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2007年01月30日

緊急メモ:激嵩するメガ様

く〜ん、くんくんくん、何だか香ばしくてオイシイ匂いがしてきたぁ〜。

Responding to the comments made by his co-star Mohanbabu, Mega Star Chiranjeevi expressed his anguish in an emotional tone.

He says, 'Earlier Dasari Narayana Rao said that we should not talk about us, but our background. As far as me, my birth place is a village. I was also brought up in a village. It sans town atmosphere. My family social status, our economic background has nothing to do with my present status, my fan following. Who gave me all this. It is the Telugu Film Industry. (以下あまりに長すぎるので省略、IndiaGlitz 記事 Chiranjeevi turns emotional より)

いったい何を口走ったのだドクターM。テルグ映画の75周年を祝う Telugu Chitra Vajrotsavam で何が起きたのだ? 調査、調査、鋭意調査じゃあ。

投稿者 Periplo : 02:33 : カテゴリー バブルねたtelugu
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2007年01月29日

藍こそすべて

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Nuvvostanante Nenoddantana [if you say you're going to come, do you think I'm going to say no] (Telugu - 2005) Dir. Prabhu Deva
Cast : Siddarth, Trisha, Prakash Raj, Sunil, Srihari, Veda, Santoshini, Nandita, Tanikella Bharani, Giri Babu, Parachuri Venkateswara Rao, Geetha, Jayaprakash Reddy, Chandra Mohan, Narsing Yadav, Narra Venkateswara Rao, Abhishek, Raghubabu, Sana, Pavala Syamala, Master Nandu, Gundu Hanmantha Rao
Story : Veeru Potla, Screenplay : M.S. Raju, Dialogue : Gopalakrishna Paruchuri, Venkateswara Rao Paruchuri, Cinematographer : Venu Gopal, Art Director : Vivek, Music Director : Devi Sri Prasad, Choreographer : Prabhu Deva
※タイトルについては、略記になっていないにもかかわらずNVNVの呼称もよく見かける。

いやあやられましたね。テルグといやあ、巨岩巨石がゴロゴロするデカン高原のイメージに相応しい荒々しい作風のものばっかだと思いこんでいたアタシの頭こそが石でした。バイオレンスアクション、神様映画に加えて、最近じゃラブコメもあるんすよ、ラブコメ。より正確に言うならば本作はラブコメ95%、スポコン4%、バイオレンス1%(とはいえ、このバイオレンスは通常のテルグのレベルと比較すると準備体操にもなってないのだが)。

人も中年に到ると、ティーンエイジャーの恋愛遊戯なんぞに感情移入するのもいい加減馬鹿馬鹿しくなってきて、勢い熟年オッさん俳優の大立ち回りものに傾きがちになるんだけれど、本作に関しては全編余すところなくひゃらひゃら楽しめたのでした。

■事前に分かっても問題ない程度の粗筋
ロンドン在住の大富豪NRIのドラ息子サントーシュ (Siddarth) は親戚の結婚式に列席するためにインドにやってくる。親戚の家で巡り会った花嫁の友達シュリ (Trisha) と喧嘩しながらも惹かれあっていくが、彼女は両親を早くになくした農家の娘。不釣り合いなカップルはサントーシュの母をはじめとした親族一同によって無理矢理引き離されてしまう。あきらめきれないサントーシュは単身シュリの住む村にやってくるが、そこに立ちはだかっていたのは彼女の親代わりの兄シヴァラーマクリシュナ (Srihari) だった。都会の軟弱人種を忌み嫌う兄はサントーシュに厳しい農作業の試練を課す。

農村が舞台とはいっても、もちろんリアリズムではない。要約してしまえば他愛ないフワフワした話なのだけれど、脚本・撮影・美術・演出が見事なんだな。

マ映画界出身のヴェヌゴーパール・ナーイルのカメラは全編にわたって様々な階調の青を捉えて美しい。とはいってもアート臭が鼻につくほどムキになってはいないのが好もしい。本作のテーマカラーが青だということはDVDジャケ(数種あるのだが)のデザイン部門にも伝わったようだ、インド映画ジャケでこんなエディトリアルデザインを見たのは初めてかもしれない(笑。

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映像のチョコマカしたお遊びも多数。一例を挙げるならば、主人公が農村で働いていることを知って仰天した父 (Prakash Raj) がロンドンから駆けつけるシーン。稲穂の上を涼しげに漂う蜻蛉の映像に飛行機の轟音が被さったりするのだ。

脚本・演出の巧みさも。息子を連れ戻そうと試みる父が農村のカルチャーショックを全身で受け止める場面。ここでのプラカーシュ・ラージは何度見ても笑える(一方ではスニールによるベタベタのコメディもあるのだが)。さらに今時のラブコメだからキスシーンもばっちりあるのだが、この挿入のされ方が絶妙。お堅いサウスの観客でも100%納得できるものだったのではないか。ススんでるはずのボリウッドで最近あったこんなこととは無縁だったろうな。

例によって元ネタも暴露済み。Pyar Kiya To Darna Kya (Hindi - 1998)Dir. Sohail Khan と Maine Pyar Kiya (Hindi - 1989) Dir. Sooraj R Barjatya だそうだ。しかしパクリだろうとなんだろうと、これをまとめ上げた監督のプラブデーヴァは偉い。注目の新進監督と言っていいのじゃないだろうか。

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それにしてもファンキーなお百姓やらせたらPDの右にでる奴ぁいないね。

投稿者 Periplo : 05:12 : カテゴリー so many cups of chai
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2007年01月23日

飛び道具とは卑怯なり

athadu.jpgAthadu [The Hunter] (Telugu - 2005) Dir. Trivikram Srinivas
Cast : Mahesh Babu, Trisha, Prakash Raj, Sonu Sood, Srinivasa Rao Kota, Nasser, Brahmanandam, Sunil, Sayaji Shinde, Rahul Dev
Story, Dialogue, Screenplay : Trivikram Srinivas
Music : Mani Sharma, Cinematography : K V Guhan, Art : Thota Tharani

最近になってツンのめるようにテルグを見始めるきっかけとなった幾つかの刮目モノのうちの一本がこれ。いんやもうRGVも真っ青、ってくらいにスタイリッシュ。でありながら自己目的化した新機軸ではない、徹頭徹尾娯楽的なアクション大作。シュールな領域に入ってるヒーローの腕っ節の強さ、おきゃんでオバカなヒロイン、悪徳政治家、ファミリー・センティメント、ダンス、コメディ、全部詰まってそれでもスタイリッシュ。なかなかできるもんじゃないよ。たまたまこの映画で、スターさん達や裏方さん達それぞれの持ち味が上手く噛み合って生まれたのか、テルグ界全体が底上げしてるのか、それが知りたくて次から次へと手を出してしまうのだ。伝統的なテルグ映画のトレードマーク、悪夢のような映像美(たとえばこれ)とか、極彩色のカジュアルウェアを自然体で着こなすナイスガイ達(たとえばこんな感じ)とかにも愛着はあるのだが。ご多分にもれず本作もコンテンツ的には各種の先行作品からパッチワークしてるみたいなのだけれど(こちら参照)、プリヤン追っかけをやってるこちとらにとっては別にマイナスポイントにはならない。

本作のレビュー中で印象的だった一節。

It is very difficult to make the fights appeal to Andhra audiences when shootout (pistol) is involved. (idlebrain.com レビュー Athadu より)

いやいや idlebrain さんは控えめにアーンドラと言ってるけど、これはインド全体にあてはまるのではないか。ガンファイトでは満足できないんだ、インドの衆は。やっぱり、どすっ、ばすっ、ごぎっ、って感じの肉弾戦があって、ワイヤー使いまくった空中戦があって、派手に野菜が吹っ飛んで、鉈振り回して、さらには人間大砲がガラスを粉々にしないとカタルシスが得られないみたいなんだ(もっともガンファイトがメインになるべき戦争物というのを筆者はあまり見てないので若干留保はしておかなければならないが)。だからパンパン撃ちまくって人死に続出の Company (Hindi - 2002) Dir. Ram Gopal Varma なんかはアクションじゃなくて「人間ドラマ」ってことになるんだと思う。

しかし大胆にも本作はクライマックスのアクションシーンに銃撃戦を持ってきた。ここでどうやって観衆の嗜好を満足させたか? 

ヒント:アクションディレクターはこの人。って答を言ったも同然か(藁。

投稿者 Periplo : 05:33 : カテゴリー バブルねたtelugu
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2007年01月21日

Thevar Magal

不毛なTV茶番劇には飽き飽きしたので本業に戻ろう。気になるタイトルのエッセイに気になる一節を見つけた。

Kaadhal does not explicitly state the caste background of either the boy (Murugan, a two-wheeler mechanic) or the girl (Iswarya, a class X student). However, it is made amply clear that director Balaji Sakthivel, a Thevar, is 'authentically' portraying a Thevar subculture in representing Iswarya and her family. All we know of Murugan is that he lives in a dirty slum--the door of his house painted an Ambedkarite blue--with his mother.(Outlook オンライン版2005年5月30日号、特集Indian Cinema 1995-2005 中の Politics, Tamil Cinema Eshtyle by S. Anand より)

cvKaadhal.jpgおかげで糞がつくほど忙しいってのに、Kaadhal (Tamil - 2004) Dir. Balaji Sakthivel をもう一回見てしまった。やっぱり傑作だ。低予算映画だったにもかかわらず、大ヒットしたという。助監督の温めていた脚本をバックアップして世に送り出したシャンカル先生はやっぱりたいしたもんだ。

徹底的なリアリズムで描かれた貧乏ヒーローと中産階級ヒロインの逃避行。マドゥライからチェンナイへ、そしてチェンナイの町中を彷徨う未成年カップルの、それはもう見てるこっちまで目に隈ができそうなシンドい旅路。万国共通の深夜の高速バスの寂寥感。ほんのちょい役に至までの、あまりにハマったキャスティング、名前の知られた俳優の登場によってストーリーの先を読まれることを避けたかったのだという。間接的に語られるメインストリーム映画への批判(たとえばプリヤン関連作のこの映画が恐ろしく適切に挿入されたりするのだ)、自嘲(トリプリケーンのむさ苦しい男子寮に住む40がらみの万年助監督が登場するのだがこれは監督自身がモデルかもしれない)。しかし一方でコメディトラックがあり、加えて歌舞シーンは7つも入っていて(嫌々入れたのかもしれないが)、そのうちのひとつ♪Puraa Goondu はお決まりのウェディングソングのパロディとしてよくできてる。

まあ、最も前面に打ち出されたモチーフは、タミル地方都市の中産階級の抑圧性と暴力性というところなんだろうけれど、その中産階級(といってもこの作品中ではかなり特殊で、酒造販売の元締めを行いながらも、街の顔役として非公式な警察機能までもっちゃってる金持ち一家)に具体的なカースト名までが読み取れるとは思っていなかった。

テーヴァルというのは俗に呼び慣わされているカースト名だけど、憂記百科によればこれは名字で正しくは Mukkulathor なんだそうだ。そして舞台となるマドゥライはいわゆる Thevar Belt の中心地。しかし映画中でこのくらい暴力と結びつけて語られるコミュニティも他にない、これは現実を反映しているだけなのか。それともタミル南部を題材にすれば必然的にテーヴァルが登場する、というくらいに有力な集団だということなのか。

マドゥライにあるイングリッシュ・ミディアムのミッション系女学校に通うヒロインが初潮を迎えたことで催される、驚倒するほどに盛大な祝いの宴にやってくる客達。
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食卓にを持って現れるのがしきたりなのか?こういう部分でタミル人の観客はピンと来るのかもしれない。

一方でスラムにあるヒーローの家。
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これがアンベドカル・ブルーってやつなのかいな?ちょいと深読みしすぎの気もするんだが、アーナンドさん。

幼い恋が出口なく追いつめられた果ての駆け落ち逃避行、これをリアリズムで描くとなれば当然結末は明るいものにはなりはしないのだが、ラストシーンでヒーロー・ヒロインに救いの手を差し伸べる人物(この役を演じる俳優も全くノークレジット)が実は一番シブい奴、というのがやっぱり少しだけ重苦しい後味を残したのでした。

本日時点での感想まとめ:マサラあってこそのオルタナ系。

資料:The Hindu による監督Balaji Sakthivelインタビュー

投稿者 Periplo : 21:46 : カテゴリー so many cups of chai
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2007年01月18日

間抜けさと哀しみと

いわゆるCeleb Big Bros 問題のメモ。

なんだかもう、愛スさんと灌頂様の婚約も霞みそうな勢いだわな。国際的な注目度ではダントツ。

こちらの日本語による解説でやっとわかった、英国の人気低俗番組のあらまし。実際にどういう人種差別発言がされたのかというBBCによる再現記事と英国人向けに紹介されたシルパさんのプロフィール

しかし今のところ共同生活は続行中らしい。少なくとも中止されたという話は聞こえてこない。

Filmed by hidden cameras, the antics of the housemates can be watched 24 hours a day, with highlights played every evening. The housemates alone remain unaware of the furor in the outside world. (The Srandard (HK) 記事 Row has police watching Big Brother より)

ってことは、家ん中じゃTV、新聞、インターネット、電話にはアクセスできないってことなのかな。

ともかく、盛りは過ぎたとはいえ、ボリウッドでヒロイン張ってた女優さんが、なにが悲しうて出演料払って(貰ってじゃないよ)旧宗主国のカスと一緒になってトンマな耐久レースに参戦するつもりになったのか、一番の謎はこれだわな。

イギリスは人種差別の国(イギリスだけじゃないけどさ)、この当たり前な事実を改めて世界中に知らしめたという意味では、功労者かもしれない、シェッティーさん。ノーベル平和賞狙えるか?

訂正:他の出演者よりも割り増しされた出演料を受け取っていたという。

"Many viewers think Shilpa is being targeted out of jealousy: she is being paid more - $680,000 (」345,000) as against the standard fee of $610,000 (」310,000) - than anyone else. She has also been more popular in the media than any other participants, mostly B and C-list celebs."(The Herald 記事 Big bother over TV racism claims より)

投稿者 Periplo : 06:02 : カテゴリー バブルねたhindi
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2007年01月12日

ポストNTR時代の唯一神

suman.jpgオフスクリーンの普段着はヴェルサーチか?のスマン様。

もう一年以上前から注目して待ちこがれていたバクティ映画、Sri Ramadasu (Telugu - 2006) Dir. K Raghavendra Rao。やっとDVDで見ることができますた。iDream のディスクも気合い入りまくり、サウス映画じゃこれまでに見たこともないような全12ページのカラー冊子付き、1時間20分近くあるメイキング映像入り Disc 2 付き、3連カバーはほとんどポータブル祭壇じゃ。もちろん本編の映像も美麗だし、字幕も文句なし。

…なのにそれほど感動がなかった、なんでなんだろ。ポストモダン神様映画の一つの頂点と信じて疑わない Annamayya (Telugu - 1997) Dir. K Raghavendra Rao(なんでも去年ヒンディー語吹き替え版が公開されたらしい)と共通したキャスト&スタッフが多いから、いやがうえにも期待は高まっていたのだが。

■事前にわかってしまってもどーってことない粗筋
遠い昔、ゴーダーヴァリ川の人里離れた岸辺に隠棲していた聖仙バドラー (Bhadra / Sarath Babu) は、苦行の果てにラーマ神のダルシャンを得、法悦のうちに聖山バドラーギリと化す。実はこの地は、ラーマ王子が妻のシーター、弟のラクシャマナ、忠実なハヌマーンと共に、14年間の隠遁生活を送った場所であったのだ(とデカン地方では信じられており、「南のアヨーディヤ」の異名を持つという)。

時代は下り17世紀中葉、部族民でありながら熱心なラーマ信者である老女ダンマッカ (Dammakka / Sujatha) は、夢のお告げに従って訪れたバドラーギリの川辺で蟻塚の中にラーマ神像を発見し、簡素な雨よけを造り、ただ独り神前での勤行(というより神像のお世話)に明け暮れる。同じ頃、信仰熱い家庭に生まれたゴーパンナ (Gopanna / Nagarjuna) はゴールコンダのムスリムのナワーブ・タニーシャー (Tanisha / Nasser) によって一帯の収税官(Tehsildar、今日でいうコレクターに相当する権力者のようだ)に任命され、愛妻のカマラー (Kamala / Sneha) と共に赴任する 。ある日ダンマッカの一途な帰依の姿を見て感銘を受けたゴーパンナは、神像出現の地に寺院を建立することを決意し、公邸を捨て川辺の苫屋に移り住み、人々から喜捨を募る。その地を訪れた聖者カビール・ダース (Kabir Das / ANR) の祝福を受け、ラーマダース(ラーマ神の僕)を名乗ることになったゴーパンナは数年の歳月の後、壮麗なバドラーチャラム・ラーマ寺院を完成させた。

しかし彼を逆恨みする腐敗した前収税官の讒言によりラーマダースはナワーブの宮廷に召喚され、許可のない寺院建立と公金横領の罪に問われ、獄に繋がれて拷問されることとなる。ある夜、寝所のナワーブのもとにラーマとラクシュマナが訪れ、ラーマダースが横領したとされる金貨をナワーブの前に積み上げる。夜が明けて目覚めたあとにもその金貨が残されているのを見て、ナワーブは奇蹟を悟り、ラーマダースを解放し心から詫びる。しかし、これほどのバクティを捧げながらも、なぜ自らにはラーマ神のダルシャンが与えられなかったのか、懊悩するラーマダースは這うようにして再びバドラーギリに赴く。以下クライマックスは省略。

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語り口としては平坦な紙芝居なのだけれど、神様映画でこれに文句を言ってはいけない。そんな中にもいろいろ面白くするための工夫はしてあるんだよね。

たとえば他宗教との混交(あくまでヒンドゥーに都合のいい吸収合併という形でだけど)。神像の発見者は部族民の女性だし、主人公のグルであるカビールはムスリムでもヒンドゥーでもなく生涯を信仰に捧げた神秘思想家(カビールは15世紀の人だから本当は主人公とまみえた事実はないのだが。そのあたりはこちらのレッディさんのエッセイに詳しい)、ナワーブもラーマ神の出現に素直に改悛しちゃったりするのだ。さらに台詞の中では、テルグ語地域で特に信仰の厚いヴェーンカテーシュワラ神(ヴィシュヌ神と同一視されている)の妻の一人はムスリム女性の Bibi Nancharamma であるなどということが淡々と語られている(ビビ・ナンチャランマ信仰についての資料)。

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一方で結構刺激的な部分もある。

それではタラマティ宮殿バガマティ宮殿(余談だがバガマティ妃はこの記事によればヒンドゥーのデーヴァダーシーだったそうだ)はなんのために建てられたのですか? そしてゴールコンダとバギヤナガル(ハイダラーバードの古名)とを結ぶ橋はなぜに架けられたのでしょうか? それ以外にもチャールミナールが、あなたのご先祖のロマンスの忘れ形見として建てられました。そして既に亡くなっているご親族のためにゴールコンダ一帯に墓もお造りになりました。これらが民のためになっているというのでしょうか。(中略)あなたが愛の証や故人の追悼のために宮殿や霊廟をお造りになるのなら、我らのラーマ神のために寺院を建立することに非がありましょうか。(中略)バドラーチャラムにいらっしゃいまし、そして寺院に詣でて祝福を受けるがよろしい。そこでヒンドゥーとムスリムの和合を感じられるがいい。

公金を横領したうえでの無許可の寺院建立を咎められた主人公が、ナワーブの前で長々と演説する場面の台詞の一部。最後の一文を除けば、本家のアヨーディヤにラーマ寺院を建てちゃうぞと言ってる過激派の皆さんが大喜びしそうな言説だ。凄いねえ。

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まあ、色々と夾雑物は混じっているにせよ、全体を通して見ると、寺院縁起の体裁をとりながら同時に極めて現代的な「神の沈黙」も語られる。いかにラーマダースが苦境に陥っても、ラーマ神は人里離れた聖域で妻・弟・従者と一緒にロハスなスローライフを送ってるだけというシーンが続く。これは素晴らしい。

絶望したラーマダースは問う、無学な老女、そして異教徒の前にすら現れたあなた様が、僕である私には何故にお徴しを与えてくださらないのか。追いすがる妻は言う、幾度となくラーマ神のみ業を目にしたあなたがなぜそれほどにダルシャンを求めるのか、神はあなたの心のなかにこそおわすのではないですか、と。ここで終われば退屈だけど余韻の残る映画だったかもしれないけど(以下は見てのお楽しみ)。

グチャグチャと文句を垂れてみたけれど、最大の見どころはスマン様の神々しい演技。現代の奇跡と言っていいのじゃないだろうか。rediff の記事等によればスマン様は1959年チェンナイ生まれ、母語はトゥル語、他にヒンディー、サンスクリット、タミル、テルグ、カンナダ、英語をお話しになるという。オフィシャルサイトの情報では空手の黒帯でカラリパヤットもマスター。デビューからしばらくはもっぱらアクション俳優をなさっていたようだ。 Kevin Sumunt の名前でインディーズ系英語映画 Death and Taxis (USA - 2004) Dir. Kevin Mukherji にも脇役出演。うーん、スマン様のアクション映画、見たいいいいい〜。

しかし既に公開間近の次回作 Sri Satyanarayana Swamy (Telugu) Dir. Nagesh Naradasi も神様映画。もちろんこれも追っかけしますです。

本作のメイキング映像も。
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もちろんインド映画ディスクのメイキングという名のオマケに多大な期待をしちゃいけない。ゆるーい1時間20分ではあるけれど、神様映画の撮影現場というのはやっぱり貴重。収税官の公邸として現れる見事なデカンスタイルの世俗建築が実はカルナータカ州にある廃屋だとか、トリヴィアも。唯一不満だったのは、本作出演者の大部分がテルグ語を話す人だったから、ガイジン助っ人さんの口の動きが上手くいかずにリテイクになっちゃったりする場面が見られなかったことかも。

投稿者 Periplo : 04:46 : カテゴリー バブルねたtelugu
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2007年01月10日

賑々イロモノ1

半年前に見つけたんだけど、いつもの法螺吹きショーだと思ってほっといたニュースに進展。ちなみに賑々イロモノ2はこちら

The film by 'Association of Malayalam Movie Artists' AMMA is being planned for a release by July.

The scripting of the film by Sibi K.Thomas - Uday Krishna was completed last week. The film features the finest leading actors of Malluwood like Mammootty, Mohanlal, Dileep and Suresh Gopi in roles of equal importance. The film is directed by the veteran director Joshy. The film will start its shooting as soon as the dates of these leading stars are finalized.

This endeavor is looked upon as the first effort by any film related organization to produce a film and thereby invites keen interests from film buffs. (KeralaOnline 記事 AMMA's film for July の全文)

6月に撮影開始、じゃなくて6月までに公開ときた。凄いもんじゃのう。最初の記事で名前があがっていたジャヤラームはどうしちゃったんだろ。脚本は仕上がったってのに題名もヒロインもジャンルも分からないのが不安要因ではあるが。

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gurasan4.jpggurasan3.jpgjoshi.jpg

ともあれ、国家映画賞7個分のド迫力、きっとお馬鹿な祝祭感に満ちあふれた能天気あんぽんたんムービーになるんだろね、これ以上に。楽しみだあ。

投稿者 Periplo : 03:05 : カテゴリー バブルねたkerala
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2007年01月08日

たまには本も読もう6

そしてまた新たな疑問に悶絶しよう。

 シャーカーとは、整列・行進にはじまり、ヨーガや武術、伝統スポーツの訓練、マントラや賛歌の斉唱、訓話や問答、対話などを行うもので、インド各地で毎日開かれているRSSの末端活動である。(中島岳志、『ナショナリズムと宗教 現代インドのヒンドゥー・ナショナリズム運動』、2005年、春風社刊、P.200より)

 一回のシャーカーは通常一時間ほどで、(1)整列・行進およびヨーガやインドの伝統スポーツ、武術を行う「身体訓練」、(2)マントラや賛歌の斉唱、訓話などの「知的訓練」、(3)問答・討論などを行う「対話」の三本柱で構成される。基本的に、シャーカーに参加するスワヤンセーヴァクたちは、シクシャークやガタナーヤクを含め、みなカーキー色のショートパンツに白いシャツというユニフォームを身に着けることになっている。
 シャーカーは主任教育係の笛の合図と共に全員が整列し、サフロン色の旗を立てるところからはじまる。立てた旗に向かい、参加者は胸に手をあて一礼、RSSメンバーである誓いを述べる。その後、「回れ右」「右向け右」などの号令にあわせて整列の練習をし、整列したままの状態で行進の訓練に移る。場所によっては、これにランニングを加えるところもある。
 次にスーリヤ・ナマスカールという太陽に捧げる祈りを行う。(中略)つづいてさまざまなヨーガや武術の鍛錬が行われる。ここではタンダーと呼ばれる竹製の警棒を用いた武術の訓練が中心になることが多い。(同書 P.202-203より)

 シャーカーではカーキー色の短パン、白いシャツ、黒い革靴、白い靴下、黒い帽子が制服に設定されており、それを着用することが原則とされる。(同書 P.210より)

久しぶりに巡り会った快著。マスコミ報道では「危険で時代錯誤な復古主義」「ファシズムへの指向性を持った狂信者集団」という紋切り型でしか紹介されないヒンドゥー・ナショナリズムの最前線を、大衆組織であるサング・パリワール、とりわけRSS諸団体の末端での活動を通して分析し、なおかつインド現代史の流れの中で俯瞰する。結構な大仕事だ。それにもかかわらず無学者にも理解可能な平易な文体で書かれていることが有難い。上記引用箇所以外でも面白かったのは、デリーで開かれた全インド学生協会の全国大会で、南インドから動員された学生代表たちが、延々と続く難解なヒンディー語の演説に飽き飽きして逸脱行為を始めたというエピソード(P.339-340)。不適切な物言いかもしれないが、ここは物凄くウケた。

話を元にもどすと、草の根のファンダメンタリズムを支えるシャーカー活動の実際というのは、ガイジンにはなかなかはかりがたい部分だったのだ。現地の人にはなんでもない当たり前の風景なんだろうけど。

この部分を読んで、ふと最近見たOkkadu [A single guy] (Telugu - 2003) Dir. Guna Sekhar の冒頭のミュージカルシーンを思い出して思わず「あうあうっ…!」っと大声あげちゃったんだよね。

なかなかよくできたアクション映画だったのだ。冒頭でハイダラーバード下町の対立する二つの不良グループがガンを飛ばしあうシーンは、明らかに『ウェストサイド物語』(USA - 1961) Dir. Jerome Robbins & Robert Wise からインスピレーションを受けている。西側物語が現代版のロミオとジュリエットであるのに対して、本作はモダン・ラーマーヤナみたいな話。

最初のダンス♪Govind bolo hari gopal bolo [Hare Rama] は典型的なヒーロー登場ソングで、テルグ名物の巨大セットのチャールミナールをバックに繰り広げられる群舞。斬新さはないが上手くまとまったスタイリッシュなダンスだと思う。残念ながらディスクでは歌詞の字幕が省略されてしまっているので何を歌ってるのかは分からないのだが、idlebrain のレビューによれば、

A fast beat song with semi-classical musical interludes. Shankar Mahadevan, who is adept at singing such songs, proves the point once again with this one. Sirivennela puts forth a nice philosophy in this song that chanting God's names and celebrating festivals pompously like a norm since time immemorial finds its true meaning only when we realize the essence in those actions by understanding the importance and motives behind those chants and celebrations. The accented singing of 'Govind bolo hari gopal bolo! Radha ramana hari gopal bolo!!' sounds so cool that you start humming it even before you realize it.

なんだそうだ。

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まあ、バクティを歌うとはいってもそこはそれ、ヴィジュアルとしてはハイダラーバードに暮らす色んなバックグラウンドの人たちのイメージを散りばめて、コミュナルなハーモニーをメッセージとして全面に打ち出しているのだ。美しいじゃありませんか。

しかしだな、曲の終盤になって(曲調は変わらず)急にこんなイメージが出てくるのだ。
shakha1.jpgshakha2.jpg

これってどー見たってシャーカーの修練風景じゃん! ヒンドゥー原理主義を唱えるRSSの連中ですらハイダラーバードでは平和な風景の一部と見なされているのだろうか?

一〇代の参加者はRSSの支持者である父親に勧められ参加していたものの、学校の勉強が忙しくなってきたことを理由に参加を止めた。彼は周囲の視線のあるなか、カーキー色の短パンを履いて毎朝年長者たちとトレーニングを行うことは非常に恥ずかしいといい、シャーカー自体もあまり楽しいものではなかったと語っている。(前掲書P.230、ニューデリー高級住宅地のシャーカー構成員への聞き取り調査より)

容易に想像はできるが、こういう擬似軍隊式の集団訓練は、若い衆からはクールなものとは見なされていないのだ。それならば尚更なぜこのイメージをここに持ってきたのか?

これに限らずテルグのダンスシーンのイコノロジーにはよく分からないことが結構ある。ぼちぼち探求していこうとは思っているのだが。

ちなみに本作には Ghillli (Tamil - 2004) Dir. Dharani、 Aajay[Ajay] (Kannada - 2006) Dir. Meher Ramesh
の2つのリメイクが存在する。冒頭ソングがどういうふうに処理されているのか、そのうち見てみよう。

投稿者 Periplo : 02:35 : カテゴリー バブルねたtelugu
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2007年01月07日

6年ぶりの蔵出し

プリヤンさんから思いもよらぬお年玉。

The film derives its inspiration from the Marathi hit Bindhaast. Released for now in Tamil and Malayalam, the movie is due to be dubbed in Hindi and released soon.(rediff.com 2000年12月の記事 Enjoyable, even gripping at times! より。

Bindhaast [Fearless] (Marathi - 1999) Dir. Chandrakant Kulkarni のリメイクであるマルチリンガル映画 Snehithiye... (Tamil - 2000) のヒンディー語版が、上記記事から6年たって突然公開されるという話。タミル、マラヤーラム(Rakkilippattu)、テルグ(Sneham)、カンナダ(題名不明)の4バージョンは2000年に公開されたようなのだが、ヒンディー語版はお蔵入りになってたらしい。タイトルは今のところ FriendshipIndiaFM 記事ほか)。

やっぱりヒンディー語映画界でのプリヤンの市場価値が高まってきたということなのだろうか。

オリジナル Bindhaast のプロデューサーは、まるで自作の事を語るようにインタビューに応じている。つまり今回は著作権を巡る争いはないってことか。「インド初のグローバル・ベンチャー」ってのはさすがに吹きすぎだと思うのだが、ヒンディー語以外にも世界の主要言語で公開するってホントかいな?

Professor-cum-producer Matchindra Chate wants to release the film in key languages across the world.

Besides being an educationist, Professor Matchindra Chate (Chate Classes) is also a creative filmmaker. Having produced two successful Marathi movies 'Bindhast' and 'Chimani Pakhare', Chate now awaits the release of his film 'Friendship' in January. Incidentally, he calls this multi-lingual film 'India's first global venture'.

The Priyadarshan directorial casts Tabu as a cop. In the past the actor was a part of Priyadarshan's hits 'Virasat' and 'Hera Pheri'.

Coming back to Chate, the producer says, "The film has already been made in Tamil, Telugu, Hindi, Kannada and Malayalam. It will take about a year to distribute it in other widely-used languages of the world. I want this to be India's first true global venture."

The film, as its title suggests, talks about friendship. "It's about two innocent college girls who get involved in a controversy and eventually get arrested," he says.

Will the professor then desert his established profession to concentrate on filmmaking? "No, coaching is my priority. If my teachers come up with a problem, I will solve that first," he adds. (DNA 2006年12月31日記事、Tabu's "Friendship" with Priyan

ディスクを引っ張り出してきて流し見してみたけど、やっぱりハイダラーバード出身のこの美人が演じる警部さんの格好良さに圧倒される。殺人現場に居合わせながら何もできなかった通行人の男共を痛罵したり、群がる取材陣を蹴散らしながら大股で闊歩したり、犯人が潜む倉庫に拳銃を構えながら単身乗り込んだり、こういうマニッシュな役を演じるチャンスに恵まれた女優さんはインドではごく少ないはず。野郎のお巡り映画と比べてみてもかなりイイ線いってると思うのだが。

今回のヒンディー語版公開に期待しちゃうのは、タプー警部の右腕として活躍するジャヤシュリー警部補を演じたこの女優さんについてもっと情報が出てくるかもしれないってことなんですわ。

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逮捕して貰いたさに思わず犯罪を犯してしまいたくなるよーなこの警部補さん、改めて萌え。

投稿者 Periplo : 07:05 : カテゴリー プリヤンremake
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2007年01月03日

メモ:訃報

テルグ界の監督兼俳優 Peketi Sivaram が昨年末に90歳で死去。作品は一本も見ていないのだが、メモしときたいのは、

1.ANR主演の Devadasu (Telugu - 1953) Dir. Vedantham Raghavaiah でのコメディアンとしての演技が評価されている
2.タミル俳優プラシャーントの母方の祖父である

という2点。肖像は今のところ見つからず。

The Hindu 記事 Telugu actor dead
TeluguPortal 記事 Peketi Sivaram passes away due to ill health
OneIndia 記事 Peketi Sivaram passes away

投稿者 Periplo : 18:52 : カテゴリー バブルねたtelugu
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2007年01月01日

年頭ご挨拶

前ポストから数時間しかたってないけど、皆様明けましておめでとうございます。予告通りいつもの調子でボチボチやってきますわ。と書いたけど、大したニュースもないんだな、どうすんべ。

最近、一部の南印好きコミュニティの中で、タミルにハマる人=タミラー(Tamiler) という呼称が定着しつつあるようなのれす[ちなみにタミル語でタミル人を表す語はTamilan (タミラン、男性単数)、Tamilar (タミラル、複数)]。その伝でいくと、昨年の当ブログはかなり「ケララー」な色合いが濃かったでしょうかね。今年ももちろんプリヤン動向はしぶとくフォロー、ライフワークと化したモーハンラール・ディスコグラフィーも粘着的に続けるつもりだけど、やっぱりなんか新しいことも始めたい。

理論武装も何もなしにいきなり宣言するなんて軽率にも程があるとは思うのだけれど、勢いで言ってしまおう、今年の抱負。

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今年はあーんどりゃーでも行くんだぎゃあ

投稿者 Periplo : 05:20 : カテゴリー miscellaneous
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