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2010年12月31日

Good bye 2010

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いやまいった、どこにも出かけてないのに3週間以上も更新できてなかったとは。どうもこうも活計をたてるのに追われて手も足も出んかったのよ。

そういうときに限って、というか、まる1年を振り返っても、なんだか異様なまでに豊穣な印度映画生活だったのだ、2010年は。お蔭で書きたいことが渦巻いていて、でも手足を繋がれてるもんだから欲求不満で爆発しそうだ。その一々をここで中途半端に書いても仕方ない気もするので、ひとまずはこの一年のご愛顧を感謝して〆ようと思う。皆さん今年もこのつまらないブログを読んで下さってありがとうございました。来年も変わらずつまらないことを書き続ける所存ですのでどうぞよろしくお付き合い下さい。

毎年大晦日には可愛ゆいリシーたんの画像を掲載するのが恒例だったけど、今年はシュウェちゃんことシュウェータ・メーノーンさんにご登場いただいた。

なんかね、今年のシュウェちゃんは一昔前の流行り言葉でいうところの「ステージがあがった」っていう感じなんだよね。ケララ州映画賞受賞というのもあったけど、それだけじゃない。どうしてだかシュウェちゃんの存在感が急にどっと増したんだ。カーヴィヤ・マーダヴァン、ナヴィヤ・ナーイルというあたりのアイドル系の女優さんたちが一時的にせよ第一線を退いて、演技派ミーラ・ジャスミンがどっかに行ってしまって(どこ行ったんだろ?)、シュウェちゃん今じゃマ映画看板女優の一人だよ(ただし、相変わらず吹き替えのお世話になることも多いみたいだ)。せり上がる存在感をもたらした今年の出演作群について詳しく書きたいのだけれど、それは来年のお楽しみにしよう。

ともかく、グラマラスな役柄を特に拒むことなく受け入れてきたら、いつの間にか大女優な風格が出てきちゃったシュウェちゃんの人生航路、それを可能にしたマラヤーラム映画界はやっぱり面白い。これからも息が続く限りヲチしていきたいもんです。

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まもなく公開となるらしい Kayam (Malayalam - 2011) Dir. Anil より。主役はどうみてもシュウェちゃん!楽しみだあ。

投稿者 Periplo : 23:59 : カテゴリー miscellaneous
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2010年12月08日

再録:ナーヤル/ナーイル(nayar/nair)の母系制について

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しばらく前にメインサイトの休刊の辞をエントリーしたときに、なるべくリライトした上で復活させたいということを書いた。これはゆっくり時間をかけて場合によっては別の場所で行おうと思っていたのだが、事情があって一部をここに再アップする事にした。

「インド娯楽映画の巨匠 プリヤダルシャンの世界」サイトの1ページ(http://periplo.hp.infoseek.co.jp/miscelaneous/nayarfamily.html)としてアップした標記の文章の一部が、見知らぬ他人のブログ中で、引用の断り無しに断片的に使われていたのを見つけちまったもんだから。

セミ学術系(擬学術系かな)エッセイの体裁をとったその文章には、学術論文等の参考資料は記載されていたが、当網站への言及は一切なかった。まあ、アカデミズムの人にとっちゃあ映画ファンサイトを参考資料に挙げるなんて、こっぱずかしくて冗談じゃないってことなんだろけどね。でもそういうプライドがあるのなら意地でも自分の言葉で書きゃあいいじゃん、とも思う。

ま、いいさ、インターネットなんてそんなもん。ただ困るのは、今後自分が再編集したものをウプした時に、逆にそこから剽窃してきたと思われかねない、ということ。なので、今だったらこう書くけどなあ、という箇所は多々あるのだけれど、明らかな誤記の訂正(サンバダン婚→サンバンダム婚)以外は敢えて手を加えず2003年に旧サイトに掲載したそのままの文章を下に再現しておく。

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ナーヤル/ナーイル(nayar/nair)の母系制について

ナーヤルは今日のケララ州の人口の約15パーセントを占め、政治・経済・文化の分野にも多くの人材を輩出している中核的なカーストである。ナーヤルは戦士階級を自認し、歴史的にはブラーミンに次ぐハイカーストとして支配階層に位置し、その習慣や文化活動は他のカースト集団にも大きな影響を与え続けてきた。人種的にはドラヴィダ系に属する彼らは、古代にネパールの山岳地帯から移住してきたとする説もあり、例えばカタカリの様式、他の南インド建築とは大きく様相を異にするパゴダ様式の寺院・邸宅、蛇神崇拝、一妻多夫制、そして母系制などがネパール・チベットの一部地域のそれと類似していることがその根拠として挙げられている。

ブラーミン集団がケララに本格的に定住しはじめた7世紀頃、ナーヤルの多くはすでに王族または戦士として社会の上層部を占めていた(ブラーミンからはシュードラとして格付けされはした)が、両者は権威と武力・財力を相互に補完しあいながら一種の同盟関係を築き、共に支配階級として20世紀までその地位を保ち続けた。

ブラーミンの中でも最高位にあるとされたナンブーディリ・ブラーミンとナーヤルの関係は、サンバンダム婚と呼ばれる独自の制度によって支えられていた。父系相続・父方居住制をとるナンブーディリ・ブラーミンは、主として財産の断片化を防ぐ目的で同一カースト内の正式な婚姻を長子にしか認めなかった。次男以下の男子はナーヤル・カーストの女子との間に緩やかな妻問い婚の関係を結ぶのを常とし、これがサンバンダムと呼ばれた。サンバンダム婚は、ブラーミンにとっては資産の細分化を防ぎ、また家統の「純血」性を保持しながら全ての子弟の結婚を可能にする上、結婚相手の女性およびその間に生まれた子供の生計を負担せずに済むというメリットがあった。一方ナーヤルにとっては、より上位にあるとされたブラーミンの血筋を家系内に取り込み威信を高めることができるというのが最大の利点だった。

これらが可能となったのは、ナーヤルが伝統的に維持してきたMarumakkathayamと呼ばれる母系相続、そして「Taravad (Tharwad)=本来は先祖伝来の大邸宅を意味する」 と呼ばれる母方居住の大家族の制度があったからである。この大家族の核は、一つの家に共住する女性とその子供、そして女性の(母を同じくする)兄弟姉妹達からなる。男性の成員は他のTaravadの女性との間に婚姻関係を結んでも、自分の生家に居住し続け、妻と子供の住むTaravadへは夜を過ごしに通うのみという妻問い婚が行われた。Taravadは邸宅・農地・またその他の動産を家族全体として所有し、成員全員の了承がなければ、何人もそれを分割・処分することはできなかった。最年長の女性が家長とされたが、Karanavanと呼ばれるその女性の最年長の兄がマネージメント役として家族運営の実務(特に対外的なもの)に携わることが一般的だった。家長の座は女性から娘に受け継がれ、Karanavanをはじめとする男性の成員は、他のTaravadの女性との間にもうけた実子に何らかの財産を相続させることはできなかった。王族の場合、国王は男性であったが、王位を継承するのは国王の姉妹の息子=甥であり、国王の息子ではなかった。また一般的に、男性の娘は、その男性の姉妹の息子と結婚するのが理想的とされていた。このTaravadは上記のような女系の繋がりを基軸に巨大な集団に拡大し、70~80人のメンバーを擁することは普通であった。最盛期である18、19世紀には800人を超える大家族も存在したという。この集住形式はナーヤルのみならず他の下位カーストや一部のムスリムにも採用されていたらしい。

1000年以上前から存続したというこのような制度のもとで、女性の地位はインドの他地域やケララの他のコミュニティと比べて相対的に高く、男性と同等の教育を受ける女子も少なくなかった。また、結婚の相手についても自らの意志を反映させることができた上(とはいえ、夫となる男性のカーストについては自らと同等または上位に限られていたが)、複数の男性と同時に夫婦関係をもつこと、また婚姻関係を自らの意志で終了させること(つまり夫を自宅に招き入れることをやめる)、そして再婚することも可能だったという。特筆すべきは、この婚姻制度の性質上、ヒンドゥー世界全域で行われているダウリの贈与がほとんどみられなかったこと、したがって将来的なダウリの負担を苦にしての女子嬰児間引きが極端に少なかったことである。

しかしながら20世紀初頭以降、この制度にも翳りが見え始めた。それは、都市化・貨幣経済の浸透、戦士カーストという身分の有名無実化、各種の反カースト制社会改革運動、そしてインド独立後の全国的な標準化・平均化の動きなどによってTaravadの維持が困難になったことによる。とくにTaravad全体が土地財産を所有するという慣習は近代的な法体系とは馴染むことができず、結局1975年のKerala Joint Hindu Family System (Abolition) Actによって無効化された。また共産党政権が押し進めた土地改革によってTaravadの家屋や荘園自体も解体されることになった。今日のケララでは、全州人口の85パーセント近くが核家族であり、伝統的なTaravadを住居とするナーヤルは5パーセントに満たないという。

この項の主要参考資料
The Nair Heritage from Kerala Story by Dr. Zacharias Thundy
From Mothers to Daughters - Matrilineal Families in Kerala by Leela Damodara Menon
Taravads of Kerala by William M. Alexander
The vanishing tharawads of Kerala by S. Jayaraj
It's No Different Here - Dowry in Kerala by G. Anand

2003.11.25 Ver.1.01

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【2010年12月の付記】

付記を書き出すと止まらなくなってしまうので、ひとつだけ。冒頭に掲げたイメージは1889年にマラヤーラム語で上梓された小説 Indulekha の英訳本表紙。巨大なタラワッドの総領娘、美貌と知力に恵まれたインドゥレーカが、サンバンダム婚による年老いたナンブーディリとの縁組を退け、マドラス大学で教育を受けた若い恋人と結ばれるまでを描く小説。ナーイル女性の自立性、そうは言っても巻き起こる父権的な力との軋轢、タラワッド制度の崩壊の予兆etc.色んな意味で勉強になる読み物であります。

あ、あと映画に出てくるタラワッド建築についてはこちらなども。

投稿者 Periplo : 00:58 : カテゴリー バブルねたkerala
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2010年12月04日

資料系アップデート1012

Pokkiriraja.jpg

【前ふり】
今年のマラヤーラム映画界の話題作のひとつだった Pokkiri Raja (Tamil …じゃなかった(Malayalam - 2010) Dir. Vysakh をDVDで鑑賞。

いやホント、ヒットするのは分る良くできた娯楽映画なのよ。

最大のウリは、マ映画二大巨頭の一人マンムーティ(二大巨頭の両方、でもよかったと思うが)と若手のトップスター・プリットヴィラージ(念のため確認したいが、ホントにこいつでいいのか?>ケララの衆)の共演。それから、あどけなくもグラマーな、凛としていながらタコ焼き屋台の姐さんみたいでもある、あの可愛いシュレーヤー・サランのマ映画初出演。個人的なツボは、久しぶりのアイテム出演のシュウェちゃんの広い肩。

しかしまあ、いつものことながらヒットしたマラヤーラム映画にはボロカスの評価がついてまわる。varnachitram さんは「マ映画の最後の日が近づいている」なんて言ってるし、只今上映中の評者は「タミルあるいはテルグ映画そのまんま、ただし1980年代の」と言って星二つ評価にしてるし。もう、こいつら集めて正座させて、「お前らなんっにもわかっちゃいねえ」って説教してやりたいよ。

あのなあ、まがりなりにもマ映画の第一線業界人をやってる連中が、単細胞な勧善懲悪・一家和合・恋愛成就映画を盲信してるわけがないじゃん、こりゃパスティーシュだぜ。なんで、本来このジャンルにはつきもののエグい流血は回避されているし、州境ものの要素を加えて重要なアクセントにしたりして、それなりに手が込んでるんだ。脚本はシビKトーマスとウダヤクリシュナのコンビ Twenty:20 を手がけた売れっ子だ。何のためのパスティーシュなのかといえば、それはやっぱり伝えたいメッセージがあったからだと思うのよ。そのメッセージとは、「ともかく劇場に足を運んでマラヤーラム映画を見てくれ」だ。以下はプリトヴィラージのインタビューでの一節。

We should not be in a situation where out of the five theatres in Kochi, four are running non-Malayalam films. (2010年4月の rediff インタビュー 'I can only do five movies in a year'より)

文中の「コーチンの映画館5館」というのは適当に言った数字ではない、エルナクラム中心部にはホントにこれだけしかないのだ。そのうちの4館までもが非マラヤーラム映画を上映しているという状況には幸いにまだ遭遇したことはないが、決して絵空事ではないのだと思う。

つまりこれは「マラヤーラム映画を守るために、窮屈な規制を導入したりはしたくないのだ。ともかく映画館に来て欲しい、そのためならば我々は"タミル映画"だってやって見せる」という共同声明なのよ。マ映画二大巨頭の一人(二大巨頭の両方、でも…以下略)と若手のトップスター(略)の。本作のテーマソングのサビのフレーズ、「The great Malayalee is capable of speaking English and Tamil」はそれを最もよく表していると思う。このまま放っとくと来年あたりには英語映画まで作り出すかもしれんぜ、こいつら。

【本題】
新しく創設された南インド映画専門ブログ、Ayyo Diary -家長風月-のご紹介。

サウスの家父長キャラに萌える Ayyo さんが、満を持して登場。個々の作品を、所作・踊り・殺陣・時代背景・地域性などの切り口から丁寧に分析。その謙虚な語り口には、日頃妄言垂れ流しの筆者などは頭を垂れるしかありましぇん。

Ayyo Diary -家長風月-の速やかなるコンテンツ充実を祈念してのご紹介でした。

【付記】
前ふりと本題とはどういう関係があるのかというと、あまり関係ないのだ実のところ。ただし冒頭に掲げた画像はそのうち大いに関係してくるのではないかとふんでいる、あくまでも予測だが。

投稿者 Periplo : 05:47 : カテゴリー バブルねたsouth
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