそうだが、元気なケララ美女軍団の皆さんのおかげで、サウスの相場の片鱗が見えてくるのはありがたいことじゃ。

投稿者 Periplo : 15:17 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2008年10月17日

ご近所の評判

こないだのポストでは、ケララ人からのタミル人への蔑称 pandi についてちらっと書いたっけ。そんなつもりじゃないんだよ、と言ってるケララ人もいる。

Classmates (Malayalam - 2006)、Arabikatha (Malayalam - 2007) などを手がけたラール・ジョースは今マ映画界で最も注目されている中堅監督の一人。なんかケララ名物の2人組監督みたいな名前だけど、単独の人物だということが最近になってやっと確認できた。


そのLJ監督、今度はタミル映画に進出するのだそうだ。なんでも、乾いた大地が広がるタミル内陸部でないと成立しないストーリーだから必然的にタミル映画ということになったらしい。LJ監督がインタビューでマ映画とタミル映画の関係性などについて語った部分が面白かった。

Surprised at the news that Tamils are hurt at being called ‘Pandi’ and that even Tamil actors are always offered negative roles, the director says, “Yes, we call you Pandi. The meaning of Pandi is Pandya Nattu Makkal (people of the region that was once ruled by Pandyan kings).There is no double meaning in that. Moreover, who said that Tamil actors are always villains in our films? Kamal Haasan’s first film as a hero was in Malayalam. Also Vikram has done many positive and lead roles there.”(ExpressBuzz インタビューKollywood is Lal's ticket to Hollywood より)

まあ、LJさんがこう言ってるからって、安易に使うとまずいんだろうけどね、パンディって言葉は。

特に印象的だったのは両州の観客気質の比較。

“Tamil movie lovers are not like Malayalees.

Films are part of their life and they consider it as important as water, which is very essential for survival. But people back in Kerala watch films for the sake of entertainment,” explains Lal Jose adding that Tamils know how to appreciate films even if a Malayalathaan makes them.(同上)

もちろんタミルの観客へのリップサービスもあるんだろうけどさ。でも上の話の延長線上で、映画へのカルト的熱狂で全国的に有名なタミルでよりも、識字率100%を誇るケララの方がスターさんを粗末に扱うという、ちょっと逆説的にも思える説を現地の複数の人物からも聞いた。

例えば、酔っ払った状態でマンムーティにしつこく付きまとったダイハードファンが逮捕されたなんても最近あった。それから昨年には、スリラー映画の中でカーヴィヤ・マーダヴァンさんの携帯番号として画面に現れたナンバーにイタズラ電話が殺到なんていう厨房な事件も。スターさんたちも苦労が耐えないんですなあ。

Nadiya Kollapetta Rathri (Malayalam - 2007) Dir. K Madhu でのことだそうだ。この映画、アガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』をケララを舞台に翻案したものだという。好き心をそそられまくりだわい。
NadiyaKollapetaRathri.JPG


マラヤーラム映画の撮影クルーが何かというと越境してタミルの田舎にやってくる理由は、相対的な物価の安さ(もちろんチェンナイなどの大都会は別にした話だが)だけじゃなくてそういう環境の違いもあるのか。

タミル映画界の若手スターのカップルが新婚旅行に出かけるのに、チェンナイ国際機場で普通に列に並んでチェックインしてた、なんて目撃情報も以前聞いたっけ。タミル、というか少なくともチェンナイにはそれを可能にする雰囲気があるんだね。

南印4州の作風の違いを言語化するのには、隣近所からの評判ってのも結構重要な手掛かりなんじゃないかと思ったりしたのだ。

投稿者 Periplo : 05:30 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (4)

2008年08月13日

再び蘇る亡霊(Japan関連6)

また息を吹き返してきたのかい、この話!(さらに以前にはこんな記事も書いたっけ)

To be made in three languages Japanese, Tamil and Hindi. The film aims to clear common misconceptions about martial arts. (OneIndia 記事、Kamal to share screen space with Japanese actor より)

しかも一段とグレードアップして。主演はカマル・ハーサンと浅野忠信だそうだ。ARラフマーンによるサウンドトラックは出来上がってるのに、主演女優は未定だってさ。ともかく、カマルと別企画のラルさんが日本で鉢合わせ、なんてことになったら面白いねえ。

ただし、この記事、お約束と言うかなんと言うか、例の調子でフカしてる部分もあるから、あんまし信用できないんだけどね。

Without directly acting in a single movie or single scene in Japanese, Rajinikanth is ruling the Japan Box Office as one of the Superstars of the country for the past 10 years! All his Tamil Blockbusters have dubbed in Japanese and released in large number of theaters in Japan in these years. Muthu, Arunachalam and Padayappa have rocked Japanese Box Office with huge collections. Even Baba also ran well and collected a lot in Japan.

おいおい、これだから印度の芸能記事は…。

投稿者 Periplo : 01:32 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (1)

2008年07月02日

別の映画とみるべきだね

sreenirajini.jpg

注目のリメイク競作に進展あり。バイリンガル同時制作Kuselan/Kuseludu のうち、テルグ版のタイトルが Kuseludu からKathanayukudu に変更になった。両作共に7月25日に公開予定とも言われているがどんなものか。本作に登場する豪華ゲストに関しては、ちょっとしたトラブルも伝えられているが、どうなるかは蓋を開けるまでわかんないよね。

タミル&テルグ・バージョンよりも明らかに出遅れた話として、カンナダ・バージョン制作のも流れている。こっちはラジニ映画のバリエーションじゃない。スーパースター役を演じるのは、なななんとこの人だってんだけどね。記事にある監督のラメーシュってのはラメーシュ・アルヴィンドのことなのか、別人なのか。なんにせよ、これからも追っかけしなければならんわい。

一方ヒンディー版 Biloo Barber を制作中のプリヤンは今のところ音無の構え。あまり当てにならない記事によれば、10月24日公開予定だってさ。

投稿者 Periplo : 03:53 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (6)

2008年06月06日

資料系アップデート0806

まだ全貌は把握し切れていないのだが、とりあえず紹介。

オンライン辞書 South Dravidian etymology

Database query to South Dravidian etymology
Database query to Telugu etymology
Database query to Dravidian etymology
DB一覧

コツを掴めば語源のみならず一般的な辞書としても使うことができるかもしれない。

親ページはサンタフェ研究所Evolution of Human Languages

投稿者 Periplo : 01:36 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2008年04月29日

別の映画とみるべきか

kucheludu.jpg

3月15日、ラジニカーント・ゲスト出演(とはいってもほとんど主演扱い)のテルグ映画 Kucheludu (Telugu) Dir. P Vasu の Muhurat(撮影開始ファンクション)がハイダラーバードで華々しく行われた。

この映画、以前のエントリーで話題にした、今年注目のリメイク輪廻 Katha Parayumbol (Marayalam - 2007) Dir. M Mohan、Kuselan (Tamil) Dir. P Vasu、Billoo Barber (Hindi) Dir. Priyadarshan のうちの、Kuselan の吹き替え。通常のラジニ映画のテルグ語版と違って、ラジニ以外のキャストのかなりの部分が入れ替えになるみたいだ。そのあたりの楽しいいきさつはこちらなどで。これからもまだまだ続きそうで目が離せまへん。

個人的に一番興味深いのは上にリンクした式典でのラジニのスピーチ。

During late 1970's I was pretty busy both in Telugu and Tamil. It was difficult for me to shuttle between Hyderabad and Chennai. Balachandar suggested that I should settle in one of these languages. When I asked Mohan Babu for suggestion, he said that there are many politics in Telugu field and asked me to settle in Tamil.

スター誕生秘話としても、テルグ・タミル映画界の比較としても、示唆するところの多いスピーチだ。どうもテルグの映画風土というのは、部外者のちらりと漏らす言葉からしか窺えない部分が多いんじゃないかという気がしてねえ。

投稿者 Periplo : 23:58 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2008年03月09日

嘘つけ、嘘を

nameisrajnikanth.gifRuthumarmarangal.jpgManjakkannada.jpg

ラジニ様の「公式」伝記 The Name is Rajinikanth by Gayathri Sreekanth が華々しく発刊。Om Books International 刊、375頁、口絵多数だという。まず英語版が出版され、南印4言語+ヒンディー語版が続く予定。

で、いつものお約束。

The book will be translated into Tamil, Telugu, Kannada, Malayalam, Hindi and yes Japanese too. That will happen in April. But die hard Rajini fans are in no mood to wait!(NDTV Movies 記事 Rajini mania grips bookstores より)

まあ、嘘から真になりゃいいっすね。

一方こちらはひっそりといつの間にか出版されていたラル様著作、Ruthumarmarangal - Manassu Manassinodu Paranjathu

ラルさんが料理本を執筆中というは前からあって一日千秋の思いで刊行を待ちわびていたのだけれど、それじゃないみたいだ。こちらはマラヤーラム語、著者モーハンラール、DC Books 刊、75ページ。今年の2月13日に出版。

どうやら自身のキャリアのなかでの思い出をつづったエッセイ集のようなのだけれど、全編マラヤーラム語ではとりつく島も無し。タイトルの意味も不明。こちらからサンプルページが閲覧可。

昨年にはマ様もインタビュー記録 Manjakkannada (タイトル意訳:黄色いグラサン)を上梓したし、なんだか総括みたいな時期に入ってるのだろか、両巨頭。

後2者については日本語訳など贅沢なことは言わないから、せめて英語版を出して下せえ(泣。

投稿者 Periplo : 21:46 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2008年02月17日

いくわよ!

そおれ〜、っと。

bhavanachan.jpgkavyachan.jpg

マラヤーラム映画界からの萌え流出は相変わらずみたいだ。

■お隣のかわゆい女の子、清純派の代名詞だったバーヴァナちゃんもついに越境。行きがけの駄賃じゃ、ってな感じでちょこっとタミル映画 Aarya (2007) Dir. Balashekaran とVazhthukkal (Tamil - 2008) Dir. Seeman に顔だして、目指すはテルグ。これまであんまりにも可憐で妹萌えな役ばっかやってたバーちゃんにテルグ界での居場所があるのかと最初は懐疑的だったけど、こっちのお姉さんみたいに大化けするかもしれんからのう。楽しみなような怖いような。ちなみにそのお姉さん、珍しく里帰りした時にゃ三顧の礼を持って迎えられたそうだ。

■いまやマラヤーラム映画の女王の貫禄も十分なカーヴィヤ・マーダヴァンさんも。体型が邪魔して他州から声がかからんのじゃ、などという陰口も聞こえてはいたが、ご当人は母語で演技することの重要性を常々口にしていた。ところが気晴らしなのか何なのか、Saadhu Mirandal (Tamil - 2008) Dir. Siddique にひょいっと出演。もっとも監督をはじめとしたクルーはかなりの部分がケララ人らしいのだが。だけんど、顔なじみに誘われてお遊び気分で出かけたわけじゃなさそうだ。どっかで読んだ記事によれば6kgの減量を達成、メイクもヘアも一新して(これを見よ!)イメチェンをはかったあたりはさすがプロ。

格調高いマラヤーラム映画界から才能ある女優さん達がどんどん流出しちゃうのは、やっぱり一番には稼ぎの問題なんだろうか。先日紹介したマムターちゃんが身も蓋もなく言っちゃってるけど、ヒロインのギャラで見ても、マラヤーラム界と他州では桁が違うらしい。

A heroine there (注:マラヤーラム映画界) barely earns Rs 3-9 lakh, whereas in the Telugu and Tamil film industry, the earnings are ten times more. I find Tollywood a safer place to work in and besides, the Malayalam film industry is not rich. Originality is also fast waning and filmmakers are mostly copying or remaking films.(Times of India 記事 You react & rumours get cruder: Mamta より)

もともと規模が小さい上に、二大巨頭でも出てきた日にゃ、予算のほとんどがそっちにまわっちゃうからねえ。

■オバちゃんだって行くわよ!

prithvimama.jpgおネエちゃんばかりが流出してるわけじゃない。Mallika Sukumaran、この名前でピンと来た貴方はかなりのマ映画通。元女優、往年の性格俳優スクマランの夫人にしてインドラジット、プリットヴィラージ兄弟(こちら参照)のママ。この茉莉花さんもタミル映画初出演。上に挙げた Vazhthukkal がそれ。

茉莉花様の出陣の辞。

“It's a pivotal role,” says the ecstatic actress. “But more than that, I get to play Maddy's mother. Maddy's mother! MADDY'S MOTHER!! It's my dream role. I'm his biggest fan. I've seen all his movies, and some of them more than once. When they asked me if I would play his mother, I said yes, yes, yes.”(Newindpress 記事 Mom on a roll より)

こりゃ、「萌えの流出」ってよりか「萌えで流出」かいな。おカアさん、こういう時は嘘でもいいから息子二人と共演したい、とかなんとか言うべきでねえの。しかし茉莉花様の野望はここで終わっちゃいねえ。

The 56-year-old says the only thing that will get her as excited is a chance to act with Rajnikanth. “That's the ultimate, I'll even play his grandmother if they ask me to.”(同上)

それはとてもありそうな話ですぜ。

投稿者 Periplo : 01:07 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (2)

2008年01月12日

スターパワー

この人も2007年には有卦に入ってたみたいだ。マラヤーラム映画界第一線のコメディアン・シュリーニヴァーサンが主演・脚本・プロデュースの映画が昨年クリスマス頃に封切られてかなり好調だというSify 記事 Super Srini!

Katha Parayumbol [Kadha Parayumbol,Katha Parayumbhol] (Malayalam - 2007) Dir. M Mohan
Cast: Sreenivasan, Meena, Mukesh, Sreedevi, Salim Kumar, Mammootty, Innocent

なんでも、田舎で散髪屋を営む中年の主人公が生活苦にあえぐ中で、音信不通だったうちに映画界のトップスターになっていた小学校時代の同級生と再会し、この級友とのコネを足がかりに苦境を逃れようと画策するコメディらしい。詳しいストーリーはこちらあたりで。

kathapara.jpg

主人公の妻で、3人の子供の母という老け役(これまでのキャリアからすれば)をミーナが演じるというのも注目だけど、スーパースター Ashok Raj をマンムーティがやるってのもツボにはまりすぎ。スーパースターがスーパースター役で出てくんだから、スーパーファッションが炸裂してる筈。

先日来、ラジニ+シャンカル新作の話題が沸騰中だが、ここに来て P Vasu 監督+ラジニ主演(というかゲスト出演というか)でこの映画のタミルリメイクを作るというが急浮上。いきなり抜き打ち的に ROBOT の「正式発表」が出てきちゃったから、水面下でネクスト・ラジニを画策してた業界の皆さんが大慌てで自分とこのプロジェクトをリークして既成事実化を図ってるって構図なのかな。

しかしこちらのリメイク話、全くの法螺というわけでもないみたいだ。

Rajankanth will next act in the Tamil remake of Sreenivasan's Katha Parayumbol, running in packed houses all over in Kerala. It was earlier reported that the superstar's next film would be Robot.

Rajani who saw Katha Parayumbol in Priyadarshan's 4 Frames Theatre in Chennai, burst into tears after seeing the last scenes. Rajani hugged Sreenivasan after seeing the film and told him his desire of taking it in Tamil.

The film produced by Seven Arts Vijaya Kumar will be directed by P Vasu. Rajani will do the role of the superstar, done by Mammootty in the original. Pasupathy will enact Sreenivasan's role. An official announcement of the film will be made in Chennai on January 15.

Sreenivasan was junior to Rajanikanth in the Film Institute run by South Indian Film Chamber and are close aides. Chiranjeevi was junior to Sreenivasan in the same institute.(ArtKerala 記事 Rajani in Tamil remake of Katha Parayumbol 全文)

プリヤン・スタジオの使われ方(別の映画に関する記事では、カルナのオッさんまで足を運んだそうだ)までわかっちゃって面白ーい。ま、シャンカル先生のライフワークと同じで、これもまだ海のものとの山のものとのつかない話だけど、こうやって気軽に掛け持ち出演するスーパースターがいてくれれば、タミル映画界はもっと面白くなるはず。

シュリーニヴァーサンのネタで追いかけるうちに↓のような訳分からない話までひっかっかってきて豊漁豊漁。

His Udayananu Tharam is being remade in Tamil and Katha Parayumbol will be remade in Hindi by Priyadarshan soon.(oneIndia 記事 Srinivasan is the real superstar より)

一方じゃ、No Priyadarshan film in 2008 (ヒンディー映画リリースは一本も予定無し)なんて言ってる謎の記事もあり。

追っかけ相手がスーパースターだろうと、パクリ魔監督だろうと、この手の記事に振り回されるのは、今年も相変わらずってとこですかねえ。それにしてもこの Katha Parayumbol いつになったら見られるだろ、いっそ見に出かけちゃおうか。

kathapara2.jpg

投稿者 Periplo : 04:53 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (5)

2008年01月06日

追っかけ報告

cvShabarimalai.jpg性急な追っかけ宣言をして引っ込みがつかなくなっちまったので、シュリーダルさんの出演作を1本チェックしてみました。

Shabarimalai Swamy Ayyappa (Kannada - 1990) Dir. Renuka Sharma
Cast : Sridhar, Sudha Rani, Master Sanjay, Master Manjunath, Geetha

アイヤッパン神話だってのにカンナダ映画。しかしどうやらこれはマルチリンガル作品だったらしく、Ayyappa Swamy Janma Rahasyam(Telugu - 1987?) Dir. Renuka Sharma、Sabarimala Sri Ayyappan (Malayalam - 1990) Dir. Renuka Sharma という作品名がネット上で見受けられる。まあ、アイヤッパン信仰は全印的なものらしいから不思議じゃないが。出演者は多くがカンナダ映画人なのではないか。

Story : 天界の神々を脅かそうとするアシュラの一族。そのなかでもとりわけ強力なマヒーシャ(Mahisha/Mahishasura)と闘わせるために、神々は一柱の女神を生み出して彼を成敗する。復讐を誓ったマヒーシュアスラの妹マヒーシ (Mahisi) は壮絶な苦行を行い、ブラフマー神に認められて「シヴァとヴィシュヌの間に生まれた息子以外の人間には殺されることがない」という能力(というか属性というか)を授けられる。

不死身も同然となったマヒーシは地上・天界を問わず乱暴狼藉を尽くし、人々・神々を恐怖に陥れる。修行中のマヒーシの邪魔をしたインドラ神は住処を追われて雲海を彷徨う始末。天界の住人たちは困り果ててブラフマーに相談し、マヒーシを倒すことができるのはシヴァ [Sridar]とヴィシュヌとの間に生まれる息子以外にいないことを知る。神々の懇請に応じて、シヴァ神は自身と同型のアヴァターラ、ヴィシュヌ神は美しい乙女モーヒニとしてのアヴァターラを生じさせ、二人の交わりから男児が生じる。

赤子は森の奥深く、シヴァリンガの前に置かれる。狩にやってきたその地の王が見つけ、子宝に恵まれなかった王と王妃[Geetha]は、神からの授かりものとして赤子を大切に育てる。マニカンタと名付けられた少年はすくすくと育ち、12才にしてヴェーダの知識と武芸の技を習得し、神々に導かれてその本来の使命へと向かうのであった。

同じアイヤッパンものでも、以前見たこれと比べると字幕がついてる分ストーリーは格段に分かりやすい。だけどアイヤッパン映画というのは難しい、幼年神だからこの神様に複雑で見せ場の多い芝居は期待できない、登場キャラは多いけどみんな脇役。だからどうしても散漫なストーリーになっちゃうんだな。本作でもハイライトといえるのは、主人公アイヤッパンを生みだすための、シヴァ神の化身とヴィシュヌ神の化身モーヒニによる神的な交合のシーン。

このプロットには色々とバリエーションがあり、もっとえげつないバージョンもあるが、何がオリジナルであるかは不明。ここでは映画というメディアの制約から、「本体」に見守られながら子作りに励む二人の分身という無難な(←比較的、ね)展開になった。

sriAyyappa1.jpgsriAyyappa2.jpg
sriAyyappa3.jpgsriAyyappa4.jpg
sriAyyappa5.jpg

いや、すばらしいですね。

神話映画を見て面白いと思うのは、いや多分映画だけじゃなくて印度神話の特質なんだろうけど、神様と阿修羅との闘いに決着がつかないとこですね。天界族は、アイヤッパンがしたように特定の阿修羅を倒すことはできるのだが、阿修羅族を全滅させることはできない。若干神様優位に傾いた状態での共存的均衡というのが理想の状態とされているようなのだ。つまり天界族・阿修羅族それぞれに存在意義が付与されてるんだな。それは劇中で、住処をマヒーシに蹂躙されたインドラ神の台詞、「何故我々を攻撃するのだ。天界族と阿修羅族は兄弟であらねばならない筈ではないか?」によく現れていると思う。それに対してマヒーシは、「乳海攪拌の際に阿修羅族の力を借りておきながら、アムリタの独占のために神々は我々を卑劣なやり口で騙したではないか」と反論する。もっともな理屈だ。こういうとこに、印度神話が包含する矛盾に満ちた混沌が浮かび上がってきて面白い。

あと劇中では、慈愛に満ちた最高神シヴァ&ヴィシュヌへの称揚と対照的にインドラ神が徹底的にコケにされていたな。それと、修行を積みさえすれば相手が阿修羅だろうとなんだろうとホイホイ特典(不死身とか)をやっちゃうブラフマー神のバラモン教的な非人格性も際立っていた。さらにはヤリ手営業マンみたいなナーラダ仙(どの映画見てもこの仙人は中背中肉ぷよぷよの中年男として造形されている)とか、南印的 Divine Comedy の各種の典型が楽しめます。

エンディング部分には豪華なオマケもついていて、なかなかサービス精神に富んだ映画でしたわい。
RajkumarAY.jpgRajnikanthAY.jpgAmithabhAY.jpg


投稿者 Periplo : 14:48 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (1)

2008年01月02日

柯枝の泰米爾人

kathanayagan1.jpg

兄貴ぃ、ドバイに来たってのにバスのフロントにマラヤーラム語が書いてあるっぺさ?

莫迦だなお前も。ドバイ人はみんな自家用ベンツ持ってっからよ。バスなんか乗るのは出稼ぎのマラヤーリーだけだっぺ。

そっかー。さすが兄貴、物知りだあ。

kathanayagan2.jpg

れれっ!!!

cvKathanayakan.jpg っていうのが、この映画の一番の笑いどこなんでしょうなあ。あ、上の会話は全部Pの脳内超訳なので現実の台詞とは一切関係ありません。仮に一致していたとしても全くの偶然なので悪しからず。

Kathanayagan (Tamil - 1988) Dir. Pandiarajan
Cast : Pandiarajan, S V Shekar, Rekha, Delhi Ganesh, Manorama, Ramya Krishnan, S S Chandran, Malaysia Vasudevan, Kumarimuthu, Kallapetti Singaram
VCD版元:Raj Video Vision
字幕:なし

粗筋:大学で学位をとっても就職口に恵まれないタミル(チェンナイ近郊の村 Moottakkaran Chavadi)の二人の若者は、起業を試みるものの失敗し、ドゥバイへの出稼ぎを志す。正規のビザ発給手続きをショートカットして闇の渡航業者の船に乗った彼らが下船したのはコーチン。騙された事にも気づかない二人は街をさまよい歩き、ふとした出来事から、非合法薬物取引業者から麻薬入りのトランクを手渡される。偶然に偶然が重なり、麻薬取引に関わるギャングの親玉は彼らを特命を帯びた覆面捜査官だと勘違いし、勝手に恐れおののく。やがて二人は心優しい隣人の女性に励まされ、コーチンで地に足の着いた生活を送ろうとする。

過去のポストリメイク全部潰す宣言したからには、ちょっとずつでも前進せんとね(こういうとこ妙に律儀なのよ儂)。

Nadodikkathu (Malayalam - 1987) Dir. Sathyan Anthikkad のタミルリメイク。オリジナルは大ヒットしたらしいけど、このタミル版はどうだったのか。おそらくは鳴かず飛ばずだったのではないか。

告白すると、全部通して見たんじゃなくて、早送り見(こういうとこ妙に正直なのよ儂)。そんな不真面目な鑑賞だけど、上に挙げた他に印象に残ったのは、オリジナルで「チェンナイで職探しをする主人公がマラヤーラム映画の撮影現場に赴く」シーンのアダプテーション。オリジナルでは、まずこの人の家に行って、旦那さん(I V Sasi)が撮影してる場所を教えて貰うんだ。撮影現場では監督とともにヒーローのこの人の姿が見えたりもした。

タミル版ではというと、表に「映画撮影所」と手書きされた建物のなかに紹介者もなくずんずん入っていった主人公が、彼を共演者と勘違いした青色映画女優にリハーサルさせられそうになって逃げ帰る(逃げなくたっていいじゃんか)というものに本番、じゃなかった翻案されていた。とほほなリアリズム。

不真面目な感想:マラヤーラム版の方が面白いと思う、多分。カンナダ・バージョン Tenali Rama が見たいよお。テルグ版はホントに存在しないのか?

ケララが舞台だけどタミル映画だから、この人も妙に化粧が濃いのですた。

投稿者 Periplo : 02:54 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2007年09月24日

蘇る亡霊?

いったん死んだプロジェクトが息を吹き返したのか、それとも芸術映画はいろいろ時間がかかるものってだけなのか。それともよくある勘違い記事なのか。

Malayalam superstar Mohanlal is ready to start shooting for his new English movie titled Nineteenth Step. Bharat Bala is producing the film. MT Vasudevan Nair has written the films story. Bharat Bala himself is directing the film. Asin is acting opposite Mohanlal in the film. Nineteenth Step is both the actor and actresses first English film.

The veteran was approached for the film and signed up for it on the condition that the films’ shooting is started only after six months. Asin to agreed to be apart of the project only after finishing the shooting of Ghajini and Vel. The other Malayalam superstar Mammotty too is acting in an English film playing the role of a doctor. (OneIndia 2007年8月24日記事Mohanlal, Asin in Nineteenth Step の全文)

以前にこのネタを取り上げたのは一年以上も前のこと。例によって尻すぼみになって消えてしまったんだと思いこんでいた。

kalari25.jpgkalari15.jpg

写真は kalaripayattu.org から拝借してきたもの。

久しぶりにバラトバラさんとこを訪ねてみれば、企画は生きてて主人公の名前まで書いてあるわな。しかしこの名前、幕末のお侍さんのものとしてはかなりぶっ飛んでるんじゃねえの。

それにしても、一般に流通してる記事では監督・脚本家・主演男優の名前は一年前と変わってないのに、侍ジャパン映画というタグが消えて英語作品となっている。何が何だか分かんないけど、ひとまずこれからも注視。

投稿者 Periplo : 21:31 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2007年06月17日

それぞれの柴児3

特に驚きはしないけど封切り後の Sivaji はヒット街道驀進中。各種の記録を塗り替えることになるんだろうね。

romasivaji2.jpg

一般公開してからはもちろん粗筋付きのレビューが至る所に出てきている。だけど、シャンカル映画に関しちゃ白紙に近い状態で臨む方が絶対面白いと思うんで、なるべく読まないように心がけている。それでもラジニ様の役どころがビザンチン皇帝じゃなくて、アメリカ帰りの30代後半独身男だってことまでは分かっちゃってるんだけどさ。

ストーリーには極力接しないようにして記事を読みあさるというのは結構骨が折れるのだが、一番知りたいのは企画立ち上げ時点でささやかれていたマ映画リメイク説。これが現状でもまだ否定されていない(確証されてもいないが)。

cvNaduvaazhikal.jpgNaaduvaazhikal [Naduvaazhikal, Naduvazhikal, Nadu Vazhikal]
(Malayalam - 1989) Dir. Joshi

タイトルの意味はズバリこちら。キャストなどはこちら参照。粗筋はほとんど見つからないがシリアス系だという。殉職した警官である父の仇を討つために殺人犯を追い求める息子の話。

VCDしか出てないみたいだけど、これは近日中に鑑賞したい。かりにホントにリメイクだったとしても、そこはそれ、柴児にはオリジナルとはぜーんぜん違うミラクルラジニ様ワールドが広がってる筈だから、上に挙げた制約とは抵触しないと思う訳よ。




投稿者 Periplo : 23:12 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2006年12月20日

Travancore 補遺補遺

毎度の事ながら訂正とお詫び。前回のポストはいつもの早とちりですた。まったくもう、こういうのをなんて言うんだっけ、朝令暮改?平身低頭?非難囂々?すっとこどっこい?

トラヴァンコール・シスターズの従姉妹のアンビカーには、妹にやはり有名女優のラーダーがいたのだなどと書いたけど、以前に紹介したアンビカーと、前回取り上げたアンビカー、冷静にこの二人の肖像・出演作を見比べてみりゃ同一人物だと言うにはやっぱ無理があるわな。二人は別人で、共通点はケララ出身ということだけみたいだ。

ambika.jpgパドミニ達三姉妹の従姉妹だというこの人をアンビカー(I)としておきやしょう。

舞踊家にして60年代マラヤーラム映画の代表的女優。ヒロインとしてのデビュー作は Koodapirappu (Malayalam - 1956) Dir. J D Thottan[本作にはスクマリも脇役出演していたようだ]。マラヤーラム映画への出演は80本を超え、他にタミル語、ヒンディー語映画にも出演。

代表作:Arappavan (Malayalam - 1961) Dir. K Shankar, Tacholi Othenan (Malayalam - 1964) Dir. S S Rajan, Shiksha (Malayalam - 1971) Dir. N Prakash

以上がこの人に関して確実に分かることのすべて(Malayala Manorama 発行のCD-ROM、75 Years of Malayalam Cinema による)。今年9月にパドミニが他界した折りの追悼記事には時々言及されることがあったが、本人が存命中なのかどうかも不明のまま。両親の名前や本人の子供の有無なども一切分からず。また追悼記事に登場する際にはスクマリと共に名前が挙がることが多かったが、妹にラーダーという有名女優がいるという記述はゼロ。つまり下記のアンビカー(II)とは別人と判断した次第。ちなみに Ambika(I) の IMDb での登録は僅か2本。

She adds, "We sisters had a lovely time in those days because we were in the same profession. We used to act in films, and dance on stage. We formed a troupe called Dancers of India."

The members of the dance troupe included not only the three sisters but their cousins, Sukumari and Ambika, both well known actresses in Malayalam. (In fact, Sukumari acts in films even today.)

Dance was their passion, not films. What they performed in films -- the snake charmers, Krishna Leela, the story of Radha-Krishna, etc -- were picked up from stage. And, they would travel all around the world with their troupe. In one of their famous dance dramas, Ramayana, Padmini played Sita and her younger sister Ragini, Rama. The eldest Lalitha was Ravana and Sukumari and Ambika danced as Hanuman and Bharatan respectively. "Being the tallest, Ragini always performed the male characters. And, as I was the shortest, I was the female lead all the time."

She also told me about the kind of roles they played in those days. "I used to play characters who were crying most of the time. Ragini was good at comedy roles and Lalitha in vampish roles." (rediff.com 記事Dance was Padmini's passion, not films 中のパドミニ・インタビューの再録より)

ambika2.jpgラーダーの姉だというこの人をアンビカー(II)としておきやしょう。 Ambika(II) の IMDb での登録は41 本。日本公開されたアルナーチャラムにも出演してるんだね、全然思い出せないけど。だけどこのリストには(I)の出演作も混じってんじゃないかなあ。

以前系図を掲載した際に、アンビカー(I)の説明としてリンクした、カンナダ語のテレビドラマで活躍しているというScreen 記事、AIADMK のケララ支部活動家もやっているというKairalee 記事は、結局こちらのアンビカー(II)の近況だったわけだ。

ということでダブル・アンビカー問題はここで一応決着。人騒がせな連中だわい。どーしてこう一語芸名ばかりが出てくるのか。やっぱりナーイルだから?

しかし系図を巡る新たな発見はまだあった。

レトロな写真が掲載された The Hindu 記事 When the stars shone in Malaya Cottage より。これも一連のパドミニの回顧記事のひとつ。

'Malaya Cottage' has a special place in the history of Malayalam cinema. It was a grooming ground for some of the most popular stars in the industry. Situated at Poojapura, Thiruvananthapuram, the mansion was home to Penang Padmanabha Pillai, a planter who worked in Malaysia.

Pillai had six children, all boys. Karthiyayini Amma, his wife, had a liking for girls and would invite home her nieces, one of whom she eventually adopted. A great lover of dance and music, Karthiyayini Amma made arrangements for the girls to learn dance at Malaya Cottage. Soon many girls from Karthiyayini Amma's extended family joined the music and dance lessons.

Most talented of the lot were Karthiyayini Amma's nieces - Lalitha, Padmini and Ragini, later known as the Travancore Sisters. "Only Pappi (Padmini) was formally adopted. But my mother-in-law treated all of them like her daughters.
--
"They were initiated into different dance forms under Guru Gopinath first and later Mahalingam Pillai and Udayshankar. It was not the Travancore sisters alone, actors Sukumari and Ambika, their cousins, were also part of the Malaya Cottage clan. They all lived like a family there."
--
Actor and danseuse Shobhana is the niece of the Travancore Sisters and actor Krishna, the grand son of Lalitha.
--
Malaya Cottage also had its own `home productions' with Sathyapalan (the second son of Karthiyayini Amma) as producerdirector and the Travancore Sisters as the lead actors. `Ummini Thanka,' `Veluthambi Dalava,' `Minnunnathellam Ponnalla' _ belonged to that genre.

Sathyapalan produced and directed a number of feature films in both Tamil and Malayalam, many of them super hits of those times.

Sukumari and Ambika also made their debut in tinsel town when they were living at Malaya Cottage.

■この記事から新たに追加、訂正した人名
12.カルティヤイニ・アンマ 三姉妹の両親タンガッパン・ピッライとサラスワティ・アンマとどのように縁続きだったのかは分からないが、三姉妹のオバであることは確実。マレーシアでの植林事業で財をなした夫ペナン・パドマナーバ・ピッライとの間に6人の男子をもうけたが、女児に恵まれなかったのでパドミニを養女とし、他の二人も引き取って音楽・舞踊の英才教育を施した。自身は芸能人ではなかったようだが、芸術の大いなる理解者だったらしい。

13.サティヤパラン カルティヤイニ・アンマの2番目の息子。プロデューサー&監督として三姉妹をフィーチャーした作品なども手がけたという。しかしこの名前で検索しても全く引っかかってこないんだな。で頼みの綱の 75 Years of Malayalam Cinema にお伺い立てると P K Satyapal の名前で記載あり。こちらでは俳優兼プロデューサーとなっている。主な出演作は Minnunathuellam Ponnalla[Minnunathellam Ponnalla] (Malayalam - 1957) Dir. R Velappan Nair, Veluthambi Dalava[Veluthampi Dalava] (Malayalam -1962) Dir. S S Rajan, Pazhassi Raja (Malayalam - 1964) Dir. Kunchacko, Kunjali Marakkar (Malayalam - 1966) Dir. S S Rajan, Manikka Kottaram[Manikya Kottaram] (Malayalam - 1966) Dir. U Rajagopal Viruthan Sanku (Malayalam - 1968) Dir. Venu、プロデュース作はUmminithanga[Umminithanga] (Malayalam - 1961) Dir. G Viswanath, Veluthambi Dalava, Sarpakkadu[Sarppakavu] (Malayalam - 1965) Dir. J D Thottan, Viruthan Sanku

9.クリシュナについて、前回はラリターの息子と書いたけれど、上の記事では孫となっている。仮にこっちが正しいとすると、ショーバナ、ヴィニートよりも一世代下ってことになるんじゃん。こういう時のために会費払ってる頼みの綱、某会員制ギャラリーを覗いてみたんだけど、だめだぁ、最低でも3人のクリシュナさんが一緒くた。もしかしたらこのコがそうなのかな。一度も見たことないや、悪いけど。

※三姉妹のグル、ゴーピナートについてはこちら。プラブデーヴァのパパも弟子だったんだ。

ということで本日現在の王統系図をあげときます。
travancore2.jpg

投稿者 Periplo : 02:58 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (4)

2006年12月18日

Travancore Dynasty 補遺

王統に連なる芸能関係者をさらに発見したので、前に調べた系図に若干の追加(12.ラーダー)。こないだ久しぶりに古い雑誌の記事を読んでたらこんな部分に行き当たった。

 ヒロイン役では、先に取り上げたラーダーのほかに、実姉のアンビカーの人気が高い。ケーララの出で、妹よりも数年早くタミル映画界にデビューした。『アンダ・イェール・ナートカル』のヴァサンティ役が印象深い。妹とも『マナ・カナック(心の算段)』(86年)などで共演している。ここ六、七年数え切れない程の映画に出演し、タミルのトップ女優の座を守ってきたが、女優としてのピークの年齢を過ぎつつあるためか、最近人気にやや衰えが見えはじめているように思える。【山下博司『最近の南インド映画』、コッラニ12号(1987年9月)に所収、P.44 より】

ただし、引用文中ではアンビカー&ラーダー姉妹がケララ出身だということが述べられているだけで、トラヴァンコール三姉妹との姻戚関係については触れられていない。だからアンビカー&ラーダーがパドミニ達の親戚なのかどうかはホントは分からない(アンビカーがパドミニの従姉妹だという証言が、以前紹介した The Hindu 記事以外に見つからない)。1930年代生まれで50−60年代が最盛期だったトラヴァンコール三姉妹、1940年生まれのスクマリと、1980年代がヒロイン最盛期だった(60年代末の生まれか?)アンビカー達が従姉妹関係にあるというのも若干無理があるようにも思えるのだが。しかし一般に子沢山で大家族なインドの状況(だからこそオジ・メイ婚なんてのが成立するんだろうし)を考え合わせると一概に否定もできない。まったく一語芸名というのは厄介じゃ。

ambika2.jpgradha2.jpg
左がアンビカー、右がラーダー

アンビカーが1970年代末のデビューから今日までずっと映画出演を続けているのに対して、ラーダーのキャリアは1981年からの10年にほぼ限られている。ムンバイ在住のビジネスマンとの結婚によって引退したということだが、2006年2月になって娘と一緒に踊りの発表会に出たという記事近影が見つかっている。娘の芸能界デビューを画策しているのか、自らのカムバックへのアピールなのか。そういや、何度も検索で行き当たってるケララ美女軍団にかんする The Hindu の記事にも名前だけはのってたのでした。

追記:冒頭に掲げた系図、結局信用できないということがわかったので急遽取り下げ。詳細は次号を待て。

投稿者 Periplo : 00:26 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2006年12月07日

思い出したことなど

そういや前に南印の近親婚について素朴な疑問をアップしたときに、なんか書き忘れてる気がしたんだ。

iruvar.jpgtarang.jpg

印度芸能界でヒロインやるよな妙齢の女優のマネージャー兼付き人は、たいていママがやるんだけど(例えばこの人なんかも)、何らかの理由でそれが適わない場合はオジがその役割を担うことが多いのだそうだ。そして女優とジャーマネの間に淫靡な関係ができてしまうこと(ありていに言えばオジによる性的搾取だが)が当たり前のようになっていたのだとも。

Iruvar (Tamil - 1997) Dir. Mani Ratnam ではあからさまにそういうシーンがあった。あれは母方叔父だったのか。Bhumika (Hindi - 1976) Dir. Shyam Benegal でヒロインが‘恋愛結婚’するのはもうちょっと遠い親戚だったっけ(どっちにしろこの映画のモデルはマラーティー映画の女優なのだから南印の近親婚話に絡めて語るのは反則なのだが)。

ちなみに右の写真は Bhumika じゃなくて Tarang (Hindi - 1884) Dir. Kumar Sahani のものらしい(未見)。

投稿者 Periplo : 01:43 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2006年11月04日

たまには本も読もう5

まったくもう、ディスク化の割合、ディスクのクオリティだけでもマ映画ヲチャーはヒンディーやタミルと比べてハンデがあるのに、通販業者までもが問題ありなんだ。注文を送れども送れども梨の礫。ブチ切れて本でも読むしかないじゃないの。一日千秋、読書の秋だよ、ハイサイ叔父さん。

 コング・ヴェッラーラは、交叉イトコ婚、母方オジと姉妹の娘のオジ・メイ婚、兄弟・姉妹交換婚を、たとえどんなに系譜上近い関係にあっても近親婚ではないばかりか、むしろ望ましい結婚だと考えている。二つの家族のあいだで婚姻を繰り返すことによって、両家の絆が強まるからである。実際、交叉イトコ婚、母方オジと姉妹の娘のオジ・メイ婚、兄弟・姉妹交換婚はいずれも交叉親族の呼称でよびあう者同士の結婚である。マーマー(母方オジ)とマーッピライ(mappilai、姉妹の息子)という呼称は、年上の母方交叉イトコと年下の父方交叉イトコの間の呼称としても使われる。したがって、若い男子にとって自分が小さいころからマーマーとよんできた人は、将来、義理の父あるいは姉妹の夫となりうる人でもある。このような親族呼称で呼び合っている人々にとって、系譜関係からみれば世代を斜行するオジ・メイ婚となる母方オジと姉妹の娘との結婚も、同世代の交叉イトコ婚も同じことなのである。

 男性にとって、母方オジの娘、父方オバの娘、姉妹の娘はウリマイペン(urimaippen)である。ウリマイペンとは「(結婚する)権利がある娘」という意味である。結婚式の前夜、花婿と妹の二人がイナイッチール(inaiccir)儀礼を行う。これは新郎の妹が兄に、将来、娘が生まれたら自分の息子の嫁にくれることを約束させる儀礼である。結婚式に先立って、次の世代の母方交叉イトコ婚が儀礼的に約束されるのである。イナイッチール儀礼の翌朝おこなわれる結婚式では、新郎が席につく前に、母方オジ、母方オジの息子、父方オバの息子が、新郎席に座る。彼らは新婦をウリマイペンとする男性たちである。彼らは司祭からビンロウの葉を受け取り、娘が他の男と結婚することを承認する旨を表明して退席する。その後にようやく花婿が入場して式が始まるのである。(杉本星子、2006年、「女神の村」の民族誌、風響社、P.98-99より)

同書はタミル・ナードゥ州中部イーロード県を中心としたコング地方のヴェッラーラ・カースト社会で1990年代に行われた実地調査の報告。しかしこの「近親婚」は決してこの地方のこのカーストの中だけの慣行ではないらしい。以前、プリヤン映画に関連してナーヤルの母系制について調べたときも出てきたんだった。

家長の座は女性から娘に受け継がれ、Karanavanをはじめとする男性の成員は、他のTaravadの女性との間にもうけた実子に何らかの財産を相続させることはできなかった。王族の場合、国王は男性であったが、王位を継承するのは国王の姉妹の息子=甥であり、国王の息子ではなかった。また一般的に、男性の娘は、その男性の姉妹の息子と結婚するのが理想的とされていた。

一方で本書では、「実際のティンダル村の村人の婚姻関係を調べてみると、一六一の婚姻事例のうち七三パーセントが、それ以前に全く婚姻関係のない相手との婚姻であった。交叉イトコ婚やオジ・メイ婚が優先婚だといわれているわりに、その比率は高いとはいえない。(P.99)」と、通念と実態との差違も紹介している。だけど映画のなかじゃバリバリ健在。

タミル映画でこれまでに遭遇したものリスト

1.Chinna Veedu (Tamil - 1985) Dir. K. Bhagyaraj
2.Pounu Pounuthan [Pavunu Pavunuthan] (Tamil - 1991) Dir. K Bhagyaraj
3.Thiruda Thiruda (Tamil - 1991) Dir. Mani Rathnam
4.12B (Tamil - 2001) Dir. Jeeva
5.Chandramukhi (Tamil - 2005) Dir. P Vasu

1.心ならずも親の決めた相手と結婚させられる主人公ゴーパール [K Bhagyaraj](しかも彼の妹は同じ日に新婦の兄と結婚するのだ)。婚礼の夜にはじめて彼に話しかける新婦バギヤラクシュミー [Kalpana] の第一声は「オジさん(Maama)」。
3.両親を早くに亡くしたヒロインのラサティ [Heera Rajgopal] は母方のオジ夫婦に育てられる。ある日このオジは、星占いで悪い卦が出たことを口実に彼女を第二夫人にすると妻に告げる。
4.ヒロインのジョー [Jothika] は、母の弟であるアラヴィンド [Suniel Shetty] になついて纏わりつくが、叔父の方では彼女に男女の愛を感じていて、いつ切り出すべきかで逡巡している。そして母もそれをうすうす感づいている。
5.センディル [Prabhu] の母 [K R Vijaya] はこの結婚に落胆していた。かつて自身がセンディルの父 [Sivaj Ganesan] と恋愛結婚した際に、彼の姪で許婚と見なされていたアキラーンデーシュワリ[Sheela] の人生を狂わせてしまった経緯があった。それ以来の両家の30年にも渡る断絶を解消するために、アキラーンデーシュワリの姪のプリヤー [Malavika] とセンディルとの縁談をすすめていたところに、妻を伴ったセンディルが現れ気まずい状況に追い込まれたからだ。

しかしなんつっても凄いのは2だ。
2.ヒロインのパヴヌ [Rohini] は、5歳の時に失踪してしまったオジを心の支えとして恋い焦がれ、彼の帰還(そして彼との結婚)を頑なに待ち続け、村人の笑いものにされている。

言っとくけど、5歳ってのはオジさんが5歳の時だよ。オジ・メイ関係にあるってだけで未だ見ぬ(も同然の)相手を激しく意識しちゃってるんだ。


マラヤーラム映画でこれまでに遭遇したものリスト

1.Bharatham (Malayalam - 1991) Dir. Sibi Malayil
2.Commissioner (Malayalam - 1994) Dir. Shaji Kailas
3.Nerariyan CBI (Malayalam - 2005) Dir. K Madhu
4.Achanurangatha Veedu (Malayalam - 2005) Dir. Lal Jose

1.声楽家のゴーピ [Mohanlal] は伴奏者の娘でイトコでもあるデーヴィ [Urvashi] と隣あって暮らしている。新たに引っ越してきた隣人に彼女をイトコだと紹介する (She is my cousin. My uncle's [my mother's younger brother's] daughter.)。その隣人は二人の関係を即座に理解して"She is your girl by custom." と応じる。
2.バーラットチャンドラン警部 [Suresh Gopi] は、職権逸脱行為によって法廷に召喚され、女性検事インドゥ[Shobana] に完膚無きまでにやり込められる。閉廷後、彼女に掴みかかろうとする彼を止めに入った周囲の人々に対して一言、"She is my cousin"。理由になっちゃいないが、要するに「(許婚同士の)痴話喧嘩なんだから放っとけ」という意味なのだと思う。
3.旧家の令嬢アニータ [Gopika] は自宅に遊びに来た友人が変死する事件に見舞われる。現場検証にやってきた捜査官サイクマール [Jishnu] とはイトコ同士。が、映画の後半ではフィアンセ同士として周囲から扱われている。
4.低位カースト出身でクリスチャンに改宗したサミュエル [Salim Kumar] を父に持つシャーリー[Samvritha Sunil] は従兄 [Madhu Warrier] と愛し合っていた。従兄の家族(こちらの一家は改宗していない)は二人の結婚を望んだ(または許した)が、サミュエルはイトコ婚はクリスチャンの倫理に反するとして申し出を退けた (The customary girl for Hindu's is equivalent to a sisiter for Christians)。面目を潰された従兄の家族はサミュエル一家への敵意を露わにする。


なぜかタミル映画ではオジ・メイ婚、マラヤーラム映画では交叉イトコ婚ばかりが集まってしまったが、サンプルが少なすぎてこれが両州の傾向を表しているのかどうかは判断できず。それにしても、customary girl/boy なんて言い方が英語にあるのだろうか。Dictionary Of Indian English っていうのを当たってみたけど分からず。

付記:母方オジを表す語彙
maama(タミル)、ammama(マラヤーラム)、uncle(これもよく出てくるがそこいらのオッちゃんに対しても用いられるので要注意)。もっといっちゃうと maama ってのもそこいらのオッちゃんに使われることもあるからやっぱり混乱させられるのだが。

投稿者 Periplo : 01:20 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (2)

2006年08月11日

怒ってる怒ってる

kirtichakra.jpg

やっと見つけた Keerthichakra [Kirtichakra] (Malayalam - 2006) Dir. Major Ravi のオフィシャルサイト(音付き♪)。マ映画でオフィシャルサイトが作られるのはまだまだ少ないし、中身もショボショボ、すぐに消滅する。そしてどういう訳だかなかなか検索にひっかっからないんだ、どーにかしてほしい。

ともかくこれで主要キャストが確認できた。
Mohanlal, Jeeva, Biju Menon, Cochin Haneefa, Shammi Thilakan, Spadikam George, Lakshmi Gopalaswamy, Gopika, Sanusha

同時公開のタミル語吹き替え版 Aran の方はというと…あああやっとここ(♪)に見つかった。両サイトを見比べると明らかに「編集方針」が違ってて面白ろうござりますぅ。

ともかく注目作。ラルさんはこれでカタカリ映画以来の国家映画賞狙ってるっていうし、デビュー監督のラヴィさんは実体験に基づいた本作を撮りたいがためにプリヤンに弟子入りしたんだっていうし。それにサウスでは珍しい愛国もの、カシミール戦線もの。

今月早々の公開だったらしいが、マラヤーラム版はロケットスタート、それに対してタミル版はイマイチな客足。後者の不振の原因の一つは、常の如くなっちょらん吹き替えにあるらしい。しかもこの吹き替え、ラルさんの知らないとこで行われていたというのだ。

Mohanlal plays the lead role in "Aran" produced by Super Good Films and directed by Major Ravi. The audience could, however, see the lip sync missing especially when Mohanlal is speaking.

Rajeev has dubbed the dialogues for the actor. Producer R.B.Choudary says: "Mohanlal is a Malayalam actor and he had trouble speaking lengthy Tamil dialogues. So we dubbed it." (The Hindu 記事、Mohanlal dissociates himself from 'Aran' より)

kirtichakra2.jpg
上記記事によれば、タミル版では、セカンドヒーローであるジーヴァ(本作プロデューサーR B Choudary の息子)の登場シーンが増えてて、モーハンラールの声がラージーヴ某によって吹き替えられていて、しかもプラカーシュ・ラージ(え!?、コーチン・ハニーファじゃなくて?)によるコメディ・トラックが付け加えられているのだという。ともかくラルさんは自分に何の断りもなく別の人物にタミル語台詞を吹き替えさせちゃったことにお冠らしい。撮影現場ではタミル語お口バージョンのテイクはなかったということだから、シンクロしてないのも当然か。

後から出てきた rediff 記事でのプロデューサーの弁明。

When contacted, producer R B Chowdhary said it was only because Mohanlal was shooting in London that he had to ask somebody else to dub for him. It is another matter that Mohanlal dubbed for the Malayalam Keerthichakra before leaving for London. Now that criticism has been coming from all quarters, the director admits it was a mistake. "Mohanlal is a very big artist and it would have been better if he had dubbed. We had no other option at the time, but I regret the decision."(Mohanlal disowns Aran より)

しかしだ、マラヤーラム語お口版のテイクしかしてないのだったら他のキャストの声もシンクロしてないことになるのではないか? ここで Aran のサイトから引っ張ってきたキャスト一覧を見ていただきたい。プラカーシュ・ラージは載ってないな。なぬ?ラメーシュ・カンナ、デリー・ガネーシュ?他にもマラヤーラム版で見当たらない人名がちらほら。これも「編集方針」の違いに帰してもよいものなのかどうか。やっぱあれじゃないの、ごくろーさんでした解散!って言ったあとにコソコソとタミル版の撮影をしたんじゃないの?主演俳優抜きで。

投稿者 Periplo : 03:31 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (5)

2006年07月30日

Travancore Dynasty

前から一度整理しようと思ってたのでした。

lalitha.jpgpadmini.jpgragini.jpg
sukumari.jpgambika.jpgshobana.jpg

上段はいわゆるトラヴァンコール三姉妹。左からラリタ、パドミニ、ラーギニー。下段は左からスクマリ、アンビカ、ショーバナ。野郎の写真を一緒にしたくないからヴィニートはここから。

Travancore Sisters - Lalitha, Padmini, Ragini - who were good dancers and leading actresses of the Tamil screen then, lent charm to the area. The residents often witnessed at the gates of their house, crowds of star crazy onlookers trying to catch a glimpse of these popular actresses. The Travancore sisters owned a few houses in the colony and each bore the name of one of their family members - like Lalitha Bhavan, Padmini Nivas, Ragini House and so on. In Padmini Nivas lived their cousin Ambika, a leading actress of the Malayalam screen. Padmini Nivas was just opposite our house. I had known Ambika in Trivandrum; both of us went to the same school. I was delighted when I found that Ambika lived just opposite and we continued our friendship.

But it still had little Shobana, the niece of the Travancore Sisters. Later, Shobana also moved out.(The Hindu 記事Colony of memoriesより)



トラヴァンコール3姉妹を核とする系図。青字は男性、赤字は女性、太字は調査した限りにおいて芸能関係者であることが明確な人物。
travancore.jpg


トラヴァンコール王朝はやっぱり女系が主流。興味深いのは芸能に携わる太字の人物のほとんどが、出生地はケララながらマドラスに移住してタミル映画界で頭角を現し、それから南印4州の映画(ときにヒンディーも)に出演するようになっているところか。芸風では、もちろん踊りを武器にしていることが共通点。パドミニ、スクマリ、ショーバナは自前の舞踊教室・舞踊団を主宰している(していた)。女性が結婚後もキャリアを放棄していないことも特徴的。

「始祖」にあたるタンガッパン・ピッライとサラスワティ・アンマが何をしていた人なのか皆目わからないのだが、芸能一族の勃興にはサラスワティの力が大きかったことがインタビューなどの端々から読み取れる。

1.パドミニ:三姉妹の真ん中で出世頭。そして唯一存命中でもある。バイオグラフィーはこちらのファンサイトが詳しい。ヒンディー映画でもヒロインとして地歩を築いた。The Hindu によるインタビューを読めばアウトラインが掴める。Bollywood 501 のギャラリーも。
2.ラリタ:実はよくわからない。IMDb の登録は僅か2本。マラヤーラム映画の資料によればデビュー作は Prasanna (Malayalam - 1950) となっているが、それより前にタミル映画デビューしていた可能性が大。息子の10.クリシュナはパドミニの証言によればダンサーだということだが詳細は不明。
3.ラーギニー:この人についても同じくよく分からない。IMDb には登録無し。やはり Prasanna (Malayalam - 1950) でマ映画デビュー。
4.チャンドラクマール:ショーバナの父。Chandrakumar Anandam とも。一部資料では Chandrasekhar としているものもあるが、おそらく単なるミス。以前読んだ記事では舞踊家だったとしているものがあったように思ったが、今探すと見つからない。
5.アンビカ:父母は不明。しかし 上に引用したThe Hindu に掲載の回想記によれば三姉妹のイトコにあたるという。1960年代にヒロインとして活躍したが、いまでもテレビなどで現役であることが Screen 記事からわかる。また AIADMK のケララ支部の活動家でもある。
6.スクマリ:一説には最多本数出演女優としてギネスブック入りしているとも。バイオグラフィーは、2003年 padmasree 受賞にあたってのThe Hindu による記事に要約されている。息子の11.スレーシュ・ビームシンを映画監督と記している情報サイトが見受けられるが、スクマリの証言やこれなどによれば医者だということだ。このスレーシュ先生、スクマリさんのオフィシャルサイトを作ってる。
一部重複もあるが資料集。Chennai Online による2001年頃の記事(息子のスレーシュ先生が感謝のコメントを寄せているのがなんというか)、The Hindu 2002年のインタビュー、Kent Malayallee Association による2002年頃のインタビュー、indiainfo 2003年頃のインタビュー
7.A. ビームシン:Bheemsingh, Bhim Singh とも。マハーラーシュトラ人だといわれるが出生地はAP州。IMDb での監督作の登録は67本を数える。南印4言語+ヒンディー語映画を手掛けた。しかし代表作がどのあたりなのかは今ひとつ分からない。Encyclopaedia of Indian Cinema によれば、タミル映画界ではDMK映画の潮流に身を置いた後、シヴァージ・ガネーサン主演のセンチメンタルなファミリー映画を多く手掛けるようになり、1960年代からヒンディー映画界にも進出した。その際には自分や他人の旧作のリメイクが多かったという。
8.ヴィニート:Nakhashathangal (Malayalam - 1986) Dir. T Hariharan でデビュー。Kadal Desam [邦題:マドラスカレッジ大通り] (Tamil - 1996) Dir. Kathir でブレイクしかかったらしいが、その後伸び悩む。舞踊家としてのキャリアを優先していた時期もあったらしい。rediff による1997年のインタビュー、The Hindu による2003年のインタビュー
10.ショーバナ:Sobhana, Shobhana とも。主宰する舞踊団 Kalarpana のオフィシャルサイトはこちら。それから1966年出生説もあり。The Hindu による2006年2月のインタビューでは、監督業への進出についてちらりと言及している。女優とダンスのキャリアに専心するための生涯独身宣言(これはインド女優としては異例だ)が載ってた記事は…ありゃ、見つからないや。ショーバナの代で王統は断絶してしまうのか。

個別の人物の詳細情報については、そのうち気が向いたらいつものシリーズで取り上げていきたいと思っとります。

投稿者 Periplo : 18:41 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2006年06月27日

少し落ちつけ

(前日よりの続き)しかし冷静に考えれば、ここんとこマラヤーラム映画ばっか見てたせいでタミルやテルグの純度の高いお馬鹿&エロエロナンセンスへの免疫力が低下してただけなのかもしれない(マ映画でもこういう方向性はあるにはあるのだが、ショボくて目も当てられない結果に終わってるのがほとんど)。これに見られるように、キッチュなエクストラヴァガンザはもっと古くからの伝統であるわけなのだから。こーゆーのが定番メニュー化してるという点でバギヤラージや熊親爺が突出してるだけなのかもしれない。

こういった奔放なヴィジュアルの源流はどこにあったのか。

CHAVITTU.gifChavittunatakom

Chavittunatakom is a Christian art form of Kerala. The art form evolved at the turn of the 16th Century AD during the Portuguese colonization and bears definite traces of the European Christian Miracle Play.

In this musical drama, the actors wear Greco-Roman costumes and even the stage-props bear foreign influences.

In the past, the Chavittunatakam was performed on open stages, though sometimes the interior of a church was also the venue. The language is a colloquial mix of Tamil and Malayalam. (incredible Kerala 記事より)

こんなのもソースの一つなのかも。それにしても呆れるほどにいろんな芸能があるもんだ。このチャヴィットゥナータコン、どこ行きゃ見られるんやろ。

投稿者 Periplo : 00:31 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (2)

2006年06月03日

楽しい引用3

打ち捨てられた屋敷の一角でひっそりと養父と暮らす孤児のヒロイン。村の子供達に音楽を教えて生計をたてている。ある日いつものように朝の授業をしていると、屋敷を買い取ったよそ者がやってきて、朝っぱらから喧しいんじゃいと文句つけてレッスンの邪魔をする。

ブチ切れたヒロインは、お前みてえな芸術音痴のカス成金には死んでもわかんねえ精妙な音楽の世界を侮辱したら天罰が下るんじゃ、と啖呵切る。

しばらくして、わざとらしい成り行きからよそ者が屋敷の衆の前で超絶の喉を披露する(実は古典声楽の名手だったのだ)。あまりの美声にぼー然としたヒロインはこれでイチコロ、いっぺんにハートをとろかされて成金の足元にひれ伏すのだった。

aaramthampuran01.jpgaaramthampuran02.jpg

というのがこの映画のあまり重要ではない一場面でした。

Aaram Thampuran [The sixth lord] (Malayalam - 1997) Dir. Shaji Kailas
Cast: Mohanlal, Manju Warrior, Narendra Prasad, Oduvil Unnikrishnan, Srividya, Sai Kumar, Priya Raman, Pappu, Shankaradi, TP Madhavan, Maniyan Pillai Raju, Kunchan, Cochin Haneefa, Beeman Raghu, Kalabhavan Mani, Augustine, Sreeraman, Ganesh Kumar, Jagannatha Varma, Innocent (Guest)
Thanks to : Priyadarshan and Others

ハイブラウなアート寄りのマ映画ファンからはブーイングの嵐を浴び続けている、シャージ 'タミル映画みたい' カイラースの御館様映画は、人間関係がやたらと込み入っていて難解(登場人物が無闇に多くて脇役マニア的にオールスターキャスト)。しかも本作での重要なモチーフとなっている村の祭りの意味合いというものが今ひとつ理解できなくてもどかしい。結局のところ超人ヒーロー礼賛でしかない(クライマックスでラルさんが20人はいようかという成らず者をなぎ倒しているあいだ、取り巻きのいい歳したオッさん達はウットリ見つめてるだけなのだ)シンプルなストーリーの筈なのに、この晦渋さは何なのか。文化人類学的な知識がないと楽しめないんだ。

できれば分かりやすい状況説明を付加してタミル・リメイクして欲しいもんです。>超級明星様

付記:他にもこれなんかが引用もとになってるってだ。

投稿者 Periplo : 13:06 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2006年01月06日

緊急メモ:南北問題

ヲチャーにとってはあまりにも刺激的な記事。そのうち削除されてしまいそうなヨカーンがするのでとりあえず全文保存。

Bollywood babes say 'No' to south! Sify.com 記事

By Moviebuzz
Thursday, 05 January , 2006, 16:45

The local Tamil press has been on the overdrive saying that Aishwarya Rai or Rani Mukherjee will be doing Sivaji. But Bollywood industry grapevine has it that no 'A'-grade heroine will do a south Indian movie, as it is suicidal for their career in Hindi films.

In the last three years, which top heroine has featured in south films? Ash, Rani or Preity has not done a single south film during this period, while out-of-work rejects like Manisha Koirala or Shilpa Shetty may have done the odd Tamil or Telugu film.

Rani Mukherjee in a recent television interview said she has very lucrative offers from south, but she does not want to spoil her image after doing films like Black and Paheli with top banners and stars like King Khan and Amitabh Bachchan.

In an off-the-record talk with a very famous cameraman based in Chennai who is Rani's favourite lensman, she is reported to have said that south superstars films are "crass and crude and women are just used as glam dolls in ridiculously picturised songs".
Why should Ash do a south film at a time when she is trying to make a breakthrough in Hollywood? In all her interviews including that famous Oprah Winfrey show, she acknowledges only Mani sir's Iruvar, no mention of Shankar's Jeans or Rajiv Menon's Kandu Kondein Kandu Kondein!!

Even one or two film old actresses in Mumbai today think twice before doing a south Indian film. Remember in Bollywood no actress is successful in both type of films and their career is short lived. Ayesha Takia became very hot after Nagarjuna discovered her in south with his Telugu Super.

But Ayesha just refused to do any more south films including Sivaji, as she was more interested in doing trash Hindi films like Shaadi No:1 and Home Delivery. The young new breed of Bollywood heroines too is avoiding south films, due to the image problems.

投稿者 Periplo : 04:08 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (3)

2005年12月28日

殿堂入り

インド最南端の巡礼地、カニャークマリ岬のショボいテーマパーク(<決めつけ)Bay Watch に新アトラクション・鑞人形館がオープンとのNewIndpress 記事

Baywatch chairman K.R. Namboodiripad and managing director K.N.Namboodiripad told reporters here on Wednesday that the museum would display the life-size wax statues of Jayalalitha, Rajnikanth, E.K. Nayanar, K. Karunakaran, Mata Amritanandamayi, Madhu, Mammooty, Mohanlal and K.J.Yesudas on the lines of the Madame Tussauds Wax Museum in London.

アミターブ様もSRK様もそっちのけでまずローカルのセレブというのに感動。これって生体から型取りしたわけ?

投稿者 Periplo : 01:34 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2005年12月24日

楽しい引用2

orunaal.jpg
以前のポストの続編。

Kaadhalukku Mariyadhai (1997) から8年ぶりとなったファーシルのタミル語作品、Oru Naal Oru Kanavu (2005) を見て訳わかんないストーリー展開に首捻ってしまったのである(字幕がデタラメという可能性も否定はできないが)。

この人のストーリーは、Manichithrathazhu (Malayalam - 1993) とか Manathe Vellitheru (Malayalam - 1994) とか、異常心理を扱っていながら(だからこそか)非常に論理的で精緻に織り上げられたものと、個々のプロットの間の飛躍が大きくてついていけない(全体としてはシンプルなラブストーリーだったりするのだが)ものとがあって戸惑う。あ、あと単なる手抜きってのもあるか(×××とか)。当作はその「アタシを置いて行かないでぇぇ〜」タイプかも。置き去りにされて呆然としてたとこで目に留まったのが上掲のイメージ。さほど裕福ではないという設定の主人公の家なのだが、不釣り合いに豪華な飾り閂、こういうのはタミルでは普通にあるのだろうか。それとも何か深〜いメッセージが隠されているのか。

ともかく、この作風のばらつきの謎を解明するためには、体系的に潰して行くプランを立てんといかんのかもしれん(潰すの大好き♪)。

投稿者 Periplo : 00:27 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (1)

2005年12月23日

尋ね人

devan1.jpg

ジャナルダナンはどっこい生きてた訳だが、デーヴァンはどこへ行ったのだ?“ヒーローにコンプレックスを抱かせる悪役”などと言われていたのはほんの昨年(3月)のことだったのに、最近さっぱり消息を聞かない。この記事と同じ頃にケララ人民党なる政党を自前で立ち上げたあたりまでは追っかけていたのだが(The Hindu 記事 1)。そしてその直後不正送金疑惑かなんかで逮捕されたりもした(Times of India 記事)。

現在はケララ俳優組合AMMAからも脱退(除名?)しているようだし。とあるフォーラム上では、Devan became a neat untouchable in Malayalam. とすら言われてる始末。

まあ、政界でも、他州映画界ででも元気にやっててくれればそれでいいのだが。「インドで一番(ただし存命中の人物限定)ネルージャケットの似合う奴」の着こなしをこれからも参考にしたいのだ。しかし、「インドで2番目に似合う」にも合わせて尋ねたい、サウスでネルージャケット、結構キッツーおまへん?

投稿者 Periplo : 01:52 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (4)

2005年12月01日

痛恨の見逃し

プリヤンの旧作 Boeing Boeing の無国籍ぶりを非難するようなことを以前にちらりと書いたけど、よく考えればこんなの可愛いもんなのだ。

50年代のタミル映画にはこんな世界が展開されていた訳なんだから。
nadodimannan.JPG
Nadodi Mannan (Tamil - 1958) Dir. MGR より。

こんなカッコしてながら、舞台はヴィジャヤナガル朝だったりするのだ(推測)。そして「タミル萬逝」なんて言っちゃったりするのだ(推測)。この記事によれば、インド映画史上空前のハイコスト作品の一つ。そしてMGRの初セルフ・プロデュース&ディレクション作。MGRのこの映画に賭ける意気込みも相当なもので、これがヒットするかコケるかで俺様が王者(mannan) になるか放浪者(nadodi)になるかが決まるんじゃ、みたいなことを言ってたらしい(ネタもと消失)。ともかくタミルでは60年代前半辺りまで残ってたらしいこの手の泰西コスプレに関してはゆっくり腰を据えて研究してみたい(この人の影響なんかも考察に入れながら)。

なぜ推測ばっかで書いているのかというと、エポックメイキングなこの作品、なぜかこれまでDVD化されておらず、3ヶ月ほど前にやっとピラミッドからリリースされるやたちまち売り切れてしまたのですた。カートが一杯になるまでもうチョイ待とうなどと呑気なこと言ってたら結局入手できず。という訳で上掲の画像はこちらさんからいただいてきたものなのでした。

品切れと言やぁ、これもだ、『ふたりのビッグショー』だ、なんでこれがいきなりソルドアウト?うぇ〜んうぇ〜んうぇ〜ん。ラルさんはともかく、マンムーティがどんな隠し芸やるのか見たかったんだよぉぉぉ。

オマケ1:ラルさん隠し芸(サンスクリット語の舞台に挑戦した際の映像の一部
オマケ2:初期タミル映画の「時代錯誤」に関してのエッセイ

投稿者 Periplo : 03:20 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2005年10月21日

素朴な疑問ショー(2)

ayalvasi01.jpgayalvasi02.jpgayalvasi03.jpg
プリヤン旧作Ayalvasi Oru Daridravasi (Neighbour the Pauper!) (Malayalam - 1986) より

インド人が入浴する時に穿いたままなのかという重大な疑問は別のとこで書いたけど、今日の疑問はインド人は寝間着を着ないのか、というこれまた深刻な問題。都会的なボリウッド映画のことはよく知らないけど、サウスの映画(特にマラヤーラム映画)を見てる限り、なかなか遭遇しないんだ、スリーピングウェア。貧乏な人が寝間着どころじゃないのはよくわかるが、↑みたいな中産階級の人たちも、昼間のカッコのまんまで寝てるんだな。何故なのか。

最近になって昔の映画を見返していて、やっとレアなおネマのイメージを見つけたのだ。

これだす。
lalpijama.jpg
Manichithrathazhu (Malayalam - 1993) Dir. Fazil より

やっぱフツーの人は着ないものなのか。それにしてもこのパジャマ、アタイも欲しぃ〜い。そしてこの映画でも全編通して寝間着を着てるのはこのアメリカ帰りのセンセイだけなのでした。

投稿者 Periplo : 03:10 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2005年09月01日

お客さんは大喜び

IFGNの方で書いたことだけど、これからも追いかけることになりそうな予感がするから、こっちでもメモ。


Fazil will make a comeback with the second part of the super hit film Manichitrathazhu were Mohanlal played Dr Sunny Joseh, a psychiatrist.(Sunday Kaumudi の一行ニュース - マラヤーラム映画界怒濤の続編大特集 - より)

manichitra2.jpg

投稿者 Periplo : 11:36 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (13)

2005年07月23日

リメイク・プチ連鎖 - 萬年総角

chronicBachelor.jpgengalanna.jpg

オリジナル:Chronic Bachelor (Malayalam - 2003)
Cast: Mammotty, Mukesh, Harisree Ashokan, Rambha, Bhavana, Janaradanan, Innocent, KPAC Lalitha, Lalu Alex, Indraja
Director: Siddique

タミル・リメイク:Engal Anna (Tamil - 2004)
Cast: Vijayakanth, Prabhu Deva, Namitha, Swarnamalya, Pandiarajan, Vadivelu, Manivannan, Rajeev, Indraja, Vadivukarasi, Kuyili, Anandraj, Lal
Director: Siddique

ここに来て知ったテルグ・リメイク:Kushikushigaa (Telugu - 2004)
Cast: Jagapati Babu, Venu, Sangeeta, Nikita, Ramya Krishna, Devan, Bhanu Chander, Dharmavarapu Subramanyam, Giri Babu, Sunil, Ai, MS Narayana, Delhi Rajeshswari
Director: G Ram Prasad

しかし3作どれもが(テルグ版は未見だけど)それぞれに無茶なキャスティングだぁ。だけどここまで来たらやっぱテルグもつぶしたいわ。鬼小姑(若干用語ミス)を演じるラムヤ様に期待。

付録 - 最近のテルグ映画のネタ元を教えてくれる親切なページ

余録 - さらに意外な発見

Q: Which are the other films in Malayalam that you have accepted?
A: I have the second part of 'KING'. Shaji Kailas and Ranji panikkar are once again coming together in that project. The other film is also a sequel. It is 'CHRONIC BACHELOR' the second part of 'HITLER'. Siddique directs this film. I have another film directed by lensman Pramod in which I have to act as a Goonda. Priyanadanan has invited me to act in 'BALYKALASAKHI' a famous story by Vaikkom Muhammed Bhasheer.
(Chithram.net Interview: Mammoottyより)

ポイント1.Chronic BachelorHitler (Malayalam - 1996) Dir. Siddiqueの続編だった。そしてこれは同じ題名でテルグ・リメイク(1997) Dir.Mutyala Subbayya されてだな…アヘアヘ、今日はこのぐらいにしとこう。
ポイント2.Balykalasakhi なるプリヤンの未完プロジェクトがあったらしい。

投稿者 Periplo : 01:12 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (1)

2005年07月17日

Friends

以前に余所で中途半端な書き込みをして、放置するのがキモチ悪いので半ば義務感から Friends (Malayalam - 1999) Dir. Siddique を見てみました。

friendsCV.jpg例によって前半は←こんな感じでひゃらひゃらお莫迦、後半に入って怒濤の悲劇的展開で不幸のドン底、最後は登場人物全員が滂沱の涙で大団円。タミルでもマラヤーラムでも基本構造はおんなじなんだけど、やっぱり比べるとリメイクにはタミル的ショーアップの法則が働いてんだな、どっちが良い悪いの話じゃなく。

もっと詳細に比較したいとこだけれど、なにぶんオリジナル版には字幕がついてないので、ひとまずここまで。前稿に書いたミーナちゃん危機一髪場面、ネタばれでもかまわないから見てみたいやという人はここをクリック。

投稿者 Periplo : 00:10 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (0)

2005年06月30日

リメイク・プチ連鎖 Ramanaa

ramana.jpgnewpg-tagore38.jpg

オリジナル:Ramanaa (Tamil - 2002) Dir. AR Murugadas, Cast : Vijaykanth, Simran,Yugi Sethu, Vijayan
リメイク:Tagore (Telugu - 2003) Dir. VV Vinayak, Cast : Chiranjeevi, Shriya, Jyothika

タミル、テルグの大ヒットのリメイクときたら、もちろんこの人
Ramana to be remade in Kannada Wednesday, June 01, 2005 indiaglitz
Vijayakanth starrer Ramana which was remade as Tagore in Telugu now goes to Kannada. The film is being remade in Kannada with Vishnuvardhan playing the hero.

投稿者 Periplo : 01:43 : カテゴリー バブルねたsouth
| コメント (1)