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2006年10月31日

陥穽度の高い話

いつもながらの訂正と自己批判。いつもながら誰も気にしちゃいないだろが。

その1 シリーズ秘境探検■髷もののエントリーで以下のような事を書き散らしたのでした。

そもそも Vadakkan Pattukal とは何かというとマラバール地方で歌い継がれてきた古謡のこと。それに対して Tekkan Pattukal (Southern Ballads) というのはトラヴァンコールなど南部の民謡(中略)
The heroic ballads of north Malabar known as vadakkan pattukal and those of south Tiruvithamkur known as tekkan pattukal constitute a well-defined category. The northern ballads relate the exploits of valiant men and women of two clans, viz., Puthooram and Manikkoth. Unniyarcha, Aromal Chekavar and Aromalunni are the towering figures of the former, while Thacholi Othenan is the one dominant figure of the latter. (P J Cherian [Ed ] Essays on the Cultural Formation of Kerala より)


その2 そいから Moscow, Kerala のエントリーではこんな事も書いた。

ケララ共産主義の本場はなんといってもマラバールだと思っていたけど、latex, lakes, literature で有名なコッタヤム県も、共産党の創設者のひとりの出生地であるなど左翼運動とも無縁ではないらしい。

othenan.jpg
その1の Vadakkan pattukal に関する引用について。もしかして上記引用文の太字箇所は勘違いの可能性があるかも。伝説の剣豪タッチョーリ・オテーナンは Tiruvithamkur (Travancore の古名)を中心とした南部の民謡の主人公だと言っているのだが、やっぱりこれには無理がある。

Thacholi Meppayil Kunjhu Othenan or more popularly Thacholi Othenan is a legendary hero from North Kerala a small state in south India, who lived in the 16th century. Highly stylised songs and stories of his valour and chivalry abound. His real name was Udayana Kurup.He is praised about in vadakkanpattu (ballads of North Kerala).

Othenan was born in the family of Manikoth in Thacholi near Vatakara a small town in Kerala. He practised Kalarippayattu (ancient martial art form of kerala) from a very young age and grew up to be an extraordinarily brave and skilled warrior. Legends portray him as being a merciless opponent to enemies and a friend to the helpless. Even the powerful Zamorin of Calicut respected him. He defeated Mathiloor Gurukkal in ankam (dual/war) and killed him. But one of the Gurukkal’s disciples killed Othenan through treachery at the young age of 32.(Wikipedia、Thacholi Othenan の項より)

マラバールで生まれてマラバールで死んだ剣豪の話だもん、ふつうに考えりゃご当地で歌い継がれるわな。しかし専門の学者が書いてるのに間違いなんてことあるだろか?保留にしといたほうが無難か。

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その2についても反省。

ケララ共産主義運動の草分け P Krishna Pillai 同志が生まれたのは確かにトラヴァンコール地方コッタヤム県のヴァイコムらしいのだが、それをもってコッタヤムはコミュニズム揺籃の地と言ってしまうのは早計だったかも。

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districtmap.gif
ごく最近気がついたのは、ケララには Kottayam という地名が二つある!ということ。
1.南部トラヴァンコール地方のコッタヤム県。注釈なしで言及される場合は99.99%までがこちらのコッタヤム。三つのL(latex, lakes, literature)が有名。
2.マラバール北部の カンヌール Kannur (Cannanore) 県の南部にかつて存在した藩王国の名前。英領時代は同県の北半分が Chirakkal Taluk、南半分が Kottayam Taluk という行政区になっていた(taluk はとりあえず郡と訳しておこうか、雑だけど)。現在ではカンヌール県 Thalassery 郡 47村のうちのひとつとしてしか Kottayam という名前は残っていない。ちなみにマラバール地方の中心、コーリコード県の Quilandi 近郊には Kollam (Pantalayani Kollam) という歴史ある港町もあるのだが、もちろんこれはトラヴァンコール地方にあってやはり歴史的な港を擁するコッラム Kollam (Quilon) 県とは別物。

The years are cited sometimes as " the Kollam year (of such-and-such a number)," sometimes as " the year (so-and-so) after Kollam appeared;" and this suggests that the reckoning may possibly owe its origin to some event, occurring in A.D. 825, connected with one or other of the towns and ports named Kollam, on the Malabar coast; perhaps Northern Kollam in the Malabar district, perhaps Southern Kollam, better known as Quilon, in Travancore. (HINDU CHRONOLOGYより)
The monsoon winds brought not only rains but also foreign travellers safely to Kerala. In May 1498 the Zamorin of Kozhikode instructed Vasco da Gama to anchor his ships at Pantalayani Kollam, situated nearly 30km away from Kozhikode, before the onset of the rain.(Malayalam's Own Monsoonより)

ええとつまり、独立以前のケララに関する記述で、Kottayam とか Kollam という地名が出てきても、すぐに南部ケララの出来事だと思っちゃいけないってこと。

動く写真芝居とは全然関係ないとこまで来ちゃったみたいけど、たとえばテレビドラマになったり近々映画化されるって言う Pazhassi Raja : The royal 'rebel' of Kottayam の舞台の謎がこれでやっと解けたって訳。ネットで幾ら検索してもここには辿り着けなかった。やっぱりたまにはも読もう。

投稿者 Periplo : 10:31 : カテゴリー バブルねたkerala
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2006年10月29日

ディスク情報0610

1985parayanum.jpg
プリヤン旧作 Parayanum Vayya Parayathirikkanum Vayya (Malayalam - 1985) のVCDが発売になりました。
Cast : Mammootty, Menaka, Mohanlal, Sankar, Sreenath, Cochin Haneefa, Lissy, Sumithra
Story : Cochin Haneefa, Screenplay : Cochin Haneefa, Dialogue : Cochin Haneefa
原作・脚本・ダイアローグに名前を連ねてる人からするとコメディだすね。

投稿者 Periplo : 13:56 : カテゴリー プリヤンdisc
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2006年10月25日

Moscow, Kerala

Paris, Texas じゃない、Moscow, Kerala だ。

LelamCP.jpg
Lelam (Malayalam - 1997) Dir. Joshi より。いわずもがなだが左側の肖像画に注目。凄いねこれ、90年代後半の映画だよ。

いや、ただ麗しさんのお気に入りの歴史もの作品だという Lal Salam (Malayalam - 1990) Dir. Venu Nagavalli を見て感想を書こうと思っただけなんだけどさ。字幕なしだけど結構面白かったんだ、プリヤンの弟子だというナガヴァッリさんは絵もきれいだし。だけどストーリーの重要な結節点がやっぱり良く分かんないから、粗筋を求めて検索したらモスクワに行き着いてしまったのだ。

Moscow, Kerala, that is - a village in the southern Indian state given its name by local communists, inspired by Soviet Russia.

Lenin, Stalin, Brezhnev and Khrushchev recently gathered here along with Natasha, Tereshkova and Anastasya. Gorbachev failed to show.

In fact, there are six Lenins, two Gagarins and two Pushkins - Indians given Russian names, meeting here to chew the fat on the personalities after whom they were named.(BBC News Stalin and Lenins reunite in India より)

同じイベントを扱ったThe Hindu 記事もあり。

格調高いBBCニュースでこんなに笑ったのは初めてだ。子供にスターリンだのゴーゴリだのっていう名前を付けるのは、特殊政治家や小説の中のことだけじゃないんだ。笑いの中には、ほんの少し痛ましさとかなりのホノボノが混じってはいたけれど、別に馬鹿にしてのことじゃない。

ケララ共産主義の本場はなんといってもマラバールだと思っていたけど、latex, lakes, literature で有名なコッタヤム県も、共産党の創設者のひとりの出生地であるなど左翼運動とも無縁ではないらしい。

肝心の映画については、結局粗筋は見つからず。まあキャストだけは挙げておこう。

Lal Salam (Malayalam - 1990) Dir. Venu Nagavalli
Cast : Mohanlal, Murali, Urvasi, Geetha, Rekha, Jagathi Sreekumar, Madhu, Lalu Alex, Vijaya Raghavan, Sukumari, Pappu, Janardhanan, Nedumudi Venu, Vineeth, Rajan P Dev, Thikkurisi Suykumaran Nair, Karamana Janardhanan Nair, Ashokan
ComWedding.jpg
コミュニスト・スタイルの結婚式と葬式の一部始終も見られる。

オマケ:覚えておくと役に立つ革命的マラヤーラム語
Lal Salaam(らーる・さらーむ)=「ラル様マンセー」ではなく、red salute のこと。出会い頭にも別れ際にも。
Inquilab Zindabad(いんきらーぶ・じんだーばーど)=Long live the revolution! ウルドゥー語起源でいまでは全印に広まっているという。こちらのページによればNRIの間でも。
Sakhav(さかーう゛)=トンムのこと。
もっと知りたきゃこちらなど。

LalSalaam.jpg
緑したたるケララの風景には赤旗が映える。

投稿者 Periplo : 02:47 : カテゴリー バブルねたkerala
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2006年10月24日

そこまでやるかあ!

bhagyalakshmi.jpg
以前にちょこっとだけ書いたけど、プリヤンの Malamaal Weekly (Hindi - 2006) のテルグリメイク関連の続報。Telugu Portal の記事によれば、Bhagyalakshmi Bumper Draw というタイトルで、プリヤン自身がオーディオリリース式典に出席したそうだ。早速このネームで検索開始すると、さすがはテルグ界、気が遠くなるような情報量のギャラリーが既に立ち上げ済み。こっちにも。いんや凄いねえ。映画オフィシャルサイト制作に関しちゃイマイチだけど、この情報の充実ぶりは南印ではトップだね。

Bhagyalakshmi Bumper Draw (Telugu - 2006?) Dir. Nidhi Prasad
Cast: Rajendra Prasad, Rishi, Farzana, Kiran, Tanikella Bharani, Bramhanandam, Venu Madhav, Nagababu, Ali, M S Narayana, Kondavalasa, Krishna Bhagwan, Kovai Naresh, Abhinayashri

予想に違わずテルグならではの泥臭い肉弾お色気が炸裂してるがな(そうはいっても最近のテルグ映画には一方で随分と洗練された映像が出てきていることも知ってるのだが)。だからってホントに泥レスやってくれちゃうなんてサービス良すぎ。

プリヤンさんには悪いけど、これ、プリヤンの「原作」よりずっと面白そうじゃん。

なにぶん体はひとつなもんで、マ映画の生暖かくて心地よい泥沼からなかなか這い上がれずにいるんだけれど、やっぱ言えるようになりたい、「アタシ、テルグだって凄いんです」ってさ。

投稿者 Periplo : 02:00 : カテゴリー プリヤンremake
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2006年10月23日

シリーズ秘境探検■髷もの

外の人(特に西洋人あたり)から見たら、丁髷だの弁髪だのというのは理解を超えた野蛮な奇習以外の何ものでもないのだろうけど、その文化のなかで育った人間にとっては、髷のそれぞれに個性やニュアンスや階級によるスタイルの差が感じ取れて味わい深いものなんだ。ある髷には凛々しさ、別の髷には威厳etc.…東洋人に生まれてよかったよかった。

Kannappanunni3.jpgcvKannappanunni.jpg
Kannappanunni (Malayalam - 1977) Dir. Kunchacko
Cast : Prem Nazir, Jayan, Sheela, K P Ummer, Adoor Bhasi, Thikkurisi Sukumaran Nair, Janardhanan, Sukumari, Meena, Jayabharathi

これまでもマラヤーラム・ホラーだの、マーピラ映画だの、特殊ジャンルに血道をあげて来たけれど、またひとつ目眩く扉を開けてしまった。現地で Vadakkan Pattukal (Northern Ballads) と呼ばれている剣士もの時代劇です。

そもそも Vadakkan Pattukal とは何かというとマラバール地方で歌い継がれてきた古謡のこと。それに対して Tekkan Pattukal (Southern Ballads) というのはトラヴァンコールなど南部の民謡(ケララには他にもこんなにいっぱい種類がある)。だけど映画やテレビドラマの題材として好まれるのは圧倒的に北のもの。勇猛な剣士(女性含む)を題材にしたものが多いという。ここでいう剣士とは伝統武術カラリパヤットの達人のこと。この武術は剣道の他に棒術・槍術・弓術など諸々を含むようなので剣士というのは意訳なのだが。そして Vadakkan Pattukal で頌される英雄たち、Puthooram, Manikkoth, Unniyarcha, Aromal Chekavar, Aromalunni etc. は実はテイヤムで崇拝されるローカルな神格とも同一視されているというのだ。なんだか全部が繋がってるんだな。

The heroic ballads of north Malabar known as vadakkan pattukal and those of south Tiruvithamkur known as tekkan pattukal constitute a well-defined category. The northern ballads relate the exploits of valiant men and women of two clans, viz., Puthooram and Manikkoth. Unniyarcha, Aromal Chekavar and Aromalunni are the towering figures of the former, while Thacholi Othenan is the one dominant figure of the latter. The background of the stories is feudal and medieval. The stories celebrate the valour and fencing skills of the renowned characters. The sacrifices the heores and heroines make in accordance with their code of honour are awesome. The northern ballads show the tragic heights scaled by folk-poetry. (P J Cherian [Ed ] Essays on the Cultural Formation of Kerala より)

映画ジャンルとしての Vadakkan Pattukal は現在ではあまり盛んではない。最も制作本数が多かったのは1970年代あたりかと推測されるが数字的な根拠の持ち合わせはない。実際に見てみると英雄叙事詩の崇高さはかけらもない。おネエちゃんたちは揃いも揃ってスケスケ薄もの着用だし、殺陣はプロが振り付けたとは思えないおざなりだし、ヒーローは女装するはヒロインは男装するは、お化けは出てくるはで、なんでもアリ状態。ストーリーは予定調和の勧善懲悪。日本のB級チャンバラ劇と同じで、現代市民社会の倫理に照らすと描けないような種々の要素を詰め込む器として機能していた面もあるのかもしれない。映画史で言及されるような傑出した作品もごく少数の例外を除いて見あたらないし、DVDとして発売されているものもゼロ。

にもかかわらず、大衆的な支持は決して小さなものではなかったのだろう。上記作品のキャストを見れば分かるように当時の大スターが軒並み出演しているのだから。そして登場人物達の名前を聞くだけで、例えば浅野内匠頭、吉良上野介、大石内蔵助という名前から日本人が得るのと同じくらいに豊富な情報を観客は受け取っていたに違いない。堀部安兵衛という人物が登場すれば高田馬場のエピソードを思い浮かべるのと同様なことがあったかもしれない。印度にはマハーバーラタの構造を下敷きにしたソーシャル映画が多数存在するというのはよく言われることだが、 Vadakkan Pattukal を現代に移し替えたものもそこそこあるらしい。見てないけど一例としてChathikkatha Chandu (Malayalam - 2004) Dir. Rafi - Mecartin なんてのがある。

ところが、民謡としての Vadakkan Pattukal がとても有名なものなのだと力説しているページは無数にあるのだが、基本的なストーリーラインをテキストで示してくれるものは幾ら探しても見あたらないんだ。それに英雄譚の主人公たちにしても、イーラヴァとするものあり、ナーヤルとするものあり、年代にしても16・17世紀の武人というのが一般的だが、中世まで遡ったり19世紀の反英闘争の指導者まで含めてみたり、みんなが勝手なこと言ってる。わかりやすいアウトラインを誰か知ってたら教えて下さい。これからも調査続行。

Kannappanunni2.jpg
「アキラーンデーシュワリのシーラ」様も凄い髷

投稿者 Periplo : 00:09 : カテゴリー バブルねたkerala
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2006年10月22日

傍迷惑な奴ら(3)

navodayaA.jpgSargachitra.jpg
左から Navodaya Appachan, Swargachitra Appachan

裏方にまで混乱が広がってる。おかげでこっちまでとばっちり喰らって Chandramukhi レビュー変な引用しちゃったじゃないかあ(削除済み)。当人たちも意識して会社名をくっつけたんだろうけどさ。IMDbでもAppachan (I)Appachan (II)Navodaya Appachan の3エントリーがあって大混乱。

Navodaya Appachan:Novodaya Appachan とも。1924年生まれのプロデューサー&監督。兄であるM.クンジャコを手伝って Udaya Studio に勤務。1976年に息子とともに自らの Navodaya Studio を立ち上げ。3D映画など技術革新にも意欲的で、またテーマパークの経営にも乗り出しているという。ここで述べられている「息子」というのが↓のスワルガチトラ・アッパチャンなのかどうかは調べがつかず(おそらく無関係)。
参考資料:Chennai Online 記事 A novelty seeker。余談だがこの金奈有線の 'Maa Mallupuram Chennai' というシリーズは勉強になる。

Swargachitra Appachan:Sargachitra Appachan とも。Swargachitra という制作&配給会社を経営。特にファーシルとの縁が深く、これまでに11本のプロデュースをしているという。Chandramukhi の制作時にリメイク権を巡ってタミル側と揉めたりしている。

2004に勃発した KFC vs AMMA 戦争ではKFCのなかでも最も強硬派だったと下の引用文にある。

Swargachitra Appachan a leading distributor known to be anti Mohanlal in stance has taken over the leadership of the Film producers- distributors- exhibitors’ war against film stars taking part in the Asianet- Jeeva award nite. (galatta.com 記事より)

しかし両アッパチャンの名前が同時に挙がっている以下の記事では正反対のことが書いてある。

Almost 1200 people took part in the convention called by the KFC on February 12. Navodaya Appachan inaugurated the convention.

(中略)

Now all eyes are on March 7 Star Nite being organised by AMMA for Asianet. KFC has said that if the stars go ahead with the show, all production work will stop from March 8th. Not only that, the convention decided to take stringent action against those who take part in the show.

This has badly affected the Vishu releases with producers and distributors of these films like Fazil, Vinayan, Lal and Swargachitra Appachan keeping mum at the KFC meeting on February 12 in Kochi. (kairalee.com 記事より)

つまりKFCの中では反主流派ということになるようなのだが。ともかく、現地のオタク同志諸君にはこの辺をきちんと整理して欲しいもんだ。

投稿者 Periplo : 00:05 : カテゴリー バブルねたkerala
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2006年10月21日

Rest in peace : Srividya (1953-2006)

ラジニカーント(1949年生まれ)、カマルハーサン(1954年生まれ)、マンムーティ(1953年生まれ)etc.の恋人役からお母さん役までをこなしたシュリーヴィディヤさんが亡くなられました。享年53歳。

RIPsrividya.jpg

Srividya, also an accomplished Bharatanatyam dancer and singer, had been undergoing treatment for cancer for the last three years and was admitted to the hospital on October 17.

Born on July 24, 1953, Srividya acted in over 800 films in several languages over a 35-year period. Daughter of eminent Carnatic singer M.L. Vasanthakumari, and Tamil actor `Vikadam' Krishnamoorthy, she acted at the age of 13 in the Tamil movie `Thiruvarutchelvar.'
(The Hindu 記事 Veteran actor Srividya passes away より)

Srividya began her career as a 13-year-old girl in Tamil film Tiruvarul Selvam with Sivaji Ganesan. She soon switched over to Malayalam with her debut film Chattambikavala with veteran actor Sathyan.
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She also inherited a good sense of humour from her mimicry artist father Krishnamoorthy.
(rediff.com 記事 Srividya: A versatile artist より)

Though born to ML Vasantha Kumari, one of the most illustrious of Carnatic singers, it was dance, not music, that captured Srividya's early interest.

Though she did learn classical music, it was as a classical dancer that she earned an early reputation. Her interest was fanned by the fact that when young, her mother often left her in company of the famed Travancore sisters Lalitha, Padmini and Ragini, actresses and dancers all.
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She has been paired opposite the leading actors of two generations. She has played mother to the likes of Mammootty (with whom she has also been paired as wife, lover and sister), Mohanlal (she has also played his sister), Nagarjuna, Chiranjeevi et al.
(rediff.com 記事 'Srividya loved life, and loved to live' より)

Though she married George Thomas, a film producer and businessman, in 1978, they later decided to break up. She fought a long legal battle for getting her properties, mainly her house in Chennai, back from George.
(Newindpress 記事 Veteran actress Srividya passes away より)

she was a Tamilian by birth
(Newindpress 記事 She was in love with this city より)

投稿者 Periplo : 05:05 : カテゴリー バブルねたallIndia
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2006年10月19日

怪しすぎるニュース

日付不明ながら近所の記事にはサウンダリヤのことなどが書いてあるので新しいものじゃなさそう。

Fan club for Priyan Fan club culture seems to catching up with Keralites too. After Mammootty and Mohanlal, it is now the turn of director Priyadarshan to have a fans association. The fan club, which operates from Trivandrum, as part of its first activity, recently distributed books to poor school children. Doordarshan's deputy director was the chief guest of the function.(IndiaInfo 記事 Movie News より)

ウチには連絡来てないけど、東京支部を名乗っちゃおかな。

投稿者 Periplo : 01:23 : カテゴリー プリヤン消息
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2006年10月16日

凄い話(2)

Ulagam1.jpg

日本ではカルトな怪作だけどタミルではクラシックな名作という扱いらしい Ulagam Sutrum Valiban (Tamil - 1973) Dir. M G Ramachandran 制作にまつわる秘話。The Hub 上の On "Ulagam Sutrum Vaaliban" movie & songs スレッドより。


匿名掲示板上でまる見てきたように語られるから、丸呑みにしちゃいけないぞと理性の声は警告するのだが、面白すぎて我慢でけまへん。いちおうこのポストの続編です。

In Madras he(MGR) had to struggle with many things, including Jayalalitha who was demanding a role in this mega movie with MGR's name and fame running highest.

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On the following day, MGR's car was denied entry into the packed Expo area. But the survey had to be done. MGR carrried the camera on his shoulder and walked tirelessly the entire length and breadth of the Expo area. this was to the amazement of youngsters who coudl not cope up with the aging, and yet energetic who was about 53 then.MGR was a genius. He spotted all the interesting and useful areas. On the following day the shot was made.

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The song Ulagam Azhagu kalaikalin Sigaram had 200 shots altogether. The editor was amazzed at the number of shots. Finally the song was reduced to just 4 minutes. This was the first tamil song to have contained the most number of shots. This song alone covered almost all the important exhibits at the EXPO, and turned out to be a kind of documentary in its own way.

Ulagam2.jpg

まあ、このへんはまだまだ一般的な制作苦労話なのだが、だんだん陰謀史観が入ってくるんだ。たまには和訳(抄訳&意訳)しよう。誤訳が怖いから普段はなるべく控えてるんだけど。

1972年にDMKから除名されたMGRは、同年の自前政党ADMK(後のAIADMK)立ち上げの記念に派手な打ち上げ花火を必要としていた。(70年ごろに行われた)海外ロケの映像は、天候にも恵まれず使い物になる部分が少なかったため、本当は再撮影が必要だったが、日程も予算も頭打ちでそれは不可能だった。仕方なくサティヤ・スタジオに40ものセットが組まれ、一部シーンの再撮が行われた。

政治家としての業務に忙殺されていたMGRはフィルムの仕上げにはほとんど立ち会うことができなかった。撮了した未編集のフィルムはまさに支離滅裂なものだった。二人のMGR、三人のヒロイン、編集マンは頭を抱えた。

MGRが本作の公開を急いだのにはもう一つ訳があった。遡って1971年、インディラ・ガンディーの中央政府とカルナーニディのTN州政府との対立が表面化していた頃、MGRはカルナーニディに対して州通商相のポストを要求したが、カルナーニディは拒否し、加えてMGRに俳優業を辞めることを求めた。同時期にカルナーニディは自分の息子 Mu Ka Muthu をMGRスタイルのスターに仕立て上げようと試み、御用ファンクラブも作らせた。ところがFCがそこそこの規模に成長すると、今度は一転して党員(ムットゥは党員だった訳だ)が俳優を兼業しさらに個人的なファンクラブを持つことは党規上不適切であるとしてFC解散を命じた。MGRはこれが何を意味するものかを充分に分かっていた。次にターゲットとなるのは自らのFCであると。一方でインディラ・ガンディーは中央政府閣僚の Mohan Kumaramangalam をつかってUSVの海外ロケ資金の明細を問いただしMGRに揺すぶりをかけた。その時点で明細報告ができなかったMGRは彼女のシナリオを受け入れた。(この件を不問に付すことと引き替えに?)MGRはDMK政府の金銭的腐敗を非難して離党することになったのである。

まさか、哀れなムットゥ氏はこのプロットのためにだけ俳優デビューさせられたのじゃないだろな。んん、それとMGRは党費または州費を使って映画製作してたことになるのか?

Ulagam3.jpg

必死の努力でどうにかUSVは完成にこぎ着けたが、カルナーニディの息のかかった検閲機関の妨害を受けたりもした。ついに封切りとなったその日は異様な緊張に包まれていた。カーンチプラムではフィルムを映画館に移送するパレードが行われた。何千もの信奉者に伴われてプリントが映画館に運ばれたが、本当のところ敵対勢力による襲撃を恐れてケースには石が詰められていただけだという。

結党から僅か半年後のティンドゥッカルの補欠選挙で、ADMKは政党としての実力を問われることになった。各種の事前予測はこぞってDMK有利としていた。そんな時、これまでの慣例を破りUSVは投票の10日前にディンディガルで(他の地域に先駆けて、そしてDMKによる妨害を退けて)封切られた。映画の興奮さめやらぬ人々は投票所に赴き、ADMKに一票を投じたという。結果はADMKの勝利だった。

かくしてUSVはMGRの州首相への道の最初の布石となったのである。

はああ、疲れた。他にも、本作のタイトルが当初 Ulagam Suturm Thamizhan (世界を駆けるタミル人)とされていたなどという話、幻の続編 Kizhakku Africavil Raju(今度は野生の王国かい!)、ネタもととされるMoonrezuthu (Tamil - 1968) Dir. Ramanna、ロケ地マニアなど旨ネタ満載。あとはこれを信じるかどうかだ。こういうエグい話にほいほい飛びついちゃうのはネットリテラシー最低だとは思うんだけれど、小説よりも映画よりもドラマチックなタミル政治史に馴染んでくると、ありそうな事だと思えちゃうんだよね。

Ulagam4.jpg

文中に登場する Satya Studio については下記に記述あり。

Raman floated `Lalitha Cinetone' as a limited company with Kasi Chettiar as his main money-backer. Some friends like R. Prakash also contributed to the kitty in a small measure. He acquired a large tract of land of 25-odd acres on lease with some superstructures in Adayar with Greenways road on the north and the Adayar River on the south. The historic edifice, Broody Castle was one of the borders. The property belonged to the Nawab of Arcot and the monthly rental was Rs.150! Thus it came into existence, the studio that had a chequered history facing many changes of ownership and vicissitudes over half-a-century and more before it finally became `Satya Studio' and passed into the ownership of the MGR family. Many memorable movies were made on this historic lot. (The Hindu 記事 The Hindu : Studios - the scene of action より)
The studio changed hands again and the new owner was M.G. Ramachandran. MGR changed the name to "Satya Studio" in honour of his mother. During his reign the studio buzzed with activity and many films, MGR's and others' too were produced here. The meetings of his party, the AIADMK, were also held here.

After his demise the studio did not see much activity and later, when filmmaking came to a halt here in the early 1990s, the name was changed to `Annai Satya Maaligai'. A women's college now functions here.
(The Hindu 記事 Fascinating journey to fame より)

オマケ:タミル映画だけに絞った、外国ロケ地マニアのブログ記事

投稿者 Periplo : 01:14 : カテゴリー バブルねたtamil
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2006年10月15日

悲運の人 Mu Ka Muthu

スリランカ引き揚げのマラヤーリーで極貧の生まれ、映画界に特別なツテもなし、そんな境遇からTN州首相に登りつめたMGRがタミリアン・ドリームの体現者だとすれば、鏡に映った反転像みたいな人物も。父はTN州首相、ファミリープロダクションで鳴り物入りデビューをお膳立てされて、なおかつ映画界に生き残れなかったムットゥさんの短いバイオグラフィーと(たぶんネット上唯一の)画像を発見。

DhooL.com のコラム より。涙なしでは読めません。

投稿者 Periplo : 00:16 : カテゴリー バブルねたtamil
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2006年10月14日

南回帰?

たぶんこれは喜ばしい記事なのだと思う。

The most popular actor-director team in Mollywood has joined hands, again, after a gap of five years.

Well, you have guessed it right. The team in focus is megastar Mohanlal and ace director Priyadarshan .

The yet to be titled film is scheduled for Onam 2007 release, according to the Mollywood grapevine.

The film will be produced by Mohanalal's Man Friday, Antony Perumbavur, under the banner of Aashirwad Productions.

The last film Mohanlal and Priyan did together was 'Kilichundan Mambazham' in 2001.

Together, the duo has given some memorable movies like 'Chitram', 'Kalapani', to mention a few. (Apun ka Choice.com 記事Priyadarshan team up again

2007年のオーナム封切りだというからマラヤーラム映画であるとは思うのだが、はっきりとは書かれていない。まさかこのヒンディー映画にラルさんが客演とか? はたまたこのタミル映画の主演を酒璃邇婆さんからラルさんに差し替えたとか?

APerumbavoor.jpgちなみに上記記事中で「Mohanalal's Man Friday, Antony Perumbavur」と言われているプロデューサーは、こちらの記事によれば、元ラルさんの運転手、20年来のつきあいだそうだ。このAntony Perumbavoor 氏の制作会社 Aashirwad Cinemas は、Pranavam に次ぐラルさんセルフプロデュースのセカンド・ブランドと言っていいのかどうか。写真は消滅した網頁から辛うじて引き上げた画像、推定アントニーさん(全然無関係な人物の可能性もあり)。

投稿者 Periplo : 01:02 : カテゴリー プリヤン消息
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2006年10月09日

すまじきものは監製

amishaP.jpg プリヤン版チャンドラムキのキャスティングに進展。

Amisha will star opposite box-office favorite Akshay Kumar in a forthcoming film produced by T- series. The untitled film to be directed by Priyadarshan will also star Shiney Ahuja & Vidya Balan. (IndiaGlitz 記事 Priyadarshan signs Ameesha Patel for T-Series film より)

タイトルは Chandramukhi に決まったわけじゃないんだね。アミーちゃんはナヤンちゃんの役をやることになるのか。

しかし以前に本作ヒンディー版のリメイク権ホルダーとされていた人はどうなってしまったのかと疑問に思っていたのだ。これまでに見つけたネタをひとまず放りこんどいた資料箱を漁ってみる。

そうそう、テルグ映画界の監督 Naren Aditya とか、K S Rama Rao なんていうプロデューサーの名前が取り沙汰されていたんだった。

全然別のことを調べていて行き当たった、K S Rama Raoへのインタビュー(今年1月のもの)。

Sri: And, about the Hindi version of Chandramukhi?

KSR: It'll be after Amit ji recovers fully. I am waiting for that call from him.
TeluguCinema.com インタビュー記事より)

Amit ji ってのは大バッチャンのことだわな。過去の報道では、この KSR は本作リメイク権にRs. 1 Crore-を払ったってことだったが、結局無量光様の不慮の病のせいでそれを(格安で)転売することになったのかな。いやまったく、職業選択の自由があるってのに(それとも、ないの?)印度でプロデューサーになろうとする人物がいるというのは凄いことじゃ。

投稿者 Periplo : 03:36 : カテゴリー プリヤン新作
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2006年10月08日

レビュー■Pyaar to Hona hi tha

サウス映画愛好家ではあるが、土曜の昼下がりにちょっと昔のだっさいヒンディー映画をだらだら見るのは割と好きだ。しかもプリヤン映画関連作。字幕代用品にと見てみたのでした。

Pyaar to Hona hi tha (Hindi - 1998) Dir. Anees Bazmee

cvPTHHT.jpg タイトル表記の揺れ : Pyar to Hona hi tha, Pyar to Hona hi thaa, PTHHT
タイトルの意味 : Love has to happen. もっと微妙なニュアンスの解説はこちらのページで。
他言語バージョン : なし
DVD版元 : Video Sound
DVDの字幕: 英語
DVDの障害: ところどころ字幕がずれてる

Director: Anees Bazmee, Producer: Gordhan Tanwani
Music Directors: Jatin - Lalit, Playback Singers: Abhijeet, Mohammed Aziz, Sudesh Bhonsle, Asha Bhosle, Bali Brahmabhatt, Remo Fernandes , Udit Narayan, Jaspinder Narula, Vinod Rathod, Kumar Sanu, Alka Yagnik
Lyricist: Sameer, Choreographer: Raju Khan, Stunt Director: Jai Singh
Art Director: Nitin Chandrakant Desai, Cinematographer: Nirmal Jani
Editior: Suresh Chaturvedi, Associate Directors: Ikram Akhtar, Anil Devgan, Pradeep Haldankar, Rohit Shetty

Cast: Kajol, Ajay Devgan, Om Puri, Bijay Anand, Kashmira Shah, Tiku Talsania, Reema Lagoo, Harish Patel, Anjaan Srivastav

Soundtrack
♪Aaj Hai Sagaai Sun Ladki Ke Bhai - Abhijeet, Alka Yagnik
♪Aashiq Hoon Main - Asha Bhosle, Udit Narayan
♪Ajnabi Mujhko Itna Bata - Asha Bhosle, Udit Narayan
♪Jab Kisiki Taraf Dil - Kumar Sanu
♪Jo Hona Hai - Asha Bhosle, Vinod Rathod, Mohd.Aziz, Sudesh Bhosle, Bali Brahmbhaat, Arun Bakshi
♪Pyar To Hona Hi Tha - Remo Fernandes, Jaspinder Narula

STORY
パリ在住のNRIであるサンジャナ(Kajol) は、フィアンセ・ラーフル (Bijay Anand) がインドに出張した僅かな間に当地の富豪の娘ニーシャ (Kashmira Shah) と恋に落ち一方的に別れを告げてきたことに憤慨し、恋人を連れ戻すためにインドに向かう。飛行機で隣の席になったシェーカル (Ajay Devgan) はパリで盗んだ高価なネックレスを携えており、インドでそれを売りさばくつもりだが、空港で彼を出迎えた警部 (Om Puri) の追求をかわすために獲物をサンジャナのバッグに滑り込ませる。ネックレスを取り戻すためにシェーカルはサンジャナの後を追い回し、二人のおかしな道中が始まる。偶然から立ち寄ることになったシェーカルの故郷の家で、サンジャナは彼の抱える問題を知り同情するようになり、シェーカルもまた恋人を取り戻そうとするサンジャナの一途さに打たれる。二人はラーフルとニーシャが滞在するリゾート地に行き、恋人同士を装ってラーフルを挑発し、ラーフルの心を再びサンジャナに靡かせようとする。
これで結末までのストーリーを書いたも同然だと思うけど、もっと詳しく知りたければこちらなど。いや、ボリウッド・ファンのガイジン同士の助け合い組織の充実ぶりは羨ましい(こんなんまであるんだもんね)。

AVATAR:
■Remake of French Kiss (UK/USA - 1995) Dir. Lawrence Kasdan
■Remade as Vettam (Malayalam - 2004) Dir. Priyadarshan

AWARDS:
Filmfare Award (Jaspinder Narula) - Best Female Playback Singer
Screen Award (Jaspinder Narula) - Best Female Playback Singer

BOX OFFICE: 話題のカップルの共演作ということでかなりヒットしたらしい。レビューの一例

見どころ:冒頭のタイトル曲で、ゴアン・ポップスの代名詞、レモ・フェルナンデスが歌ってるところが見られる。

印象的な部分:主演俳優の(ロマンチックな)芝居の下手さ。日本のファンはこいつをちょっと買いかぶりすぎてやしないだろうか。あー、それと飛行機の中のベタなギャグシーン、よくもまあBAは自社航空機の映像を使うのを許可したもんだ(ストーリー上もっとも自然なはずの印度・仏蘭西両国のフラッグ・キャリアは許可しなかったものと思われる)。

よくわからないところ:
恋人を追いかけてるはずのヒロインはなぜヒーローの家に長々と滞在するのか。
懐具合が不如意なはずのヒーロー・ヒロインがなぜリゾート地の高級ホテルに滞在できるのか。
最終的に婚約者に三行半を突きつけたヒロインがなぜヒーローに別れを告げようとするのか。
海辺のリゾート地(おそらくはゴア)に滞在するヒーロー・ヒロインが食事するのがなぜスイスのシャレー風レストランなのか。
幾ら事情があるからといって離陸を開始した飛行機を止めるなんてことがあるか。

このへんのところ、ネタ元であるフリーダム、じゃなかったフレンチ・キスではどう処理していたのか。確認してみたいがカッタルいなあ。

いや、ホントはどーでもいいことなんだ。インド映画でこういう部分に目くじらたててもしょうがないってことぐらい、充分に悟ってるもんね。不合理ゆえに我愛す、ってやつだ。制作者がこういうセコい整合性をうっちゃってでも力を注いで描きたかったのは何かといえば、それはやっぱり揺れ動くヒーロー・ヒロインの心の葛藤と、それをヴィジュアライズした歌舞シーンのはず。ヒロインは充分にその要求に応えていると思う、しかしヒーロー、コレオグラファーは(以下略)。

感想を一言:記憶が鮮明なうちに早く Vettam を見なくては。

投稿者 Periplo : 02:00 : カテゴリー プリヤンdisc
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2006年10月07日

人騒がせな奴ら(1)

あんたら出世魚かっての。

むぅ〜ん、ディーパ萌え。袖無しサリーはぶっとい立派な二の腕じゃないと似合わないね、やっぱ。
Deepa01.jpgDeepa02.jpgDeepa03.jpg

Unnimary:Unnimery, Unni Mary, Unni Mery とも。1970年代にはシーマJayabharathi とならぶマ映画セクシー御三家の一人だった(もっとも後者については実見してないので断言は憚られるが)。Navavadhu (Malayalam - 1969) Dir. P Bhaskaran で子役デビュー(7歳だったという)、ヒロインとしては Ashtamirohini (Malayalam - 1975) Dir. A B Raj が初出演作。南印4言語+ヒンディー語映画に出演。IMDbでは Unnimary 名義で17本、Deepa (I) 名義で14本。マラヤーラム以外の作品に出演する際に Deepa を名乗るようだ。Unnimary という名前だとケララ人であることがバレバレだからなのだろうか、ケララ人だとお色系で売るのにはマイナスなのか。

TeluguSunil.jpgSunilNarain.jpgSamvritha.jpgSunielShetty.jpg
左から順に、Sunil, Sunil aka Narain, Samvritha Sunil, Suniel Shetty

Sunil:テルグ映画界の出ずっぱりコメディアン。チランジーヴィに憧れて映画界を目指す。インタビューによれば、最初はダンサー志望、次に悪役を志したが芽が出ず、結果的にコメディアンとして名をなしたという。Andala Ramudu (Telugu - 2006) Dir. Laxminarayana ではヒーロー役に挑戦。コメディアンをヒーローに仕立てるというのが流行ってんのか。
Sunil/Narain (Naren) :Sunil Kumar とも。マ映画界のヤングヒーローの一人。ラージーヴ・メノンのアシスタントとして出発し、いきなり Shadow Kill [Nizhalkkuthu] (Malayalam/Tamil - 2002) Dir. Dir. Adoor Gopalakrishnan の重要な脇役で俳優デビュー。その後も 4 The People (Malayalam - 2004) Dir. Jayaraj、Achuvinte Amma (Malayalam - 2005) Dir. Sathyan Anthikad などで印象的な役に恵まれる。鳴かず飛ばずの下積み期間をあんまし知らない奴なのかも。しかしそれでもやっぱりマ映画界では頭打ち。で、タミルに出稼ぎ。同時に芸名をNarain と改めた(rediff のインタビューによれば、理由は本名が気にくわないから、手続きは占星術によって、The Hindu によればオフスクリーンでもこう呼ばれたがってるらしい)が、マ映画出演作では今でも Sunil のままらしい。もしかしてテルグ進出も視野に入れて、↑のコメディアンとの共演まで考えて改名したのかね。なお、マ映画界にいる Samvritha Sunil というのは別人で女優さんです。CineSouth 記事によればタミル進出にあたって Shamrutha に改名。
Sniel Shetty:マンガロール生まれだそうだけど、サウス映画にはゲストで時たま顔を出すだけだから、まーいっか。ある時点で Sunil から Suniel に改名。たぶん占星術で。


teluguSrikanth.jpgTamilSrikanth.jpg
左から Meka Srikanth, Krishnamachari Srikanth

テルグ進出といや、こっちにも転がってた。今んとこマ映画とは関係ないけど。
Srikanth:1968年生まれ、AP州 Vijayawada 出身。本名は Meka Srikanth。テルグ界では珍しく、非マッチョかつコミカルな方向性でヒーローの位置をキープし続けている。インタビューもあり。
Srikanth:1979年生まれ、チェンナイ出身。本名は Krishnamachari Srikanth。 オフィシャルサイトはタミル語だから、こっちのファンサイトで情報仕入れ。基本的にタミル映画の人。しかしデビュー作の Roja Koottam (Tamil - 2002) Dir. Shashi が Roja Poolu (Telugu - 2002) として吹き替え公開された時には Sreeram という芸名にしてたはずなのだ(こちらの掲示板情報による。裏取りも)。同名で主役張ってる年長の俳優が既にいるから当然だと思うのだが、やっぱりいつのまにかグズグズになってんだな。特に通販サイト、非インド人の手によるDBなんかでは。どーするつもりなのかシュリカントちゃまたち。

それと、もう詳しく書くのは省略するけど、特に新人女優の場合は、当人の意志とは無関係に監督やプロデューサーによって芸名が決められちゃうことがあるみたいだ。Harini / Genelia なんかがそうで、やっぱり当人には面白くなかったらしい(後日ぶちぶち言ってるのを発見)。

あー、研究のためとはいえ、また野郎の写真沢山載っけちゃった…。
Bommarillu.jpg

投稿者 Periplo : 02:04 : カテゴリー brown dwarf galaxy
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2006年10月05日

傍迷惑な奴ら(2)

名前だけじゃ性別すらわからない。

MadhuSenior.jpgmadhuK.jpgMadhoo.jpgMadhuWarrier.jpg
左から Madhu, K Madhu, Madhoo, Madhu Warrier。

Madhu:1933年生まれ、本名 Madhavan Nair。大学講師から俳優に転身。デビューは Moodupadam (Malayalam - 1963) Dir. Ramu Kariat、一躍名前を知られることになったのは Chemmeen (Malayalam - 1965) Dir. Ramu Kariat でのこと。Priya (Malayalam - 1970) で監督としてもデビュー、プロデューサー業にも手を広げる。文句なしのマ映画界最長老にして、白黒時代からヒーロー役をやりながらいまだ現役の大御所。Deepthi.com による簡単なバイオ、The Hindu による記事。どーでもいいが(いや良くないや)この人が元気なうちにマ映画ヒストリーの聞き書きをやっといた方がいいんでないの(汗)。
K Madhu:K B Madhu とも。Kiliyun (Malayalam - 1986) でデビューした映画監督。Oru CBI Dairy Kurippu (Malayalam - 1988) が大ヒットし、CBI Sethuram Iyer シリーズとなる。アクション、スリラーを多く手がける。最近のインタビュー
Madhoo:本名 Madhubala。出身地は南印ということ以外は不詳(追記:タミルナードゥ州シュリーランガム生まれ・ムンバイ育ち - Thanks to kubo 様)。ヘーマ・マーリニーの姪だという(イトコ説もあり - 同上)。南印4言語+ヒンディー語映画に出演。IMDb によれば Ottayal Pattalam (Malayalam - 1990) Dir. Rajeev Kumar でデビュー。Roja (Tamil/Hindi - 1992) Dir. Mani Ratnam の大ヒットで全国区の知名度となるが伸び悩み、ヒンディー語映画ではグラマー・キャラに転向。ヒンディー語圏に本格進出するに当たって、ボリウッドの大女優 Madhubala に遠慮してこれまで本名そのままだった芸名を Madhoo に変更したとも言われるが確認できず。結婚・出産のブランクを経て地味目に活動中。
Madhu Warrier:マラヤーラム映画界のヤングスターの一人らしい。Manju Warrier の兄だか弟だかだということ以外何も知らない、悪いけど。もちろんタミルに出稼ぎに行ったんだけど訳わかんない理由で帰省中。

投稿者 Periplo : 02:21 : カテゴリー brown dwarf galaxy
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2006年10月04日

傍迷惑な奴ら(1)

これまでに紹介したレーカー様ミーナちゃんもそうだったけど、紛らわしい名前の検索者泣かせが多すぎるんじゃ。印度の場合、本名には色々と制約があるというのはよくわかる。だけど芸名なんだからもうちょっと工夫してもよさそうなもんじゃないか。顔と名前を覚えて貰ってこその芸能人じゃないか。まあ、中には本名が有名な芸能一族の名字とたまたま同じなのにちゃっかりあやかってる(この馬鹿っpoorの片割れとかさ)例なんかもあるようだけど。


Kunchako.jpgBobanKunchako.jpgkunchakoboban.jpg
左からKunchacko, Boban Kunchacko, Kunchacko Boban。

お前ら尻取り遊びかい!
Kunchacko:M Kunchacko とも。1940年代末からプロデューサー、監督として活動を開始。ヒットメーカーだったらしい。「北方剣士譚もの(Vadakkan Pattu)」を初めて制作した人物だという。
Boban Kunchacko:Kunchacko の息子でやはりプロデューサー。幼少時には父の作品中で子役俳優も経験済み。
Kunchacko Boban:Boban Kunchacko の息子。子役デビューは Dhanya (Malayalam - 1984) Dir. Fazil 、ヒーローデビューは Aniyathipravu (Malayalam - 1977) Dir. Fazil。ヤングヒーローの一人だが、代表作といえるものが未だ見あたらないように思われる。愛称は Chackochan、Chako。ファンサイトも。

やっぱ三代目だからおっとりしてるんだな、チャコちゃん。

I never thought of coming into films itself. It was quite accidental. For me acting in films is something that just happened one fine morning. And so, I cannot say for sure as to what would happen in future. Maybe I'd take to some other aspect of films too. But which aspect, I can't say now. I have a lot of limitations as an actor.

I cannot aspire to be a National Award winner or an Oscar winning actor. I just want people to accept me as a not-so-boring actor, i.e, a good actor. That's what I can call my ultimate ambition. I aim at doing whatever role I get to the best of my ability and of course within my limitations.(Kelals.com によるバイオグラフィーより)

謙虚を通り越した自信のなさ。タミルに出稼ぎにでも行って根性鍛え直さにゃあ。

投稿者 Periplo : 02:07 : カテゴリー brown dwarf galaxy
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2006年10月02日

タレント料理本

あまりの興奮に The Hindu 記事を全文引用。これは紛れもなくラル様の著作。

Actor to pen book on culinary delights of Kerala

Kochi, Sept 25. (PTI): Actor Mohanlal, who has essayed varied roles in Malayalam, Hindi and Tamil films, will soon don the writer's robes to bring out a book on the exquisite culinary delights of Kerala.

The work on the book will start next month and will take nearly a year for completion, Mohanlal told a press meet here.

Mohanlal said food was a "lifelong passion" with him.

Called 'My Culinary journey', the book, to be brought out by Bangalore-based Stark World Publishing ltd, will give an insight on the food habits of the people from Nagercoil in the south to Kasaragod in North Kerala. It will also feature various mouth watering unique and traditional recipes the actor came across from the region.

"I consider myself a foodie. Like I enjoy good music or great acting, I enjoy well made food. It could be simple as toddy and fish curry from the local toddy shop or a Thai prawn soup or the Arabic Mutabel as long as it is tasty."

The actor says food had been a passion for him right from childhood and his favourite dishes being "Egg Aviyal" (a mixture of egg and vegetables) and "dry netholi" (fish) and 'Onam sadya' (feast during Onam festival) was one he never misses.

Mohanlal, who loves cooking, said he had weakness for the delicacies of Malabar as in this region of North kerala food is tradition entwined with rituals, especially when it comes to weddings.

In Mahe, (an enclave of Puducherry in Kerala), the bride's family will surprise the groom with varieties of food for 41 days after marriage and not a single dish is repeated, he says.

Mohanlal, who also writes a food column for a Malayalam magazine, had launched a line of masalas and pickles under the brand name of 'Mohanlal's Taste buds' a couple of years ago.

The actor would soon be opening a hotel in Kochi called 'Travancore Court', which will have unique Travancore dishes. The hotel will have 100 paintings portraying the history Of Travancore, he said.

こっこっこっコーチン行きチケット、ヨヤクヨヤク。

投稿者 Periplo : 02:27 : カテゴリー バブルねたkerala
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