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2010年06月17日

春雷隆隆 -a peal of spring thunder-

または、たまには本も読もう8。

内務省では、インド毛派は地方の不満から生まれた大衆運動とは考えられていない。同省の用語では、毛派は「犯罪者」や「テロリスト」と同義語であり、こうした姿勢が同派との対話の余地を狭めている。チダムバラム内相は、毛派が暴力放棄を宣言して初めて、交渉が行われるとの立場を繰り返し言明しているが、非現実的な条件だと批判する政治家は多い。(SankeiBiz 2010年5月21日記事 『インド 毛派テロ対策 武力行使に限界 経済へ暗雲も』より)

チャッティースガル、ジャールカンド、ビハールなど印度中東部で今年に入ってから特に活発さを増している武力闘争を耳にしていれば、上に述べられている「テロリスト」との定義も、戦略的に問題があったとしても、極東の一小市民の実感としては無理もないものと思えてしまう。ところが、これがウエストコースト最南端の椰子國に行くとちょっと違うみたいなのだ。

In popular perception, there were only a few categories of naxalites in Kerala: in the early years, they were seen mainly as either groups that attacked police stations or those that murdered landlords and looted their wealth; in recent years, they have come to be seen as either those who continued to believe in the annihilation of class enemies or those who took a moderate line and wanted to participate in elections. (Frontline 2005年10月8-21日号 Embers of a revolution より)

cvKeralasNaxalbari.jpgKerala's Naxalbari
Ajitha : Memoirs of young revolutionary
Translator : Sanju Ramachandran
Publisher : Srishti Publishers & Distributors, New Delhi
First published in 2008
主な販売サイト : IndiaClub ほか

原典は1979年に雑誌上で連載が開始され、1982年にになって単行本として上梓されたマラヤーラム語の回想録。その英語訳が2008年になって出版されたもの。つまりコンテンツとしては30年前のものであることを念頭において読まなければならない。

著者のアジタは、1950年にケララ人の父とグジャラート人の母との間に生まれ、コーリコードでプチブルの子女としての幼年時代を送った。両親はどちらも先鋭的な共産主義者で、それゆえに1960年代中盤の思想的な混乱期に既存の共産党(CPI)から追放されていた。アジタはハイスクール在学中から既に各種の左翼的文献に親しみ、特に中国の人民革命にひとかたならぬ興味を寄せていた。1967年にカトリック系カレッジを中退して在地の出版社マルキシスト・パブリケーションズに加わり、以降旺盛な活動を展開した。この出版社(兼政治結社)は毛沢東の著作の翻訳出版に特化していたようで、メンバーは北京放送を聴いてディスカッションを行うのが常だった。在デリーの中国大使館からは毛の著作の英語版の他にも、各種報道写真や毛バッジまでもを支給されていた。

アジタが18歳で武器をとるまでの世界にはこんな出来事があった。

ソ連・フルシチョフによるスターリン批判 1956
EMSを首班とするケララ州初代内閣(CPI)の成立 1957
中ソ・イデオロギー論争の表面化 1960
中印国境紛争 1962
中印国境紛争を受けたインドでの第一次非常事態宣言 1962-68
インド・CPIの分裂、CPI-M(CPMとも)の結党 1964
中国・文化大革命 1966-76
ケララでの第二次EMS内閣(LDF)成立 1967-69
西ベンガル州でナクサルバーリーの蜂起 1967(3月)
中国・人民日報は社説でナクサルバーリーの蜂起を「インドの春雷」と評価 1967(6月)
アーンドラ・プラデーシュ州でシュリーカクラムの蜂起 1967(11月)-1969
全インド革命闘士連絡委員会(AICCCR)がCPI-M内部に成立(CPI-MLの前身) 1967

パンフレット出版を通した宣伝啓蒙活動に飽き足らなくなったアジタは、ケララ・ナクサライトの最初の武装闘争である1968年のタラッセーリ=プルパッリ蜂起の後半部分・プルパッリ作戦に中核的メンバーとして、そして唯一の女性戦闘員として、志願して参加することになる。

ワヤナードの最奥地プルパッリはその大部分が寺院領となっている高地の森林地帯である。1950年代以降、「ケララのライス・ボウル」として知られる南部コーッタヤム地方から零細農民の数千世帯が入植していた。彼らはコーッタヤムでの灌漑事業やゴム農園開発などの影響で土地を失い、ブローカーの甘言にのせられて移住して来たのだった。しかしそこで彼らを待っていたのは、未開拓の原生林と、不法入植者としての告発だった。政府への直訴も空しく、プルパッリにはMSP(マラバール特別警察)が置かれる。これは実質的には農民達に各種のハラスメントを行い、立ち退きを促すための機関だった。同時に、南部からの農民の流入で、元来の住人である部族民たちがさらなる奥地にと追いやられていく状況も併存していた。これら農民、部族民を結集させて叛乱を起し、MSP、それに専制君主として君臨する少数の大地主を打倒する、これがアジタたちが思い描いた蜂起の図だった。

プルパッリ作戦に先行した11月20日のタラッセーリ警察署襲撃は惨めな失敗に終わり、メンバーの1人だったアジタの父クンニカル・ナーラーヤナンは地下に潜る(後に投降)。タラッセーリで強奪した武器を携えたメンバーとの合流後に進められるはずだったプルパッリ作戦だったが、ヴァルギース、シャンカラン、アジタらの先発隊は外部の情報を全く得られないままワヤナードの山中で孤立してしまう。

タラッセーリ組との合同作戦を断念した約60名は、11月24日、僅かな武器でプルパッリのMSP駐在署を襲撃し、無線技師を殺害し警官の1人に重傷を負わせる。署内にあった土地権利関係の書類を焼き払った後にチェカディに行軍した彼らは、有力地主の邸宅を襲撃して金品を奪い、ティルネッリに到った。この時点で当初計画されていた作戦行動の第1段階は終了したが、爆弾の暴発によって同志1人を失い、脱落者も多出し、またタラッセーリ組との連絡も相変わらずとれず、士気は最低レベルまで堕ちていた。最終的にアジタを含む15名が山中でゲリラ戦を続ける決意を表明し、その他のメンバーは解散した。しかし数日後にアジタと数名の同志はアダッカトードという僻村で捕縛される。

1968年12月初旬に収監されてから、長い裁判期間、僅かな仮釈放期間、刑が確定した後の服役期間とで、8年間をアジタは獄中で過ごす。コーリコード、カンヌール、トリヴァンドラムの監獄での生活を経験した彼女は終始政治犯としての扱いだったが、獄内で巡り会った他の女囚たち(多くが娼婦、あるいは密造酒販売者、時に親族殺人犯)の救いのない姿にショックを受ける。

1977年6月、恩赦によりアジタは出獄する。「階級の敵殲滅」(annihilation theory) に傾いた残存同志によるその後の幾つかの襲撃事件、プルパッリのリーダーだったヴァルギースの「エンカウンター」による死(1970)、インディラ・ガンディーによる非常事態宣言(1975-1977)、そして毛沢東の死去(1976)、これら全てを彼女は獄中で知ったのだった。

出獄後の脱力、そして2年後の父の死のショックで、かつての闘争心を失っていたアジタだったが、同志の勧めにより1981年に結婚する。相手は7歳年下のムスリムで、「党内アレンジド・マリッジ」による結びつきだった。その後夫妻は2人の子供に恵まれる。子育てのさなか1985年にムンバイで開催された全インド・フェミニスト会議に出席したことから彼女の新たな進路が定まる。以降はケララの(主として貧困層の)女性の権利保護のための活動を行うアンウェーシを主宰し、フェミニズムの代表的人物となって今日に至っている。

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まず自分の感想を書く前に、プロによるちゃんとした書評を載せておこう。
The Hindu :Poster girl of kerala's Naxalism (Anitha Joshua)
DNA India :A Naxal remembers (Pramod K Nayar)

で、幼稚な個人的感想はというと、おそろしく貴重な証言ではあるが、大きな欺瞞が見え隠れして、読後に清涼感がない、なんていうとこだ。印度で社会の底辺にいる女性の権利を保護するというのは、それ自体尊敬されるべき社会活動ではある。とはいえ、これはどう考えてもユートピア平等社会の創設を目指した武装蜂起とは不連続で次元の異なるものだ。著者のアジタはかつての自分の武装闘争を全面的に肯定した上で、(英語版の)エピローグとして現在の社会活動を当たり前ように付け加えているのだが、筋金入りの日和見主義者であるオイラから見ても、これは能天気としか言いようがない。

アジタが武器を取ったのは、自らの身に直接降りかかった貧困や抑圧に耐えかねて止むを得ず、というのでは全くなかった。どこまでも思想的な理由からなのである。それであれば、武力を放棄するにあたっても、なんらかの総括・自己批判が欲しかったところだ。意地悪い見方をすれば、この人は丁度良いタイミングで逮捕され、世界からも運動からも切り離されて浦島太郎になってしまったことにより、深刻な自己否定・懐疑から自由でいられたのだろうな。

などとクサしながら、なぜに紹介したのかと言えば、大きな欺瞞を宿したこの本の中で、ワヤナード山中の行軍(むしろ彷徨と言ったほうが適切か)の描写だけは率直で胸に迫るものがあるからだ。タラッセーリとプルパッリ、ほぼ東西に並ぶ二点間の直線距離は僅か60km弱、しかしこの間で連絡を取り合う術を欠いた彼らは疑心暗鬼の泥沼に陥る。さらに、衣食においても万全な準備を欠いていたため、ワヤナードの寒さに震え、時に一日一食の薄い粥で飢えをしのぐという窮状に見舞われる。兵用地誌の類も携行していなかったようで、山地の地理に明るい部族出身の同志が去った後は文字通り手探りの進軍となった。アジタらが捕縛されたのも、先発隊の1人が、バスの便もない山間の小集落の茶店で「次のバスはいつ来るのか」などと尋ねて村人の不審を招いたことによるというのだから。これほどにナイーフな兵士達が、理想社会実現への第一歩と信じて地獄を彷徨ったのだ、頁をめくる手が震えたよ、本当に。印度の左翼ゲリラ戦闘員のここまで詳細な回想録というのはかなり珍しいのではないだろうか、是非にもお勧めしたい一冊。

サプリメントとしては、ケララのナクサリスムを「根付く事ができず失敗した運動」ととらえて、距離を置いたところから俯瞰しているラール・ジョンさんによる Naxalism in Kerala、簡潔で大変タメになる。印度全体(というか本場である中東部)の運動に関しては多くの文献があり、また現在進行形でもあるので、ケララ出身のアルンダティ・ロイによる今年3月のレポート Walking With The Comrades をリンクするだけにとどめよう。

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そもそもなんでこの本を読む気になったかというと、2008年に公開されたマラヤーラム映画の中に「ナクサルもの」としか言いようのない作品が3本もあって魂消たからなのだった。そのいずれもが、ソングシーンを含むいわゆる「娯楽映画フォーマット」によって作られていて、しかもそのコンセプトが、完全に「造反有理」というところにあって、引っくり返っちゃったのよ。

cvOfhepeople.jpgOf The People (Malayalam - 2008) Dir. Jayaraj

Cast:Arun, Arjun Bose, Padmakumar, Harshan, Devipriya, Govind, Anoop, Sunil John, Alleppey Sudheer, Nedumpuram Gopi, Sabitha Jayaraj

VCDの版元:Highness
VCDの字幕:なし
VCDの障害:現在のところ特になし
VCD入手先:MaEbag など

2008年1月公開、ランタイムは2時間超(正確な数字は不明)、ソングは5曲。同じ監督による 4 The People (Malayalam - 2004)、By The People (Malayalam - 2005) に続くシリーズ第3作。以前書いたが、このジャヤラージという監督は高尚な芸術映画と「コマーシャルなジャンク」とを交互に発表し続けているマ映画界のジキル&ハイド。

シリーズの端緒となった 4 The People は若手俳優がメインの低予算作品ながら大ヒットとなった。政治家や官僚などエリートの世界にはびこる腐敗を一掃するために、大学生4人が 4 The People という名のウェブサイトを立ち上げて市民からの告発を募り、非があると判断した相手を処刑していくというストーリー。骨格は Ramana (Tamil - 2002) Dir. A R Murugadoss から着想を得たようである。そして Anniyan (Tamil - 2005) Dir. Shankar に影響を与えたようにも思われる。もしかしたら Rang De Basanti (Hindi - 2006) Dir. Rakesh Omprakash Mehra も幾ばくかのインスピレーションをここから得ているかも(こじつけ)。ただ、世直しとウェブサイト、学生の義賊、などという斬新さで喝采を博した 4 The People にも幾つか欠点があった。束になって出てくる4人のヒーローのインパクトが弱すぎて顔が覚えきらんのだ。彼らを追うお回り役のナレンの方が不必要に目立ってしまっていた。そしてストーリー進行の合間に謎のクラブキッズが出てきてラップしたりブレイクダンスしたりするのだが、これが全く浮いてて空回り。都会的スタイリッシュネスを志向しているらしいのだがハッキリ言ってだっさい。そして第2作目の By The People になって雲行きが怪しくなってくる。主演の4学生はますます影が薄く、ダンスシーンはよりチープになり、悪玉処刑のための襲撃手法が完全にゲリラ戦のものになる。
 
で、やーっと Of The People なのだが、やってる事は前2作と同じ。通報を受けては悪徳政治家、悪徳資本家、悪徳警官ect.人民の敵をやっつけに行くというだけ。3人に減った若者(第1作に出てたバラトはスターになっちゃったから引っ張って来れなかったようだ)は全員都市住人だけど、ムンナールの山奥でキャンプ&軍事訓練してて、一般人からの通報も無線LANでネット接続して受信するの(大笑)。チェ・ゲバラのコスプレで(泣/笑)。スリラーとしての展開はそれなりに飽きさせない作りになってはいるのだが、いかんせん全編を通じてあまりに安臭すぎてヘナヘナ。

ラストシーン。外国資本とツルンで甘い汁を吸おうとした悪い奴らを、3人組と有志の若者たち(どこからどう眺めてもドラッグの売人にしか見えないのだが)とが共同で殲滅した後に、荘重な音楽をバックにケララの津々浦々の風景の中でローマ式敬礼をする(何に対して?)不動の人民たちの姿が映し出されるのだ。何なんだこれ~。ジャヤラージが何を意図してたのかは正直なところ分らん、が、『お笑い!椰子國ナクサライト』として記録されるべき稀有な作品であることは間違いない。

OfThePeople.jpg

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cvThalappavu.jpgThalappavu (Malayalam - 2008) Dir. Madhupal

Cast:Lal, Prithviraj, Dhanya Mary Varghese, Rohini, Atul Kulkarni, Jagathy Sreekumar, Maniyan Pillai Raju, Sreejith Ravi, Saranya, Parvathi, Gayathri, Geetha Vijayan

タイトルの意味:Head dress (of police)
タイトルのゆれ:Talappavu

DVDの版元:MoserBaer
DVDの字幕:英語
DVDの障害:現在のところ特になし
DVD入手先:MaEbag など

2008年9月公開、ランタイムは1時間45分、ソングは1曲。上のアジタの自伝にも登場していた、ケララ・ナクサライト運動の中心人物のひとりであるAヴァルギースの1970年の作戦行動(ティルネッリの地主襲撃)とその「エンカウンター」による最期、そして上司の命令で捕縛された彼を至近距離から撃った警察官の以後30年近くにわたっての悔恨と煩悶がテーマ。改めて調べてみたのだが、encounter という語を、「ギャングやテロリストに対して行われる警官による超法規的な処刑」の意味で使用するのは南アジアだけのようだ。インド娯楽映画の中では「エンカウンター・スペシャリスト」が英雄的に描かれる事は少なくない。Kaakha Kaakha (Tamil - 2003) Dir. Gautam Menon なんかが典型だった。さらに、捕縛されて無抵抗の容疑者を銃撃戦に見せかけてその場で射殺する「フェイク・エンカウンター」ってのも結構よく目にする。 A Wednesday ! (Hindi - 2008) Dir. Neeraj Pandey や Anjathey (Tamil - 2008) Dir. Mysskin にも出てきていた。この場合、警官の側も軽傷を負ったのを世間に示すのがお約束のようだ。そしてこのフェイク・エンカウンターも少なくとも映画の文脈の中では100パーセント肯定すべきものとして描かれている。インド映画に馴染みのない人がいきなりこういうシーンを見ちゃったら、やっぱかなり退くだろうなあ。しかし本作はそのインド的通念に真っ向から対決し、1人の武装反政府活動家が裁判を経ずして処刑されたことへの異議申し立てを徹底的に行うのだ。敵も味方も死者累々で最後はあっけらかんとハッピーエンドの娯楽映画一般との何という違いか。

本作の主役である警察官にもまた実在のモデルがいる。Pラーマチャンドラン・ナーイルというのが実名で、28年前のエンカウンターの真相を告白した手紙が 1998年になって公開されて、政界・マスコミに相当な波紋をもたらしたらしい(そのへんの顛末はOutlook誌の Confessions Of A Cop に、また手紙の内容は rediff の'Before I am killed, give me a signal so I can shout a slogan' に詳しい)。本作はさらにその10年後の映画化ということになる。

徹底的な「造反有理」のコンセプト、そこにマ映画伝統のお化け話のギミックを加えるという斬新な手法。これまで性犯罪系のセコい悪役が定位置だと思ってた冴えない奴、マドゥパールがこんなこと考えてたのか! 見てるあいだ中、うぞっ、マジっ?って叫びっぱなし(心の中で)だったよ。

Thalappavu.jpg

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cvGulmohar.jpgGulmohar (Malayalam - 2008) Dir. Jayaraj

Cast:Ranjith, Meenu Mathew, Kollam Thulasi, Rajamani, Siddique, Nishant Sagar, Surabhi, Jagadeesh, Meera Vasudev, Kaviyoor Ponnamma, Augustine, Ambika Mohan, Subair, Zeenath, Jayakrishnan, Sudheesh, I M Vijayan

タイトルの意味:Flamboyant Tree

DVDの版元:MoserBaer
DVDの字幕:英語
DVDの障害:一部の機器で読み取れず
DVD入手先:MaEbag など

2008年10月公開、ランタイムは1時間40分、ソングシーンは2つ。Of The People と同じジャヤラージの監督作品ながら全く作風が異なってアート映画風リアリズムが基調になっており、それだけでも度肝を抜かれる。上に紹介した2作品にあったようなクラブキッズとかお化けだとかの映画的ギミックは全くない。ど真ん中の直球・剛速球、カメラのフレーム内の造反有理度200パーセント。でありながら3本の中で見ていて一番揺さぶられた、体は硬直したが。上述のヴァルギースの処刑と、その他のメンバーの拘束によって、ケララでのナクサライトによる組織的な闘争はほぼ終わったのだが、70年代後半まで孤立した小集団による散発的な騒乱は起こっていたようだ。しかしネット上の情報はごく僅かで、 1976年のカヤンナ警察署襲撃事件(容疑者として拘束された学生が留置場で死亡したラージャン事件映画にもなったーのほうがむしろ有名)、それから1975年のワヤナードの地主襲撃事件ぐらいしか見つからない。本作はどうやら後者に想を得たもののようなのだが、この75年の事件については関与した人物の名前や襲撃の経緯などの詳細がどうしても分らなかった。ヒンディー語地域で Jana Adalat (people's court) と呼ばれている運動がどうもケララにも存在していたようなのだが。

ストーリーは単純。2008年の現在、マラバール地方の田舎の中学校(奇しくもロケ地は先日紹介のこの映画にでてくるものと同じ)の教師をしている、温厚で同僚や生徒からの人望も厚い主人公のもとに旧友が訪れ、それによって彼が1970年代後半に関わっていた過激な武装闘争の思い出が甦る、というもの。そして、その闘争の一部始終が観客の前に提示されるのと同時に、主人公の心の中に埋火として眠っていたかつての社会的不正義への怒りが再び燃えさかり、30年前に未完に終わった作戦の遂行のために初老の男が立ち上がるのだ。粗筋として書いてしまうと、平板で抑揚のない映画との印象を与えかねないが、1シーン1シーンの金縛り感が並ではなかった。

幾つかのレビューでは「やや古臭い」と評された非常に抑えた演出の中でこのテンションが生み出されたのは、ひとえに主演のランジットの芝居力によるところが大きいと思う。当網頁でも何度か監督作を紹介してきた脚本家・監督のランジットが主役を張ってるのだ。ジャヤラージ監督によれば、撮影開始の前日になって、主演することになっていたスレーシュ・ゴーピが突然降りてしまい、急遽代役として立ったのだという(The Hindu 記事 Ode to friendship)。スレーシュ・ゴーピ降板の理由は明らかになっていない。さすがのスーパーコップも本作のテーマにビビっちゃったのかね。しかしいったん出来上がった映画を見てしまえば、もうランジットの演じたもの以外は考えられないというくらいの嵌り方。椰子國映画人のこのジャンルを超えた器用さって何なのだろう。ともかく、将来ランジットが北印度からやって来た娘さんかなんかとイチャイチャするよな役を演ることはないだろうが(でも絶対ないとは言えなかったりして)、非常にハイレベルな性格俳優として仕事をすることは充分にありそうだし、あって欲しいとも思う。本作には畑違いのところから引っ張ってこられたキャストがもう1人いる。マラヤーラムのみならずサウス全域で仕事をしている作曲家(BGMを担当することが多いという)ラージャーマニだ。このオッちゃんが、メインの悪役、ワヤナードの山中で奴隷状態の部族民の上に君臨し、10代の娘たちを手当たり次第に犯しまくる因業大地主をやる。この人の場合は演技力というよりは「顔力」だと思うが、驚くべき、そして成功した抜擢だったと思う。

なお、本作には、ナクサライトという中心テーマのほかに、インディラ・ガンディーによる非常事態宣言のもとでの警察権力の暴走というモチーフも前面に出されている。非常事態期間以外でならフレンドリーな「皆様のポリス」なのか、というのは当然の突っ込みだが、ともかく1975-77の状況は本当に酷いものだったらしい。割と良くできた娯楽作品 Sound of Boot (Malayalam - 2008) Dir. Shaji Kailas に出てくる描写などを見ると、これもまた現代史の中のトラウマ、現在でもあっけらかんと語ることがしにくいものであるように感じられる。

gulmohar.jpg


このテーマについては、これだけ色々書いてみてもやはりスッキリしない。上に挙げた3本のうち、Of The People だけは酷評されて屑箱行きだったらしいが、残りの2本は、興行成績はそこそこでしかなかったものの、インテリ連中から相当に高く評価されたようだ。アジタの自伝の英訳出版、3本のナクサル映画、2008年のケララには何かが起こっていたのか、単なる偶然なのか。遥か遠いネパールでの毛派の躍進と何らかの係わりがあったのか、隣接する3州の映画界には同様な動きがあったのか。それともケララでナクサルが事実上終息してしまったからこそ、この手の作品が出てきたというだけの話なのか。ともかく、こんな画像でいちいち騒いでた頃が懐かしいよ。

投稿者 Periplo : 01:52 : カテゴリー バブルねたkerala so many cups of chai

コメント

投稿者 Periplo [TypeKey Profile Page] : 2013年05月05日 02:54

投稿者 Periplo [TypeKey Profile Page] : 2013年10月20日 19:15

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