2010年08月14日

ディスク情報1008-2

しばらく前に紹介したシャーム・ベネガル作品、さほど間をおかずにDVD化されたので入手・鑑賞してみた。

welldoneabba2.jpg

cvWellDoneAbba.jpgwell done abba (Hindi/Urdu - 2009) Dir. Shyam Benegal
※センサー認証は2009年と思われるが、インド国内での封切りは2010年に入ってから

Cast:Boman Irani, Minissha Lamba, Sammir Dattani, Ila Arun, Ravi Kishan, Sonali Kulkarni, Rajit Kapur, Ravi Jhankal, Yashpal Sharma, Rajendra Gupta, Rahul Singh, Salim Ghouse, Satish Sharma, Lalit Tiwari, Anaitha Nair, Anupam Shyam, Charan Saluja, Masood Akhtar, Ayesha Jaleel, Preeti Nigam, Meena Nathand, Akhil Mishra, Deepika Amin, Ashok Mishra, Ashok Kumar, Subbani, Jagadish Sharma

DVDの版元:Reliance Big Home Video
DVDの字幕:英語
DVDの障害:現在のところ特になし
DVD入手先:RealCinemas など
オフィシャル・サイト:http://welldoneabba.glamsham.com/

【ネタバレ度20%の粗筋】
ムンバイで実業家のお抱え運転手をやっている寡のアルマーン・アリ(Boman Irani)は、年頃の一人娘ムスカーン(Minissha Lamba)の縁談をまとめようと、一ヶ月の休暇をとって故郷であるAP州テランガーナの小村チカットパッリに帰郷する。娘はアルマーンの双子の弟であるラフマーン・アリ(Boman Irani)、そしてその妻と暮らしているはずだった。ところが帰ってみると弟夫妻は隣人の井戸から水を盗んで売っていることを咎められて出奔中だった。家にはラフマーンが借りた小金を取り戻そうとバイクメカニックのアリーフ・アリ(Sammir Dattani)がしつこくやって来ていた。アルマーンは水不足に悩む村の様子を見て、自宅前に井戸を掘ることを思いつく。井戸持ちになって家の威信を高めれば、娘にもより良い縁談が来るかもしれない。彼は早速政府の援助プログラムに申請を行うことにする。(粗筋了)

【長い寸評】
まさにウェル・ダンな良くできた作品。笑いと涙があり、マイノリティ文化への温かな眼差しがあり、地方官僚の腐敗への皮肉も200パーセント。世界の映画祭が求めてる映画だ。

まず本作がヒンディー映画かウルドゥー映画かという当初の疑問だが、これはウルドゥー語映画に間違いなし。筆者が両者の違いを峻別できるというのではもちろん全然ない。約20分のオマケのメイキング・ビデオ中で主要出演者がダキニ・ウルドゥーとの格闘についてそれぞれに語ってるからだ。The Hindu 記事 Well done Boman では、専任の方言指導の担当者以外に(ありがちな話だが)ロケ現場でのドライバーの話す言葉がお手本にされたと述べられている。また同記事によればロケ地はRFCではなくその近隣にある実際の小村だったという。さすが完壁主義のシャーム・ベネガル、背景にも言語にも可能な限りのオーセンティシティを求めたのだわな。

1934年にシカンダラーバードでバラモンの家に生まれたシャーム・ベネガルは、ハイダラーバードのニザーム・カレッジで学位を取得した後ボンベイに向かい、広告業界に身を投じた。そしてそれ以降は北印度の住人として暮らしている。正確な年代は不明だが、おそらくは1956年のAP州の成立の頃ぐらいまでをハイダラーバードで過ごしたのではないか。この時代のこの街の雰囲気について、自身で率直に書き記している文章がある。

それは私がまだカレッジの学生だった頃にまで遡る。1950年代半ばのアーンドラの小さな町の寺院でのポッティ・シュリーラームル(訳注:マドラス州からのアーンドラの分離独立を求めた運動の象徴的人物。こちら参照)の死に至る抗議の断食は、ハイダラーバードの街のありさま、さらには独立後のインドありかた、それぞれの変容を最も劇的に(印パ分離独立というものを除けば)推し進めた出来事で、その影響ははかりしれなかった。教育・雇用の機会、地方主義の強化、そして言語ショービニズムの台頭など、至るところにその影響が感じ取られた。州は形を変え、郡は分割され、道や地区の名前は変更され、なによりも今日に至るまで政治学の授業を白熱させる各種の運動が生まれた。ハイダラーバード州は三分割され、言語的境界に基づいて成立した隣接州に吸収された。
こうして、インド唯一の真に成功した多言語州であったハイダラーバード州は突然の終末を迎えたのである。
もちろん誇張の誹りは免れないだろう。しかし今日に至るまで根強く存在し続けている幾つかの物事もある。たとえば、テランガーナの独立論だ。1950年代にハイダラーバードがアーンドラ・プラデーシュの一部になるやいなや、ハイダラーバード州の先住者に割り当てられた雇用枠の法制化を求める議論(これをMulki運動と言う)が盛んになった。 その当時、外から来た人々(つまりアーンドラ人ということだが)は単なる渡り者でしかなく、ハイダラーバードの街に責任と権利を持つ存在とは考えられていなかった。この視野狭窄な考え方には広範な支持者がいたのだ。ハイダラーバードの封建的な文化のもとに暮らしてきた住人たちが、アーンドラ人の企業家精神とうまく付き合う術を持たなかったということにより、それは大いに助長された。アーンドラ人たちの積極果敢な流儀に合わせるのは、おっとりとしたハイダラーバード人にとってはどう転んでも無理なことだった。しかしハイダラーバード人にもおそらく一理はあったのだ。400年以上に渡って築き上げてきた文化は、新しい制度によって脅かされていただけでなく、実質的に消滅への道を辿り始めていたからである。(Shyam Benegal, The City I Knew [The Untold Charminar に所収], P.182-183より、勝手訳)

今日のAP州地域に生まれたシャーム・ベネガルが、なぜテルグ語映画から距離を置きながらテランガーナを舞台にしたヒンディー/ウルドゥー語映画(Ankurしかり)を時に撮るのか、これは長らくの疑問だったのだが、「ハイダラーバーディ」という言葉が指し示す集団の大変に重層的で奥深いイメージに思いを致すと、何となくは理解できるような気になるのだ。

新しい州は「アーンドラ・テランガーナ州」と呼ばれることになっていたが、ハイフンで繋がった結合語が嫌われ、コンパクトな響きを持つ「アーンドラ・プラデーシュ州」に後から変更された。1956年11月、アーンドラ・プラデーシュ州はそのほかの幾つかとともに新しい州として成立した。
ハイダラーバードはインドで五番目に大きな州の州都となった。暫定州都としてカルヌールを擁していたアーンドラ州はそのまま継続的に存在することになったが、ハイダラーバード州は三つに分割され、テルグ語地域が新AP州に吸収された(訳注:残りはカルナータカ州およびマハーラーシュトラ州に吸収された、こちら参照)。ハイダラーバードにはアーンドラ地域からの膨大な人口流入が起こった。アーンドラにはこのような都市は存在しなかった。舗装された広々とした街路、低層だが広大な邸宅、公園・庭園、穏やかな気候、優雅で礼節をわきまえた人々とそのもてなし、すべてがアーンドラの人々にとっては目新しいものだった。沿海地方の人々にはマドラス管区の辺地で幾世代にもわたって築き上げてきた富だけがあった。今やついに彼らは、マドラスよりも歴史があり、美しく、気候もよい、自らの首都を手に入れたのだった。(Narendra Luther, Hyderabad A Biography, P.335より、勝手訳)

ベネガルの作る映画のトポスの捩れ(ムンバイからやってきた俳優が方言を特訓して撮影にのぞみ、また出来上がった映画が主に北インドで公開される)は、実はAPで作られるテルグ語映画の捩れの鏡面像でもあるらしいのだ。

テランガーナ地域に位置する州都ハイダラーバードはそれまで(訳注:アーンドラ・ブラデーシュ州の誕生)テランガーナ外で生み出されたテルグ語文学や他の文化的産物の中で華々しく登場することはなかった。
(中略)
アーンドラ・ブラデーシュ州の成立は幾つかの新しい可能性を生み出し、一方で別の可能性を封じ込めた。州の成立以降、脚本家や作詞家、その他の部門のインテリ映画人たちの間で、 映画産業をマドラス(現チェンナイ)からハイダラーバードに移すべきだとする呼びかけがなされた。 それまでマドラスは全ての南インド語映画の製作・配給の中心であったし、「マドラス管区のテルグ人」にとっては感情的にも投資の面から言っても、この街につぎ込んだものは大きかった。移設派の議論の要点は、テルグ語の映画作りが「異邦の街」で続けられてよいものか、というところにあった。ある左翼系脚本家は「亡命中の映画界」とまで形容して嘆いた。ハイダラーバードに映画撮影のインフラを整備する事業は1956のサティヤ・スタジオの創設(1959年に完成)から始まった。移設に向けての運動が勢いを増したのを受け、州政府はテルグ語映画の賞やハイダラーバードでの制作への助成金制度、その他各種の優遇措置を構じていった。1960年代中盤には、NTR(1983年からAP州首相となった俳優・監督)のライバルだったANRに率いられた映画スターたちが、プロデューサーに対してハイダラーバードで撮影を行うべきだと主張して集団的な「帰郷」を推し進めようとする動きもあった。しかしながら、90年代の初頭まで、大多数のテルグ映画はよりよい制作環境をもつマドラスで作られ続けたのだった。
1960年代に真摯な試みとして始められたテルグ映画界のハイダラーバード移転は、80年代末にやっと完成をみたが、それは州政府による優遇政策の下での巨大な不動産投資によって実現したものだった。主だったスターたち、それに成功したプロデューサーたちは、彼らの「母なる地」への献身を、広大な土地を所有してそこにスタジオや劇場、それに邸宅を建てることによって誇示したのだった。映画産業関連のこれらの大規模な投資は、裕福な沿海アーンドラ地方の出身者がハイダラーバードやテランガーナの各地に対して行った巨大な資本投下の一部だった。ハイダラーバードの「征服」があまりに徹底していたので、1956年以前はテランガーナ地域のリンガ・フランカだったウルドゥー語で映画を作るという試みは全くなされなかった。
(中略)
1980年代末まで、「非標準的」で「地域的」なテルグ語(訳注:テランガーナ方言をここでは指す)は悪役性と下層性のどちらかを(あるいは両方を)表すものとしてのみ使用され、主人公によって口にされることはなかった。主題的にも設定的にも沿海アーンドラ地方以外の場所がテルグ映画のスクリーンに現れることはなかった。のどかな村落風景は注釈せずとも沿海アーンドラ地方のものであるとされた。たとえば、どこまでも広がる田圃の眺めは、これぞ「典型的にテルグ的」なものとされていた指標で、沿海地方の平野部を想起させるものだった。そして村人たちの話す「標準的」テルグ語がかぶされば、地域の特定に疑問の余地はなかった。都市が登場するのならそれは間違いなく、90年代初頭までテルグ映画が制作されていたチェンナイだった。こうした背景の中で、映画界一丸となった試みが始まった。それは映画をテルグ語を使用した文化的産物として提示するだけでなく、テルグ人にとっての「テルグ性」の重要な源泉として提示する、というものだった。(S V Srinivas, Cardboard monuments: City, language and 'nation' in contemporary Telugu cinema [Singapore Journal of Tropical Geography 29 (1)に所収], P.89-91より、勝手訳、出典を示す注釈は省略)

上記文章ではさらに、1990年代以降のテルグ映画の都市ものでは、舞台はチェンナイからハイダラーバードに変わったものの、そこで主人公が話す言葉は明らかに沿海アーンドラ地方の「標準語」で、演じる俳優もまた同地方出身者がほとんどであることが述べられている。

ここでハイダラーバードとその他のテランガーナ地域との間のギャップという事にも目を向けたらどうだろう。当然だが、400年の文化に育まれたコスモポリタン都市と、貧困と抑圧にあえぐ農村地方とでは、いくらかつて同じ藩王国に属していたからといってメンタリティに相違が現れてくることは想像に難くない。しかし今のところそれに光を当ててくれるような映画作品や文学作品にはお目にかかってはいない。いまいち食指が動かないけどRナーラーヤナ・ムールティでも観てみるべきかね。

最後に、以前のポストで書いた個人的観点からの最も重要なポイントについて。

「これもまた我が偏愛の収集アイテム、ハイダラーバード産ウルドゥー語映画の系譜に連なるのか、それともボリウッド映画のオフビートな1品ということになるのか」

答えは後者。ともかく、考え抜かれ緊密に織り上げられた隙のない作品なのだ。ローカルな雰囲気を再現しながらも、テーマとして前面に押し出されてくるのはユニバーサルな問題。鑑賞後にほんのりと幸せな気分になりながら、同時に知的な時間を過ごした充足感にも浸れる、まさに映画祭のための映画。腰が砕け、膝が笑い、涎が滴る、オイラが愛して止まないHDBウルドゥー語映画の極北のアホくささとは全く別物なのだった。

投稿者 Periplo : 14:13 : カテゴリー バブルねたhindi
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2010年06月04日

注目のアマレス映画

正確に言うとアマレスvsプロレスか。

kushti.jpg

かつて傑作として推奨した、Mutharam Kunnu PO (Malayalam - 1985) Dir. Sibi Malayil のヒンディー・リメイクが公開されるらしいということは知っていたが、今ひとつ興味が持てずにいた。

Kushti (Hindi - 2010) Dir. T K Rajeev Kumar
Cast:Rajpal Yadav, Khali, Om Puri, Sharad Saxena, Nargis Bagheri, Asrani, Manoj Joshi

BollywoodTrade 記事によれば、2008年に完成していたにもかかわらずお蔵入りして今年五月にやっと日の目を見たという。

ネット上のレビューは軒並み最低評価(一例)、多分見ることもないだろうと思っていたが、なんといきなりYouTube上で121分全編公開、しかも英語字幕つき。〈情報提供ダニーさん多謝〉

監督のラージーヴ・クマールはケララ出身、マラヤーラム映画界では社会派・パラレル・娯楽などなんでもこなす中堅。なぜか時々思い出したようにヒンディーでB級映画を撮ろうとする。そしてプリヤン先生のアシストをする事もあり。上のキャスト一覧を見てもほとんどプリヤン組だわな。

とりあえず、北印度という設定の本作の実際のロケ地を検分するために、そしてレビュー等には一切名前が上がってないけど、ケララ出身のジャガディーシュ(今年現地で見た『幽霊屋敷の四馬鹿男』で実はこいつが一番の喝采をさらっていた)が登場してるかどうかをチェックするのに見てみようと思う。

偏見と言われようが構わない、見る前に断言しちゃうぞ!ヒロインだけはオリジナルの方(マンムーティに激萌えという設定)がリメイクの方(サルマン・カーンに激萌えという設定)より絶対イイ!

付記:印度のレスリング・クシュティについて、日本語で解説してくれているページ

投稿者 Periplo : 13:05 : カテゴリー バブルねたhindi
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2010年01月05日

今頃ナンだが

MumbaiCutting.jpgMumbaiCutting2.jpg

昨年は10人の監督の競作オムニバス Kerala Cafe (Malayalam - 2009) でひとしきり騒いだが、実はこれには同趣旨の先行作品があったということに今頃気付いた。

Mumbai Cutting (Hindi - 2009) Dir. Sudhir Mishra, Rahul Dholakia, Revati, Rituparno Ghosh, Kundan Shah, Anurag Kashyap, Shashanka Ghosh, Ruchi Narain, Jahnu Barua, Manish Jha, Ayush Raina
Cast : Soha Ali Khan, Jimmy Shergill, Sonali Kulkarni, Ranvir Shorey, Vinay Pathak, Sushant Singh, Tara Sharma, Tejaswini Kolhapure, Raima Sen, Palash Sen, Shruti Seth, Rahul Dev, Deepak Dobriyal, Dipannita Sharma, Kavita Kaushik, Samrin, Sanjay Narvekar, Mahek Chel, etc.

こちらは11人の監督、テーマはもちろんムンバイ。Kerala Cafe にも参加していたレーヴァティ監督も一編撮ってる。

題名の由来というか、意味というかは、以下のようなものらしい。

Mumbai Cutting is a title which will leave the non-bombayites wondering about the name. But it's guaranteed to bring a smile to all those faces who have actually had a chai on the street where an entire glass of tea is called 'full' and a half cup of tea is referred to as a cutting. And it's impossible to think of any other term which is so unique to theMumbai common man as the word 'cutting'. Really wish the directors had explained this term at the beginning of the film.(Buzz18の レビューより)

つまり路上で売られているチャイにまつわる言い回しということなのだが、椰子國オムニバスの方は「カフェ」と来ている。ムンバイ・チャイの公開は6月頃らしい。一方椰子國茶館は11月封切り。この2作の間には影響関係があるのかどうなのか。レーヴァティ監督にインタビューして尋ねてみたいわ。

投稿者 Periplo : 23:48 : カテゴリー バブルねたhindi
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2007年07月03日

夏休みリメイク祭り

8月末に公開される注目のリメイク2本を報じる DNA 記事 Now, a clash of the remakes。8月の最終週頃にRam Gopal Varma ke Sholay [※1] (Hindi - 2007) Dir. Ram Gopal Varma と Victoria No 203 (Hindi - 2007) Dir. Anant Mahadevan [※2]が同日公開になるというので騒いでる。まあ、同一言語圏のリメイクというのは割と少ないから、サウス映画をあまり見ないヒンディー語圏の人にとってはオリジナル・リメイク両方を見比べるのは珍しいんだろうね。前者の1975年のオリジナルは説明不要だろうけど、後者のそれはプリヤンがパクリ元にしたんじゃないかという疑惑があったんで筆者は名前だけ知ってる程度。やっぱり名作なのか。見てみるべきかなあ。

※1Ram Gopal Varma Ke Aag に変更になったという記事もあり。
※2このリメイクのプロデューサー Kamal Sadanah は 1973年の同名のオリジナルの監督 Brij Sadanah の息子だそうだ。

だけんど、DNAさんよ、8月末封切りの注目のリメイクっつったら、もう一本あるのを忘れちゃいねえかい?

rgvsholay.jpgbhoolbhulaiyaa.jpg

まっ、こんなとこで絡んでもしょうがないか。しかし右のポスター(拡大)の、腰砕けを予感させるオーラっていったらないね。

現状で一番気になるのはだな、オリジナル Sholay でヘーマ・マーリニーが演じたハッピーなお転婆村娘バサンティのRGVバージョンが、ニシャ・コタリの Ghungroo になるということなのだが、その設定が何というか…。

Ghungroo, a boyish autorickshaw driver who constantly talks to Laila, her rickshaw. She lives next to a fisherwoman called Gangu mummy, by the way.(上のリンク記事より)

Ghungroo.jpg

If Basanti has become Ghunghroo, then her trusted horse, Dhanno has become an autorickshaw named Laila. But the street smart, Rajnikanth-emulating Ghunghroo, clearly lacks the innocence of Basanti... (CNN Live 記事Old vs new Sholay unplugged より)

しょっちゅうキャンキャン吼えてるボンベイ唯一のオートリクシャー・ギャル、女の子の名前をつけた愛車にいつも話しかけてて、ハードコア・ラジニファン。何なのだこのシュールなキャラは。ふかーい政治的背景でもるんだろか。

投稿者 Periplo : 03:58 : カテゴリー バブルねたhindi
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2007年01月18日

間抜けさと哀しみと

いわゆるCeleb Big Bros 問題のメモ。

なんだかもう、愛スさんと灌頂様の婚約も霞みそうな勢いだわな。国際的な注目度ではダントツ。

こちらの日本語による解説でやっとわかった、英国の人気低俗番組のあらまし。実際にどういう人種差別発言がされたのかというBBCによる再現記事と英国人向けに紹介されたシルパさんのプロフィール

しかし今のところ共同生活は続行中らしい。少なくとも中止されたという話は聞こえてこない。

Filmed by hidden cameras, the antics of the housemates can be watched 24 hours a day, with highlights played every evening. The housemates alone remain unaware of the furor in the outside world. (The Srandard (HK) 記事 Row has police watching Big Brother より)

ってことは、家ん中じゃTV、新聞、インターネット、電話にはアクセスできないってことなのかな。

ともかく、盛りは過ぎたとはいえ、ボリウッドでヒロイン張ってた女優さんが、なにが悲しうて出演料払って(貰ってじゃないよ)旧宗主国のカスと一緒になってトンマな耐久レースに参戦するつもりになったのか、一番の謎はこれだわな。

イギリスは人種差別の国(イギリスだけじゃないけどさ)、この当たり前な事実を改めて世界中に知らしめたという意味では、功労者かもしれない、シェッティーさん。ノーベル平和賞狙えるか?

訂正:他の出演者よりも割り増しされた出演料を受け取っていたという。

"Many viewers think Shilpa is being targeted out of jealousy: she is being paid more - $680,000 (」345,000) as against the standard fee of $610,000 (」310,000) - than anyone else. She has also been more popular in the media than any other participants, mostly B and C-list celebs."(The Herald 記事 Big bother over TV racism claims より)

投稿者 Periplo : 06:02 : カテゴリー バブルねたhindi
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2006年08月31日

追悼トリヴィア

Hrishikesh Mukherjee (1922-2006)

hrishikeshMukherjee.jpg

追悼特集記事は世にあふれかえっているし、サウス映画ばっか見てる人間が半端なコメントしてもしょうがない気もしたのだが。しかしプリヤンがヒンディー語コメディー映画史上の傑作として絶賛するGol Maal (Hindi - 1979) の監督なのだから知らぬ顔を決め込む訳にもいかず。

カルカッタ生まれ、現像・編集ラボのアシスタントとして映画とかかわり始め、Bimal Roy の助監督兼編集マンとなる。その後脚本 Ritwik Ghatak、作曲 Salil Chowdhury という豪華な Musafir (Hindi - 1957) で監督デビュー。以後ファミリー向けメロドラマで多くのヒットをとばし、特に不治の病に冒された人物を主人公に据えた作品群は 'Cancer Films' といわれて1970年代のトレンドとなったらしい。しかし編集マンとしての仕事もある時期までは続けていたらしく、Encyclopaedia of Indian Cinema (P.153) には以下のような記述が見られる。

Acquired reputation of being able to salvage films that went out of control during shooting (e. g. Kariat's Chemmeen, 1965).

マラヤーラム映画黄金期の黎明を告げる作品として有名なこの『えび』は、制作途中ではそんな酷いことになってたんかい。ムケルジーさんにはその辺の事情を是非明かしていただきたかったのであるが(それともどっかで激白してるのかな)。

投稿者 Periplo : 01:56 : カテゴリー バブルねたhindi
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2005年11月28日

Not for sale in India?

TajMahal.jpg

悪いけど何かもう激しくおバカ大作の予感がするのだけれどな。スチルを見ただけで独特のなまくら臭がぷんぷんの Taj Mahal (Hindi - 2005) Dir. Akbar Khan。

Newindpress 記事によれば、空前の巨費を投じて制作されたこの作品をマンモーハン・シン首相が観覧して激賞したとのことだ。

"I presented him a print of the film. He called back to say he wanted to meet the entire team. The lead pair Zulfiker Syed and Sonia Jehan, along with Arbaaz Khan, Pooja Batra, co-producer Irshad Alam and my wife, daughter and sister and I met the prime minister on Thursday," Khan told IANS.

"I was thrilled by his comments and also when he told me that he had met the visiting president of Indonesia and told him to see my 'Taj Mahal' to see what Bollywood was all about."

The Prime Minister also assured Khan that the possibility of "Taj Mahal" being granted tax exemption would be examined.

免税措置まで講じるとはすごいねぇ。

Bollywood has long had a love-hate relationship with historicals — the industry loves to make them and they hate to do well at the box office. (Times of India 記事 Past perfect, future tenseより)

同じコスプレでも、マーケティングを誤らなければそこそこヒットする可能性がある南印神様映画と違って、ボリウッドの歴史もの、特に「栄光のムガール帝国もの」のセールスは相当に厳しいらしい。90年代からのヒンドゥー原理主義台頭と歴史もの映画の衰退との間にはやはり関連があるのだろうか。

だけど国外で売れるのは、やっぱりこの手の「アラビアンナイト」なんだよな。もう一方の売れ筋「貧困もの」はインド人のプライドが許さないだろうし。世界中のインド料理店で一番ポピュラーな店名と同じタイトルのこの映画、案外スルッと日本で公開されたりして。とりあえずDVDが値崩れしたら観てみますわ。

投稿者 Periplo : 03:36 : カテゴリー バブルねたhindi
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2005年11月24日

言うても詮無いことながら

This one can shock all ? shock and awe they call it in the west! Mona Chopra wants to set new standard in Bollywood. She wants to perform real love making scenes like in Hollywood for the first time in Bollywood. She says she is giving what audience wants and Censor Board should not come in the middle.

Mona Chopra decided to shake the world of sex with her own talent under her lingerie. She is going topless and somewhat bottomless in Red Swastika.

she is shedding her clothes for her forthcoming films Red Swastika and Naughty Boy. -Indiadaily.com 記事より

ここ数年のうちにボリウッドは「中に入れてぇ〜」だの「外に出してぇ〜」だのといったことをおっ始めてしまうのだろうか? それじゃつまんねーよ。

せめてサウスだけはこのままガチガチの今鯖で行って欲しいもんである。お口とお口でぶちゅーってのさえ憚られるのに、ダンスシーンでサリーの隙間の背中舐めちゃうのはアリ、みたいな歪んだスタンダードで(藁。

投稿者 Periplo : 01:19 : カテゴリー バブルねたhindi
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2005年07月28日

ヒンディー語を話せないボリ俳優

Katrina's voice dubbed again (Sify.com 記事)

よーするにサルマンの今のカノジョ、カトリナ・カイフ嬢はヒンディー語がからっ下手、ということをからかっただけの記事なんだが、面白い。カトリナ嬢はカシミール出身の父親とイギリス人の母親との間に生まれ、ロンドン育ち。

プリヤン映画 Garam Masala に出演のジョン・エイブラハムもデビュー当時は一言もヒンディー語が話せなかった。ビパーシャのカレシであるこの油ハムはケララ人(クリスチャン)の父親とイラン人の母親との間に生まれたという(LittleIndia 記事)。もちろんこの監督とは別人。

一番興味深かったのはこの部分。

Earlier Sridevi's first 12-13 Hindi films were all dubbed by two professional artistes Habiba and the late actress Naaz. She worked on her Hindi and managed her own lines from Yash Chopra's Chandni onwards. Bipasha Basu's first two performance in Ajnabee and Raaz were 'dubbed'.

13-14本目にしてセルフダビングというのが早いのか遅いのかはわかんないけど、アーティキュレーションや声質を重視するがゆえに、吹き替えに寛容というのが全インド的な特質なのか。

投稿者 Periplo : 00:14 : カテゴリー バブルねたhindi
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2005年07月19日

続報サルマン君

警察に協力を惜しまないサルマン君は、声紋照合のために出頭して電話のやり取りをアフレコすることに。Mid Day 記事


The police asked Salman to speak in the same tone as the voice on the tapes, to see if there was an obvious match. A reluctant Salman said, "Kya bolun, it's not me. Yeh meri awaaz nahin hai." So the cops asked him to pretend he was dubbing for a film. "Aap toh star ho, thodi acting karlo hamare liye,"said an officer.

Khan was at first reluctant to read out the lines from his conversation with Aishwarya, as they had been typed in Hindi. "Mujhe Hindi padhne nahin aati," he said, taking the police by surprise. An officer asked, "Then how do you say your film dialogues?" Salman replied, "I only repeat what the directors tell me." The police didn't buy his story and Salman eventually read the lines.

日頃の当たり役とは違うキャラを要求されて、まごついたんだろうけどね。感情込めて読めといわれてもねぇ。一方電話線のもう片方にいたとされる美女は自宅に捜査官を迎えたというが、4文字言葉横溢の「脚本」を与えられたのかどうかはこの記事からは不明。

投稿者 Periplo : 00:10 : カテゴリー バブルねたhindi
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2005年07月16日

速報サルマン君

スキャンダルこそボリの華。マ映画コメディアンなんかでほのぼのしてる間に凄いことになっていたのだな。

ざっと見た中で hindustantimes 記事がいっちゃん伏せ字が多くて興奮。しかし一番きな臭そうな部分はヒンディー語なのでわからん。

だけど、ここまで波紋が大きいとなると、プリヤン新作がお蔵入りになる可能性まで出てくるかも。

女優さんでも男優さんでも悪い子ヲチは楽しい。

投稿者 Periplo : 02:32 : カテゴリー バブルねたhindi
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