2017年02月05日

2月のカンナダ映画上映

タイトルは「アブねえ奴ら」か、「ウザい奴ら」か、あるいは「飛んで火にいる夏の虫」とでも?
KParty1.jpg

Kirik Party (Kannada - 2016) Dir. Rishab Shetty

原題:ಕಿರಿಕ್ ಪಾರ್ಟಿ
タイトルの意味: ‘Kirik’ means ‘someone who gets into trouble often’ という説明がここにある

Cast:Rakshit Shetty, Rashmika Mandanna, Samyuktha Hegde, Aravind Iyer, Dhananjay Ranjan, Chandan Achar, Ashwin Rao Pallaki, Pramod Shetty, Shankar Murthy, Achyuth Kumar, Raghu Pandeshwar, Arohitha Gowda, Giri Krishna, Hanumanthe Gowda, Raaghu Raamanakoppa, Ragvendra, Rajath Kumar, Salman Ahamed, Shankar Murthy, Arun Prakash Shetty, Sriharsha Koppa, Aishwarya, etc.

Music:B Ajaneesh Loknath

公式トレーラー(英語字幕つき):https://youtu.be/IfvnbER_6sQ
全曲ジュークボックス:https://youtu.be/CXKeGTsF5PI

■開催日:2017年2月11日(土・祝)
■時間:13:00開映(チケット販売・引き換えは12:00から、開場は12:30ごろ、映画は16:00頃に終了予定)
■料金:大人1500円、12-16歳の子供1000円、12歳以下の子供は無料
■字幕: 英語
■上映資材:DCP
■上映時間:ネット情報によれば約165分
■会場:埼玉県川口市、SKIPシティ、彩の国ビジュアルプラザ http://www.skipcity.jp/access/
※インターミッションに別料金でスナックの販売あり。

■映画公式サイト(FB):https://www.facebook.com/Kirikparty
■主催者:東京カンナダ人会(Tokyo Kannada Balaga)、公式サイトなし
■参考レビュー集成:http://periplosjottings.blogspot.jp/2017/02/kirik-party-kannada-2016.html

※事前予約をお勧めします。申し込みフォームはこちら。万が一の直前の急な変更などもメールで受信できるようになります。なお、この申し込みフォームはオートリプライに対応していません。申し込みから確認メール返送までしばらく時間がかかることがあります。
※フォーム中のI will collect the tickets at/fromはvenueを選択すればOK。一番下のI know and understand Tokyo Kannada Balagaはyesをチェック(TKB=Tokyo Kannada Balagaとは在京カンナダ人会のこと)。

【粗筋】
カルナータカの地方都市(どうやらハーサンであるらしい)にある工科大学に在学するカルナ(Rakshit Shetty)の入学から卒業までの日々を描く。カルナは、勉強よりは同級生たちとツルんでの悪ふざけや、他学年や他学部の生徒たちを相手にしたラギンング合戦にうつつを抜かすようなお気楽学生。3つ上の学年上のサーンヴィ(Rashmika Mandanna)に一目惚れして彼女の気を惹こうとする。そのアタックはうまく行くかのように見えたが、運命は別の答えを用意していた。

KPartyCast.jpg
【主要キャラクター/キャスト】
■カルナ/ラクシト・シェッティ
マレナード工科大学(Malnad Collage of Engineering)の機械工学部の学生。悪ふざけではリーダー格で、仲間からの信頼も厚い。今回でやっと6本目となる東京カンナダ人会の上映で、その半分の3本に出演するラクシト。茫洋とした顔立ち(婉曲表現)&ボディビルとは無縁の体躯、近隣映画界だったらスターになることは難しいと思わせるものがあるが、2014年の Ulidavaru Kandanthe での監督としての成功のインパクトが大きく、新世代の映像作家の感性を持つ演じ手として、その出演作に常に注目が集まっているようなのだ。本作でもストーリー&脚本とプロデュースを自ら手掛けている。
■サーンヴィ/ラシュミカー・マンダンナ
カルナの上級生、勉強のできる眼鏡美人。クールグ出身のラシュミカーはこれがデビューとなる20歳。現役の学生でモデルをやっていたというが、それはバイト程度のもので、モデルとして成功する前にいきなり本作でブレイク。ダルシャンの次作への出演が決まっているほか、テルグ映画からのオファーも来ているらしい。母語はコダグ語なので、本作のためにカンナダ語の特訓を受けたと語っている。
■アーリヤ/サムユクタ・ヘグデ
カルナの学生生活に登場するもう一人のヒロイン。サムユクタ・ヘグデもまた本作がデビューで、バンガロールで生まれ育った現役学生、(撮影時点で)17歳。各種のスタイルのダンスにも情熱を傾けているという。インタビューで今後の抱負を尋ねられて、女性が中心の映画に出たいと優等生回答をするところでは「あ~はいはい」だったが、「マーラシュリー姐さんみたいなアクション映画も」というのには恐れ入った。この子は見どころがある。

残りの野郎どもは面倒くさいので集合写真で。主演のラクシト(中央)とプラモード・シェッティ(左端)以外は、ほとんどが新人だという。
KPary2.jpg

【トリヴィア】
一昨年に公開されて爆発的なヒットを記録したマラヤーラム映画 Premam へのカンナダ映画からの回答なのかなんなのか、ともかく学園青春ものなのだ、それもミュージカル仕立ての。ミュージカルと言ったって、ほとんどのインド映画は外から見れば大雑把にミュージカルと言われてしまう訳だけど、インド映画一般からさらに踏み込んでナラティブ自体に音楽が組み込まれているという。これはどちらかと言えば珍しい部類に入るのではないかと思う。もう一つ重要なのがノスタルジー。本作の年代設定がいつ頃なのかは明示されず、同時代であるらしいことが各種レビューから読み取れるのだが、作中にウペンドラの A (Kannada - 1998)を見るシーンがあったり、パクリかオマージュかで大いに揉めた末に本編からカットされた劇中歌 ♪Hey Who Are You が、ラヴィチャンドラン+ジュヒー・チャーウラー主演の Prema Loka (Kannada - 1987)の ♪Madhyarathhrilli からのイタダキだったり、懐かしくも甘酸っぱくも痛痒い雰囲気がたちこめて、見るほうも覚悟が必要だ。なぜなのかははっきり分からないのだが、大卒インド人が大学時代に対して抱く思い入れというのはかなり強烈で、悪ガキ成長物語の中にも大いなる学園青春賛歌が込められていることが予想される。

公式グッズアプリもあるよ。
Kparty3.jpg

投稿者 Periplo : 18:57 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (0)

2016年07月15日

7月のカンナダ映画

今年前半のカンナダ映画の最大の収穫との呼び声も高い。「エモーショナルなスリラー」であるという。
GBSM1.jpg

Godhi Banna Sadharana Mykattu (Kannada - 2016) Dir. Hemanth M Rao

原題: ಗೋಧಿ ಬಣ್ಣ ಸಾಧಾರಣ ಮೈಕಟ್ಟು
タイトルの意味:Wheatish Complexion Average Build
※「小麦色の肌、中肉中背」とは、尋ね人の広告でよく見られる表現。ここで言う小麦色とは、日本での使われ方とは違い、白皙でもなければ漆黒でもない平均的なインド人の肌色を示す。
タイトルのゆれ:GBSM, Godhi Banna Sadharana Maykattu, Godi Banna Sadharana Mykattu, etc.

Cast:Rakshit Shetty, Anant Nag, Sruthi Hariharan, Achyuth Kumar, Vasishta N Simha, Ravikiran Rajendran, Aruna Balaraj, etc.

Music:Charan Raj

公式トレーラー(英語字幕つき):https://youtu.be/aPk9fBdtugg
全曲ジュークボックス:http://godhibannasadharnamykattu.com/audio/

■開催日:2016年7月31日(日)
■時間:13:15開映(チケット販売・引き換えは12:00から、映画は16:00頃に終了予定)
■料金:大人1500円、12-16歳の子供1000円、12歳以下の子供は無料
■字幕: 英語
■上映資材:DCP
■上映時間:ネット情報によれば約144分
■会場:埼玉県川口市、SKIPシティ、彩の国ビジュアルプラザ http://www.skipcity.jp/access/
※インターミッションに別料金でスナックの販売あり。

■映画公式サイト:http://godhibannasadharnamykattu.com
■主催者公式サイト:なし
■参考レビュー集成:http://periplosjottings.blogspot.jp/2016/06/godhi-banna-sadharana-mykattu-kannada.html

※事前予約をお勧めします。申し込みフォームはこちら。万が一の直前の急な変更などもメールで受信できるようになります。なお、この申し込みフォームはオートリプライに対応していません。申し込みから確認メール返送までしばらく時間がかかることがあります。
※フォーム中のLocationはothersを選択すればOK。Organizationの欄はNAなど適当に。一番下のyour suggestions/wishes to TKBは必須項目だが、何か記入されていれば日本語でも問題なし(TKB=Tokyo Kannada Balagaとは在京カンナダ人会のこと)。なお、電話番号欄はハイフンを入れると認識されないことがあるようだ。

GBSM2.jpg

【粗筋】
ムンバイで多忙な銀行マンとして暮らしているシヴァ(Rakshit Shetty)は、昇進とニューヨークへの転勤が視野に入ってくるようになり、故郷のバンガロールに一時帰省する。バンガロールでは、アルツハイマーと診断されて介護老人ホームに入所している父のヴェンコーブ(Anant Nag)に再会する。連れ立って買い物に出かけた際に、シヴァは父に苛立って暴言を吐いてしまうが、その後父は行方不明になる。シヴァはホームの精神科医であるサハナー(Sruthi Hariharan)に助けられながら父の捜索を始める。

ヴェンコーブは、入り組んだ経緯からギャングのランガ(Vasishta N Simha)によって拉致されていたのだった。ランガと手下のマンジャ(Ravikiran Rajendran)は、たまたま行きがかったクマール(Achyuth Kumar)をも巻き込み、ヴェンコーブを人質として立てこもる。

【主要キャラクター/キャスト】
GBSMcast.jpg
■ヴェンコーブ・ラーオ/アナント・ナーグ
66才のアルツハイマー患者。妻は既に他界している。演じるアナント・ナーグは絶賛されているが、これまでのキャリアを考えれば、これくらいはチョロいものだったろうと推測。映画デビュー第二作目にあたる Ankur [邦題:芽ばえ] (Hindi - 1974) が日本の映画祭で初上映されたのが1983年のこと。悪役的性格の強いヒーローとして鮮烈な印象を残した。同じころに前後して上映された Bhumika [邦題:ミュージカル女優] (Hindi - 1977) 、Nishant [邦題:夜の終わり] (Hindi - 1975) 、Manthan [邦題:撹拌] (Hindi - 1976) にも脇役として登場し、当時のインド映画愛好家の間ではお馴染みの顔だった。上記はすべてシャーム・ベネガル監督によるもので、いわゆる「インディアン・ニューシネマ」の代表作。このことから筆者は長らくこの人を北インド人と誤解していたが、実際にはサウス人、ただし言語的バックグラウンドは複雑。1948年にコーンカニー語話者の両親の元に生まれた。出生地はボンベイとも北カルナータカとも言われてよくわからない。幼少期にはカルナータカ南部の僧院に送り込まれ、厳格なバラモンとしての教育を受けた(つまりサンスクリット語とカンナダ語で生活していたことになる)。高校生相当の年頃にボンベイに移り、ここから英語、ヒンディー語、マラーティー語の世界で生きることになり、同地で高まっていた演劇運動のうねりに身を投じた。映画デビュー後1979年ごろにバンガロールに居を移し、以降はカンナダ映画界を本拠地としている。大スターだった弟シャンカル・ナーグ(交通事故で若くして亡くなった)との共演・共同プロデュース作も多い。出発点は芸術映画だったが、その後の役柄はバラエティに富み、軽妙なコメディーから社会派スリラーまで何でもこなすようになった。2000年過ぎあたりからはメジャースター主演作でのお父さん役が定位置になったが、やはりそれは役者としては物足りないものだったのだろう(こんなこと言ってるし)。本作でのアルツハイマー患者の役は、遠い昔に戯曲を読んだアーサー・ミラーの『セールスマンの死』を思わせるものがあり、演技者魂を刺激するものがあったとインタビューで語っている。
■シヴァ(シヴァ・ラーオ)/ラクシト・シェッティ
ヴェンコーブの息子。ムンバイで投資銀行に勤める独身男。ラクシト・シェッティについては、昨年上映の Vaasthu Prakaara のところで簡単に紹介した。
■ドクター・サハナー/シュルティ・ハリハラン
養護老人ホームでヴェンコーブを担当する精神科医。ヴェンコーブに対しては特別な親しみを感じている。シュルティ・ハリハランは、ルーツをケララ州パーラッカードにもつタミル人だが、バンガロールっ子として育った人であるらしい。元々はダンサー志望で、女優デビュー前はバックダンサーを3年ほどしていたという。そのダンスの技量はまだ充分には披露されてないようだが、この先に期待したい。まだ新進の部類に入るキャリアだが、デビュー2作目(そして初めてのカンナダ映画、初めての主演)となった Lucia (Kannada - 2013)の圧倒的な成功によって存在感を示した。それ以降の出演作に大ヒットが出ていないのが気になるところだったが、本作によってカンナダ映画界ではトップ女優の域に近づいたのではないかと思える。
■ランガ/ヴァシシュタ・シンハ
無口なギャング。とある人物を事故に見せかけて殺すようボスに命令されている。ヴァシシュタはソフトウェア・エンジニアから転身した人。Raja Huli (Kannada - 2013) での悪役演技で一躍注目されるようになった。

【トリヴィア】
東京カンナダ人会による上映はこれで5本目、これだけ続くとそのセレクションにはっきりとした傾向が見て取れる。つまりカットアウトが立つような大スターのビッグバジェット・アクション映画を避け、無印で良質な脚本本位な低予算映画を持ってきているということだ。理由は色々あるのだろうが、運営メンバーの一人によれば、何よりもファミリーが安心して見られる(つまりバイオレンスの少ない)ということを重視しているのだという。このあたり、本国でならA認証になるようなウルトラ暴力映画を未就学児と共に楽しむ在日テルグ人観客などと比べると興味深い。

女子供への思いやりからとはいえ、こうした作品への志向性は、本国での観客の動向とも無縁ではないようなのだ。2010年を過ぎたあたりからぽつぽつと現れてきた一風変わった作品群(筆者は特にこの時期以降のヨーガラージ・バットとドゥニヤ・スーリの両監督の作品を重要なものと考える)は、マラヤーラム映画のニューウェーブのように映画界を一変させることはなかったが、こつこつとした積み重ねが緩やかな地殻変動を起こそうとしているようにも見える。共通した作風はないものの、従来の芸術映画とは明らかに風合いが異なるし、常に作られ続けている単に低予算なだけのB級系でもない。特に2013年の Lucia、そして2014年の Ulidavaru KandantheUgramm は、こうした傾向の作品でも製作費を回収し、場合によってはロングランとなれることを示し、若い映像作家たちを勇気づけたようだ。

エンジニアから転じ、助監督/短編映画作家を経て、本作が長編劇映画の監督デビューとなるヘーマント・ラーオも、そうした一人であったことを認めている。そして、6月3日の封切り以降、絶賛を浴びながらドリームランを続け、リメイク権も方々に売った本作は、もしかしたらこの流れの重要な結節点となるのかもしれない。カットアウトが立つことはないが、上に述べた映像作家や作品と密接に関わっている、本作の大変に魅力的なキャストの名前を見ていると、そんなことも予想され、期待は否応なしに高まってくるのである。

GBSM3.jpg

投稿者 Periplo : 04:27 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (0)

2016年05月23日

【時刻変更】6月のカンナダ映画

ヴィジュアルからして陰鬱な気配が立ち込める、期待のスリラー。テーマはなんと「交通安全」。
Uturn1.jpg

U-Turn (Kannad- 2016) Dir. Pawan Kumar

原題: ಯು ಟರ್ನ್
タイトルのゆれ:U-turn, U Turn, etc.

Cast:Shraddha Srinath, Roger Narayan, Radhika Chetan, Dileep Raj, Skanda Ashok, Krishna Hebbale, Pavan, Naveen, Divya, Pramod Shetty, Aarna Kulkarni, Kennedy, etc.

Music:Poornachandra Tejaswi

公式トレーラー(英語字幕つき):https://youtu.be/Kdh5P8dtMXA

■開催日:2016年6月4日(土)
■時間:14:0013:15開映(1時間前頃からチケット引き換え・販売開始、映画は16:00前に終了予定)
■料金:大人1500円、6-15歳の子供100円、5歳以下の子供は無料(座席なし)
■字幕: 英語
■上映資材:DCP
■上映時間:ネット情報によれば約121分
■会場:埼玉県川口市、SKIPシティ、彩の国ビジュアルプラザ http://www.skipcity.jp/access/
※インターミッションには別料金でのスナックの販売あり。

■映画公式サイト:http://www.uturnthefilm.com/
■主催者公式サイト:なし
■参考レビュー集成:http://periplosjottings.blogspot.jp/2016/05/u-turn-kannada-2016.html

※事前予約をお勧めします。申し込みフォームは、こちら。万が一の直前の急な変更や今後の案内などもメールで受信できるようになります。なお、この申し込みフォームはオートリプライに対応していません。申し込みから確認メール返送までしばらく時間がかかることがあります。

※記入に当たっては、「Organization」の項目は「NA」などと適当に。末尾の「I know and understand Tokyo Kannada Balaga」は、あまり意味がないけれど、素直に「Yes」をチェック。Tokyo Kannada Balagaとは在京カンナダ人会のこと。

Uturn2.jpg

【粗筋】
バンガロールに住む、ニュー・インディアン・エクスプレス紙(実在の英字紙)のインターン記者のラチャナ(Shraddha Srinath)は、ある日警察に出頭を命じられる。殺人事件の容疑者としてだった。不審死を遂げたスンダル(Pramod Shetty)という男の家を、彼女が少し前に訪れていたためだった。事件を担当する警察官ナーヤク(Roger Narayan)は、ダブル・ロード陸橋で車線分離の縁石を壊して違法なUターンを行っている二輪車のライダーたちについて、彼女が記事にするために追っていたことを知る。そのこととスンダルの死には何か関係があるのか。ナーヤクと職場の同僚アーディティヤ(Dileep Raj)の助けを得て、自らに降りかかった嫌疑を晴らすためのラチャナの探求が始まる。

【主要キャラクター/キャスト】イメージには本作のスチルからではないものも混じっている。

UturnCast.jpg

■ラチャナ/シュラッダー・シュリーナート
ニュー・インディアン・エクスプレスの駆け出し記者。IT技術者から転身した。演じるシュラッダーは本作がデビュー2作目。もともとは法律事務所にいたが、演技への夢を捨てきれずに退職した。昨年のマラヤーラム映画 Kohinoor での脇役が最初のチャンスとなった。念願のカンナダ映画&主演デビューとなる本作での演技は絶賛されている。こちらにバイオグラフィーあり。
■GKナーヤク/ロジャー・ナーラーヤン
バンガロール市警、バイヤッパナハッリ署のサブ・インスペクター。演じるロジャー・ナーラーヤンはバンガロール生まれで、90年代に子役として何本かの映画に出演したが、長じてからはアメリカ・ロサンゼルスに移住し、TVを中心とした俳優業をやっていた人。本作がカンナダ映画のヒーローデビューとなる。公式サイトあり。
■アーディティヤ/ディリープ・ラージ
ラチャナの同僚。演じるディリープ・ラージは主としてTV連続ドラマでキャリアを築いてきたが、2010年あたりから映画への脇役出演も増加中。
■マーヤー/ラーディカー・チェータン
CBI(中央情報局、インドの諜報および特別捜査のための機関)オフィサー。昨年上映された RangiTaranga で主役だったラーディカーは、本作では特別出演。それにしても、ホラーやスリラーに向いた独特の雰囲気を持っている人だ。
■?/スカンダ・アショーク
スカンダは2006年のマラヤーラム映画 Notebook でデビューした。長らく誰もがこの人をケララ人と信じていたが、数年前に本当はカンナダ人なのだと明かして(隠してたわけじゃないだろうが)皆を驚かせた。

その他
■?/クリシュナ・ヘッバーレ
■スンダル/プラモード・シェッティ
殺人事件の被害者。

【トリヴィア】
あの Lucia のパワン・クマール監督の3年ぶりの新作だ! Lucia を見ている人にならこれだけで充分、余計な付け足しは不要なところだが、未見の人に対しては、どこから説き起こせばいいのか、途方に暮れるところもある。まあともかく、監督が一番のスター!な映画である。

パワン・クマールは、2011年に Lifeu Ishtene でデビューし、続く Lucia がカルト的な成功をおさめた監督、当年34歳。今作でやっと3作目ということは新進の部類に入るが、それ以前には脚本家や脇役俳優として活動していた。特にヨーガラージ・バット監督と組んでストーリー・脚本を担当した Manasaare (2009) と Pancharangi (2010) は、どちらも傑作。とはいえ、その名前が知れ渡ったのは2013年の Lucia のヒット以降だろう。作品そのものと並んで特筆すべきなのは、クラウドファンディングで資金を調達し、大スターを使わず(使えず、なのか)、知恵を絞ったクレバーな脚本で勝負し、作品を劇場とともにオンラインでも公開する、というオルターナティブな映像作家としての姿勢。また、フェイスブックやブログ上で日々の生活の雑感や映画界への辛辣な批評をコンスタントに公開している饒舌な人でもある。本作のために集まった資金は2500万ルピー、Baahubali The Beginning の製作費12億ルピーの48分の1でしかない。しかし、カルナータカの衆がこのパワンの新作に寄せる期待は、テルグの衆がラージャマウリ監督新作に寄せるそれと同等か、それ以上なのではないかと思っている。

低予算オルターナティブ系作家なので、テーマや舞台背景は、自分が住むバンガロールの現実に根差したものだ(そこに幻想的な何ものかが織り交ざるのだが)。本作のテーマである交通問題も、愛娘を自家用車で保育園に送り迎えする中で着想されたものだという。

My story is based on our popular Double Road flyover, which had no reason to be there... but is there! (laughs) And everyone who has lived in Bengaluru has seen it take different shapes - one day it was a one way, and then suddenly it had a divider. It is the only flyover with a signal. As a Bengalurean, I found that glitch in the flyover very important.(The Hindu のインタビューより)

ここで述べられているフライオーバー(陸橋)というのは、今日のインドを象徴するインフラの一つだと筆者は思っている。バンガロールに限らず、州都クラスのインドの都市はどこであれ、慢性的な交通渋滞と、そこからくる大気汚染に悩まされている。無秩序でとめどない市街地の拡大とマイカーの激増に、都市計画が完全において行かれて、打つ手がなくなっている状態。地下鉄や近郊電車がやっと建設され始めたが、網の目のネットワークには程遠い。東京の首都高速のような高規格自動車専用道は今更作りようがない、といった状況で、付け焼刃的に幹線道の立体交差化が盛んに行われているのだ。もちろんそれに効果がないとは言えないが、そのルート策定や工事の発注には往々にして汚職がまつわりつき、また手抜き工事による悲惨な事故も時に聞こえてくる。

トレイラーやポスターから判断すると、劇中のダブル・ロード陸橋というのはインディラナガルにあるこれのことであるらしい(ダブル・ロードという俗称は他の地区にもある。リッチモンド・サークル近辺のもう一つのダブル・ロード陸橋だったらご容赦を 5月24日追記:この記事からするとリッチモンド・サークルの方かも)。もともとデザインに問題がある立体交差で、不心得者がさらに分離帯を改変したりすることからくる阿鼻叫喚の交通地獄、都市型スリラーの舞台として申し分ないのではないだろうか。

Uturn3.jpg

投稿者 Periplo : 00:09 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (1)

2016年03月13日

レビュー:Lucia

このトーチライトをはじめとした象徴的な小道具の散りばめ方が精緻で心憎い。
Lucia1.jpg

Lucia (Kannada - 2013)

タイトルの意味:作中に登場するドラッグの名前

DVD/BDの版元:Anand
正規オンライン全編動画(有料):https://youtu.be/B7AhxgNDRB8
DVD/BD/オンライン動画の字幕:英語(歌詞含む)
DVDのランタイム:約137分
ディスクの主な販売サイト:Kannada Store ほか

Director:Pawan Kumar

Music Director:Poornachandra Thejaswi

Cast:Ninasam Sathish, Shruthi Hariharan, Achyuth Kumar, Hardhika Shetty, Balaji Manohar, Aryan, Poornachandra Mysore, Prashanth Siddi, Bharath Singh, Lalipalya Mahadev, Vasudha Bharaighat, Prasad, Sanjay Iyer, Krishna, Rishab Shetty, Arasu, Aryabhata, Bianca, Ana, Sabreen, Cathy, Narayan Bhat, Gourish Akki, Sathish Kumar, Surya Vasishta, Kishore Vasishta, Veerendra, Sai Mahesh, Ravi Bhat, Reddy, Shama, Pia, Pawan Kumar

参考レビュー集成:http://periplosjottings.blogspot.jp/2013/12/lucia-kannada-2013.html

Lucia2.jpg

【事前に分かっても問題ない程度のストーリー導入部】
バンガロールのとある病院の個室に昏睡状態で横たわる男がいる。人工呼吸器によってかろうじて生かされている、ニキルという名のその男を安楽死させるべきかどうかは、TVのニュースショーでも取り上げられている。しかし一方で、彼がこういう状態に陥った元の出来事に事件性があるのかどうかも、人々の関心の的である。バンガロール警察にムンバイから来たサンジャイ(Sanjay Iyer)という名の捜査官を交えた特別チームが始動した。

バンガロールの下町の映画館でトーチ係(懐中電灯で通路を照らして客を席に案内する係員)をしているニキル/ニッキ(Ninasam Sathish)は、マンディヤのド田舎から一人で上京してきた。3年を州都で過ごした今も、信じられないくらい狭苦しいアパートで、似たような若者たち数人と雑魚寝する生活だった。そのせいで彼は不眠症に陥っている。

彼が勤めるのはカンナダ映画専門館。頑固者の館主シャンカランナ(Achyuth Kumar)は、ニッキのことをド突きながらも可愛がっている。しかし古ぼけた映画館の客の入りは最低で、借金取り立て&地上げ屋が訪れ、脅迫めいた台詞を残していくこともある。

ある夜、ニッキは路上でつつましい庶民の娘シュウェータ(Shruthi Hariharan)を見かけて一目惚れする。

同じころ、眠れないまま夜の街路に出た彼は、怪しげな売人から「ルシア」という名前の睡眠薬を薦められる。それは単に睡眠に導入するだけでなく、極上の夢を見させ、しかもその夢を次の晩に引き続き楽しむことができるという効能を持つものだった。半信半疑でその薬を服用してまず見た夢で、彼はカンナダ映画界のトップスターとなっていた。

Lucia3.jpg

【とりとめのない感想】
いきなりリメイクの話からで恐縮だが、本作は2015年に Enakkul Oruvan というタイトルでタミル語リメイクが公開された。主演はシッダールトで、どう考えてもオリジナルよりもプロダクション・バリューが高く、名作になりそうに思えたが、実見したところ筆者には全く心響くものがなかった。理由はいくつか挙げられるが、一番大きいのは、リメイクの舞台であるタミルの映画界が「全然栄えてるじゃん!」ということ。そう、本作はカンナダ映画界の抱える難儀な状況を大きな前提として構築されたものなのだ。

本作はカンナダ映画としては初めて、主にオンラインで出資者を募るクラウド・ファンディングの方式で製作された。斬新な資金集め手法のインパクトは、封切り時点では話題になったとしても、やがて時の流れの中で作品自体と比べて重要性を失っていくだろうと最初は思った。しかし遡って製作過程にまつわるあれこれに目を通していくと、上に述べた難儀な状況がそのまま反映されているのだ。そして、本作で大成功を収めたはずのパワン・クマールが、次作もやはりクラウド・ファンディング手法で作ろうとしている(作らざるを得ない?)ところを見ると、バックステージの資金集めですら作品の一部なのではないかと思えてならない。

「カンナダ映画界の抱える難儀な状況」を説明しだすと終わらなくなってしまうが、ひとまずここでは、本作のクランクイン前にパワン・クマールがブログで発表して大反響を呼んだ『Making Enemies』というエッセイ、それから、プレ・シューティング段階でのとあるエピソードを回想したパワンのフェイスブック上の公開ポストを紹介しておく。

前者は、本作の主役を名前の知れたスターたちにオファーして軒並み断られた話。彼らが脚本のプレゼンを聞くことなく断ったということにパワンが憤激して書かれた。とはいえ、完成した本作の中には、当たり前といえば当たり前だが、多数のカンナダ映画作品への言及が散りばめられている。また、オファーを断った有名俳優たちとは誰だったのか、そしてそのスターたちが仮にこの役をやったならどんな仕上がりになっていたかを想像するのも楽しい。ルサンチマンにまみれながらも、本作はカンナダ映画への愛に満ちている。

カンナダ映画への愛は、すなわちカンナダ語への愛でもある。本作の舞台であるバンガロールは、コスモポリタンな文化を誇る一方で、州公用語であるカンナダ語を母語とする人々の割合が4割を切るという特異な状況にある。さらにこの街では、インド全般にある英語至上主義もどぎつく現れている。カンナダ映画研究家MKラーガヴェーンドラ(過去にここで紹介した)によるエッセイ『Meanings Of The City』はその背景を簡単に紹介してくれている。英語が使えなければ二級市民扱いというような状況は、たとえば『マダム・イン・ニューヨーク』などでも重要なモチーフのひとつとなっているが、本作は異国ではなく、生まれ育った州の州都での話なのだから余計に突き刺さるものがある。でありながら、英語を話す外国人たちが、怨詛の対象ではなくむしろ主人公を助ける存在として描かれるところなどには、バランス感覚が感じられる。

くどくど書いてはみたものの、そんな予備知識なく本作に臨んだ観客をも圧倒するだろうと思えるのは、全編に満ち満ちたメランコリックなポエジー。多くのシーンで舞台となるのは夜、あるいは薄暗い室内、スタジオ、映写室であるのだが、メランコリーの因って来るところはもちろんそれだけではない。カンナダ映画になぜだか多い、娯楽映画フォーマットの中にシュルレアリズム的表現を盛り込む手法が、(低予算にもかかわらず)洗練された形で採られているからだと思う。夢をめぐる詩的なイメージの集積に、「夢を見る装置」としての映画が巧みに重ねあわされて渾然一体となる。ルシアによってもたらされた夢から醒めた日中は、ただのインターミッションとなる。暗がりで眩しい光を照射されてたじろぐ登場人物のイメージが幾度も登場する。そして最後に「幸福とは何なのか」という、これまたカンナダ映画に特有のポエマー体質大爆発の問いかけが発せられて物語は終わる。

極めて思弁的でメタフィクション的な内容を持つ本作だが、劇中に登場する場末館にくるような観客をも置き去りにしてはいないと思う。それは主演のサティーシュとシュルティ(二人とも本作が初の主演)の魅力と演技力に負うところが大きいし、アチュート・クマールの中年力、捜査官サンジャイを演じるサンジャイ・アイヤルや唯一のアフリカ系俳優プラシャーント・シッディーなどの面白すぎる顔たちも貢献しているだろう。

Lucia4.jpg

投稿者 Periplo : 18:43 : カテゴリー バブルねたkannada so many cups of chai
| コメント (0)

2015年08月05日

カンナダ映画新作上映1508

ひんやりした映像でつかの間酷暑を忘れる、そんな予感のする一作。
Rangitaranga1.jpg

RangiTaranga (Kannada - 2015) Dir. Anup Bhandari

原題:ರಂಗಿತರಂಗ
タイトルの意味:Colourful Wave
タイトルのゆれ:Rangi Taranga, Rangi Tharanga, etc.

Cast:Nirup Bhandari, Radhika Chetan, Avantika Shetty, Saikumar, Ananth Velu, Arvind Rao, Siddu Moolimani, Shilpa Singh, Chetan Raj, Roshni Kore, Dinesh Siriyara, Shanker Ashwath, etc.

Music:Anup Bhandari, B Ajaneesh Loknath (BGM)

公式サイト:http://www.rangitaranga.com/
公式トレーラー:https://youtu.be/L8wWqg2oYiQ (英語字幕つき)
全曲ジュークボックス:https://youtu.be/aKdO2u9lk7o

■日時:2015年8月22日、13:00開映(開場は12:00ごろ、16:30ごろに終了)
■料金:大人1600円(予約1500円)、5-12歳の子供1000円、5歳以下の子供は無料(座席なし)
■字幕:英語
■上映資材:DCP
■上映時間:ネット情報によれば約149分
■会場:埼玉県川口市、SKIPシティ、彩の国ビジュアルプラザ http://www.skipcity.jp/access/
※ランチ、インターミッションのスナックの販売については決まり次第当欄に追記。

■参考レビュー集成:http://periplosjottings.blogspot.jp/2015/08/rangitaranga-kannada-2015.html

※事前予約をお勧めします。東京カンナダ人会の会員以外の申し込みのフォームはこちら。万が一の直前の急な変更や今後の案内などもメールで受信できるようになります。(8月21日追記:申し込みは締め切りました。当日券には余裕があります)

Rangitaranga3.jpg

【公式サイトに書いてある程度の粗筋】
小説家のガウタム(Nirup Bhandari)はタミルナードゥ州の保養地ウーティーで隠棲者のような生活を送っていた。彼が取り組んでいる小説のタイトルは「ランギタランガ(色とりどりの波)」、彼の過去につながりがある。たおやかで優しい妻のインドゥ(Radhika Chetan)は画家で、これまでの彼の全ての小説の表紙の絵を手がけてきている。

一方で、ジャーナリストのサンディヤーが登場する。彼女は「アナシュク」というペンネームしか分かっていない文筆家のことについて調査している。

予測していなかった展開から、ガウタムはトゥルナードゥのカマロットゥという村にあるインドゥの実家を訪れることになる。村では郵便局長のカーリンガ(Saikumar)、校長のシャンカラ(Ananth Velu)と親交を結ぶ。滞在中、ガウタムは幾つもの不可解な出来事に遭遇し、原因を知ろうとするが、村の有力者はなぜかそれを喜ばない。

そんな中、匿名の文筆家を追い続けるサンディヤーもまた、カマロットゥを訪れる。

【主要キャラクター/キャスト】イメージは本作のスチルからではないものも混じっている
RTcast.jpg
■ガウタム・スワルナ(ニルプ・バンダーリ)
カンナダ語で書く小説家。本作がデビューとなるニルプ・バンダーリはマイソール出身の30歳。監督であるアヌープ・バンダーリは兄。こちらにインタビューあり。
■インドゥ・スワルナ(ラーディカー・チェータン)
ガウタムの妊娠中の妻で、画家でもある女性。ラーディカーもまた本作でデビューの新人。なんでもニルプ・バンダーリの昔の職場の同僚だった人だそうだ。
■サンディヤー・バールガヴ(アヴァンティカー・シェッティ)
ペンネーム以外に一切の情報がないある文筆家について追いかけているジャーナリスト。アヴァンティカーも本作が映画デビュー。マンガロール出身で、つまりカルナータカ州人であるにもかかわらず、カンナダ語の台詞に苦労したとこちらのインタビューで語っている。
■カーリンガ・バット(サーイクマール)

ガウタムと親交を結ぶカマロットゥの郵便局長。新人が目立つキャストの中で唯一のベテランが、テルグ映画界出身のサーイクマール。本作での演技が絶賛されている。吹き替え声優から出発して、ポリスものの主役からヤングヒーロー映画の悪役まで何でもこなし、「ダイアローグ・キング」の異名をもつ。近年の代表作は Prasthanam (Telugu - 2010) あたりか。見た目そっくりな弟のラヴィシャンカル(以前にここでちょっと紹介)も現在はカンナダ映画で活躍する性格俳優。息子のアーディはテルグ映画界の新進ヒーロー。

【その他のキャラクター/キャスト】
■シルパ・ラーオ(シルパ・シン)インドゥの友達。2012年のミス・ユニヴァース・インド代表のシルパ・シンがゲスト出演。
■シャンカラ・マスター(アナント・ヴェール)カマロットゥ村の公立学校の校長。
■バサヴァラージ・ハーディマニ(アラヴィンド・ラーオ)サブ・インスペクター。カマロットゥ村の有力者であるマハーバラ・ヘグデの片腕。
■ガルナール・バーブ(チェータン・ラージ)マハーバラ・ヘグデの手下。
■ニレーシュ・ガウダまたの名をパーンドゥ(シッドゥ・ムリマニ)サンディヤーの親友。コミカルなキャラクター。
■パンチャミまたの名をパーンチャーリ(ローシニ・コーレ)サンディヤーの親友。ニレーシュの婚約者。

【釣り書き】
2013年の Lucia、2014年の UgrammUlidavaru Kandanthe に続いて、現地の映画好きが熱く盛り上がる無印映画が登場した。新人または新進監督(本作のアヌープ・バンダーリもまた米国帰りの元IT技術者にして、短編映画作家。今回が長編デビューとなる)、低予算、非スター・キャスト、映像重視(本作ではハリウッドからランス・カプランという人を引っ張ってきたことをウリにしている)という共通項を持つこれら作品群は、この先カンナダ映画を変えていくうねりの先駆けとなるのか、それとも特異なカルト作品としてひっそりと映画史の一角に名を残すのか。

しかしそんな小難しいことを考えなくても、英語字幕つき(カンナダ映画自主上映では初の快挙だ)で涼しげな映像を楽しみ、ホラーっぽい進展におびえ、途中のどんでん返しでびっくりしたりすればいいのではないかとも思う。

ちょっとぐらいは知っておいても良いと思われるのは、メインの舞台となるカルナータカ州沿海部のトゥルナードゥと呼ばれる地方のこと。実はこの地方がカンナダ映画に登場するのは、地理的な重要性と比較すると割と少ないのだ。トゥル語と呼ばれる独自の言語(マラヤーラム語に比較的近いのだという)を持ち、現在もこのトゥル語の映画が細々と作られていたりする。アイシュワリヤ・ラーイなどのラーイ姓、シルパ・シェッティなどのシェッティ姓の人々は、トゥルナードゥにルーツを持つ可能性が高い。作中にも登場するブータ儀礼もこの地方に特有のもの。

設定はトゥルナードゥで、実際の撮影地はバンガロール、マイソール、マディケリ、プットゥール、シラー、(船の登場するシーンで)ケララ州アレッピー、タミルナードゥ州ウーティーなど。興味深いのは、トゥルナードゥの古い屋敷として登場する建物が、ケララ州オッタッパーラムにあるヴァリッカーシェーリ・マナ(以前、まったく無関係な作品のロケ地として紹介した)であるらしいことなど。

カンナダ映画のニューウェーブ(となるかもしれない)作品に興味がある人、トゥルナードゥに惹かれる人、ホラー風味の作例は見逃したくない人などにお勧めの一作だ。

Rangitaranga2.jpg

投稿者 Periplo : 03:00 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (0)

2015年04月22日

カンナダ映画新作上映1505

印度風水とカンナダ風ハナモゲラ語(←まさに死語)にまつわるコメディらしい。

VaastuPrakaara1.jpg

Vaasthu Prakaara (Kannada - 2015) Dir. Yogaraj Bhat

原題: ವಾಸ್ತು ಪ್ರಕಾರ
タイトルの意味:The way of Vaasthu
タイトルのゆれ:Vasthu Prakara, Vaastu Prakara, etc.

Cast:Rakshit Shetty, Jaggesh, Aishani Shetty, Parul Yadav, Anant Nag, T N Seetharam, Sudha Rani, Sudha Belawadi, Yogesh Kumar, Satyanarayana, Aras, Rockline Sudhakar, Kaddipudi Chandru, Prashanth Siddi, etc.

Music:V Harikrishna

公式サイト(FB):https://www.facebook.com/vaastuprakaara
公式トレーラー:https://youtu.be/WYh3t7iXT_8
全曲ジュークボックス:https://youtu.be/1b5TwqctVlQ

■日時:2015年5月24日(日)、13:30開映(17:00前に終映)
■料金:大人2200円、5-12歳の子供1000円、5歳以下の子供は無料(座席なし)、完全予約制
■字幕:なし
■上映資材:DCP
■上映時間:ネット情報によれば約145分、途中で15分程度のインターミッションあり
■会場:千葉県市川市、イオンシネマ市川妙典(こちら参照)

■参考レビュー集成:http://periplosjottings.blogspot.jp/2015/04/vaasthu-prakaara-kannada-2015.html

【重要】本上映は完全予約制です。当日の劇場でのチケット購入はできません。5月8日までにこちらから申し込みをして下さい。チケットの受け渡しは郵送または手渡しで行われます。チケット代金支払いは、受け渡し方法に応じて銀行振り込みまたは手渡しとなります。振込み手数料は入金者の負担となります。(4月28日追記:予定より早く完売となりましたので予約は締め切りとさせていただきました)

VaasthuPrakaara2.jpg

【粗筋】
クベーラ(Rakshit Shetty)は著名な風水師クリシュナ・シャーストリ(T N Seetharam)を父に持っていたが、自分は風水などこれっぽっちも信じていなかった。アンジャネーヤ神像の向きを勝手に代えたことが原因で父と大喧嘩をしたクベーラは家出してヨーロッパの小国ヴァーステニアに移り住む。そこにはオジのジャガディーシュ(Jaggesh)が住んでいたのだが、彼はかつかつの生活に苦しんでいた。ジャガディーシュはしぶるクベーラを説得して、金儲けのために二人でインチキ風水ビジネスを始めることにする。

ヴァーステニア人を騙すつもりの二人の前に現れたカモはなんとカンナダ人で、離婚の危機にあるアナンタクリシュナ(Anant Nag)とヴァンダナ(Sudha Rani)という熟年カップルだった。クベーラは二人の娘リトゥ(Aishani Shetty)を見て一目惚れする。リトゥはクベーラに風水パワーで両親の縒りを戻して欲しいと頼む。

ヴァンダナはアナンタクリシュナが浮気をしていると疑って離婚手続きを勧めているのだが、そこに登場するのが弁護士のニルマラ(Parul Yadav)だ。実は彼女は過去にジャガディーシュとの間に因縁があった。昔は豊かだった彼はニルマラに邸宅をプレゼントしたのだが、行き違いから彼女を怒らせ絶縁されてしまったのだ。しかしジャガディーシュはいまだに彼女に未練たっぷりで、彼女がヴァーステニアの男と婚約しているのを知っても諦めきれずにいる。

リトゥの依頼でクベーラとジャガディーシュが取り組む、アナンタクリシュナ邸の風水に則った改築、ニルマラの進める離婚手続きとが衝突して、3組の男女の間にはてんやわんやの大騒ぎが起こる。

【主要キャスト】イメージには本作のスチルからではないものも混じっている
VPcast.jpg

■ラクシト・シェッティ(クベーラ)
ウドゥピ出身、2010年にデビューしてから本作でやっと6本目(うち、主演は3本)という新進俳優。Simpallaag Ond Love Story (Kannada - 2013) で認められ、続く Ulidavaru Kandanthe (Kannada - 2014) では、監督と主演の兼業でまず驚かせ、異色のクライムストーリーとしても高い評価を得た(と言っても、現状では日本ではどんな手段によっても見ることが叶わず、隔靴掻痒なのだが)。上記の SOLS を見た限りの印象では、ともかく映画のヒーローになりそうにない、普通すぎる佇まい。しかし、監督主導型の一部のカンナダ映画では、こうした俳優にも需要があり、そのような傾向の作品の成功によって名前を売った「地味スター」も何人か存在するのだ。初のコメディでラクシトがどんな持ち味を見せるのかも注目だろう。
■ジャッゲーシュ(ジャガディーシュ)
1980年代中頃から活躍しているコメディアン。と言ったそばから「いや、性格俳優か?」と自信がなくなるインタビューもある。ともかく、現役のコメディアン/性格俳優の中ではちょっと破格な地位にある人だ。大スターから新人にいたるまでのヒーローが主演する映画にチョコチョコ顔を出しては笑いを取り、それを一年に10本も20本もこなすのが、南印コメディアンの一般的なありかただが、この人は主演率が大層高い。ウペンドラが監督した Tarle Nan Maga (Kannada - 1992) のような重要作品も含んでいる。そして通常は大スターがやることになっている、作中での「カルナータカ州旗ぶんまわし」もやってのける。ディリープ、ヴィジャイ、ヴェンカテーシュ、サルマーン・カーンがそれぞれの言語圏で演じてヒットさせた Bodyguard のカンナダ語版で主演したりもしている。冠タイトルは Navarasanayaka。
■アイシャーニ・シェッティ(リトゥ)
マンガロール出身の20歳。フィルモグラフィーが見当たらないのは、本作が実質的なデビューであるかららしい。こちらのインタビューによれば、割と小柄な人であるらしく、オーディション合格後に、背の低さをからかわれるシーンが作中に加えられたという。
■パルル・ヤーダヴ(ニルマラ)
ムンバイ出身の元モデル。ボリウッドからキャリアを開始したがすぐに南下。2012年の Govindaya Namaha での演技が認められてからは、ほぼカンナダ女優に。色白で無闇と立体的な造作のモデル顔というのは、典型的なカンナダ・ヒロインに思える。公式サイトあり。
■アナント・ナーグ(アナントクリシュナ)
以前ちょっとだけ紹介したことのある最初期主演作 Ankur [邦題:芽ばえ] (Hindi - 1974) で芸術映画ファンに鮮烈な印象を残したアナント・ナーグも、今や60代後半、イケズ親父演技にも磨きがかかってきた。主演格のラクシトやジャッゲーシュよりもこの人についての方が書きたいことは沢山あるのだが、まあここでは我慢しておこう。ヨーガラージ・バット監督作の常連でもある。
■スダーラーニ(ヴァンダナ)
子役出身で、1990年代にヒロインとして活躍した女優。現在もお母さん役でコンスタントに出演を続けている。

【釣り書き】
冒頭で書いたハナモゲラ語とは、作中に設定されている架空のヨーロッパの小国ヴァーステニア(実際のロケ地はスイスらしい)の国語のこと。もちろん実在しない。このヴァーステニア語、英語、カンナダ語が入り混じっての阿鼻叫喚を字幕無しで観るのは、脳へのいい刺激になりそうだ。

監督のヨーガラージ・バットについて、タミル映画界、テルグ映画界、マラヤーラム映画界でなら誰に当たる、というたとえを考えたりしてみたのだが、思いつかない。スターではなくクオリティを求める観客から支持を集める、文句なしのカリスマ監督ナンバーワン。そうは言っても、前衛性、スタイリッシュネス、メッセージ性といった面で極端に尖んがってるわけではない。日本人観客としては、時に過剰なセンチメントの洪水にたじろぐことがある。押しつけがましさは低いものの、説教は結構ある。映像はファンタスティック。等身大のリアルな若者像を描き、その若者が日常性から離れた異郷で何かを失ったり見出したりする、というストーリーラインが多い。台詞に深い味わいがあるのだという。2003年に映画監督デビューし、Mungaru Male (Kannada - 2006) の雪崩的大ヒットによって地位を確立した。その動向が常に注目されるトップ監督だが、作品に必ずしも大スターを起用するとは限らないことでも知られる。裏方の製作陣には、ヨーガラージ組とでも言うべき「意識高い系」が参集し(その中で最も成功したのが Lucia のパワン・クマール監督)、この先カンナダ映画がどう変わっていくにしても、その影響を抜きに考えることはできないだろうという人物だ。

VaasthuPrakaara3.jpg

題名にあるヴァーストゥを、上の粗筋中では風水と書いたが、正確には古代から受け継がれてきた、建築や都市計画に関しての規範書のこと。現代においては神秘学としての性格が強くなっている。富裕層・上位階層の間でもこれを信じる人は珍しくなく、タミル・ナードゥ前州首相のジャヤラリター女史なども、お抱えの風水師を大層重んじているという話がある。本作はどうやらヴァーストゥ依存を迷信として戒める方向性のようだが、一方でホラー映画 Winter (Malayalam - 2009) には、細かな風水の決め事にも古代人の合理性が秘められているのだと訴える内容が含まれていたりして、色々な意見があるのが面白い。

その他、印度で唯一のアフリカ系俳優(唯一かどうか裏は取れてないけど他に聞いたことない)シッディ・プラシャーントが、短いが重要な役で出てくるなど、興味は尽きない(おまけ:ヴァーステニア語で本作のプロモーションを行うプラシャーント君動画)。

投稿者 Periplo : 02:00 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (0)

2015年04月14日

レビュー:Ugramm

とめてくれるなおっかさん、腕のナラシンハが吠えているんじゃ。

Ugramm1.jpg

Director:Prashanth Neel
Cast:Sriimurali, Haripriya, Tilak Sekhar, Atul Kulkarni, Avinash, Jai Jagadeesh, Padmaja Rao, Manjunath Reddy, etc.

原題:ಉಗ್ರಂ (Ugramm)
タイトルの意味:憤怒 ※映画冒頭でこのように丁寧に説明される。’momentous anger induced by a great period of tolerance’ を一語で表すサンスクリット起源の言葉。本作自体は神話のストーリーとは無関係ではあるが、ウグラムとはそれだけでナラシンハの物語を想起させる語であるようだ。シュローカ全体の訳はこちら参照。

DVDの版元:Anand
DVDの字幕:英語
DVDの障害:特になし
DVDのランタイム:約131分
DVD 入手先:Kannada Store など。

参考レビュー集成:http://periplosjottings.blogspot.jp/2014/06/ugramm-kannada-2014.html
公式トレーラー:https://youtu.be/Vfi3bEWkG5Y

Ugramm2.jpg

【粗筋】
オーストラリア在住NRIのニティヤ(Haripriya)は母の墓に詣でるためにインドに帰国する。故地であるタラグワールに向かう途中で、彼女は一群のならず者たちに誘拐されるが、アガスティヤ(Sriimurali)という名のメカニックの男に助けられる。彼女を攫って殺害しようとする試みは、かつて密輸などの非合法活動に手を染めていたニティヤの父(Jai Jagadeesh)とギャング出身の政治家シヴァルドラ・リンガイヤ (Avinash)との間での因縁の争いに関係があった。

アガスティヤは母(Padmaja Rao)と暮らすコーラールの自宅にニティヤを匿う。ニティヤは助けてくれたアガスティヤに好意を持つが、やがてその過去を知ってショックを受ける。

無法者が支配する北カルナータカのムゴール地方に生まれたアガスティヤは、幼いころにギャング同士の抗争の中で父を失っていた。彼自身は平穏に生きることを望み、父の復讐を試みることはなかったが、ギャングとしての地位を確立したいと望む幼馴染みの親友のバーラー(Tilak Sekhar)のために、暴力沙汰に手を染めることになる。

有能なアガスティヤの力添えでバーラーは支配地域を着々と広げていく。しかし、組内部での緊張の高まりの中で、アガスティヤはバーラーの弟を殺してしまう。バーラーは彼を許さず、アガスティヤはギャング稼業から足を洗い、町を離れることになったのだった。

しかし、シヴァルドラの執念と、その息子ディーラージ(Atul Kulkarni)の野心とが、アガスティヤを再びムゴールの暴力の世界に引き戻すことになる。

UgrammCast.jpg

【主要キャラクター:キャスト】 ※上のイメージには本作のスチルからではないものも含まれる
■シュリームラリ:アガスティヤ
バンガロールの東約50kmのところにある小邑コーラールに母と共にひっそり暮らすメカニック、しかしその名だけでならず者を震え上がらせる過去を持った男。ひとたび戦闘モードに入ると敵無しの殺戮マシーンと化してしまう。演じるシュリームラリは10年超の芸歴を持ち、コンスタントに出演作があるにもかかわらず、本作の諸レビューは盛んに「カムバック」の語を使っていた。つまり、初期の数本のヒット以降それくらい鳴かず飛ばず状態が続いていたのだ。ラージクマール夫人パールヴァタンマの甥にあたり、血族ではないものの、ラージクマール王朝に連なる俳優ということになる。イトコのシヴァラージクマールやプニートとはタイプが違うものの、やっぱり鼻が目に飛び込んでくる。兄に同じく俳優のヴィジャイ・ラーガヴェーンドラがいる。本作の監督プラシャーント・ニール(これがデビューでそれまではIT技術者だったそうだ)は義理の兄弟にあたるという。
■ニティヤ:ハリプリヤー
オーストラリア・シドニーに住むNRIで、帰国早々に暴力沙汰に巻き込まれたところをアガスティヤに助けられ、匿われて共に暮らすうちに当然のこととして彼に惚れるようになる。ハリプリヤーもまた、南印4言語にまたがる10年近いキャリアの持ち主ながら、突破口となる大ヒットには恵まれずにいた。当網站でも出演作のレビューをあげておきながら、ヒロインへの言及は一切なし、って我ながら酷いもんだ。チッカバッラープラ出身の生粋のカンナダ女優、訓練をうけたバラタナーティヤムの踊り手でもあるという。
■バーラー:ティラク・シェーカル
ムゴール地方全体を支配下に置くギャングのドンになることを望み、友人であるアガスティヤに助力を求める。モデル出身のティラクはこれまで主として悪役を演じてきた。初期のインタビューはこちら
■シヴァルドラ・リンガイヤ :アヴィナーシュ
シーラを本拠地とする元ギャングの政治家。ニティヤの父との過去の争いを根に持ち、いまだに意趣返しの機会を窺っている。アヴィナーシュは舞台出身、80年代後半の映画デビュー以降300本以上に出演と言われる悪役・性格俳優。日本では、『チャンドラムキ』の祈祷師の役で登場済み。
■ディーラージ:アトゥル・クルカルニー
シヴァルドラの息子。政界で大物となる野心を持っており、そのためには非合法な手段をとることも厭わない。マラーティー映画界の知的な演技派という印象が強いアトゥル・クルカルニー(公式サイトはこちら)だが、実はカルナータカ州ベルガウム(ベラガーヴィ)の出身だと知って吃驚。ヒンディー、マラーティー、南印4言語で活躍するマルチリンガル俳優。日本では、ゲイ映画『マンゴー・スフレ』によって紹介済み。
■ニティヤの父:ジャイ・ジャガディーシュ
カルナータカ出身で今はオーストラリアに住むビジネスマン。インドにいたころには密輸などの非合法活動にたずさわっていた。ここで「密輸」と出てくるのは、たぶん1980年代にこの親父が悪さしてたってことなんだろうね。現在からは想像しにくい部分もあるが、90年代の改革開放路線前のインド映画では密輸王ってのは悪役の定番だったのだ。ジャイ・ジャガディーシュもまた息の長い活躍をしている俳優・プロデューサー。1960-70年代の巨匠プッタンナ・カナガル監督の元でアシスタントをしていたところを抜擢されて俳優となった。たぶんこれは抜粋でしかないのだろうけど、フィルモグラフィーはこちら

Ugramm4.jpg

【トリヴィアなど】
2000年代のカンナダ映画についてここで大上段に構えて論じる器量は当網站筆者にはないが、本作は典型的なカンナダ映画とは随分違った、突き抜けた一作と受け止められているようだ。これでカンナダ映画もひとつステージが上がった、などとはしゃいでいる連中も結構見受けられる。

確かに、ドン臭いストーリー、もっさりしたアクション、目を逸らしたくなるダンス、咀嚼困難なポエム等々といった、これまでのカンナダ映画によくみられた癖からは、見事なくらいに吹っ切れた、スタイリッシュでパワフルでスピーディーな130分だ。

その突出ぶりが最も顕著なのは、タミル・ナードゥ出身の名カメラマン、ラヴィ・ヴァルマンのカメラワークであることについては衆目が一致している。フィルモグラフィーを見てもその充実ぶりには唸らされる。日本公開作としては Phir Milenge [邦題:フィル・ミーレンゲー/また会いましょう]、Barfi! [邦題:バルフィ!人生に唄えば] などがある。

それから、物語の舞台が北カルナータカ(劇中で北カルナータカという言及はないし、ムゴールは架空の町であるようだが)というのも実は案外珍しい。あれこれと見てみても、カンナダ映画というのは大半が、バンガロール~マイソール~マディケリと、えーとそうだなシモガを結ぶ三角形とその周辺だけで完結してるんじゃないかと思えるところがある。北部・中部カルナータカが舞台になるのは珍しいし、また北部出身者を定型的な悪役として描くことも多い。まあ、ムゴールが悪のはびこる化外の地として描かれているという点では、カンナダ映画の伝統的な世界観を踏襲している訳だが。本作は、北部のグルバルガの町で初めて本格的にロケが行われたことを謳っている。前半部分を含むその他のロケ地としては、かつて金鉱で湧いた町コーラールのKGF(Kolar Gold Field)と呼ばれる荒涼とした跡地(時折他の映画のソングシーンなどにも登場する、こちら参照)、チンターマニ、ナンディ・ヒルズ、マイソールなど。

Ugramm3.jpg

投稿者 Periplo : 17:45 : カテゴリー バブルねたkannada so many cups of chai
| コメント (0)

2014年08月09日

カンナダ映画新作上映1409

日本よ、これがカンナダ映画だっ!!!

いや、別に過去に映画祭公開された Phaniyamma [邦題:パニおばさん]や Thai Saheba [邦題:母上様]、Upendra [邦題:ウペンドラ]を無視するつもりじゃない。だけど、ここに挙がったのはどれも1980-90年代の作品、つまり21世紀のカンナダ映画としては本作が一番乗りと言えるのじゃないか。ただ、正直なところ、記念すべき杮落としが他言語からのリメイク作(いかにヒットしたとはいえ)ってのがちょっと残念ではあるけどね。

Oggarane1.jpg
※TOKYOと書いてあるが埼玉県川口市のこと、念のため(しかし、「ドイツのチューリヒ」とか、色々酷いね)

Oggarane (Kannada - 2014) Dir. Prakash Rai

原題:ಒಗ್ಗರಣೆ
タイトルの意味:tempering
インド料理用語のテンパリング(少量の油を熱してスパイスを加え、油にスパイスの香りを移したところで、もろともにメインの素材に振り掛ける技法、または振り掛ける油そのもの)のこと。ヒンディー語ではタルカーと呼ばれ、ダール・タルカーなどのメニューがポピュラー。
タイトルのゆれ:Un Samayal Arayil (Tamil), Ulavacharu Biryani (Telugu) ※ただし、タミル・テルグ版とも一部脇役のキャスティングが独自のものなので、厳密には同じ作品とはいえない。

Cast:Prakash Rai (Prakash Raj), Sneha, Tejas, Samyuktha Hornad (Samyuktha Belawadi), Aishwarya, Urvashi, Mandya Ramesh, Achyuth Kumar, etc.

公式トレーラーhttp://youtu.be/LrqY7c1U6Hw(参考:タミル版テルグ版
全曲ジュークボックスhttp://youtu.be/lvC4pqWUI-0

■日時:2014年9月7日、開映13:30
■料金:大人2500円、5-15歳の子供1200円、5歳以下の子供は無料
■字幕:なし
■上映資材:DCP(と推定)
■上映時間:ネット情報によれば約122分
■会場:埼玉県川口市、SKIPシティ、彩の国ビジュアルプラザ http://www.skipcity.jp/access/

■映画公式サイト(FB):https://www.facebook.com/Oggarane
■参考レビュー集成:http://periplosjottings.blogspot.jp/2014/07/oggarane-kannada-2014.html

※上映に際しては途中30分程度のインターミッションあり。別料金でインド・スナックのサービスあり。また、ペットボトルなどの自販機も会場にあり。

※事前予約をお勧めします。申し込みフォームはこちら

Oggarane2.jpg

【ざっくりとした粗筋:ネタバレ度70パーセント】 ※筆者が字幕無しで本作を観て判断した粗筋だが、オリジナルのマラヤーラム映画のDVD字幕から推測して書いている部分もある。間違いがあったらご容赦を。

マイソール在住で、考古学局に勤めるカーリダーサ(Prakash Rai)は、45になっても未婚の偏屈な変わり者。親戚の男(Mandya Ramesh)と料理人のバーブ(Achyuth Kumar)と共に気ままな独身生活を送っていた。仕事を離れたところでの彼の情熱はもっぱら美食に向けられていた。36歳の吹き替え声優のガウリ(Sneha)は、若い頃に占星術師から結婚すると相手が早死にすると予言され、その後の自由恋愛でも占いのことを知った相手から逃げられ、ハイミスと呼ばれる年齢に差し掛かっていた。彼女はケララ人の美容師のマリア(Urvashi)、女学生のメーガナ(Samyuktha Hornad)などの女性たちと共に賑やかに暮らしていた。

ある時、ガウリは好物のケララ風クッティ・ドーサを宅配で頼もうと電話をかける。しかしそのコールは番号間違いで、受信したのはカーリダーサだった。噛み合わないやり取りの末に二人は罵り合って電話を切る。脇で面白がって見ていたのはカーリダーサの甥で就活中のナヴィーン(Tejas)。彼はその携帯を使ってガウリ宛に詫びのSMSを勝手に送る。受信したガウリの側ではメーガナがお節介を焼き、渋るガウリを説得してカーリダーサに詫びの電話を入れさせることに成功する。この通話で、お互いがかなりのグルメであることを知った二人は急速に親近感を覚え、頻繁に電話で話し合うようになる。やがて二人は実際に会ってデートをすることを考えるようになるが、いざ約束の日になって、自分の年齢や容貌に引け目を感じて気後れし、あろうことかナヴィーンとメーガナをそれぞれ影武者として送り出す。

実はしばらく前にひょんなことから一度出会っていたナヴィーンとメーガナは、カーリダーサとガウリとして面会し、ぎこちない会話を交わして別れる。二人は帰宅後に、思ったより相手は若かったので不釣合いだとそれぞれ報告する。カーリダーサとガウリはもう電話で話すこともできなくなり、失意の底に沈む。一方ナヴィーンはメーガナが忘れられず、機会を捉えてはアタックし、やがて二人は相思相愛の仲になる。しかしこのカップルはあくまでもカーリダーサとガウリとしてお互いに身分を偽り続けていたのだった。

本物のカーリダーサとガウリにはこの先真の出会いが起きるのか、ナヴィーンとメーガナはお互いの嘘を告白して心おきなく恋を謳歌することができるようになるのか?

その他のキャラクター
■カーリダーサの同僚(Aishwarya):カーリダーサがいつまでも結婚しないことを案じて助言する。
■ジャッカイヤ(unknown actor):先住民の老人。とある事情からカーリダーサが保護して自宅に住まわせる。しかしこれを誘拐と見る人権保護局はカーリダーサと対立することとなる。

【主要キャスト:キャラクター】 ※下のイメージには本作のスチルからではないものも含まれる
OggaraneCast.jpg
プラカーシュ・ラーイ(ラージ):カーリダース
プラカーシュ・ラーイに今更説明の必要もないだろうとは思うのだが、ベーシックなことだけ書いとく。1965年生まれ、出生地はバンガロールともマンガロールとも言われハッキリしない。母語もまた、カンナダ語とされていたりトゥル語だったり(両方なのかも)。いずれにしろ「ラーイ」という本名から、映画界に多様な人材を輩出しているバント・カーストの出身であることが想像される。カンナダ語のTVと映画からキャリアをスタートし、Duet (Tamil - 1994) での悪役演技によってタミル映画界でブレイクし、以降サウス4言語とヒンディー語映画界で縦横に活躍、最も高額の出演料を稼ぐ悪役俳優の一人とみなされることになる。そうやってせっせと稼いだギャラを元手に(?)2002年からはプロデュースに進出し、2010年からは監督業にも手を染めている。自身で製作や監督を担当した作品群もそこそこ見てみたのだが、多少例外はあるものの、なんていうか、大抵がキャワユくて、胸キュンで、心温まるストーリーなんだよね。ハードコアでやりすぎの悪い奴の芝居が好きなこっちにとっては若干鼻白む部分もあるんだけんど。製作・監督・主演、しかも3言語同時製作という気合いの入った本作でも、胸きゅんワールドが炸裂しているので、こころして臨まれたい。
スネーハ:ガウリ
焦り気味のオールドミス役をやるには若々しすぎるんじゃないかと気の毒になったスネーハは、1981年生まれ。この人のバイオグラフィーもあまりはっきりとしない部分が多いのだが、ムンバイ生まれで湾岸育ち、両親はタミルに根を下ろしたテルグ人であるらしい。南印4言語映画に出演しているが、本拠地はタミル映画界と考えていいと思う。北インドやケララ出身の女優が席巻するタミル(テルグもだが)映画界で、地元出身ヒロインとして孤軍奮闘するにあたっては、色々と面倒もあったらしい(私には文句が言いやすいから、みんな私に当たるのよ!ってとこか)。しかしその代わり息の長い活動を続けることができ、2012年に俳優のプラサンナーと結婚してからもマイペースで仕事をしている。個人的には、初期の頃の「東宝シンデレラ」的まとまり加減、ぼってり塗りあげるメイクのセンスには馴染めないものがあったが、4年ほど前か、マラヤーラム映画に顔を出すようになった頃から、しっとりとしたいい感じになってきたものだと感心し、ちょっと見直し中。これまでの代表作は、大家族から切り離されて新婚生活を送る女性の孤独を描いた Pirivom Santhippom (Tamil - 2008) など。
テージャス:ナヴィーン
カーリダースとガウリを応援するつもりなのに、目の前に現れたガウリ(実はメーガナ)を見てトキめいてしまう、困った現代っ子ナヴィーン。演ずるテージャスはハイダラーバード生まれのテルグ人で、本作がデビューとなる。ごく最近までスポーツとしてポロをたしなんでいたというのだから金持ちのボンボンなのだろう。俳優を志願するようになってからはテルグ映画界のテージャ監督の下で助監督として修行しつつチャンスをうかがっていた。本作に続き、既に2本のテルグ映画と1本のタミル映画への出演が内定しているという。
サムユクタ・ホラナード:メーガナ
祖父母は高名な演劇人(こちらなど参照)、母のスダー・ベラワーディは女優、オジのプラカーシュ・ベラワーディも映画監督という芸能一家の生まれ。2007年ごろデビューし、Lifeu Ishtene (Kannada - 2011) でヒロインをつとめ、一定の評価を得た。こちらのインタビューなどを読むと、新進ではあるものの比較的慎重に役を選ぶ人であるようだ。
アチュト・クマール:バーブ
主人公カーリダースにヘッドハンティングされる腕利きの料理人。ストーリーにはあまり絡まないにも拘わらず、本作の「胸キュン」の肝はこの料理人にあるといっても過言ではない要の役。タミル版ではタンビ・ラーマイヤー、テルグ版ではブラフマージーが演じている。アチュト・クマールは演劇界出身の実力派性格俳優だが、正確なフィルモグラフィーは分かっていない。既にかなりの数の出演作があるようだが、注目を浴びたのは何といっても Lucia (Kannada - 2013) での映画館主/スター俳優のマネージャーの一人二役によって。Lucia でも本作でも、なにやら可愛げのある壮年男というイメージにぶれはないのだが、遡って改めて Aa Dinagalu (Kannada - 2007) でのギャング役など見てみるとかなり笑えると思う。
マンディヤ・ラメーシュ:カーリダースの親戚
カーリダースと何となく同居して呑気に暮らす独身の中年男。オリジナルのマラヤーラム版に無かったキャラクター。タミル版ではイランゴー・クマラヴェール、テルグ版ではMSナーラーヤナが演じている。マンディヤ・ラメーシュは演劇界出身のベテランで、今でも舞台が活動の中心ながら、90年代中頃にデビューした映画の世界でも100本超の出演作がある。代表作は、プラカーシュ・ラーイが主役の芸術作品 Nagamandala (Kannada - 1997) あたりか。
アイシュワリヤー:カーリダースの同僚
マラヤーラムのオリジナルでは男性だった同僚が、なぜかリメイクでは女性に変わっている。演じるアイシュワリヤーは Yajanan [邦題:ヤジャマン]で既に日本のスクリーンにもデビュー済み。この人のバックグラウンドもなかなかに迫力があり、祖父は、今日のアーンドラ・プラデーシュの生まれながら南インド映画界全域でボーダーレスに活躍した監督・俳優のYVラーオ(カンナダ映画界では初のトーキー作品の監督として名を残している、こちら参照)、母は Jeans [邦題:ジーンズ 世界は2人のために]や Padayappa [邦題:パダヤッパ]のラクシュミ。過去作品では、プラカーシュ・ラーイの妻役を演じた Aakasamantha (Telugu - 2009) などが印象に残る。
ウルワシ:美容師マリア
この人についてはかなり前にちょっと書いた。ただし、この時点では近過去のヒロイン女優としての紹介だったのだが、現在ではすっかりいいオバさんになって、肝っ玉母さんキャラが定番となっている。また、マノージKジャヤンとは離婚し、その後の再婚相手との間に一児をもうけている。30年以上の芸歴の中で代表作を挙げるのは難しいが、最初期に出演したカンナダ映画 Shravana Banthu (Kannada - 1984) を、撮影中の興味深いエピソードと共に紹介しておきたい。

Oggarane3.jpg


【トリヴィアなど】
プラカーシュ・ラーイ監督・主演・プロデュースの、話題の3言語(カンナダ、テルグ、タミル)同時製作映画。結果的にテルグ版、タミル版の評判は芳しくなく、上映も長続きせず、一方でカンナダ版は批評家受けもよくロングラン街道を邁進中。脇役のキャストを一部変えているとはいえ、基本的にストーリーは同じはずなのにこういうことが起きるのだから面白い(ちなみに原作である2011年のマラヤーラム映画 Salt N' Pepper も大ヒットした)。タミル版への容赦のない酷評はたとえばこちら、同じくテルグ版に対してはこちらで読める。

ついでだから他言語同時製作と吹き替え版の違いについてもちょっとまとめておく。

ある言語でヒットした映画を他の言語圏に持ち込む場合、リメイクと吹き替え(現地では dub と称される)の二つの可能性が考えられるが、一般論としては前者の方が格が上、後者は安っぽいプロダクトと見なされる。前者は、製作発表からオーディオ発売、封切りまで、プロモーションもしっかり行われることが多いが、後者はひっそりと作られ、場末館でのみ上映される隙間商品のような扱いのことが多い(ただし、アッル・アルジュン主演作のマラヤーラム語吹き替え版なんかだとどんな感じなのか、調査が必要)。

それでは本作のような他言語同時製作はどうなのかというと、たとえばカンナダ語版を撮影・編集して完成させた後にタミル語・テルグ語音声を載せるというようなことは基本的にはやっていないはずなので、吹き替えとは違う。やはりこれらは3本の別々の作品なのだ。こうした作品の撮影時には、登場人物の口の動きが分かるようなバストショット以上の近接ショットは、3言語分、3回ずつテイクするのが普通であるようだ(アフレコを前提とした話である)。

プラカーシュ・ラーイは3言語いずれにも堪能、スネーハはタミル&テルグはいけるけどカンナダは駄目、テージャスはテルグ語ネイティブでタミル語はまあまあ、カンナダ語はからっきし、サムユクタはカンナダ語ネイティブでタミル・テルグは心許ない。こんな状況下で、たとえばテージャスの台詞が多いシーンを撮る場合には、最初にテルグ版をテイクしてテージャスが感じをつかんだ後でタミル・カンナダ版のテイクに移る(いずれにしてもタミルとカンナダではテージャスの声は使われず、声優が台詞をあてることになるわけだが)とか、気の遠くなるような煩雑さだ(このような現場でのシステムをテージャスとサムユクタがそれぞれに証言している、こちらこちら)。

これだけの手間をかけて、話題づくり以上の何かメリットがあるのだろうかといつも思うのだが、まあチャレンジャーにとってはチャレンジし甲斐のあるものなんだろうね、としか言えない。そして、本作のように言語によって評価が劇的に異なるという結果を見せつけられると、インドの多言語の森の奥深さにクラクラするのである。

【付記】
南印主要4言語の映画中では、もっとも国外で上映されることが少ない(それどころか、他言語作品と競合しての自州内での上映率も最低なのではないかと疑っている)カンナダ映画だが、こちらの記事によれば、最近になって在外カンナダ人コミュニティー向けの上映を行う組織的な動きが少しずつ起こっているようなのだ。今回の川口での上映が定例会化するものなのかどうかはまだ分からないが、初回の動員が好調ならば次もあるかもしれない。新作のカンナダ映画をガンガン見たいという向きは、お誘い合わせのうえ、足を運ばれたい。

投稿者 Periplo : 21:15 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (0)

2013年09月25日

資料系アップデート:1309

誰が呼んだかサンダルウッド。

BipolarIdentity.jpgBipolar Identity - Region, Nation, and the Kannada Language Film

著者:M K Raghavendra
版元:Oxford University Press, New Delhi
発行:2011年(初版)
版型:A5版
頁数:254
主な販売サイト:Abe Books ほか
定価:Rs.695-(インド国内)
コンテンツ要約:Oxford Scholarship Online 上にあり
掲載図版数:0
言及されるカンナダ映画の本数:約140本

学術書ではあるものの、一応カンナダ映画の通史として読むこともできる(かなり迂遠だけどね)初の英語文献ではないだろうか。2011年に出版されていたのにごく最近まで気がつかなかったので慌てて紹介。

■ひとまず、本書の論点と前提となる歴史的枠組みの記述とを、当網站筆者の私見を交えないよう留意して要約した。

カンナダ映画の(あるいは南インド映画全般の)歴史において、1956年に行われた言語州の理念に基づく州界再編のインパクトは巨大なもので、1947年のインド独立という歴史的イベントをはるかに上回るものだった。

1956年以前のカンナダ映画は、基本的には旧マイソール藩王国(以下、マイソール藩と略記)の領域内で作られ、領域内の住民を観客として想定したものだった。そのコンテンツも、マイソール藩の保守的風土を反映した独特な価値観をもつものが主流だった。そしてこのマイソール藩の記憶は、カンナダ映画の中でその後も長く尾を引き、1980年代末ごろまで残存し続けた。カンナダ語映画界を俗にサンダルウッドと称するのは、偶然ながら暗示に富んだことなのである(白檀はカルナータカ沿海地方や北部には生育しないという)。

マイソール藩は、1399年にヴィジャヤナガル王国内の小領主国として成立し、その後独立王国時代、ティープー・スルターンのイスラーム王国時代、英国の間接統治などを経て1947年まで存続し、インド共和国成立後はマイソール州となった。1956年の州界再編によって、それまで独立国だったクールグ(コダグ)、旧マドラス管区でカンナダ語と並びトゥル語やコーンカニー語も話される沿海地方、旧ボンベイ管区だったベルガウムとその周辺地方、旧ハイダラーバード藩王国領だったラーイチュールとその周辺地方が加わり、面積が倍増した。独立後の州都は一貫してバンガロール。1973年には州名がカルナータカ州に変更された。

Karnataka_1956.jpg
1956年の州界再編によって誕生したグレーター・マイソール州(現カルナータカ州)。Wikipediaファイル、Karnataka 1956 Reorg.svg を流用。

インド独立以前のマイソール藩では、最大セクトは農民カーストのヴォッカリガで、リンガーヤト(本来はシヴァ派の一分派だったが、マイソール藩ではカーストセクトと同等のものと見なされていた)が続いた。藩王家はクシャトリアを自称し、宰相はバラモンから出るのが常だった。マイソール藩は肥沃な農耕地を擁した非常に豊かな地方で、同時にカーヴェーリ川の水利を活かした工業化にも成功し、都市部では「マイソール・モダン」と称される欧化した風俗も見られた。これは独立後のデリーを中心とした中央部での、「ネルー・モダン」と呼ばれた先進的な生活様式の出現にはるかに先んじたものだった。とはいえ、こうした物質文化の根底に横たわっていたのは、君主制を軸にした身分位階の絶対視、堅固な家父長制、最大で半径30マイル程度の地域内での同族婚の慣習など、非常に封建的な農民の世界観だった。マイソール藩は英国の直接的な統治を受けていなかったために、他地域で対英独立闘争を通して培われた共和制民主主義や社会改革への希求なども比較的弱かった。

本書が時代を通して追うカンナダ映画の世界観にまつわるキーエレメントは3つある。

1.自足した小宇宙として栄えていたマイソール藩だったが、1947年の独立を期として、その領民にはこれまで忠誠をささげてきた藩王の先に、インド国家という、より抽象的だがさらに高い次元の忠誠対象が現れる。この二つの忠誠対象はそれぞれの時代の映画作品の中でどのような現れ方をしたか。

2.さらに1956年の州界再編によって拡大したマイソール(カルナータカ)州のカンナダ語話者としての自意識の問題も加わる。ボンベイ管区、マドラス管区、ハイダラーバード藩王国の辺境地帯でマイノリティ言語話者として貧困のうちに暮らしていたカンナダ語話者にとって、マイソール州への編入は悲願であった。一方で豊かなマイソール藩にとって、相対的に貧しいこれら地域の編入は、これまで自領内で蓄積してきた富が流出してしまう危機として受け止められた。結局のところ、カンナダ映画はその後も長らく、マイソール藩領民によるマイソール藩領民に宛てられた呼びかけであり続けた。そうした基調のなかで、一体化したカルナータカ人としての自意識創出への試みはどのような形でなされたのか(あるいはなされなかったのか)。

3.また、現代文明の象徴、さらには言語圏の中心として映画に現れる都市の問題がある。初期のカンナダ・ソーシャル映画の都市ものの舞台は圧倒的にマイソールだった。州都であるにもかかわらずバンガロールが作中で目立った現れ方をするのは、やっと1960年代末からである。マイソール藩内の都市でありながら、英国保護領時代にカントンメントと呼ばれる行政地区が英国人によって建設されて以来、バンガロールには非カンナダ語話者の流入が絶えなかった。特に植民地政庁への各種サービスを担うタミル人、ムスリム(ウルドゥー語話者)の移民は目立ったものだった。1980年代までのバンガロールの主要産業はほとんどが公共セクターのものだったが、90年代の経済改革以降はIT産業の中心地となり、インド全土からの労働人口の流入が加速した。高い購買力をもつこれら新移民の増加は、都市の共通語としての英語のプレゼンスをさらに強固なものとして、カンナダ語を母語として非ITセクター産業に従事する低所得層住民の疎外感を煽ることとなった(バンガロールのカンナダ語母語人口は全体の37パーセントにすぎない。カルナータカ州全域でみても66パーセントと、他の南印3州に比べて州公用語の母語率が低い)。マイソール藩領民の心の原郷としてのマイソール城市とよそよそしいコスモポリタン・シティーとしてのバンガロールのアンビバレントな関係は、カンナダ映画の中でどのように表出されてきたか。

■素朴な感想
冒頭にも書いたように、一応カンナダ映画史を通覧できる貴重な本だ。著者のMKラーガヴェーンドラはバンガロール在住の映画評論家&映画史研究家。どこにも書いてはいないが、カンナダ語話者であることは間違いない。これまでにヒンディー映画を主にとりあげた評論を2冊上梓しており、また雑誌等ではハリウッドとボリウッドを中心とした映画評を精力的に執筆している。

学術書にありがちな晦渋な言い回し、気取った社会学用語の愛用などはあるものの、そして言及されている140本強のカンナダ語映画作品のうち、当網站筆者が実際に鑑賞済みなのは40本程度というお寒さでありながら、何を言ってるのか分からないというストレスはあまり感じることなく読了した。

それは、ひとつにはこのラーガヴェーンドラさんが、「ここテストに出るから!」ってとこを飽くことなく何度も繰り返し書いてくれたから。枝葉が良く分からなくても、要部だけは繰り返し叩き込まれていやでも頭に入ってくるんだ。それから、一見して晦渋な文章の連なりの割には、この人の採っている方法論が大変にシンプルなものである、ということもある。その方法論とは「映画を生みだした地域の社会変動は映画のストーリーに反映されるはずだ、それを前提として大衆映画の主題・ストーリー・台詞・モチーフを各時代の人々の精神状況の寓意として読み取っていくのだ」というもの。

この方法論の部分が問題で、この人は本当に主題・ストーリー・台詞・モチーフというダイエジェティックな要素だけに着目していて、フレームの外側には全く無頓着なんだな。前世紀の大部分のカンナダ映画が、マイソール藩人の精神風土の上に成り立ち、マイソール藩人だけを呼び掛け対象と想定していたというのは分かった。それではそれら映画はどこで製作されていたのか(マイソールにもバンガロールにも映画撮影所はあったが、実質的な中心は80年代あたりまではマドラスだったという情報もある※)。カルナータカ州内でありながら映画的な呼びかけの外にあった沿海部や北部で、あるいはムスリムなどの言語・宗教的マイノリティーの間で、カンナダ語映画はどのように受容されたのか。たとえばこういう疑問に本書は全く答えてくれない。どこまでも寓意解釈によって話を進めると、時には膝を打つような卓見があっても、やっぱり最終的には恣意的な対象選択と強引なこじつけに至ってしまう。一例をあげると、50年代の神話・フォークロア映画で、主人公である王に神から科せられる「呪い」というのが、中央(=神)が決定した州界再編&領域拡大によって逆に疲弊・貧窮化してしまうマイソール藩(=王)の寓意だ、とかあるんだけど(P.xlvi)、そんなこと言われてもねえぇぇ。チャンダン・ガウダによる書評、A Non-Take on Kannada Cinema は、そのあたりを的確かつ辛辣に批判している。

Yaare Koogadali photo P1130630_zps985c9278.jpg
※現在のカンナダ映画の製作の中心はバンガロール。上はラージクマール夫人パールヴァタンマのバナーである Sri Vajreshwari Combines のオフィス。バンガロールのガーンディナガルにある。

それから、ヒンディー映画vsカンナダ映画という対比の単調さもある。どうもこの人も、インドの映画研究者にありがちな、ボリウッド・ハリウッドと母語映画だけを見て他の地方語映画には比較的無関心というタイプであるようだ。ヒンディー映画との対比だけでカンナダ映画の特質としていることごとも、他のサウス映画界に目を向けたらもうちょっと違った説明になったのじゃないかと思えるところも多々。かなりの行数を割いて論評している Appu (Kannada - 2002) を、Idiot (Telugu - 2002) と Dum (Tamil - 2003) のリメイクである、などと誤認している(P.139-)あたりからも無関心ぶりが窺われる。それから当のカンナダ映画に関しても、「ラージクマールの数多い神話映画で彼が神を演じたことは一度もない」などと断言してしまう(P.82)ところ、若干のそそっかしさを感じる。さらに、これは著者の責任ではないのだが、巻末の映画題名・一般項目インデックスに記されているページ数字がかなりの確率で間違っている。編集工程の基本的な部分で問題があったんだな。

しかし、当網站筆者にとって何よりも肩透かしで失望させるものとなったのは、「映画中に社会変動の寓意を読み解く」という趣旨の本書が、1982年からのゴーカーク・アジテーションに端を発するいわゆる「カンナダ語ショービニズム運動」に関する記述ではひどく歯切れが悪く、事実上スキップしていること。

When newsworthy developments do not arouse public expectations, they do not find expression in cinema. (中略)...the Kannada cinema industry participated in a mass movement called Gokak Agitation around the Kannada language in 1982, but Kannada cinema does not recognize it.

ということなんだが…。たとえば、きわめて表層的ではあるが、1990年代前半から現れて今日大隆盛となっている「《いわゆるカルナータカ州旗》ぶんまわしソング」は、カンナダ語ショービニズム運動とは無関係とでも言うのだろうか?ハッキリ言ってこれについて知りたいがために本書を頑張って最後まで読み通したようなものなのに。裏切られた~。

しかしこの件については本書とは違うところで驚倒するような証言が見つかった。材料を精査した上で遠からず発表したいと思っているので乞うご期待。

Brindavana.jpg
まもなく公開されるBrindavana (Kannada - 2013) のポスター。Brindaavanam (Telugu - 2010) のリメイクなのだが、この絵柄からは派手な州旗ぶんまわしが予想される。もちろんNTRジュニア主演のオリジナルにはこのようなシーンは見当たらない。

なんだか腐すようなことばかり書いてしまったが、たとえばラージクマールのソーシャル映画群の中でも記念碑的な位置づけにある Kasturi Nivasa (Kannada - 1971) と Bangaarada Manushya (Kannada - 1972) の2作に、薄れ行くマイソール藩の記憶への哀悼を読みとるくだりなどには感動すらしたのだ。一度は手にとっても無駄ではないと断言できる。

面白そうだが本一冊は読んでられんという人のためには、同じ著者による The Caravan のウェブマガジン上のMeanings of the City、The Hindu Frontline 上のインタビュー Mysore all the wayRoutledge Handbook of Indian Cinemas に収録の全12ページの論文 ”Kannada cinema and Princely Mysore” などがお勧め。

投稿者 Periplo : 23:31 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (0)

2012年10月01日

資料系アップデート1210

Photobucket
ラージクマールの84回目の誕生日(4月24日)を祝うポスター。2012年7月にバンガロールで撮影。この誕生日にはカルナータカ州政府の公式行事として式典も催されたという。

DrRajkumar.jpgDR. RAJKUMR the person behind personality

著者:Puneeth Rajkumar, Prakruthi N Banwasi
版元:Parvathamma Publications
発行:2012年(初版)
版型:A3版(縦365×横290×幅30ミリ)
頁数:242(オールカラー)
主な販売サイト:D K Agencies、ただしここはアマゾンのような便利なサービスではないので取り寄せには相当の時間が必要、また価格も下記とは異なるので注意
定価:Rs.2750-(インド国内)

入手協力:カーヴェリ川長治先生、大感謝
※なお、同内容のカンナダ語版 Dr Rajkumar - Vyaktitvada Hindiruva Vyakti も同時に出版されている。こちらはページの通しノンブルの数字まで全てカンナダ文字という気合いの入り方。

子供の頃の愛蔵本に芳賀書店のシネアルバム・シリーズというのがあった。今でも刊行はあるようだが、当時のラインナップの中心はハリウッドの主に1950-70年代の人気俳優達のポートレート集だった。見開きに1〜4枚程度のポートレイトやスチル写真が並ぶだけの、本の造りとしては実にシンプルなものだったが、自分個人のその後の映画との付き合い方は、このシリーズに大きく影響されたように思える。駅前に一軒映画館があるだけの田舎町、ビデオプレーヤーも普及しておらず、ハリウッド黄金期の映画作品を見るためにはテレビ放映をただ待つしかなかった(もちろんテレビ放映など望み得ないものがほとんどだったが)。にも拘らず、あるいはそれゆえなのか、それらの写真集を眺めるという行為は幾度となく繰り返しても全く飽きることがなかった。現代の若いシネフィルには理解不能な時間の無駄遣いと思われるかもしれないが、本編を観る前、または観た後に、映画を静止画像によって鑑賞するというのは、「ビデオ・ライブラリー」という文化が到来する前の世代にとっては、独自の意味をもつものだった。もちろんスチル写真は映画自体とは全く違うものだ。しかし自分自身を振り返ってみると、映画作品を想起する時に蘇るのは動画ではなく脳にクッキリ焼き付けられた静止画であることも多いんだな、結構。何が言いたいのかというと、本編ではなくスチル写真、ポスター、ポートレイトといった静止画像を眺めるという行為は、本質から外れた末梢的な部分に見えながらも、20世紀における末端での映画の受容に案外大きなインパクトを与えたのではないかということ。

この巨大な写真集を眺めながらそんなことを考えた。

personbehind1.jpg

ラージクマール(1929 – 2006)はカンナダ映画界の不世出の名優、後半生にはほとんど神のように崇められた文化的ヒーローで、なおかつ自身は代議士となることはなかったものの、政治的な動員力でも並の政治家など足下に及ばぬカリスマの保持者だった。そして大スターとしては大変珍しく、他言語作品への出演を一切しなかったことも有名。そのデビュー作 Bedara Kannapa (Kannada - 1954) Dir. H L N Simha はカンナダ語のトーキー作品としては39本目。最終作品 Shabdavedhi (Kannada - 2000) Dir. S Narayan は2031本目のカンナダ・トーキー。生涯全出演作212本というのは、Shabdavedhi までに封切られた全カンナダ映画の約10%になるのだという(本書のP.57による)。

つまり、この人の生涯は20世紀のカンナダ映画の歴史とほぼ重なると言えるのだ。

スターシステムというべきものが南印ではっきりと形を成すのは大体1950年代からだが、2人または3人のトップ男優が覇を争うというのが決まったパターンで、これは今でも続いている。ところがカルナータカでだけはこれがなく、ラージクマールのほぼ一人勝ち状態が長く続いた(カリヤーン・クマールという俳優と並べて二大巨頭だったと主張する論客もいるのだが、数合わせのこじつけという感が濃厚である)。

だからこそ、この人の生涯についてはいくら知っても知りすぎることにはならない、どんなものであれ入手可能なものがあれば読みたいと渇望しているのだが、カンナダ語が読めなければ、過去に紹介した簡単な伝記本以外に今のところ選択肢はないようなのだ。

本書もまた文字情報としてはそれほど大したものではない。ラージクマールの3男プニートによる回想を共著者のバナワーシがまとめあげるという形式で、他にパールヴァティ夫人や他の子供達、その配偶者、そして孫達による想い出話が挿入され、若干のゲスト執筆者による章が加えられている。本書にはISBNコードは付与されていない。版元名の Parvathamma というのは夫人のことだから、つまりこれは私家本ということなのだ、ただし常規を逸したウルトラ豪華な。なので批判的な伝記などというものはもとより期待できない。ヴィシュヌヴァルダンを巻き込んだ銃の誤射事件(前にちょっとだけ書いた)、ヴィーラッパンによる誘拐事件、隠し子問題、ゴーカーク・アジテーションに端を発するいわゆる「カンナダ語ショービニズム運動」にまつわるエピソードへの言及は全くないか、あってもごく僅か。書名にある通り、ただただその人格について、無私で博愛主義的で自己を厳しく律するという崇高な人格について皆が証言をしているだけなのだ。

他州のスーパースターに目を転じれば、巨大なカリスマではあったが、MGRにしろNTRにしろ議会制民主主義の枠内で州政治のトップとなった。したがって熱烈な賛美者とともに敵対勢力も存在し、シニカルな批判にもしばしば行き当たる。しかしラージクマールの場合は、職業的政治家にはならず、そして映画界でもライバルが不在だった。そのため、死後の現在でも不可侵という雰囲気が濃厚なのだ。たとえば最近、左翼系(と思われる)詩人が、どちらかといえば他愛のない憎まれ口をドクター・ラージに対して公の場で口にしたことを読んだのだが、批判の内容よりもこれがニュースになってしまうということ自体にインパクトがあった。なんだかまるで擬似皇室みたいじゃん。

思わずファンの人にぶっ殺されそうなことばっかり書いてしまった。しかし、「皇室アルバム」としてのこの本の価値には計り知れないものがある。見開き大から5センチ角までのイメージの総数は1750点に及ぶ(自分で数えたわけじゃなくこの記事にそうあるのだが)。映画のスチルと日常生活のスナップとが半々というところか。残念ながらほとんどの写真にはキャプションはない。それでもこの洪水のようなイメージにはただ圧倒される。50年近くに渡って君臨し続けた名優の神彩が全てのページから立ち上り、一旦手にすると逃れることができなくなり、一点一点に見入ってしまう、既に何度も眺めたものであるにもかかわらず。実に困った本なのである。

資料性が低いとは書いたものの、ラージクマールの聞き書き自伝を執筆することになっていたChi. ダットゥによる詳細な前半生の記録(映画界入りの部分で終わってしまっている)は貴重だ。そして巻末には全出演作208本(え、57ページでは212本て書いてあったじゃん、ていうのは措いといて)のフィルモグラフィーが収録されている(下写真)。そのほとんどの作品にはDVDまたはVCDのジャケットカバーのイメージが添えられている。「いいか、ドクター・ラージの出演作は3本を除いて全てメディア化されているのだ。我々は全てをストックしている、お前はただ何が欲しいかを言いさえすればいいのだ」バンガロールのカンナダ映画専門ビデオショップで迫力のある兄ちゃんからいわれた迫力のある言葉。一人の俳優に対するこれほどまでの鑽仰と執着というのはインド広しと言えどもなかなか見当たらないものなのではないか。

personbehind2.jpg

投稿者 Periplo : 18:59 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (0)

2010年02月13日

注目のファミリー・ロード・ムービー

crazykutumba2.jpg
crazykutumba2.jpg

個人的には基本的な知識に欠けてるカンナダ映画では珍しいことなんだけど、スチルと釣り書きだけでなにか閃くものがあったのよ。

Crazy Katumba (Kannada - 2010) Dir. B Rammurthy

Cast : Ramesh Aravind, Ananth Nag, Sana, Dhanya, Harish, Rajinikanth, Vijaya Kumar, Bank Janardhan, Kari Basavaiah, Veera Shanker

レビューはこちらなど、ここでは小特集も。

マラーティー映画のリメイクで、テレビのリアリティ・ショーに出る娘を応援するために総出でバンガロールに出かけてくトンチキ一家の物語だという。その道のりってのがベルガウムからバンガロールまでの600キロ、バスを逃してオートで移動するってんだから!

気になるのはギャラリー見てもスタジオ撮りの人物写真しかないってこと。ホントにロケしてやってんのかね。それにキャストの中の Rajinikanth ってのもなんだろね。リアリティ・ショーの審査員役ででも出てくるんだろか。

ともかく、僅かな情報だけでこれだけ好い予感がする映画も珍しい。これがヒットしたらプリヤン先生がヒンディー・リメイクするな。キャストはオム・プーリーとアクシェイ・カンナーで決まりだな。

投稿者 Periplo : 17:54 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (0)

2009年12月30日

Rest in Peace : Vishnuvardhan

Gandhanagudi.jpg
在りし日のラージクマール博士(左)と若き日のヴィシュヌヴァルダン博士(右)。Gandhada Gudi [Temple of Sandalwood] (Kannada - 1973) Dir. Vijay の1シーン。二人の唯一の共演作。

カンナダ映画界のスタイリッシュ・スター、ドクター・ヴィシュヌヴァルダン急逝の報、享年59歳。カルナータカ州首相および夫人のバーラティ女史はファンに平静を保つよう呼びかけている。

ヴィシュヌ翁の冠には、「スタイリッシュ・スター」の他にもうひとつ、「不死鳥」というのもあった。それは上にイメージを掲げた Gandhada Gudi の撮影中に、誤ってラージクマールに向けて実弾を発射するという事故を起こし、蟄居を余儀なくされた期間を経て再びスターダムに返り咲いたという経歴から。しかしこの事件を巡る関係者の証言には曖昧な部分も残っている()。真相は結局ヴィシュヌ翁と共に葬られることになるのか。

なお、気になる未公開近作については以下のように報じられている。

Two of his films Aaptha Rakshaka -- his 200th film -- and Aaptha Mithra were to be released shortly.(rediff 記事 Kannada superstar Vishnuvardhan passes away より)

合掌。

投稿者 Periplo : 15:40 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (3)

2008年09月23日

資料系アップデート0809

drRajkumar.jpgDr. Rajkumar: The Inimitable Actor With A Golden Voice
A N Prahlada Rao 著、C N Ramachandran, Alladi Jayashri 訳
2008年、Sapna Book House刊、Rs.100-
※現状でインド国外から通販可能なサイトは見当たらず。見つかったら追記します。

カンナダ映画界の不世出の名優ラージクマール (1929-2006) の公式伝記(そういう言葉は使われていないが事実上そうだと考えて差し支えなさそう)。カンナダ語版はドクター・ラージの在世中2005年に上梓されていた、今回の英語版はその後の出来事に関して加筆した増補版でもある。

基本的には出演作、そしてそのスタッフを列記した単調な本。Vinod Raj とその母 Leelavathi(この二人はドクター・ラージの葬儀には剃髪して参列したそうだ)に関する記述などを期待するのは無理というもの。

それでもこれが英語版で出てくれたのはありがたい。こういう流れがこれからも続いてくれますように。ネタ示唆のラーキン氏に再び感謝。

付録:The Hindu 記事 Book on Rajkumar to be released in New Jersey

投稿者 Periplo : 22:51 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (0)

2008年02月04日

注目のカルナータカ巡礼映画

この映画に関しちゃ、えらい昔に一度記事を拾ってコメントしたような記憶もあるんだけど、どこにメモしたか見つからない。

Navashakti.jpg

Navashakthi Vaibhava (Kannada - 2008) Dir. Saiprakash
Cast : Ramkumar, Shruthi, Sudharani, Ruthika, Vijayalakshmi, Anu Prabhakar, Jayamala, Prema, Radhika, Dhamini, Ruchita Prasad

9柱の女神様が登場するありがたい映画。こっちの記事によりゃ、これを見れば居ながらにして

Kollur Mookambike, Badami Banashankeri, Mysore Chamundeswari, Belgaum Yallamma, Horanadu Annapurneshwari, Katilu Durgaparameshwari, Annamma Devi of Bangalore, Shringeri Sharadambe, Gokarna Parameshwari

にお参りするのと同等の功徳になるってんだから、超お買い得。

この映画、2004年にはクランクインしていたらしいのだが、どういう訳か制作・公開が遅れに遅れてこの2月上旬封切りになるという。

Prema, Jayamala, Sudharani, Ruchitha Prasad, Anu Prabhakar, Ruthika, Damini, Vijaylakshmi and `Kutty' Radhika are the nine heroines to don the nine avatars of Durga. Of course, Ramkumar and Sruthi play the conventional non-believer and devotee respectively and the story revolves around them. (2004年4月のThe Hindu 記事 Nine heroines as Devis より)

トップ女優プレーマさん、ピチピチのクッティ・ラーディカちゃんから貫禄のジャヤマラ様まで9人の女神様の降臨が拝めるんなんて…ってか、上の写真、10人いませんかい?

なんでも監督のサイプラカーシュさんによれば、Sri Renuka Devi (Kannada - 2003) Dir. Nagendra Magadi からの映像借用によってサウンダリヤ(2004年4月17日没)にも出演してもらってるんだそうだ(Chitratara 記事 SOUNDARYA AGAIN!による)。やっぱ印度神様映画は融通無碍だわな。さていつになったら拝める事やら。

投稿者 Periplo : 01:27 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (0)

2006年01月28日

remake or remix ?

他言語映画からのリメイク作品に特別重い娯楽税をかけたり、公開に各種の制限をつけたりすることが、カンナダ映画界の振興につながるのかどうかについては、サンダルウッドでも意見が二分されているようだ、Divided opinion on remakes (Sify.com 記事)。

A day before the dream merchant of Kannada cinema Ravichandran addressing the media told that the government can stop facilities to remakes and subsidy once for all.

'Then remakes are stopped, remix films come and that is already forte of some of the producers. There is no point in giving subsidy of Rs.10 lakhs to quality based films. This theory itself wrong' felt Ravichandran.

リメイク&リミックスしまくりで荒稼ぎして、次は芸術映画でより高いステージを目指すんじゃ、なんて言ってるボリウッドの監督もいるってのにねぇ。

投稿者 Periplo : 02:47 : カテゴリー バブルねたkannada
| コメント (0)