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2011年07月30日

レビュー:T. D. Dasan Std. VI B

またしても芸術映画に片足を突っ込んだようなものを紹介してしまうのだ、どうしたんだ、俺。

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インド映画に登場する子供については以前にちょっとだけ書いた。映画から離れて見てみても、インド人は相当に子供好きな民族のようだ。自分の子供を(時には「小皇帝」扱いで)可愛がるだけではなく、赤の他人の子供であってもたいそう愛おしむ人が多い。にもかかわらず近年まで、膨大な製作本数の割には子供が主役の映画は少なかったようだ。これはインドの大衆文化が、まだ基本的には大人主導であるからなのではないかと思っている。日本でも、欧米でも、例えば1950年代の映画の主人公は「いい歳した大人」が圧倒的だった。ヒーローは必ずきっちりとスーツを着込み、屋外では帽子を冠っていた。子供や青年ではなく、大人の人生のあれこれこそが語るに値するものだった。そういう「大人(おとな)・大人(たいじん)の文化」は若者が大衆文化の消費者の筆頭となる 1960-70年代になって、消滅こそはしなかったものの、最前線からは退いたかたちになった。しかし南インドの場合はもうちょっと長く大人文化が続いたようなのだな。

まあ、あと内実と外見のズレってのもあるね。脚本の設定がそれでも時代の流れで徐々に若者指向になってきてるのに、演じ手が40-50代のオッさんなんていう現象は南印ではちょっと前まで珍しくないことだった。インド人でもこれを揶揄する人は多いが、サウス映画の源流の一つである巡回演劇での約束事の名残を見るという視点もあるようだ。バーガヴァタルと呼ばれたステージの役者には、いわゆるスターイメージを守るという意識はほとんどなかった。なおかつ、演劇の世界では実年齢とキャラ年齢のギャップというのはそれほど問題にされていなかったのだな。

もう一つ特異なのは、この世代のスターたち(訳注:MGR、NTR、ラージクマールなど)がスクリーン上の容姿を実生活において再現しようとはしなかったということである。彼らは皆、スクリーン上では厚化粧・カツラ・ふさふさとしたモミアゲといういでたちで派手な大学生を演じながら、オフスクリーンで公の場に現れる際には、民族服をまとい、時には禿頭を晒していた。俳優としてのキャリアの絶頂期、彼らはスクリーン上で若々しくファッショナブルな恋人を演じながら、実生活では子女の結婚式を華々しく執り行い、その模様を雑誌が取り上げることを許していた。彼らのパブリックイメージとは、言い換えるならば、伝統的な上流社会における尊敬すべき年長者のそれであった。ハリウッドやボリウッドのセレブリティたちがその私生活の一片をマスコミに見せる際には、スクリーンとオフスクリーンとの間に決定的な齟齬が生じないよう容姿に気を遣うのが常であるのと対照的に。我々のスターたちは、スクリーンと実生活との間にはっきりと境界を設けたのである。 (中略)
こうした現象の理由は歴史的なものである。MGR、NTR、ラージクマール、ANR、シヴァージ・ガネーシャンといった面々は、映画産業がまだ様々な面で民衆演劇の流れをひいていた時代に育ち、デビューした世代に属していた。それは南インド映画史の初期、サイレント映画のそれまでの発展が突如無に帰し、登場人物たちが台詞を口にしなければならなくなった時代である。そのような状況のもと、映画制作者たちはこれまでのスタイルの映画に音声を付加するだけで済ますことはできず、台詞をもった芝居を求めた。したがって南インドの初期のトーキーのほとんどは舞台劇に由来するものとなったのである。俳優も当初はそこからやって来た。我らがヒーローたちも、彼らに先立つホンナッパやティアガラージャといったバーガヴァタルたちと同じ鋳型から造られた、つまり巡回劇団(時には少年劇団)で訓練を受けた後に映画界入りした俳優だったのだ。我らがヒーローたちの場合、映画制作者にスカウトされる前の舞台経験は非常に短いものではあったが。ラージクマールはその自伝の中で、バーガヴァタル風のヘアスタイル(訳注:こんな感じのものらしい)をいかに捨てたかを回想している。最初期のバーガヴァタル出身俳優たちは映画にあっても舞台での演技スタイルを相当に引きずっていたが、我らがスターたちは、舞台劇的なナラティブからより自律的な文法に基づく映画への移行を目撃した。こうして彼らは、俳優にスター性などというものが存在しなかったバーガヴァタル時代と、スター人格が全てに優先する現代との橋渡し役となったのである。彼らはその役者人生のほとんどを映画俳優としてすごしながらも、まだバーガヴァタル時代の心性を残している中間世代だったのだ。齢50にしてロマンスのヒーローを演じるということは、男が女を演じる(たとえばANRは映画界入りする以前は女形だったという)こともあるような、そして身にまとうヴェーシャによって役柄が決定されるような伝統演劇の職業俳優にとっては、別に奇妙なことではなかったのである。(M Madhava Prasad, Cine-Politics:On the political significance of cinema in south India P.42-43より、勝手訳)

つまり若い男が主役となる芝居が仮にあった場合、誰が主演するかを決定するのは、実際に歳が若いということでは必ずしもなく、何よりも演技が上手い役者かどうかということなんだな。ついでに書いちゃうと、上記論文末尾の脚注に記された、私的な会話の中で筆者に対してアーシシュ・ラージャーディヤクシュが述べたという、各言語界のトップランク男性スターの特質が印象的。次点のスターと彼らを隔てるのは、彼らがスクリーン上では必ず髭を蓄えていなければならないという点(実生活では剃っていることもあるというが)だという。あああ、ずっと前に封印したはずの ヒゲ理論がまたしても。

いきなり本題から外れまくり。ええと、ケララは南インドの中でも特に、大人が主役の映画、また中年が青年を演じる現象がしぶとく残っている地域だということが言いたかっただけなんだけど。本作はマラヤーラム映画にしては珍しく(先行がゼロという訳ではない、たとえばラルさんの息子君主演の Punarjani とか)子供の視点をメインに据えた準芸術映画。

cvTDDASAN.jpgT. D. Dasan Std. VI B (Malayalam - 2010)
Director:Mohan Raghavan
Cast:Biju Menon, Jagadeesh, Swetha Menon, Jagathy Sreekumar, Suresh Krishna, Mala Aravindan, Valsala Menon, Sreehari, Sruthi Menon, Dennis Parakkadan, Aloysius, Tina Rose, Master Alexander

原題:T. D. ദാസന്‍ Std. VI B
タイトルの意味:6年B組TDダーサン (インドの初等教育は8年間が原則で、スタートは日本よりも1年早い、 こちらなど参照)

DVDの版元:Moser Baer
DVDの字幕:英語
DVDの障害:特になし
DVDのランタイム:約1時間38分

オフィシャルサイト:http://www.tddasan.com/
その他の参考レビューおよびオフィシャルサイト魚拓:http://periplo.posterous.com/t-d-dasan-std-vi-b-malayalam-2010

【ネタバレ度30%の粗筋】
ケララ州パーラッカード郡の片田舎、チットゥールに住むダーサン(Master Alexander)は6年生、母チャンドリカ(Swetha Menon)と父方の大叔母(Valsala Menon)と3人で暮らしている。父ディワーカランはダーサンの記憶にも残っていない昔に母との諍いから家を出てしまっている。その出奔の原因は母の不貞にあったと村人たちは噂している。製材所に勤めて家計をなんとか支えているチャンドリカは癇性で、何かというとダーサンを叱りつけ、また大叔母とも口論が絶えない。父の名前は禁句となっている。あるとき彼は母の古ぼけたトランクの奥底から父の住所と思われるものを見つけ出し、こっそりと父宛の手紙を書く。差出人の住所欄には学校の所在地とクラス名を記して。

カルナータカ州バンガロール。ローティーン(ダーサンよりも1、2年上の学年か)のアンムー(Tina Rose)は、広告業界で撮影監督をしている父ナンダ・クマール(Biju Menon)と使用人のマーダヴァン(Jagadheesh)の3人で暮らしている。不自由のない中産階級の家庭ではあるが、両親は折り合いが悪く、母は他所で別居している。ある日彼女の家に見知らぬダーサンからの手紙が届く。住所は合っているが宛名のディワーカランには心当たりがない。父は手紙を郵便局に戻すよう命じるが、横着なマーダヴァンはそれを捨ててしまう。屑籠から手紙を拾いだしたアンムーは開封して中身を読む。名宛人の所在を突き止めようと試みたものの見つけ出せなかった彼女は、こっそりとダーサンに返信をしたためる、ダーサンの父ディワーカランになりすまして。(粗筋了)

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【寸評】
2010年4月に一般劇場公開された本作は、批評家からの好意的なレビューに恵まれたものの、2週間ほどの後、軒並み上映打ち切りとなりかけたらしい。箸にも棒にもかからない屑映画ならそれも当然だろうが、大スターが出演していないというだけの理由で良質な作品がこのように扱われていいのかと、プリヤダルシャン、ラール・ジョース、シビ・マライル、ランジットといった名の知れた監督の面々が本作への支持を公の場で訴えたという(こちらなど参照)。ちなみに同時期に公開されてヒット街道を驀進していたのは Pokkiri Raja (Malayalam - 2010) Dir. Vysakh だった。当時この支援声明がかなり印象に残っていたのだ。特にエゴの塊みたいな自己厨プリヤン先生が加わってたとこに。本作がそれに助けられてロングランしたのかについては結局分からず終い。

大スターが顔を見せない作品の運命というのは、本作に限らずかなり厳しいものだ。なので支援にセレブ監督が立ち上がったというのには、何か特別な隠された訳があったのだろうかと訝しく思えてしまう。一つ考えられるのは、劇場にも商品を卸しているコーラ会社から上映への何らかの圧力でもあったのではないかということ。しかしまあ、これも単なる個人的憶測の域を出ない。本作中のコーラ会社批判はそれほど声高なものではないし、出てくるエピソードも現地のTVなどで何百回と放映されたに違いないものだから。2003年頃のケララでは、パーラッカードに進出したコカ・コーラ社の工場が大量の地下水をくみ上げて枯渇させ、またボトル洗浄の過程で生じる大量のヘドロ状の産廃が環境汚染を引き起こしているということで大揺れに揺れていた(こちらなど参照)。2006年にはケララ州がコカ・コーラをはじめとした清涼飲料水の製造販売を禁止する法案を通過させるところまで過激化したが、これは州高裁によって無効化されている。その渦中の2004年にはコカ・コーラ社のCMイメージ・キャラのオファーをマンムーティが受諾したということで蜂の巣を突いたような騒ぎになり、話はあったものの引き受けなかったと当人が釈明するというエピソードもあった。しかし実のところマンムーティ出演のコマーシャル・フィルムも既に撮影済みというところまで来ており、スーッパルスター側がコークに対して巨額の違約金を払ってそれをないことにしたのだという憶測もある。それにしてもだ、コークの広告塔にマンムーティ!やっぱケララは大人の国だあ。

あああ、また脱線。

「遠い昔、聖なるダイヤモンドを運んで天を駆ける蛇神たちは、椰子の木のてっぺんで休息をとるのが常だった。村の椰子酒造りはその日の椰子酒を根元において蛇神に捧げていた。天に向かって聳える椰子の木の上から見下ろされて隠しおおせる物事はなにもなかった。その時代、椰子の木は自ら頭を垂れて、地上にいる椰子酒造りに椰子酒を与えていた。しかし椰子酒造りの妻の不義密通を見てからは椰子の木はそれをやめてしまった。」(冒頭のナレーションより)

なにかこう涼風に心地よくなぶられるような、ファンタスティックな寓話を予想させる出だし。しかしメインとなるテーマは都会と田舎の断絶とそれに橋を架けようとする試み、コカ・コーラ問題も絡んでくる。この2つのトーンのチグハグが最初に観た時にいまひとつしっくりと来なかった部分だった。しかしこれこそが制作者が狙ったものなのだとも考えられる。だいいち、田舎とはいっても、主人公のダーサンは文盲ではないし、貧しいながらちゃんと学校に通っており、労働を強要されているような気配もない。時が止まったおとぎ話のような村であり続けることは良くも悪くも現実のケララではあり得ないのだ。制作者にとって、メインテーマとなる部分をもっとどぎつく強調して、田舎の無垢と都会の無神経を対比させたあざとい作りにするやり方はいくらでもあったと思う。しかしそれは回避され、心地よい緊張感をもつサスペンスドラマとなった。この部分が、筆者が本作を評価したいところなのだ。ダーサンの父ディワーカランは今どこにいるのか。ディワーカランに成りすまして返信をするアンムーの正体がバレる時が来るのだろうか。ダーサンは貯金箱の小銭をかき集めてバンガロールに行くのだろうか。etc. それに加えてシュウェちゃん演じる母チャンドリカの貞節というサブモチーフがあって、これがもう手に汗を握るくらいのドキドキだったのよ、こちとらには。チャンドリカの夫が出奔した原因だと村人が噂する、情事の相手だとされる男は作中にも登場する。この二人の間には過去に本当に何かがあったのか、そして劇中でこれからシュウェちゃんがよろめく(←死語)という展開はあるのか。いや、凄いサスペンス。以前、珍しいテルグ映画のアート系作品 Grahanam (Telugu - 2004) Dir. Indraganti Mohana Krishna というのを観たことがあって、その中に本作のシュウェちゃんに若干似たシチュエーションがあった。演じたのはジャヤ・ラリタ、もちろんタミルナードゥ現首相のジャヤ様じゃなくて、以前にちょっと紹介したテルグのお色気専門女優のジャヤ・ラリタさん。Grahanam に対する多くのレビューが、ジャヤ・ラリタをキャスティングしたことによって、作中のこの女性の身持ちの危なっかしさを増幅する効果があったと書いていた。同じことが本作でのシュウェちゃんにも起きていた。こういう固定イメージがついてまわるのは多分俳優にとっては面白くないことなのだとは思うが、ともかくここでのシュウェちゃんの毅然としていながらも脆さも感じさせる芝居は絶品だった。そしてシュウェちゃんのラストのシーンについては…。様々な解釈を許す芸術映画的なものだったとだけ書いておこう。

ということで、「子供の目から見た〜」系作品の紹介のように始まりながら結局いつものシュウェちゃんラブで終わってしまうのだった。遅ればせながら結婚おめでとう、シュウェちゃん。頼むから引退とかしないでね。

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投稿者 Periplo : 17:54 : カテゴリー so many cups of chai
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2011年07月18日

レビュー:Sufi Paranja Katha

これって結構刺激的なイメージなんだと思う、現地観客にとっては。
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珍しくアート系を紹介。「芸術映画」というフレーズには難しい単語は含まれていないが、定義しようとすると結構難しい。そもそも日本ではあまり頻繁に使われることはない。ぼんやりとしたイメージとして、通俗的なアピールやストーリー性にとらわれない耽美主義的な作品(たとえば鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』とかアラン・レネの『去年マリエンバートで』なんていうあたり)が思い浮かんだりする。しかしこの用語、インドのものとなると事情は変わる。結構くっきりとしたカテゴリーとして成立してるようなのだな。

現象面から見れば、

1.せいぜい90分程度のランタイムで、歌謡・舞踊シーンを含まないことが多い。コメディや格闘シーンもほとんどない。
2.低予算で(時にはNFDCなどの援助を受けて)作られることが多い。
3.上からの必然で有名俳優が出演することが少ない。ただし賞の獲得などを目的として売れっ子俳優が低いギャラで出演を承諾することもある。
4.一部の意識の高い観客の間でのみ受容される。一般劇場公開はならず、国内外の映画祭で限定上映などということも珍しくない。

というあたりが共通項。

コンテンツ的に言うと、

5.映像処理やナラティブにおいて反フォーミュラを指向し、実験的な技法を用いる。
6.社会問題を積極的に取り上げ、メッセージ性が強い。文芸作品を原作に持つこともある。社会問題を告発するのだから基本的にはモラル的なのだが、娯楽映画が重視する家族の価値などに対しては挑戦的な姿勢をとるものもある。
7.社会性から一歩退き、人間の心の内奥を覗くような、あるいは幻想の美の世界を描写するような観念的な作風のものもある。この場合モラル性は後退することもある。いわゆる「芸術のための芸術」。

などということが言えるか。

ただし、5の実験性という面ではあまり過激化していない。それから7の純粋芸術志向も実例は極めて少数。たとえばローヒタダースBhoothakkannadi (Malayalam - 1997) や、シャージNカルンVanaprastham (Malayalam - 1999) あたりが挙げられるか。まあ、これら作品にしても社会性と完全に無縁という訳ではない。

インドの芸術映画の圧倒的多数は6のメッセージ系なのである。糾弾される社会問題でポピュラーなのは1)コミュナル紛争 2)極端な貧富の差 3)女性への抑圧 4)カースト差別 5)官僚・政治家の腐敗、なんていうところか。広いインド、ネタは無尽蔵。ただしメッセージに偏りすぎて痩せた感じになってしまう作品も少なくない。でもそれじゃメッセージを伝えるべき大衆にますます届かないんだな。

「パラレル映画」という言い方がされることもある。筆者も時々使ってしまうが、定義はさらに難しい。こちらのように、「芸術映画」の別の言い方ととらえている場合もあるが、区別してる場合もある。後者の場合、パラレル映画を一言で表すと、「若干娯楽映画に歩み寄った芸術映画」というところか。要するにソングシーンが付加されたものを指してるのかな。ジャンル論にあまり拘泥すると話が進まなくなってしまうのでこのくらいにしとく。

思わせぶりな暗示にはイライラする、難しい理屈を捏ね回されると頭が痛くなっちゃう、鹿爪らしい、あるいはお高くとまったものを見せられると下品な茶々を入れたくて我慢できなくなる、そんな芸術映画アレルギーのロウアーな筆者が、なんでだかとても楽しく観られた一作を紹介したいと思う。

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マラヤーラム語による原作小説の英訳(上左):What The Sufi Said K P Ramanunni 著、 N Gopslskrishnan, R E Asher 共訳、Rupa & Co.刊、2002年初版、主な入手先はアマゾンIndiaclubVedams など。

インドに行くと必ず立ち寄る書店の兄ちゃんに勧められて何の予備知識もなく買った。しかしドン臭いカバーデザインが災いしてそのまま積ん読状態に。映画を見た後にやっと手に取って読むことになった。原著者KPラーマンウンニは1990年代に発表した本作で小説家としてデビューした。本作の舞台のひとつでもあるポンナーニで幼少期を過ごしたという。A5版174ページの本書には映画と比べてより詳細で背景説明的な文章が多いが、だからといって映画中の謎のエピソードの意味がそっくり解説されているという訳ではない。ともかく映画を観た後、ヴィジュアルが頭の中にイメージできる状態で読むと凄く面白い。書店の兄ちゃん侮るべからず。

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映画(上右):Sufi Paranja Katha (Malayalam - 2010)
Director:Priyanandanan
Cast:Sharbani Mukherji, Prakash Bare, Thampi Anthony, Jagathy Sreekumar, Geetha Vijayan, Valsala Menon, Indrans, V K Sreeraman, Augustine, Irshad, Sona Nair, Babu Anthony, Samvritha Sunil, Vineeth Kumar

原題:സൂഫി പറഞ്ഞ കഥ
タイトルのゆれ:Sufi Paranja Kadha, Soofi Paranja Kadha
タイトルの意味:スーフィーの語った物語

DVDの版元:Highness
DVDの字幕:英語
DVDの障害:特になし
DVDのランタイム:約2時間5分
DVD 入手先:Bhavani など

オフィシャルサイト:http://www.sufikatha.com/
その他の参考レビュー:http://periplo.posterous.com/sufi-pranja-katha-malayalam-2010

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【ネタバレ度50%の粗筋】

マラバール地方沿海部、どこともしれぬ浜辺に小さなイスラーム聖者廟(jaram)が立っている。そこに祀られて、ムスリム、ヒンドゥー、クリスチャンを問わず参拝者を集めているのはビーヴィとのみ称されている女性の聖人である。この廟を訪れた若者に、一人のイスラーム行者(Babu Anthony)がその縁起を語る。

19世紀前半、英国支配下の同地方、バラトプラ川の近く。有力なナーイルの名家に跡継ぎとなる女児が生まれた。その赤子はカールティヤイニ(カールティ)と名付けられすくすくと育って行く。しかしその星回りには何か尋常でない運命が記されており、時折彼女は自分でも意図しないところで超自然的な力を発揮することがあった。美しい娘に成長したカールティ(Sharbani Mukherji)に対しては、生みの母(Geetha Vijayan)や家の全てを取り仕切る伯父のシャング・メーノーン(Thampi Anthony)ですら、子供扱いができないようなオーラがあった。

あるとき、彼女の住む館にポンナーニからやってきたマーピラの若い商人マンムーティ(Prakash Bare)が滞在する。二人はすぐに恋に落ち、駆け落ちして結婚する。イスラームに改宗し、ポンナーニのムスリム社会にもそれなりに馴染んだかにみえたカールティだったが、ある日自邸の庭で土中に埋まったバガヴァティ女神の像を見つけた時から、その生活に変化が生じる。彼女は夫の許しを得て、邸宅内に女神のための祠を建てる。「祈るためではないの、過去を忘れずにいることが必要だから」と言って。(粗筋了)

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【寸評】

メッセージ系芸術映画だというのに、何ともカラフルで楽しいケララ絵巻なのである。撮影のKGジャヤンのあまり衒ったところのない正攻法アプローチが活きている。ストーリーの大筋は明快で、つまり「他宗教に対する寛容」がメッセージなのだが、何かを糾弾したり誰かに天罰を与えたりという手法をとらないので説教臭さはない。また、最底辺を生きるダリトも登場するが、彼らの声を直接に代弁するようなエレメントはない。それよりも英国統治下のマラバールの、時代の雰囲気を総体として描く、それだけのことに制作者は腐心しているようだ。あとは観客がそれぞれに感じ取り考えればいいということか。そして、大筋は明快でも、こまごまとした部分には説明のされない超現実的なエピソードが連なる。その最たるものが上には書かなかったがヒロイン・カールティのラストのシーンだろう。また、冒頭のサムちゃんの微笑みから始まり、英国人の傍若無人、天然痘の恐怖、伯父と姪との間の危うい関係などなど、末端水系のように結論を欠いたままどこかに消えてしまうエピソードも数多い。単純なオイラは、普段だとこういうのを見せられるとプンスカ怒り出しちゃったりするのだが、なぜだか本作ではそういうフラストレーションを感じなかった。象徴的な挿話が、逐一の説明がなくとも「腑に落ちる」感じ、たぶんこれが魔術的レアリズムの醍醐味なのだと思う。

エロス的な表現の鮮やかさも印象に残る。男女の性愛の描写もあるが、むしろヒロインのカールティが庭で女神の像を見つけるシーンなどにゾクゾクするようなエロティシズムが感じられる。そうなのだ、本作においてイスラームと対置されるのは、シヴァやヴィシュヌといったヒンドゥーの大伝統の神々ではなく、バガヴァティ(母神)とのみ呼ばれる、最も原始的な部分に根をもつ神。それは確立された教義体系をもつ理知的な信仰とは位相の違う深い部分にあるものなのだ。「新しい信仰を受け入れるとは、自分の母を失うということなの?」というヒロインの台詞がこれを端的に表している。この言葉によって、自信にあふれたイスラーム指導者(Jagathy Sreekumar)に(僅か数世代前の)ヒンドゥー教徒だった祖先の記憶が蘇り、彼は懊悩する。こうしたことごとの全てが、ケララ(あるいはインド全域か)に特有の、豪快でいい加減なシンクレティズムを分かりやすく絵解きしているように思える。

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おそらくウルトラ低予算映画だったに違いない本作、大スターはいないが演技者たちは皆適材適所で素晴らしい。

ヒロインを演じたシャルバーニ・ムカルジーはラーニー・ムカルジーの従姉妹、つまりベンガル人。プリヤン先生の Snegithiye (Tamil - 2000) でお人形さんのようなお嬢様をやっていたのが記憶に残っているが、それから10年、まあいい感じに熟してきたのだな。ケララっ娘離れしたその容貌が本作では非常に効果的。ウィキペディアのフィルモグラフィーを見ると、その後の(主として北インドでの)活動は「バイト」程度でしかない。どうやらかなり役を選ぶ芸術志向の人のようだ。しかしなぜか2010年には本作と Aathma Katha (Malayalam - 2010) Dir. Premlal の2本のマ映画に出演している。もしかしてこのままマ映画女優になって行くのだろうか。

驚きだったのはヒロインの伯父役のタンビ・アントニー。芸達者が多いマ映画界で唯一ラディッシュな印象があるバーブ・アントニー(本作でスーフィーの役を演じている)、何でも冠タイトルは「アクション・キング」というのだそうだが、そのバーブ・アントニーの兄で米国在住の詩人兼実業家がタンビ・アントニー。これまでにも数本の映画出演はあったが、おそらくは「文化人枠」ということでギャラも安めだったんじゃないかな。本作ではプロデューサーの一人でもある。過去の出演作は幾つか見ているが特に記憶にも残らず、こんな顔写真から「れれれの小父さん」という印象しかなかった。それが本作では堂々たるお館様ぶりで仰け反った。事実本作の後はオファーがどっと増えたということだ。Yugapurushan (Malayalam - 2010) Dir. R Sukumaran でも同じような役どころで登場している。

たったの2曲だがモーハン・シターラによる劇中歌もあり、♪Thekkini Kolaya が素晴らしい。ヴィランバカーラのリズムで刻まれるセミ・クラシックの楽曲にマーピラ音楽の4分の3拍子(これのマラヤーラム語での呼称がよくわからない)が挿入されるくだりには訳もなく感動する。筆者にとって、芸術映画の音楽に感動するのはかなり珍しいことだが。

ともあれ、これまではプリヤダルシャン先生と名前が似ていて紛らわしい、ということでしか注意を払ってこなかったプリヤナンダナン先生が気になって仕方がなくなってしまったのである。EMSナンブーティリパッドの生涯を批判的に描いたという Neythukaran (Malayalam - 2002) も見たくてたまらないし、現代ケララの新興宗教へのサタイアだという Bhakthajanangalude Sradhakku (Malayalam - 2011) も。ああ、大変だ。

Sufi Paranja Katha
現地での上映時のポスターはこんな感じだった。ややもすると低予算お色気映画ともとられかねないような扱い。

投稿者 Periplo : 03:32 : カテゴリー so many cups of chai
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2011年07月08日

再編再録:カンナギは正義を求める(6)

シリーズ最終回。蛇足ではあるが落ち穂拾いでカンナギにまつわる映画作品についていくつか紹介してみたい。まずはカンナギが登場したり言及されたりするタミル映画。

『シラッパディハーラム』を直接的になぞったものは前に紹介した3作品。

Kannagi (Tamil - 1942) Dir. R S Mani 
Poombuhar (Tamil - 1964) Dir. P Neelakanthan
Kodungallooramma (Malayalam - 1968) Dir. M Kunchacko

それ以外でも、単純な喩えから何やら含意がありそうな仄めかしまで、カンナギの名が言及されるシーンを持つ映画作品は少なくない。これまでに筆者が巡り会ったのは、全体のほんの一部でしかないとは思う。ほとんどの作品において、ストーリーの本筋とは直接的関係がない言及で、仮にカットされても何の支障もないであろうシーンではあるが。

cvParasakthi.jpgParasakthi (Tamil - 1952)

Director:Krishnan-Panju
Cast:Sivaji Ganesan, Sriranjani, Pandari Bai, S S Rajendran, S V Sahasramanam, K P Kamatchi, V K Ramasamy, T K Ramachandran, Susheela, Kannamma, Angamuthu, T P Muthulakshmi

タイトルの意味:Goddess Parasakthi
タイトルの揺れ:Parashakthy, Parasakthy

DVDの版元:Ayngaran
DVDの字幕:英語

最も成功したDMK映画と言われる。脚本はMカルナーニディ。シヴァージ・ガネーシャンは本作でデビューした。強いイデオロギー性と容赦のないバラモン批判は当時の社会を騒然とさせ、結果的に大ヒットとなったという。

本作中では、浮浪者にまで堕ちた主人公が、助けの手を差し伸べてくれたヒロインの家をこっそりと立ち去ったあとに、パンダリ・バーイ演じるヒロインが独白するシーンにカンナギの名前が登場する。

「グナシェーカラン、あなたは私のことを理想主義者だと思って、去って行ってしまったのね。マニメーハライのような理想主義者は愛を断念しなければならないの? 同時にカンナギであることができるかもしれないのに」

なかなか解釈が難しい台詞である。マニメーハライとは『シラッパディハーラム』の続編にあたる、9〜10世紀に成立(6世紀説もあり)した叙事詩の題名。続編とはいえ著者は異なり、本作は仏教徒の詩人サーッタナールによるものとされている。シラッパディハーラムに登場した遊女マーダヴィがカンナギの夫コーワランとの間にもうけた一人娘マニメーハライが主人公。コーワランの菩提を弔うことに明け暮れるマーダヴィの姿を間近に見て育ったマニメーハライは、幼少時より霊的な指向性をもち、長じて町中の噂となるような美しい娘となっても男性の誘惑を退け、数々の神秘的な出来事を経て得度する、という物語。シラッパディハーラムと比べてより難解で、しかも仏教的世界観が展開されるため、20世紀のタミル人にとってはそれほど馴染みがある訳でなく、広く読まれていた作品ということでもなさそうだ。

この Parasakthi 中での言及は、ヒーローにモラル的な指針を与えたヒロインが、一方でヒーローに抱いた恋心を告白でできなかったことへの悶えが表現されているのだろう。自分はマニメーハライのよう求道一筋ではなく、愛と正義の両方を求めるカンナギなのであるというレトリック。いやカルナーニディ先生、なんと持って回った言い方であることか。

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Thanga Pathumai (Tamil - 1959)

Director:A S A Sami
Cast:Sivaji Ganesan, Padmini, T R Rajakumari, M N Nambiar, M N Rajam, E V Saroja, N S Krishnan, R. Balasubramaniam, ‘Kuladeivam' Rajagopal, T P Muthulakshmi

タイトルの意味:Golden lotus
タイトルの揺れ:Thangappathumai

これは未見。当初1942年の Kannagi のリメイクを考えていた製作者が、アンナードゥライの忠告を容れて計画を変更し、ハリウッド映画 The Egyptian を翻案して世に送り出した。タミル版の舞台設定がどうなっているのかは不明だが、ハリウッドの時代劇のリメイクでありながらも、無実の罪を着せられた夫を救うために貞淑な妻が必死の奮闘をするカンナギ的なストーリーラインであるという(The Best of Tamil Cinema 1931 to 2010 第1巻P.59に言及あり)。

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cvVietnamVeedu.jpgVietnam Veedu (Tamil - 1970)

Director:P Madhavan
Cast:Sivaji Ganesan, Padmni, Nagesh, K A Thangavelu, Srikanth, Senthamarai, V S Raghavan, Ramaprabha, Pakoda Kadhar

タイトルの意味:Vietnam House, House of conflict
タイトルの揺れ:Vietnam Vidu

DVDの版元:Moser Baer
DVDの字幕:英語

DMK映画の時代から遥かに下り、1970年の本作において、タミル映画のソーシャル・ジャンルでは初めて、バラモンが一定の人間性をもった描写で表出されることとなった(The Best of Tamil Cinema 1931 to 2010 第1巻P.249による)。全編に渡ってアイヤル・バラモンに特有の方言が展開されている。主演のシヴァージによれば、この時代、映画の中でのバラモン方言というものは滑稽味を出すための手段でしかなかったという。彼は本作(およびその元となった舞台劇)で、この方言を使って観客を泣かせてみようと決意したのだそうだ(Autobiography Of An Actor - Sivaji Ganesan P.180による)。結果的に本作は大成功を収めた。富裕なバラモンの夫婦を演じるシヴァージとパドミニ(どちらも白髪まじりの老け役である)の、滑稽と深刻の間を振り子のように行き来する円熟した芝居が魅力の源泉だろう。本作中には、脇役のバラモンの老僧たちが沐浴場で軽口を叩き合うシーンがある。夜道を歩いていたところ、手を高々と差し上げる警官に止められた。大人しくその場に留まっていたが一向に進んでよしとの合図がない。警官をよくよく見てみればカンナギ像だった、という他愛のないジョーク。おそらくこの部分は、それまでの映画でお馴染みだった定型的なバラモン・コメディのスタイルをなぞったものなのではないかと思える。1968年に建立されたマリーナ・ビーチのカンナギ像について言及されたかなり早い例でもある。

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Nirabaradhi (Tamil - 1984)

Director:K Vijayan
Cast:Madhavi, Mohan

タイトルの意味: Innocent, Guiltless person
タイトルの揺れ:Nirabarathi

これは未見。IMDb、ウィキペディアといったサイトにも最低限の情報すらない。1951年の同名作品との関係も不明。学術的なエッセイ Between Goddesses, Vamps and Software Engineers:Women and jobs in Tamil cinema in an era of Economic Liberalization によれば、マーダヴィが演じるジャーナリストが、憎むべき婦女暴行犯たちを個人的に制裁するストーリー。作中の一シーンでは、ヒロインが処刑を行うために出かけていく途中でマリーナのカンナギ像の前を横切るのだという。なお、同じエッセイでは Sindhu Bhairavi (Tamil - 1985) Dir. K Balachander のヒロインに『シラッパディハーラム』の遊女マーダヴィを見たりもしているのだが、これはちょっと穿ち過ぎのような気もする。

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cvThenali.jpgThenali (Tamil - 2000)

Director:K S Ravikumar
Cast:Kamal Hasan, Jayaram, Jyothika, Devayani, Meena, Delhi Ganesh, Ramesh Khanna, Charlie

タイトルの意味:Thenali the fool
タイトルの揺れ:Tenali

DVDの版元:Ayngaran
DVDの字幕:英語

冒頭、自分がカンナギだと言い張るイカレた老女がビルのてっぺんから飛び降りようとする場面で、説得にあたる精神科医と警官が 'Poompuhar' film song というのを歌う。これはおそらく1964年の Poompuhar の劇中歌。「きっと将来あんたの像がマリーナ・ビーチに立つよ」などと言って狂女を宥める、害のない引用。

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cvVillain.jpgVillain (Tamil - 2002) Dir. K S Ravikumar

Director:Krishnan-Panju
Cast:Ajitkumar, Kiran Rathod, Meena, Pyramid Natrajan, Ramesh Khanna, Karunas, Madan Bob, Pepsi Vijayan, Vijayakumar

タイトルの揺れ:Villan

DVDの版元:Thamilini
DVDの字幕:英語

カンナギ像の撤去後のこの作品になると、毒気はかなり強まる。例によって本筋とは無関係な挿話。バス運転手と乗客の会話の中で運転手が、ライトハウスにはカンナギは立たなかったという意味の台詞を口走る。ライトハウスとは、1977年まで塔の一部が灯台として機能していたマドラス高裁を暗示しているようだ。つまりTANSI汚職事件で最終的にジャヤラリタを無罪としたマドラス高裁に正義(カンナギ)はない、ということを言いたかったらしい。『ムトゥ 踊るマハラジャ』の監督KSラヴィクマールは時々結構キツいことを作中に盛り込むんだわな。

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cvPerazhalagan.jpgPerazhagan (Tamil - 2004)

Director:Sasi Shankar
Cast:Surya, Jyothika, Vivek, Manorama, Thalaivasal Vijay, Devan, Manobala

タイトルの意味:Most handsome guy
タイトルの揺れ:Peralagan

DVDの版元:Ayngaran
DVDの字幕:英語

劇中歌 ♪Kadhalukku Pallikoodam Kattaporen... には「チェンナイのカンナギ像は死んでしまったけれど僕の目のなかでは生き続けている」という意味の一節がある。まあ、こちらは穏やかな批判というところか。

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cvMadurae.jpgMadurae (Tamil - 2004)

Director:Ramana Madhesh
Cast:Vijay, Rakshita, Sonia Agarwal, Vadivelu, Pasupathy, Tejashree

タイトルの揺れ:Madurey

DVDの版元:Ayngaran
DVDの字幕:英語

マドゥライを舞台にしたアクション映画。批評家からの評価は低調だったようだが、パスパティが演じるローカルのドンが、公共交通に対するゼネストを命じるシーンなどは面白かった。クライマックスでは、その悪役がとある手段で大量殺傷テロを企てることになり、「マドゥライの街は再び燃え尽きるのだ、俺様の手によって」というような台詞を口にして哄笑する。

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マラヤーラム映画にもいくばくかの言及を見ることができる。

まず最初に断っておくと、ナンディター・ダース主演の Kannagi (Malayalam - 2002) Dir. Jayaraj は未見だが、カンナギ物語とは全然関係のない作品らしい。シェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』の翻案だという。

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1993manichitrathazhu.jpgManichithrathazhu (Malayalam - 1993)

Director:Fazil
Cast:Mohanlal, Suresh Gopi, Shobana, Innocent, KPAC Lalitha, Pappu, Nedumudi Venu, Thilakan, Vinaya Prasad, Sudeesh, Ganesh Kumar, Sridhar

タイトルの意味:Ornate Bolt
タイトルの揺れ:Manichithrathazu, Manichithra Thazhu etc.

DVDの版元:Saina
DVDの字幕:英語

本作クライマックスの狂乱の舞のヒロインには明らかにカンナギが重ね合わされているという。なぜならその歌詞の部分に『シラッパディハーラム』の著者イランゴー・アディハルの名前がしっかりと記されているから、というキショール・クマールさんのレビュー。

The character of Nagavalli embodies the spirit of Kannaki, a vengeful heroine of Tamil epic Chilappadikaram. Writer Madhu Muttam has cleverly revealed this inspiration for the character in the Ilankovadikal chilambu nalki…. lines of the movie’s Tamil-Malayalam duet “Oru murai vanthu parthaya…“. This means that the character of Ganga has to speak Malayalam since Nagavalli is her alter-ego and the core of the story is rooted in the duality of these two closely related languages.(Can Manichithrathazhu be remade? より)

その問題の歌詞は、タミル語とマラヤーラム語の入り交じった♪Oru Murai Vandhe Parutaya の終盤の男声部分。残念ながらDVDではこの部分に英訳がついていない。

அங்கணமா மௌலிமணி anggaNamaa maulimaNi
അങ്കനമാര്‍ മൗലി മണി Ankanamaar Maulee Mani
宝冠を戴く麗しい乙女
திங்களாசே சாரூசிலே thinggaLAchE saaruusilE
തിങ്കളാസ്സ്യേ ചാരുശീലേ Thinkalaasye Chaarusheele
月のかんばせの美しさ
நாகவல்லி மனோன்மணி nAgavalli manOnmaNi
നാഗവല്ലി മനോന്മണി Naagavalli Manonmani
ナーガヴァッリ 心の宝石
ராமனாதன் தேடும்.. rAmanAthan thEdum..
രാമനാഥന്‍ തേടും ബാലേ Raamanaathan Thedum Baale
ラーマナーダンが求める乙女
மாணிக்கவாசக மொழிகள் நல்கி தேவி mANikkavAsaga mozhigaL nalgi dhEvi <×2>
മാണിക്യ വാസകര്‍ മൊഴികല്‍ നല്‍കി ദേവി Maanikkya Vaasakar Mozhikal Nalki Devi
マーニッカ・ヴァサガルの言葉を与えた女神
இளங்கோவடிகள் சிலம்பு நல்கி iLanggOvadigaL silambu nalgi
ഇളങ്കോവടികള്‍ ചിലമ്പു നല്‍കി Ilankovadikal Chilambu Nalki
イランゴー・アディハルが与えるアンクレット
தமிழகமாவிலும் சங்கார ராணி நின் thamizhagamaavilum sanggaara rANi nin
തമിഴകമാകേയും ശൃംകാരറാണി നീ Thamizhakamaakeyum Shringaararaani Nee
タミルの地の愛の女王よ
பழமுதிர் கொஞ்சலின் சோலையாயி pazhamuthir konjchalin sOlaiyAyi
പഴമുതിര്‍ കൊഞ്ചലിന്‍ ചോലയായീ Pazhamuthir Konchalin Cholayaayee
果実のように甘い睦言を交わせ
(タミル語テキストはDhoo.comから、マラヤーラム語テキストはmalayalasangeetham.infoから)

日本語訳の妥当性に関しての自信度は15%ぐらいだ。もしかして赤っ恥かいてるかも。誰か訂正しておくんなさいまし。

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cvVeeraalipattu.jpgVeeralipattu (Malayalam - 2007)

Director:Kukku Surendran
Cast:Prithviraj, Padmapriya, Jagathi Sreekumar, Murali, Jaffer Idukki, Rekha, Anoop Chandran, Suraj Venjaramoodu, Indrans

タイトルの意味:Silk cloth
タイトルの揺れ:Veeraalipattu, Anantham

DVDの版元:Moser Baer
DVDの字幕:英語

これについては以前のレビューでネチネチ書いた。ケララ特有の祭司ヴェリッチャパードが、男性でありながらカンナギの化身であるという説。作中では職業的な男性シャーマンが登場し、その極めてストイックな人格が描写される。しかしヴェリッチャパードの総本山、カンナギを祀ったという伝説のコドゥンガルール・バガヴァティ寺院(前のエントリーで写真を掲載した)では若干様相が異なる。この寺院の例大祭バラニ・ウッツァヴァムのカヴティーンダル儀礼では、老若男女の多数の一般信徒がヴェリッチャパードの装束で練り歩き、トランス状態の中で猥歌を高吟するのが慣例なのだという。進歩派&中産階級からはケララの恥部として糾弾され、毎年祭りに合わせて相当な抗議行動も起こされているという。タミルの正義を体現する貞節の女神に猥歌が捧げられる。カンナギ伝説に、どこかで農耕民の豊穣祈願儀礼が結びついてしまったのだな。

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cvChocolate.jpgChocolate (Malayalam - 2007)

Director:Shafi
Cast:Prithviraj, Roma, Jayasurya, Samvrutha Sunil, Ramya Nambisan, Lalu Alex, Salim Kumar, Rajan P Dev, Anoop Chandran, Sreekumar, Prem, Shari, Bindu Panicker, Vanitha, Gayatri, Shanu Majeed, Mini Arunan, Saddique

DVDの版元:Central
DVDの字幕:英語

もういい加減にしとこうと思ったのだが、コドゥンガルールつながりで浮上してきた。いわゆる薄毛学園青春もの。ストーリーはもちろんカンナギとは無関係なのだが、劇中で音声をミュートせざるを得ないような罵詈雑言をまくし立てるヒロインを形容して「From her abuse, it seems that she is from Kodungallur side.」という短い台詞があるのだ。つまりコドゥンガルールという地名だけで、口にするのも憚られるような汚い罵りを想起させるイメージが出来上がっているんだな。実際に祭礼で歌われる歌詞は、英訳はおろかマラヤーラム語ですらテキスト化されたものを読むのは不可能なのだろうけれど。ともかく、この短い台詞だけで、本作を見たのは決して無駄じゃなかったということになったのだ、オイラ的には。

ダラダラ続けてきた連載もひとまずはここで終えようと思う。ここまでのお付き合いに感謝。

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スリランカの古都キャンディを中心に伝承されているキャンディアン・ダンスの装束。現在でこそキャンディアン・ダンスは観光業と結びついた外貨獲得用の芸能であるが、かつては王宮の宗教儀礼の場に限定されたものだった。カンナギ寺院の建立事業に参加したと『シラッパディハーラム』に描かれているセイロンのガジャバーフ王、その末裔を自認する武人カースト・カラヴァの伝承によれば、(少なくともその源流のひとつは)パッティニ女神の神前でのみ演じられた舞踊であったという。パッティニとは、カンナギがスリランカに渡り、シンハラ人仏教徒の間で受け入れられた際の呼称。現在では仏教と国家に対する4守護神の一柱と位置づけられているという。また、『スリランカ現代誌』(澁谷利雄著)では、『シラッパディハーラム』のパロディともいえる民衆劇「ソカリ」について一章が割かれており、興味深い。

投稿者 Periplo : 05:00 : カテゴリー バブルねたtamil
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2011年07月04日

再編再録:カンナギは正義を求める(5)

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「2001年12月10日に立ち退かされた、タミル文化の象徴であるカンナギ像は、2006年6月3日に再び建立されることとなった、タミルナードゥ州首相Mカルナーニディ先生様によって」というような意味の言葉が刻んであるカンナギ像の台座、2007年4月撮影。

カルナとジャヤ、汚職まみれのポピュリスト政治家という大枠では同じ穴の狢なのだが、細かく見ていくと作風が違う面もある。

カルナはDMK創始期のイデオロギーに強い愛着を抱いており、それが現在でもアイデンティティの中心となっているように見受けられる。1968年にマドラスで行われた第一回国際タミル学会に際してカンナギ像が建立されたのも、当時の州公共事業相だったカルナの肝入りだった。タミル文化とタミル同胞への熱い思いからスリランカの「タミル解放の虎(LTTE)」のタミルナードゥ州内での活動を半ば公然と支援し、後に窮地に立たされるような甘さも持っている。筋金入りの無神論者で、現在でも折にふれては涜神的な言辞を弄して人々の神経を逆なでするのが楽しいようだ。ネポティスムも有名で、3人の妻との間にもうけた6人の子供をはじめとした一族の経営する企業を通じての蓄財と、特にマスコミ業界での独占ぶりには他の政治家の追随を許さないものがある。現在のタミル映画のプロダクション・ハウスの有力な3社 Sun Pictures(カラーニディ・マーラン所有)、Red Giants Movies(ウダヤニディ・スターリン所有)、Cloud Nine Movies(ダヤーニディ・アラヒリ所有)がカルナの親族の企業というのは凄いことだ。一方で歴史ある老舗中の老舗 AVM Production(余談だがここのギャラリーはお宝がざっくざくだ)は Sivaji the Boss (Tamil - 2007) Dir. Shankar のTV放映権を巡ってのカルナ一族の内輪揉めに巻き込まれて、よく分からない経緯から一時は映画制作から手をひくというところにまで追いつめられてしまったという。

カルナータカ州マイソール出身のマンディヤム・アイヤンガール(タミル起源のバラモンの一派)であるジャヤラリタにとっては、ドラヴィダ運動の大義はそれほど大きなプライオリティを占めていないようだ。ヒンドゥー寺院における動物供犠(ダリトをはじめとする低位のカーストに特有の宗教慣行)を法律で禁じようと試みるなど、高位ヒンドゥーの価値観を政策に反映させることも少なくない。また大僧院の貫主や有名風水師を非公式な政策顧問としていると批判されることもある。カルナとは対照的にLTTEに対しては断固たる姿勢で臨んだため、常に暗殺の危険に晒されていた。あの特有のジャヤ様マントの下には防弾チョッキを纏っているという噂もある(単に豊満すぎるお肉を隠すためという説もあり)。浮いた噂は多々あったが独身を通しており、また政治家となった時点でマイソール時代の親戚とは縁を絶ってしまっているためネポティズムの入り込む隙は本来ないはずなのだが、代わりに「親友」シャシカラ女史とその一族への度の過ぎた利益誘導を行い、それに端を発する疑獄事件で起訴されたりもした。90年代後半にはそのシャシカラの甥であるVNスダーカランを養子に迎え、彼とシヴァージ・ガネーシャンの孫娘サティヤラクシュミとの婚礼にあたってはこれ見よがしの巨額の散財によって多く有権者の反感を買った。そのスダーカラン氏とも間もなく絶縁し、敵対する間柄となってしまった。不世出の名優の孫娘は今どうしているのだろうか。

なんの話してたんだっけ?

そうそう、カンナギ像はエグモルにある州立博物館に安置されていることを州政府(AIADMK)が白状したというところまで来てたんだった。DMK支持者を中心とした人々は、抗議デモを行ったり像の復帰を求めてマドラス高裁に申し立てたりしたが、当局はこうした動きに対してはのらりくらりかわすという戦術に出た。

この時点(2001年末~2002年初頭)の州首相はOパンニールセルヴァム。遡ること5年前、1996年にDMKが州政権に復帰し第四次カルナーニディ内閣が発足すると、それまでの第一次ジャヤラリタ内閣時代の汚職が続々と告発されることとなった。最も重篤だったのはTANSI事件と称された一連の土地不正取得疑惑。下級裁判所から始まり幾度もの判決と差し戻しを経て、2000年9月にマドラス高裁の差戻し予審特別法廷はジャヤラリタを有罪とし、2つのTANSI関連裁判―「ジャヤ・パブリケーション」事件と「シャシ・エンタープライズ」事件―でそれぞれ懲役3年と2年の刑を言い渡した。控訴はしたものの、これによりジャヤラリタは2001年5月の州会議員選挙への立候補資格を失うことになった。その州会議員選挙では皮肉にもAIADMKが圧勝。ジャヤラリタが議員でないにもかかわらず、州議会は圧倒的多数で彼女を州首相に選出し、州知事ファティマ・ベーヴィが公式に任命した(第二次ジャヤラリタ内閣)。

しかし同年9月には、州議会のメンバーでない者が、刑事事件で有罪・実刑判決を受けながら州首相に就任するのは、憲法に照らして重大な逸脱行為であるとして、最高裁がジャヤラリタを州首相不適格とする判断を下した。ジャヤラリタの州首相就任の合法性に異義をとなえた弁護士らによって6月20日に申し立てられたこの裁判は9月21日に判決が言い渡され、最高裁始まって以来のスピード判決となった。これによりジャヤラリタは組閣4ヶ月目にして辞任を余儀なくされ、財務大臣のパンニールセルヴァムが首相となっていたのだ。

そして2001年12月4日、結局マドラス高裁は全ての告訴案件に関してジャヤラリタを無罪と判断した。カンナギ像にトラックが衝突する「事故」の2日前のことである。これによって再び立候補資格を得たジャヤラリタは、補欠選挙でアンディパッティ選挙区から出馬し当選し、2002年2月には再び州首相に就任することとなった(第三次ジャヤラリタ内閣)。

カンナギ像の撤去は、ジャヤにとっては唐揚げ親爺の道頓堀投げ込みと同じ歓喜の表現だったのではあるまいか(あ、飛ばし杉?)。

カルナが躍起になって旧態復帰を求め、州政府が移設のための(または時間稼ぎのための)特別委員会を発足させ、そしてマドラス高裁が仮処分の名のもとにペンディング状態にしたカンナギ像のニュースはその後しばらくネット記事から消えた。次に見つかったのは、2002年8月のThe Hindu 記事。カルナの指揮のもと新しいカンナギのブロンズ像が製作中で、像をDMK本部にも近いテイナムペートのロータリーに設置する許可を州政府に求めていくということだった。翌2003年の1月13日 The Hindu 記事では、その銅像の除幕式が報じられた。州政府は設置申請を約半年間ペンディングにした挙げ句結局却下し、DMK側はやむなくアンバラガンにある同党青年部の敷地内に設置場所を変更した。この件に関してのカルナの恨みがましい言明。

Mr. Karunanidhi recalled that when he was Chief Minister, he had permitted installation of a statue of the former Chief Minister, M.G. Ramachandran, in Dindigul in a very short period.(上掲記事より)

そして2006年5月、州会議員選挙で再び与野党が逆転し、政権の座に返り咲いたカルナ。82歳の老人は(モノクロ時代の泰西コスプレ騎士道タミル映画よろしく)とるものもとりあえず囚われの愛しい人のもとに駆けつけた。そして姫を再び玉座に据えてめでたしめでたし。

しかし、その5年後の2011年5月、州会議員選挙で再び与野党が逆転し、政権の座に返り咲いたジャヤ。いったいこの先どーなる…(続く)。

Jayalalitha
カンナギ像不在時代(2005年3月)にチェンナイで撮影。像が設置されていた場所を見下ろすような位置に掲げられていたジャヤ礼賛横断幕。「美しきタミル語の守護者ジャヤラリタ様万歳」という趣旨のもの。小さな八つの丸の上には上から時計回りに「アハナーヌール」「ティルックラル」「シラッバディハーラム(=カンナギ物語)」「クルンドハイ」「カリットハイ」「アリヴィヤル・タミル」「プラナーヌール」「ティルップガル」という古代よりのタミル文学の精華の題名が記されている。「文人政治家」カルナへのあてつけであることは言うまでもない。

投稿者 Periplo : 22:33 : カテゴリー バブルねたtamil
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2011年07月02日

再編再録:カンナギは正義を求める(4)

dravidians.jpg
左上:ラーマスワーミ・ナーイッカル(ペリヤール)/右上:アンナードゥライ/左中:MGR(MGラーマチャンドラン)/右中:ジャヤラリタ(young)/左下:Mカルナーニディ/右下:ジャヤラリタ(still young)

19世紀末から20世紀初頭にかけての貝葉文献発見からおこった古代文学の再評価、いわゆる「タミル・ルネッサンス」に寄するところが大きかったのは、当然ながら唯一の知識階級であったバラモンである。しかしその古代文学が後になって反バラモン運動の支柱のひとつとなったというのは何とも皮肉なことである。

現代のタミル女性がカンナギをロールモデルとして仰ぐことはあり得ないと言った私に対して、とある男性の物書きは「君にはタミル人の心は分からない。だって君はバラモンなんだから」と応じた。(以前にも 紹介したことのある Cut-outs, Caste and Cine Stars: The World of Tamil Politics [Vaasanthi, Published by Penguin Books India, April 2006] P.93より)

今日から振り返れば、20世紀前半のドラヴィダ民族主義運動には、社会の最上層にあったバラモン階級の既得権益を奪取しようと「そのすぐ下」の人々がおこした権力闘争という側面があったことは否定できない。そうした運動に、この時代の絶対的正義であった「民族自決」という新しい思潮を織り込んだところに、初期のイデオローグたちの理論構築の天才的な巧みさがうかがえる。

ドラヴィダ人とアーリア人、この二つの民族の区分は、時代が下り研究が精緻化するほどに曖昧になって来ているようなのだが、政治の場で求められるのはもちろん学術的な正確さではない。

MGR, Jayalalitha
チェンナイ市Tナガルの住宅街で撮影、2005年3月。

 何がタミルナードゥの政治を他と違ったものとしているのだろう? 文化的・歴史的に、タミルナードゥは常にインドの他の地域と際立った違いを見せている。ここで話される言語は、インドの他の土地のものとは異なっているし、ドラヴィダ民族主義者がワダモリ(北の言葉)と呼ぶサンスクリット語にルーツを持つ他の南インド諸語とさえ違うのだ。もしサンスクリット語が「デーヴァ・バーシャ」(神の言葉)であるとするなら、タミル語は詩神そのものなのであるとタミル人は言う。それはサンスクリットと同等に洗練された独自の文法を持つだけでなく、構文、語彙も他とは異なる。文学としての伝統は3000年以上に渡っているのだ。
(中略)
 最も重要なのは、タミルナードゥのカースト構造もまた北インドとは異なっているという点だ。ヴェーダ聖典の説く4つのヴァルナ(カースト)を、そのまま文字通りにタミルナードゥに当てはめることはできない。イギリスによる統治の開始以前には、タミルナードゥの社会的位階はかなり流動的なものだった。しかし植民地時代のカースト制度の法制化によって、バラモンのすぐ下に位置していた諸集団は画一的にシュードラと規定された。彼らがそれまで自分たちが優位に立っていると見なしていた下層カーストと同等とされてしまったことにより、位階の流動性が減じ、社会的緊張が高まり、結果としてドラヴィダ運動が生まれたのである。英国統治下のタミル社会では、英語教育を受けたバラモン階層が政治と社会活動における実権を寡占していた。宗教的根拠からの優越性や浄不浄の概念をたてにして、他者を見下し傲慢に振る舞うバラモンたちが実権を独占することには社会的不満が募っていた。
  ここで19世紀の末に進行していた二つの現象に目を向けたい。ひとつは古代のタミル文学と宗教的伝統を再評価する古典主義の勃興、もうひとつはタミル語の現代化と同時代性の強化への試みである。言語学上の様々な発見は、「(侵略者である北のアーリア人によって)抑圧されたドラヴィダ文明」理論と結びつけられた。タミル・バラモンはサンスクリットの影響の濃い方言を話すため、アーリア人の子孫と看做され、また様々な局面で、タミル人とは異人種であるとされた。 バラモンの「寡占」に対する義憤は、こうしてバラモンとその他の集団の人種的・文化的な差異と結びつけられたのだ。それは世紀の変わり目に今度は「権利の言葉」として広まり、非バラモン階層によるカースト制度への疑義を後押しした。インド独立に際して、ドラヴィダ民族主義者たちがこれら全てを理由として分離独立を唱えたのは当然といえるだろう。タミルナードゥの人々とその政治が、国政レベルでも、地方自治レベルでも、他とは異なった反応を示すのは、これらを考え合わせれば決して驚くべきことではない。(前掲書、序章XII-XIVより)

先住民族の天地であった南インドにドラヴィダ人が北西インドから進出してきたのは紀元前1000年頃と言われている。ドラヴィダ人と先住民の両者が交わり合いながら、ムルガン神や地母神などを崇拝する独自の宗教が生み出され、今日の文化の基層を作った。紀元4-5世紀ごろ以降、当時の文化先進地域であった北インドからアーリア人がジャイナ教、続いて仏教を携えて南下し、在地の王権に密着して支配階層として定着した。
 
やがて北インドでヒンドゥー教が隆盛となり、6-8世紀ごろから今度はヒンドゥー教ミッションとしてのバラモン階級アーリア人が各地の王の招きに応じて移住し、ヒンドゥーの教義のみならず、先進的な農業技術や学術全般、そして新しい社会秩序をももたらした。すなわち、社会的最高位に位置するバラモンが財政上の庇護者である王(実質的にはシュードラに属する武人)にクシャトリア階級としての権威づけを行う(神話上の英雄にまで遡る系譜の作成など)ことにより王権の正統性を保証し、一方王は寺院に寄進を行い、また広大な寺領の管理権を付与する、という相互依存関係に基づく支配体制の確立である。

移住の初期において、アーリア人とドラヴィダ人の外見上の差異は際立ったものであったのかもしれない。移住したバラモンは現地人との混血を嫌い、コミュニティ内での婚姻に固執することによって正統的なヴェーダの解釈とアーリア人の純血を保とうとした。南インドにおいては少数の支配階層以外の一般民衆はほとんどがシュードラか不可触民と規定され、またヒンドゥー教発祥地の北インドにも例を見ないほどの、徹底した浄・不浄観に基づく苛烈な不可触民差別を生み出した。英国支配時代に植民地官僚として現地人社会のトップに立ったのも、唯一の知識階級を自認したバラモンがほとんどだった。この構造は今日でも大枠に変化はないと主張する人々もいる。

バラモンが誇るヴェーダ解釈の正統性はともかく、アーリア人の純血性というものが歴史の中で溶解していったことは想像に難くないが、フィクションであったとしても少なくとも支配・被支配の構造の中では機能を保ち、支配側・被支配側どちらにとってもバラモンは外来人種として認識され続けたのである。そしてこれが20世紀に入って盛り上がりを見せたドラヴィダ運動=反バラモン運動の推進者たちのバラモン攻撃の根拠ともなった。

Periyar
Periyar (Tamil - 2006) Dir. Gnana Rajasekaran のポスター。タイトルロールを演じたのはサティヤラージ。

 ジャーナリストとして、タミル史のもっとも劇的な時代を目撃できなかったことは残念だ。私はペリヤールの演説を聴くこともできなかったし、反ヒンディー語闘争も、 そしてその際に「母なるタミル」のために自らの命を投げ打つことも辞さなかった人々の信じがたい情熱も目撃することはできなかった。全インド的レベルでドラヴィダ系の人々を疎外すると見られたヒンディー語(の義務教育)導入に対して、タミルナードゥは挑んだのである。タミルナードゥは分離主義の悪名を得た。その悪名は轟き、DMKが1967年に会議派から政権を奪取する以前に分離独立要求を取り下げていたことが、他の地域では長らく知られなかったほどであった。外側の世界はタミル・ショービニズムを弾劾し、封建主義的で反国家的と決めつけていたが、実際のタミルの人々が時に地域政党を支持しながらも一貫して統一インド国家を指向し続けてきたことは見逃されていた。非タミル人には知られていないことだが、「タミリナ・タライヴァル(タミルの指導者)」と称えられたペリヤールは家庭では母語であるカンナダ語を話し、タミル語を「粗野な言語」と貶めたことさえあった。外から眺める者は、MGR(MGラーマチャンドラン、スリランカ生まれのケララ人)が2期以上にわたって州首相を務めたことには、首を捻ってしまうだろう。
 「MGR現象」は国中を困惑させた。タミルナードゥは自尊運動に裏打ちされた熱烈なドラヴィダ民族主義的イデオロギーからポスター崇拝へと明らかにシフトしていたからだ。政治家達はこぞってサングラスを身につけるようになり、これはタミル政治のシンボルとなった。全てが等身大とはかけ離れ、銀幕とチェンナイの街頭は区別がなくなった。マチネー・アイドルだったMGRは生ける神となり、トレードマークである毛皮帽とサングラス、金時計を身につけた肖像画をまつる寺院が建てられた。外の者にとっては狂気の沙汰としか思えない。タミル人のインテリ(もちろん少数派だが)は羞恥に頭を垂れた。貧しい者たちはよくわからない理由から彼を救世主として崇めた。しかし、州内外の彼の批判者たちですら評価せざるを得ない事柄もあった。それは全州をあげて実施された小学校での無料給食(昼食)制度である。
 元女優で今はタミルナードゥ州首相であるジャヤラリタに会ったことがある。この時彼女はMGRが創設した政党AIADMK所属の上院議員としてデリーを訪れていた。インタビューの中で、MGRの神格化が荒唐無稽のレベルにまで達していると私が論評したのに対して、彼女は鋭く言い返した。「タミルナードゥの何を知っているというの? デリーにいながらタミルナードゥを批判するのはやめなさい。来て自分の目でよく見るんですよ。なぜMGRが神として崇拝されているかを。」
 私がタミルナードゥを訪れるチャンスを得た時には、MGRは既にこの世にはいなかった。けれども彼の名前がいまだに魔法を引き起こすのを実見した。この時には、自分こそが選ばれた彼の後継者なのだと主張することによって、ジャヤラリタが権力の座についていた。タミルナードゥは、それまでに住んだ他のどの州とも全く違う場所として私の目に映った。ジャヤラリタは正しかったのだ。 時々訪れる余所者であることと住人であることは別のことなのだ。土地のエトスと人々の精神を理解するのにはかり知れないほど多くを学んだのだ。私のタミルナードゥからの距離ゆえに、それまで知り得たドラヴィダ民族主義の概念の多くが観念的なものでしかなかった。もし私がタミルナードゥの住人であったならば、それらはより深く直感的なものだっただろう。しかし同時にその隔たりによって、私はタミルナードゥの政治との出会いにおいて、物事をより明確に、そしてたぶんより客観的に測ることができたのだと思う。これはこの土地で生まれ育っていたとしたら不可能だっただろう。(前掲書、序章X-XIIより)

南インドの特殊なカースト構成のなか、バラモンによる社会的利益の独占は、英国統治下でむしろ強まる傾向にあったが、それに対して異を唱える動きが20世紀の初頭から始まった。それは主に商工業にたずさわる様々なカーストの裕福な人びとによって担われることとなった。1916年に発足した思想結社「正義党」によるマニフェスト「非バラモン宣言」では、バラモン=侵略異民族であると規定し、被抑圧民族としてのドラヴィダ人の復権を唱えた。のちに正義党の中心人物となったラーマスワーミ・ナーイッカル(ぺリヤール)によって1920年代後半に開始された「自尊運動」においては、サンスクリット的=ヴェーダ的な知識体系を否定し、タミル人固有の知性の確立を目指した。やや前後して19世紀末ごろから、サンガム文学をはじめとする古代タミル文学作品の貝葉文献が発見され、注釈が付され印刷されたテキストとして出回りはじめるようになる。それら文学作品に展開されている、ヒンドゥー教一色に染めあげられる以前の古代タミルの闊達な世界は、タミル人に自尊心をもたらし、ドラヴィダ民族主義者たちの反サンスクリット的心性、タミル文化の卓越性のイデオロギーを補強するものとなった(第一次タミル・ルネッサンス)。

一方政治の世界では、1937年に限定的な自治政策のもとでマドラス管区で州議会選挙が行われ、国民会議派の州政府が誕生した。この政府による翌1938年のヒンディー語義務教育導入の試みに対して、激しい反発が巻き起こり、反ヒンディー語運動に発展した。1944年には正義党が発展した「ドラヴィダ連盟(DK)」が発足し政党活動を開始した。ぺリヤールの思想はより先鋭化し、ドラヴィダ人による独立国家「ドラヴィダスタン」構想、反バラモンからさらに進んだ反ヒンドゥー教・無神論・偶像破壊へといたった。後者は合理主義(rationalism)と称されて、絶対的少数ながら今日でもドラヴィダ民族主義知識人のなかにその系譜(たとえばMカルナーニディ)を見ることができる。

インド独立後の1949年、ぺリヤールの再婚問題をきっかけとしてDK内部に亀裂が生じ、アンナードゥライをリーダーとする「ドラヴィダ進歩連盟(DMK)」が発足した。DMKはより穏健な政策を打ち出すことによって大衆的な支持を集め、政権党を目指した。すなわち、ぺリヤールのドラヴィダスタン構想に対しては地方分権の拡大、無神論に対しては政教分離である。1967年、DMKは国民会議派から政権を奪取し、これ以降タミルナードゥ州政権は非会議派政党が担うこととなる。

DMKはその創始期から大衆啓蒙・動員の手段として映画に着目していた。識字率が低くマスメディアも未発達な状況のもとでは、古典文学を引き合いに出してタミル文化の優位性を唱えるだけでは不十分だったからである。アンナードゥライ党首、そして党指導部の有力者Mカルナーニディはもともと文学者・映画脚本家として地歩を築いていた。彼らが脚本を担当したイデオロギー色の強い映画作品群はDMK映画と総称され、党の啓蒙・宣伝戦略に大きな役割を果たした。貧困層出身の主人公がバラモンの悪徳・偽善を告発し、また近代化を阻む迷信的宗教慣習を糾弾するというのが、典型的なDMK映画の筋書きである。

しかし1950年代末ごろからDMK系映画の作風にも一定の変化が現れる。政権獲得がより現実味を帯びてくるのに対応して、あからさまにプロパガンダ的な作風からソフトな娯楽路線へと軌道修正が行われたのである。社会不正の告発や宗教批判は薄められ、定型的な勧善懲悪ヒーローものが主流となった。こうした流れのなかでトップスターの地位を不動のものにしていたのがMGラーマチャンドラン(MGR)である。巡回演劇の俳優からスタートし、長い下積み期間も経験していたMGRは、マチネー・アイドルとしてのカリスマ的な人気をかわれてDMK入りし、そのファンクラブは集票マシンとして1967年の政権獲得にも大いに貢献した。しかしアンナードゥライの後を継いで党首となったカルナーニディと対立し、1972年に「アンナ・ドラヴィダ進歩連盟(ADMK)」(その後「全インド・アンナ・ドラヴィダ進歩連盟(AIADMK)」と改称)を旗揚げし、自ら党首となった。1977年選挙でADMKは圧勝し、1987年のMGR急死に到るまでの11年間、政権を維持し続けた。

中央政府への対決姿勢においてはDMK、AIADMKの両党は共通している。1965年にインド政府がヒンディー語を第一公用語と定め、これを全インドに適用しようとしたことに対して、DMKはアーリア支配体制の強化に他ならないとして全州で激烈な抗議運動を展開した。前年の1964年には第一回の国際タミル学会が開かれ、タミル・ナショナリズムを大いに盛り上げることとなった(第二次タミル・ルネッサンス)。以降、国際タミル学会は回を重ねる毎にプロパガンダ色、政治色を強め、その時々の政権党がより前面に出るようになる。

州内政治においては、両党の間で政権が交代すると、新政権が前政権の要人を告発(時には逮捕)するという「伝統の一戦」が定着した。MGRの死後、 AIADMK党内の権力闘争に勝利したのは、長らく映画上でMGRの相手役をつとめ、実生活上の愛人であったともいわれるジャヤラリタだった。ジャヤラリタはバラモン出身、なおかつ女優時代は多くの神話映画で女神役を演じて人気を得ていた。ここにおいてドラヴィダ民族主義二大政党間のイデオロギー的な色分けはほぼ霧散し、宿命のライバルであるカルナーニディとジャヤラリタが果てしない死闘を繰り広げる劇場型ポピュリズムがタミル政治のスタイルとして定着したようである。

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以上のようなことを7年前に書いてから、シーソーゲームの状況は変わっていないように思われた。ところがこの5月の政権交代である。携帯電話通信事業における巨額の汚職事件に深く足を取られたカルナーニディ(州首相として5期を務めた)のDMKは、これまでの政権明け渡しとはレベルの違う壊滅的な打撃を受けたように見える。ジャヤラリタが4回目(4ヶ月で解任された2001年度も含む)の州首相就任を果たしたAIADMKは天敵のいない圧倒的与党としてこの先も盤石であり続けるのだろうか。折しも上に長々と引用した Cut-outs, Caste and Cine Stars: The World of Tamil Politicsヴァサンティ女史による新刊のニュースが舞い込んできた。その名も Jayalalithaa - A Portrait である。しかし本書は各方面からの圧力により現在出荷停止状態となっているらしい。無事に上梓されれば、これまで御用学者による翼賛的評伝しかなかったジャヤラリタのバイオグラフィーに光が当てられることになると思えるのだが…。当ブログ筆者もこの先の進展を固唾をのんで見守るつもりである。

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MGR、ジャヤラリタ共演の Thedi Vandha Mappillai (Tamil - 1970) Dir. P R Panthulu のポスター。画面中央の人物はアンナードゥライと思われる。MGR映画は今でもマチネー・ショーを中心としてリバイバル上映されることが少なくない。

投稿者 Periplo : 23:57 : カテゴリー バブルねたtamil
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