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2012年10月21日

レビュー:Kathavarayan

コスプレもコスプレ、部族民ルックだ! でも多分、実際の山岳部族の風俗とはほとんど関係ないファンタジーの産物だと思うけど。

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しばらく前にあげたポストでシヴァージ・ガネーシャンの神話映画の目録を作ろうとした時に、唯一本作だけが神話ものなのかどうかはっきりせずに残った。ディスクは持ってなかったので判断のためにYTで見たソングシーン ♬Niraiverumo Ennam には魅了された。また繋がって出てきた同作のテルグ同時リメイク Karthavarayani Kadha (Telugu - 1958) Dir. Ramanna の ♬Mooge Cheekati は、同じ監督による明らかに同じシーンなのに、そのとんでもない違いっぷりに驚いた。タミル版の方はその後やっとDVDを入手して全編鑑賞。当初の懸案だったジャンルの仕分けとしてはフォークロアかなと思うのだが、かなり異色の作例である。

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Kathavarayan (Tamill - 1958) Dir. T R Ramanna

原題:காத்தவராயன்
タイトルのゆれ:Kaathavarayan
タイトルの意味:主人公の名前

Cast : Sivaji Ganesan, Savitri, Kannamba, T S Balaiah, J P Chandrababu, M N Rajam, K A Thangavelu, E V Saroja, Serukalathur Sama, O A K Thevar, E R Sahadevan, Mohana, Kamalamma, Joshi, Gopal, Gopikrishna, Kamala Laxman

DVDの版元:Pyramid(シングル盤DVDと2in1盤DVDがあり、本レビューは後者によっている)ほか
DVDの字幕:英語
DVDの障害:特になし
DVDのランタイム:約3時間4分
DVD 入手先CineMovies (Modern Cinema 盤、字幕不明)、Jollywood (Pyramid の2in1盤)、TamilMovieUSA (Pyramid のシングル盤)ほか

関連作品
Aryamala (Tamil - 1941) Dir. Bomman Irani は同じ伝説を扱った先行作品。かなりのヒットとなったという。
Karthavarayani Kadha (Telugu - 1958) Dir. T R Ramanna は本作とほぼ同時公開されたテルグ版。主演はNTR。ヒロインがサーヴィトリというのは変わらないが、その他の配役はカンナンバのパールヴァティ以外すべて差し替えられている。
Amar Prem (Hindi - 1960) Dir. T R Ramanna はあまりに手がかりが少なすぎるが、本作の吹替え版であるようだ。ただし主演のシヴァージとサーヴィトリ以外はやはりヒンディー語圏の俳優に差し替えて撮り下ろされた可能性がある。

参考レビュー集成http://periplosjottings.blogspot.jp/2012/10/kathavarayan-tamil-1958.html

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【ネタバレ度100%の粗筋】
いつとも知れない遠い昔、カイラーサ山のシヴァ神の住処では、シヴァ(Gopikrishna)とパールヴァティ(Kamala Laxman)によるダンスの技比べが行われていた。戯れに始まったその踊りは徐々に真剣味を増し、両神は力の限り踊るが、神妃パールヴァティは途中で脱落してしまう。パールヴァティが腹立ち紛れに吐いた暴言をシヴァは聞き逃さず、妻に厳罰を科す。途中から母に加勢して父に歯向かった三男カータヴァラーヤンと共に人間界に堕ちて苦しみを味わうようにと命じた。

赤子となった三男とともに地上に降りたパールヴァティ(Kannamba)が途方に暮れていると、そこにコッリマライの山岳部族の首長の娘たちがやってくる。赤子の美しさに魅せられた娘たちは、子供に恵まれない自分たちに赤子を託してくれるなら大切に育ててコッリマライの王にしようと申し出る。パールヴァティはその申し出に応じて赤子を引き渡し、自分はカーマークシと名乗り、カンバの川辺にシヴァリンガを奉じて苦行三昧の生活を送ることとなった。

同じ頃、アーリヤプラム国の王室付き僧侶のもとに一人の娘が生まれた。待ち望んでやっと得た子供にバラモンは喜んだが、占星術師は、この娘が成長して異カーストの男に誘惑され汚されることになる、そして同じ頃に王国もまた傾くだろうと予言する。その予言の実現を回避するために、王はその娘マーラー(アーリヤマーラー)を引き取り王女として育てることにする。

月日は流れ、カータヴァラーヤン(Sivaji Ganesan)は美しく強健な若者に成長する。養父母は成人した彼に初めて実母の存在を知らせる。彼は見聞を広めるために出かける旅の最初にカンバの岸辺の母を訪ねる。カーマークシは彼に世間というものの残酷さを説き、また彼が知らずに授かっている恩寵について説明する。それは困難に遭った際に好きなものに変身できるという超能力だった。しかしその力を利己的な目的に使おうとした場合には、それは働かず以降は失われてしまうだろうとも。

旅を続けるカータヴァラーヤンはチェーラ国(ケララ)で、怪しげな呪術を使って人々から金品を巻き上げている三人組、チンナ(T S Balaiah)、妻のアーラーヴァティ(M N Rajam)、妻の弟のマンナリ(J P Chandrababu)に出会う。カータヴァラーヤンはその真摯な祈りによってチンナの呪術を打ち負かしたので、チンナたちは彼の僕となり、後に仲間となる。

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その後アーリヤプラム国に入ったカータヴァラーヤンは森の中でマーラー(Savitri)と出会い、二人はお互いに一目惚れする。カータヴァラーヤンはなんとかしてもう一度マーラーに会おうと王宮への侵入をあれこれと試み、ついに超能力を使い鸚鵡に姿を変えて王女の寝室に忍び込むことに成功する。二人は初めての逢瀬を楽しむが、異変に気づいた侍女達が騒ぎ出す。カータヴァラーヤンは再び鸚鵡に変じて逃げようとするが、なぜか変身の術が効かない。やむなく彼は兵士たちを相手に大立ち回りを演じて逃げのびる。

この事態に激怒した王は彼の首に懸賞金を掛け、またマーラーと将軍との婚礼の準備を進める。一方カータヴァラーヤンは、身分違いの恋は成就しないとのカーマークシの諌めにも耳を貸さず、マーラーを誘拐する覚悟を固めてヴィシュヌ神に祈る。宝石商に変装してマーラーに近づくが、正体を見破られて捕らえられる。王は彼に焼きごてによって目を潰す刑を申し渡す。それを止めようとマーラーは自らに刃をつきたてる。恋人が死んだと思い込んだカータヴァラーヤンは狂気に陥り、繋がれていた鎖を超人的な力で断ち切り、兵士を殺し、都を荒し回る。再び宮殿にやってきた彼は王に手をかけようとするが、母が割って入り息子を諭す。やっと鎮まったカータヴァラーヤンをすかさず兵士達が捕らえる。

カータヴァラーヤンは市中を引き回された後に、巨大なシヴァ神像のもとでカルマラムの刑(先端を尖らせた木片でできた「針の筵」の上を歩かせる)に処されようとしていた。息子を追って来たカーマークシは、刑のあまりの残酷さに打ちのめされ、王の前に跪いて助命嘆願するが、王は一蹴する。王の傲慢に憤激したカーマークシは、苦行によって得た力を息子に乗り移らせ、かつての諌めを忘れよ、アーリヤプラムを滅ぼし尽くせと命じる。カータヴァラーヤンは刑場であるシヴァ神殿を丸ごと破壊する。瀕死の重傷を負いながらも生きていたマーラーは這って神殿に辿り着き、恋人達は手をとりあって息絶える。瓦礫のなかを息子を探していたカーマークシはやっと二人の遺体を見つけるが、その瞬間にシヴァ神の許しがもたらされ、三人は揃って昇天する。(粗筋了)

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【くどくど寸評】

「苦しむために生まれてきた」。一言でいうならばこういう映画なのだ。これはひどく胸に突き刺さる。しかし同時に、とても一言では済まされない厚みを持った大娯楽作品でもある。

以前にフォークロア映画についての仰々しいエントリーをあげたのは、実にこの作品について書くための前フリだったのだ。それまでもテルグ映画を中心にフォークロアと呼べるものをそこそこ観てはいたのだが、正直なところ結構苦手なジャンルだった。有名作品 Patala Bhairavi (Telugu - 1951) Dir. K V Reddy なんかを観て特にそう思ったのだが、ともかく長くて退屈、ストーリーが幼稚、メリハリに欠けていて見終わったあとにカタルシスがない、などなど、かなり疲れる映画体験となることが多かったのだ。どんなに古色蒼然としたものでも神話・バクティ映画になら、心が震える感動的な瞬間があり、俳優の芝居力が発揮される見せ場がある。一方でフォークロアは、マニエリズムに支配され、次々と繰り出される怪異や驚異に有機的な繋がりがなくツギハギ感が漂う。神話・バクティ映画で神が信者に与える試練は超現実的でありながら説得力のあるものだが、フォークロアではヒーローがヒーローであるというだけで勝手に魔法の扉が開き、形ばかりの取ってつけたような試練しか描かれない(ちょうどオペラ『魔笛』の最終局面のように)、そんな印象が強かった。

しかし、本作を観て、さらに初期のMGRのフォークロア作品を多少観ることになってこれが揺るがされた。テルグのフォークロア映画がデモーニッシュなまでに能天気で、レビューショーのように次から次へとアトラクションが展開する割にはストーリーに起伏がなく単調であるのに対して、タミルのそれにはクッキリとドラヴィダ民族主義のイデオロギーが織り込まれているのだ。また、娯楽的な側面に目を転じても、本作の10曲のソングはどれをとってもヴィジュアルな衝撃に満ちているし(本当は一曲ごとに色々語りたいところだが、あまりに長くなりすぎるので割愛)、ソング以外でも、かなり本気でやってるレスリング、主人公を助ける象の活躍、魔術対決からカラガッタムになだれ込む大道芸っぷりなどなど、息もつかせない面白さ。どうも、少なくともこの時代に限って言えば、変化に富んだアトラクションを連打しながら大きなうねりをもってストーリーを語るという技術において、タミル映画人はテルグ人よりも巧みだったのではないかという印象を持った。

そして、現在では被抑圧階級となった山岳部族民の神話をとりこむという大胆さ。どんなにカラフルなソングシーンを織り交ぜようと、そしてラストに取ってつけたような昇天のエピソードを加えようと、やはりこれは恨みをもって死んでいった古代の異族の英雄への鎮魂の物語なのだ。この情念的な要素が実にタミルらしいものと思える。そしてこの、極限の悲惨をスクリーン上で追体験することによって観る者の心が洗われるというプロセスは、現代のタミル・ニューウェーブ作品群にも通じるものなのではないか。というより、タミル・ニューウェーブがこういった過去の伝統をきっちりと受け継いでいると言った方がいいのかもしれない。

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以下には、本作に現れる様々なモチーフのうち、制作者の純然たるファンタジーの産物ではなく現実と繋がりがありそうな幾つかについて分かったことを列記しておく。

■カータヴァラーヤン
実際にタミルの地で崇拝されている神格である。ただし非常にマイナーな神なので情報が極めて少なく、学術的な裏付けをもった資料というより個人の旅行記やエッセイなどの断片的な記述を拾いあわせてみるしかないのだが。

まず、カータヴァラーヤンはシヴァ神の第三の息子とされているが、全インド的にはシヴァの息子はガネーシャ、スカンダ=ムルガンのニ人だけである。これは正にヒンドゥー教が各地の原始宗教の神々を取り込んでいった(なおかつそれが一地方だけに留まった)事例の一つといえるのだろう(Heritage Town VILLAGE GOD)。

タミル全土を見渡せば、おそらくカータヴァラーヤンの神像は無数に存在すると思われる。ただしそれはパーリヴァーラ(பாரிவார)と呼ばれる脇侍としてのもの、またはカーヴァル・デイヴァム(காவல் தெய்வம்)と呼ばれる村の守護神としてのもので、主神として祀った寺院はネット上では数軒しか見つからなかった。カータヴァラーヤンは、通常マーリアンマン女神(天然痘をもたらすという南インドの土俗的な神だが、名目上はシヴァ神妃ということになっている)の脇侍として、マドゥライ・ヴィーランやカルップサーミなどと同格の神として表される(Hindupedia Mariamman Thalattu/Ülo Valk and S. Lourdusamy, Village Deities of Tamil Nadu in Myths and Legends)。

一方で、この映画中のようにカーマークシ女神と結びつける説も少なからず見られる(The Hindu Drawing the devout)。さらには典型的な「村の神」である男神アイヤナールの配下であるという説もある(Sri Ayyappa Bhajanai Sangham Sastha, Ayyanar, and Ayyappan)。

また、この神の出身地がタンジャーヴールであるという、根拠が示されない記述も見つかる(Wikipedia Village deities of Tamil Nadu)。しかしカータヴァラーヤン信仰はタミル人のディアスポラとともに世界に広がり、たとえばスリランカ・タミル人の間では Kathan Koothu と呼ばれる舞踊+歌謡も行われているという(City of Jaffna Arts)。また、仏領レユニオン諸島のタミル系移民の間では Katalarien という仏語化した(?)名前で祀られているようだ〔ஒம் கருப்புசாமி Kathavarayan Swamy (Katalarien)〕。

見過ごす訳には行かないのが、カータヴァラーヤンが特定のダリト集団の神であるとする民話研究家の証言。

Exposing the hollowness of this argument, veteran folklorist A. Sivasubramanian said most of these temples in rural areas had folk deities, who were generally slain Dalits. Among these, Madurai Veeran and Chinnathambi belonged to the Arunthathiar community and Kathavarayan was a Pulayar. Although Muthupattan, another folk deity, was a Brahmin, he married two Arunthathiar women.(Frontline, Volume 26 - Issue 15, Jul. 18-31, 2009, Dalits as god より)

プライヤル(プライヤンとも)は、今日のタミルナードゥでダリトの代名詞とされているコミュニティーのひとつであり、葬儀にまつわる諸々の作業を担う集団とみなされている。起源は今日のケララ地方にあるとも言われているが諸説が入り乱れてよく分からない(Vijaya Ramaswamy Historical Dictionary of the Tamils ほか)。したがってプライヤルの祖先が本作中に暗示されるようにコッリマライの山岳部族民だったのかどうかは分からない。

■カーマークシ女神
カーマークシという名はチェンナイ近郊の都市カーンチプラムの代名詞と言えるぐらい、同市のカーマークシ・アンマン寺院が有名だが、各所に分院もある。カーンチプラムの本院はアーディ・シャンカラとの繋がりをもつ大僧院でもあり、完全に正統派の大伝統に組み込まれているようである。寺院のサイトを眺めてもカータヴァラーヤンのような民間信仰に触れている箇所は見当たらない。ただし、カーマークシ女神がカーンチーのカンバ川の岸辺でシヴァリンガを奉って苦行を続けたという記述はペリヤ・プラーナム中に見られるそうだ。本作中でも言及されているカンバは伝説上の川で、カーンチーの街の地下を流れているという(V Krishnaraj Kamakshi)。

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■コッリマライと部族民
コッリマライ(Kolli hills)は東ガーツ山脈の一部で、タミルナードゥ州中部、セーラムとティルチラパッリの中間にあたる。最高標高は1300メートルほど。こんな魅力的な景色が広がっている。

コッリマライは1〜3世紀のタミルで成立したとされるサンガム(シャンガムとも)文学にも何箇所かに言及されている〔一例として『エットゥトハイ 古代タミルの恋と戦いの詩』(高橋孝信・訳)のP.251〕。

この網站まで来て下さる読者には釈迦に説法だろうが、今日のインドで不可触民=ダリトと呼ばれている人々は、そのほとんどがドラヴィダ人やアーリヤ人よりも前に亜大陸に住みついていた先住民である。平地に降りてヒンドゥー教をある程度まで受け入れた人々がアウト・カーストとなり、独自の言語や宗教を保持しつつ山間部などの僻地に孤立して住み続けた人々がトライブと規定された。

しかしサンガム時代のタミルでは強固なカースト制度はまだ存在しなかった。サンガム恋愛詩は平地の女と山岳地方の男との恋を(平地の女の視点から)数多く扱っている。そこに現れる山地の男は宗教も言語も異にしているが(A K Ramanujan The Interior Landscape: Love Poems from a Classical Tamil Anthology P.23)、決して穢れた存在とはみなされていない。また一方で、上に述べたプライヤンという語も既に登場しており(前掲『エットゥトハイ 古代タミルの恋と戦いの詩』P.267、 P.293)、身分の賤しい者として形容されてはいるものの、制度化された絶対的位階の最低辺というわけでもないようだ。ただし、コッリマライに住む部族とプライヤンと呼ばれた人々との関係はよく分からない。ともあれ、本作中でヒロインのマーラーに対して実の父親が「異なる宗教を奉ずる相手とは結ばれ得ない」と説得を試みるシーンは大変印象に残る。また部族民ダンスのシーンでは、動物供犠の残酷性を咎める内容の芝居が部族民自身によって演じられており、無邪気を装った政治性にギョッとさせられる。

■シヴァ神
上の寸評では「取ってつけたような昇天」と書きはしたが、冒頭と最終場面に物語を縁どるようにシヴァ神が現れるのは見逃せない。また、クライマックスで倒壊する巨大なシヴァ神像の異形度(見慣れたこういうイメージとは随分隔たっている)も、意味はよく分からないがともかく凄い。

… ニ - 三世紀ぐらいからシヴァ教・ヴィシュヌ教双方において教理と実践の体系の組織化が行なわれるようになる。シヴァ教においては、このころから最古の宗派であるパーシュパタ派の体系化が始まったようである。シャイヴァ・シッダーンタは、そのパーシュパタ派を母胎として徐々に成立していったものと考えられる。
 このシャイヴァ・シッダーンタの教えが、現在も生きて行われているのは、タミルナードゥを中心とする南インドだけである。学者も含めて大部分のタミル人の理解においては、この教えはタミル起源のものであると考えられている。しかしながら、最近の研究は、この派がより北方から伝来したことを明らかにしている。(高島淳、「シヴァ信仰の確立」より、 『ドラヴィダの世界』に所収、P.42)

もちろん、シヴァ信仰は全インドで盛んであるし、上の引用にもあるように、シャイヴァ・シッダーンタ(聖典シヴァ派)は本当は北インドが発祥のものである。しかしタミル人のアイデンティティのよりどころのひとつとしてのシヴァ教の重要度はやはり無視できないものだ。その証拠に、タミルの神話映画を思い起こしてみれば、その多くがシヴァ神とその息子ムルガンの登場するものであるということに気づくだろう。対照的に、二大叙事詩の映画化が盛んだったテルグでは、ヴィシュヌ系のストーリーが圧倒している。本質的に二大叙事詩はヴィシュヌとその化身を中心に据えた物語であるからだ。

しかし叙事詩的な詩作は、どちらかといえば最高神としてのヴィシュヌ崇拝が広がった地域で培養されたようである。このことはつぎのようなことからもあきらかである。すなわち、マハーバーラタの宗教的教訓的な部分では、この神がいちじるしくおもてだっていて、この書物が、ヴィシュヌ崇拝のために捧げられた、教養書の一つであるかのような印象さえ与えるのである。しかしまた、これとならんで、シヴァ神の伝説や、シヴァ神の儀礼に関係する個所がないわけでもないが、一般にこれらは後世の付加であることが容易に認められる。それらはこの叙事詩が、シヴァ神崇拝の流行する地方一体に拡がったときに、付加されたのである。(ヴィンテルニッツ インド文献史〈第2巻〉叙事詩とプラーナ、P.9)

ヴィシュヌが多くの化身を持つのと対照的に、シヴァは化身せずに(ただし名前は微妙に変えながら)各地の土着の女神たちを妻とした。

シヴァ神は先住民の地母神たちを自分の妃というかたちで包含し、信仰を広めていった。シヴァに献身的な愛を捧げるサティーやパールヴァティー、血を好み武器を持って魔族と闘うドゥルガーやカーリーといった女神たちがそれである。ヴェーダ文献が集成された時代には、アーリヤ人たちのなかでは女神信仰は盛んでなかったが、インド全土に見られる民間の地母神崇拝は無視できない力を持っていたので、こうしたかたちで吸収せざるをえなかったのである。一方、地母神をはじめとするさまざまな神を崇拝していた民間の人々も、ヒンドゥーの主流に連なることで、自分たちの地位が向上すると考えた。(宮本久義「ヒンドゥー教と民間信仰」、『原インドの世界—生活・信仰・美術』に所収、P.103)

もともとの盛んなシヴァ信仰に加えて、ほいほいと土着女神と婚姻するシヴァ神の気前のよさ(そうは言ってもヴィシュヌ系神格にはこういう事例がゼロ、というわけでは勿論ないのだが)、これがタミル映画におけるシヴァ神テーマの多さ、ひいては本作のような部族民伝説にまで顔を出すことの理由をを説明しているようにも思える。

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まあ本当にクドクド要らぬことまで書いてしまったが、古代の先住民への鎮魂、現代の被抑圧階級への慰撫と(非常に遠回しな)同化への圧力、そんなものを織り込んだ堂々3時間の大娯楽作品、公開当時はそれほどヒットしなかった(100日超え作品には入っていない)ようだが、それでもこれだけ面白いということに魂消ると思うよ。

投稿者 Periplo : 22:50 : カテゴリー バブルねたtamil so many cups of chai
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2012年10月07日

フォークロアという大陸

暗黒大陸と書きそうになったのをかろうじてこらえた。

Photobucket
Gulebakavali (Tamil - 1955) Dir. Ramanna のポスター。2007年3月、マドゥライにて撮影。この作品のストーリーの原型は『千夜一夜物語』の中にあるとも、『ベナレス巡礼の道行にて語られたる諸物語』(後述)にあるともいう。

前書き

これまでも当網站ではインド映画の独自のジャンル分けの分かりにくさについて愚痴ったりしてきたのだが、ここで再びそれに触れなければならない必要を感じている。ジャンル論というのは、拘泥するとキリがないし、いくら精緻化しても後から例外が出てくる。これにハマると映画を観るための時間が削られてしまうので、研究者でもない一愛好家としては適当にスルーしておきたいところなのだ。とはいえ、共通項を多く持つ一群の作品を目にすると、やはりそれらに妥当なタグをつけてみたくなる、鑑賞するにあたっての心構えとしてこういうタグがあった方が便利なこともある。有名作 Chandralekha [邦題:灼熱の決斗] (Tamil - 1948) Dir. S S Vasan も Aan [邦題:アーン 印度の風雲児] (Hindi - 1952) Dir. Mehboob Khan も観ていない状態で書くのもどうかとは思うのだが、気になるものを全部潰してからとなると数年がかりになりかねない。なので、まとまった論にはならないが、「現時点でとりあえずここまでは分かった」ということを忘れないために書いておこうと思う。ただし、近年にはボリウッドを先頭としてジャンルの多様化も進みつつあるので、ひとまずは2000年以前の映画作品を対象として考えてみる。

インド映画とジャンル

伝統的にインド映画は「ソーシャル」「神話・バクティ」「フォークロア」の3つの大ジャンルに分けて論じられてきたということはこれまでにも書いた。ソーシャルとはともかくテーマが何であれ同時代を舞台にしたもの、神話・バクティは二大叙事詩やプラーナに基づいたものと聖人伝に基づいたもの、いうなれば神懸かった映画全般、そして3つ目がこれから述べるフォークロアである。

なぜこれほどに単純な区分けしかなかったのかということについては、時にインド人自身も不思議と感じるらしい。その主な理由は、実際にこれ以上の細分化を拒むような作品が主流だったからというものでしかないのだが。インド映画の娯楽作品の多くが、ジャンル化され得ない全ての要素が入った幕の内弁当状態のものであるとは、つとに指摘されていることである。コメディ、アクション、ロマンス、ミュージカルなど、他の文化圏では個別のジャンルを成す諸要素が、ソーシャル映画のみならず神話映画にもそっくりセットとして入っていることは珍しくない。ホラー、SFといった特殊性の高いジャンルの作品は絶無ではなかったが、数としてはマイナーなものだったし、それらにすら上記の諸要素が入ってくることもあった。

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フォークロアの定義

映画を離れたところでのフォークロアの一般的な定義は、まあ一言でいえば民間伝承というところに落ち着くだろう。これに従えば、フォークロア映画とは「民衆の間で語り継がれてきた民話や伝説を映画化したもの」となりそうだが、実際にはそう単純なものでもない。その実際については後で述べる。

インド人研究者や評論家、芸能メディアがこのフォークロアをどう定義しているか探してみるのだが、実はほとんどの書き手は自明のこととしてわざわざ字義を説明したりすることもなく、それぞれが勝手に個々の作品に「フォークロア」のタグをつけて論じているのみである。そしてフォークロアの代わりに「ファンタジー」「コスチューム・ドラマ」「ヒストリカル」「フォーク・ドラマ」などという用語が恣意的に使われることもある。

しかしいくら雑文とはいえ、定義がはっきりしないのを放置したままフォークロア映画の特徴についてあれこれを語るのはおかしなことなので、ここでは、インド人による各種の曖昧な記述を考えあわせた上で辿り着いた、我流の乱暴な定義を書いておく(後から訂正することになるかもしれないが)。それは、神話・バクティもの以外で「ここではないどこか」で「今ではないいつか」を背景にした物語は全てフォークロアに分類されうる、ということである。

これまでは「神話・バクティでもフォークロアでもないもの=ソーシャル」という消去法が、ジャンルを考える上で妥当だろうと思っていた。つまり一番雑多な残り物がソーシャルと呼ばれているのではないだろうかと。しかしソーシャルは間口がやたらと広いけれど「同時代が舞台」という定義自体は非常に明快なものである。一方フォークロアは、実際に作品を見ていくと多様さと曖昧さに圧倒される。本当のところは「神話・バクティでもソーシャルでもないもの=フォークロア」がしっくりくるのではないか。

フォークロアの最盛期

インド映画史の中でのフォークロアの発祥というのもはっきりしない。NFDCが編集した Indian Cinema - A Visual Voyage という写真集を眺めると、サイレント時代からそれらしいものが作られていたことがうっすらと分かる。神話・バクティ映画と同じくフォークロアでも、サイレント時代に作られたものがトーキー後の1930-40年代にリメイクされ、さらに第二次大戦+独立の後にスケールアップしてもう一度リメイクされるというサイクルを経ている例が少なくないようだ。

制作本数の観点からは少なくとも南インドでは1940年代後半から60年代までが最盛期となるらしい。この時期の映画に関する文献を読み込めばフォークロアの歴史が掴めるかもしれないとも思ったのだが、たとえばタミル映画史の多くは、1950年代の流れをDMKイデオロギー映画の勃興という側面からしか捉えておらず、ジャンルの生成史という視点はない。

テルグ映画に関しては若干のヒントがある。筆者無記名で、しかも中途半端なところで途絶してはいるものの、History Of Birth And Growth Of Telugu Cinema というエッセイは参考になる。これによれば、1947年がフォークロアの目覚ましいリバイバルの年であったという。具体的な作品名は同エッセイ中に列記されているのでここでは省略するが、戦争が終わりそれまでの生フィルムの供給制限が解除され、また独立を達成したことで反英メッセージを込めた社会派作品を制作することからもいったん解放された映画界が、娯楽大作に走ったことは容易に理解できる。そして、当時の映画人にとって、巨大セットやスタント・アクション、魔術、ファンタジーという娯楽的諸要素を好きなだけ詰め込めるのは、フォークロアというジャンルだけであると考えられたのだ(第7章より)。

しかしこの娯楽性の強いジャンルの再浮上は、進歩主義的なマスコミからは大いに批判され、退嬰・後退現象と蔑まれた。彼らにとっては、社会的メッセージを込めたソーシャル映画が最上位にあり、その下に神話映画(メッセージ性は低いが、外国文化に対抗しうるインド固有文化の表出という点で評価できた)があった。娯楽一辺倒で無国籍なフォークロア映画は最下位に位置づけられたのだ。にも拘らず、この時期のフォークロア映画は興行的に大成功し、またMGRやNTRがスーパースターダムに登り詰めたのも、これらフォークロア映画の成功に後押しされてのことだという。このあたりはSVシュリーニヴァースによる Telugu Folklore Films: The Case of Patala Bhairavi に詳しい。まあ、このように貶められたジャンルであることが、フォークロアにまつわる文献の乏しさにも反映されているのだろう。

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見つけた時は思わず膝を打った、フォークロア映画の時代衣装のお誂え向きの見本。Cheluveye Ninne Nodalu (Kannada - 2010) Dir. Raghu Ram のソングシーンで、ラージクマールの長男シヴァラージクマールが、偉大なる親爺様へのオマージュとして挑戦したコスプレ。しかしなんていうかシヴァ兄ちゃん、思い切り腰が引けとるわ。やっぱりタイツを履きこなすにはプロフェッショナルな無意識過剰と気合いが要るってことだわな。バーラクリシュナを見習って修行し直しじゃ。

フォークロアのテーマ

ここからがやっと本題。以下はテルグで最も成功したフォークロアと言われる Patala Bhairavi (Telugu - 1951) Dir. K V Reddy についての『インド映画百科事典』中の解説の一部。

テルグ語地域において「フォークロア映画」ジャンルを確立した作品で、アレクサンドル・デュマやハリウッドのダグラス・フェアバンクスを思い起こさせる、剣戟とオリエンタリスト的ファンタジーである。タミル映画界で生まれた(例えば Apoorva Sahodaragal, 1949、そして後にはもっぱらMGR出演作と結びつけられた)このジャンルは、テルグ映画にも巧みに導入され、BNレッディのような名のある監督(それまでは社会改革的テーマで知られていた)もこのジャンルの商業的成功の確実さを知ることになった(Raja Makutam, 1959)。このジャンルの真の成功は、もっともらしい地方伝説を華やかな形で捏造したことにある。それらはしばしばブッラカダ(Burrakatha)のような民衆演劇のイディオムを借用したものだった。(Encyclopedia of Indian Cinema P.324より、勝手訳)

1.字義通りの民間伝承:これは少数派に属するらしい。いったん現代の文学者によって小説家・戯曲化されたものの映画化という道筋を辿ることもある。その場合作品は芸術映画的な様相を帯びることになる。たとえば Nagamandala (Kannada - 1997) Dir. T S Nagabharana や Perunthachan [邦題:偉大なる仏師] (Malayalam - 1991) Dir. Ajayan など。また、その地方特有のものではなく、やや広範囲に流通していたストーリーのこともある。Heer Ranjha や Laila Majnu といった悲恋物語のように、源流が不詳で様々な語りのバージョンがあるものがそれ。

2.もっともらしく捏造された民話・伝説風ストーリー:これが多数派となるらしい。長い年月をかけて民衆の間で語り継がれてきたものではなく、比較的近年に特定のストーリー・ライター(無名の場合もあるが)によって作り出されたもの。上に引用した文章にあるように、そのイマジネーションの源泉はエロール・フリンやダグラス・フェアバンクスなどのハリウッド剣戟映画(フランスの剣戟についてはどうなのだろう?)にあり、ストーリーラインは各地方語で流通していた読み物雑誌に掲載のいわゆるパルプ・フィクションから採られたともいう。またマディラ・スッバンナ・ディークシトゥル(1868-1928)によってテルグ語で書かれた Kasi Majili Kathalu [ベナレス巡礼の道行にて語られたる諸物語]という説話・お伽噺の集成本(1900年前後に出版された)もしばしば原作として言及されている。これらのストーリーは、映画となる前に大衆演劇の世界で取り上げられてポピュラーになっていたものも多かったらしい。

3.歴史上の人物や事件を扱ったもの:インドにはこれをもってヒストリカル(歴史映画)という別ジャンルとして扱う人もいる。しかし、インド人の歴史への無頓着は映画にもはっきりと現れていて、日本人が普通に想像する歴史映画とは随分と異なったものなのだ。対英独立闘争期以前の時代を扱ったもので真正の歴史ものと言えるものは極めて少ない。何よりも考証が出鱈目、そして何らかの時代精神を描こうとする指向性も希薄。たとえば、Mayura (Kannada - 1975) Dir. Vijay は、今日のカルナータカ地域に王朝を打ち立てたマユーラシャルマの行跡を描いたもの。これが劇中の一場面。「まあしょうがないじゃん、多少洋風が混じっても」と思う読者もいるかもしれないが、このマユーラシャルマが4世紀中葉の生まれと知っても寛容でありつづけられるだろうか。グル・ダット主演の Baaz [邦題:鷹] (Hindi - 1953) Dir. Guru Dutt にしたって、16世紀のマラバールでポルトガル勢力に挑んだ快男児&快女児の物語ではあるけれど、洋風衣装を身に着けたインド人が沢山出てくる海賊アクション映画なんだよね、実際のところ。

フォークロアのモチーフ

重要で登場頻度の高いものから順番に列記していく。

1.独特の時代衣装:男性のものが特徴的。西欧ルネサンス期の宮廷衣装()とムガル王朝の廷臣風()が混じったような独特のもの。

2.チャンバラ:インドの伝統的な武器が登場することも時にはあるが、基本的には欧風フェンシングである。非常に洗練された剣戟の伝統を持つ日本人の目には素朴なものに映るが、ワイヤーによるスタント演出が確立される以前のインド映画ではこれが最大のアクション要素だったようだ。また、ターザンよろしくロープやシャンデリアに掴まってひらりと飛び回る類の空中戦も大いに愛されたモチーフである。

3.王宮:登場人物が庶民だけ、という作例にはあまりお目にかからない。特にヒロインが王女である確率はかなり高い。フォークロア映画に王様が出てこなくては何のために作ったのか分からない、というくらいのものなのだろう。衣装と同じく王宮の建築もまた重度に欧風+ムガル風である。

4.黒魔術師:フォークロア映画では魔法というものが何の説明もなく大手を振ってまかり通る。これが同じコスプレものでも歴史映画との大きな違いだろう。悪役としての黒魔術師が登場する頻度も高い。人身御供を行い、それによって得られる特殊能力をもって世界支配を目論んだりする。

5.異形の神:フォークロア映画にも神様はよく登場するが、ヴィシュヌ、シヴァといった最高神が目立った役割を果たすことは少ない。上の項目とも関連するが、あまり人格性がなく、見るからに土俗的な神像が、黒魔術師とセットで登場することがある。造形的にはネパールやチベットの密教系の神像を思わせるものもあるし、不可触民や部族民の信仰を反映しているような印象を与えるものもある。ともかく恐ろしげで不気味ではあるが、全くの淫祠邪教でもないのが難しいところ。たとえば、上に名前を挙げた Patala Bhairavi に登場するバイラヴィ女神は、映画中の設定通り、古都にして大聖地であるウジャイン(現マディヤ・プラデーシュ州)のカーラバイラヴ寺院の地下に祀られており、善男善女の参詣者を集めている。同時に、この寺院はアゴーリーの聖地でもあり、現在でも毎日御神酒供養が行われているのだ。

6.部族民の世界:脇役として部族民が登場するというのも非常に多い。歴史的な事物の考証と同じく、部族民の風俗の描写の正確さも問題外である。ハリウッド・オリエンタリズムを模倣した(むしろ北米インディアンを連想させるビジュアルも多い)綺想のオンパレードは美術部門や振り付け部門にとっての腕の見せ所だったのだろう。ソーシャル映画には取り込むことの難しい、野性的、エネルギッシュで官能的な世界を現前させるためには、部族民の登場は大変都合のいい設定だったのだろうと想像される。

7.動物の活躍:象、牛、馬から鸚鵡、コブラにいたるまでの、インド人にとっては比較的身近な動物達が重要な役割を果たす。本来的な民話のなかでも擬人化された動物が登場することは多いので驚くにはあたらないが。ただし、映画中では動物が人語を話したりする場面にはまだお目にかかったことがない。フォークロア映画中の動物は、あくまでも物言わぬ存在でありながら人間のドラマに関わってくる。たとえば、Mangaiyar Ullam Mangatha Selvam (Tamil - 1962) Dir. Vedamtham Ragavaiah では、呪いによって両手を失ったヒロインが乳飲み子をかかえて荒野を彷徨うのだが、そこに野生のチンパンジーが現れ、牛の乳を搾って赤子に与える、などというシーンが実写で撮られている。また、Guruvunu Minchina Sishyudu (Telugu - 1963) Dir. B Vittalacharya では、鸚鵡がピョンピョンと跳ねる様を普通に撮影したものを巧みに編集し、まるで鸚鵡が音楽に合わせて踊っているかのように見せるシーンがある。こういうものを目撃すると、フォークロア映画がまさにサーカスや大道芸の延長にあるということが、確信となって迫ってくる。

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Anaganaga O Dheerudu (Telugu - 2011) Dir. Prakash Kovelamudi と Jaganmohini (Tamil/Telugu - 2009) Dir. N K Vishwanathan。金をいっぱい使ってみても(AOD)、凄く節約してみても(JM)、結局当たりはとれなかった現代のフォークロア。もはやフォークロアは現代人のファンタジーを盛り込む器とはなり得ないのか?

隣接ジャンルとサブジャンル

以下は付録。紛らわしい隣接ジャンルとサブジャンルと言っていいのではないかと思われる作品群。

ソシオ・ファンタジー:隣接ジャンル。名前が一見紛らわしいが、要するに現代を舞台にした(=ソシオ)ファンタジーということで、フォークロアとは区別される。その気になって検証すれば、このジャンルも結構バラエティに富んでいて、類型パターンを挙げたりし出すとキリがないので、ここでは一例として当網站で過去に紹介した Angel John (Malayalam - 2009) Dir. S L Puram Jayasurya を挙げるだけにしておく。

歴史もの:隣接ジャンル。上でインド人の歴史への無関心について触れたが、それでも対英独立闘争期以降の時代を扱ったものには、それなりの考証への配慮や時代精神の表出への意欲がみられるので歴史物としていいのではないかと思う。それ以前の時代を描いたものでも、たとえば Pazhassiraja (Malayalam - 2009) Dir. Hariharan などはこのカテゴリーに入れて誰も異存はないだろう。しかし Mughal-E-Azam (Hindi/Urdu - 1960) Dir. K Asif に代表される多数のアナールカリー物語はどうか。これに関してはヒンディー語圏とサウスとで異なった別々の位置づけがあるのではないかという気もしている。

神話・バクティ:やや問題を含む隣接ジャンル。フォークロア映画の中にも神様は登場する。それでは神話・バクティものとの線引きをどこでするかというと、二大叙事詩やプラーナという大伝統に由来するものと、そうじゃないものとの間にしておきましょうかと便宜的に決めるざるを得ないのだ。しかしそうすると、タミル古代神話のヒロインであるカンナギを扱った作品群はフォークロアに入るのかということになって、今ひとつ腑に落ちない。また、Chenchu Lakshmi (Telugu - 1958) Dir. B A Subba Rao のように、全体の3分の2は神話映画の定番である Bhakta Prahlada の物語でありながら、終盤でラーヤラシーマ地方の部族民の伝説が合体するという、面白過ぎる展開を持つものもあって悩ましい。

西部劇:サブジャンルに数えたいもの。以前にひとつだけ作例を紹介したことがあるけど、これこそが「ここではないどこか」&「今ではないいつか」の最も過激な形態ではないだろうか。

北方剣士譚:サブジャンルに数えたいもの。北方剣士譚(Vadakkan Pattukal -Northern Ballads) という呼称だと、まるでヒマラヤかどこかを舞台にしているような印象を与えかねないので本当は避けたいのだが、現地でもこう呼ばれているのだから仕方がない()。このカテゴリーの特徴については以前にちょっとだけ書いたが、マラヤーラム映画に固有のサブジャンルである。マラヤーラム映画にも、上に述べたようなタイツ+剣戟の一般的なフォークロアがなかった訳ではない。その担い手はもちろんプレーム・ナシールである。Manthravadi (Malayalam - 1956) Dir. P Subramaniam はマラヤーラムにおけるこのジャンルの嚆矢だという。しかしケララにおけるフォークロアについては手持ち材料が少なすぎるので保留。ひとつだけはっきりしているのは、Manthravadi から10年ほど遅れて登場し、1960年代中盤から1970年代末までの間に流行したこの北方剣士譚ものは、紛れもなくフォークロアの特徴を備えながら、州外では作例がみられない独自の地方様式として、インド映画史の中でもユニークな位置を占めているということだ。

Guruvunu Minchina Sishyudu (Telugu - 1963)
以前のエントリーでちょっとだけ紹介した、「アーンドラのMGR」カーンタ・ラーオ主演の Guruvunu Minchina Sishyudu (Telugu - 1963) Dir. B Vittalacharya のポスター。2012年7月、ラージャーマンドリーにて撮影。全インド的レベルでは忘れ去られた過去の人であるカーンタ・ラーオの作品が今でもこうして上映されているのを見て、なんか熱いものが胸にこみ上げたね。

投稿者 Periplo : 14:00 : カテゴリー バブルねたallIndia
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2012年10月01日

資料系アップデート1210

Photobucket
ラージクマールの84回目の誕生日(4月24日)を祝うポスター。2012年7月にバンガロールで撮影。この誕生日にはカルナータカ州政府の公式行事として式典も催されたという。

DrRajkumar.jpgDR. RAJKUMR the person behind personality

著者:Puneeth Rajkumar, Prakruthi N Banwasi
版元:Parvathamma Publications
発行:2012年(初版)
版型:A3版(縦365×横290×幅30ミリ)
頁数:242(オールカラー)
主な販売サイト:D K Agencies、ただしここはアマゾンのような便利なサービスではないので取り寄せには相当の時間が必要、また価格も下記とは異なるので注意
定価:Rs.2750-(インド国内)

入手協力:カーヴェリ川長治先生、大感謝
※なお、同内容のカンナダ語版 Dr Rajkumar - Vyaktitvada Hindiruva Vyakti も同時に出版されている。こちらはページの通しノンブルの数字まで全てカンナダ文字という気合いの入り方。

子供の頃の愛蔵本に芳賀書店のシネアルバム・シリーズというのがあった。今でも刊行はあるようだが、当時のラインナップの中心はハリウッドの主に1950-70年代の人気俳優達のポートレート集だった。見開きに1〜4枚程度のポートレイトやスチル写真が並ぶだけの、本の造りとしては実にシンプルなものだったが、自分個人のその後の映画との付き合い方は、このシリーズに大きく影響されたように思える。駅前に一軒映画館があるだけの田舎町、ビデオプレーヤーも普及しておらず、ハリウッド黄金期の映画作品を見るためにはテレビ放映をただ待つしかなかった(もちろんテレビ放映など望み得ないものがほとんどだったが)。にも拘らず、あるいはそれゆえなのか、それらの写真集を眺めるという行為は幾度となく繰り返しても全く飽きることがなかった。現代の若いシネフィルには理解不能な時間の無駄遣いと思われるかもしれないが、本編を観る前、または観た後に、映画を静止画像によって鑑賞するというのは、「ビデオ・ライブラリー」という文化が到来する前の世代にとっては、独自の意味をもつものだった。もちろんスチル写真は映画自体とは全く違うものだ。しかし自分自身を振り返ってみると、映画作品を想起する時に蘇るのは動画ではなく脳にクッキリ焼き付けられた静止画であることも多いんだな、結構。何が言いたいのかというと、本編ではなくスチル写真、ポスター、ポートレイトといった静止画像を眺めるという行為は、本質から外れた末梢的な部分に見えながらも、20世紀における末端での映画の受容に案外大きなインパクトを与えたのではないかということ。

この巨大な写真集を眺めながらそんなことを考えた。

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ラージクマール(1929 – 2006)はカンナダ映画界の不世出の名優、後半生にはほとんど神のように崇められた文化的ヒーローで、なおかつ自身は代議士となることはなかったものの、政治的な動員力でも並の政治家など足下に及ばぬカリスマの保持者だった。そして大スターとしては大変珍しく、他言語作品への出演を一切しなかったことも有名。そのデビュー作 Bedara Kannapa (Kannada - 1954) Dir. H L N Simha はカンナダ語のトーキー作品としては39本目。最終作品 Shabdavedhi (Kannada - 2000) Dir. S Narayan は2031本目のカンナダ・トーキー。生涯全出演作212本というのは、Shabdavedhi までに封切られた全カンナダ映画の約10%になるのだという(本書のP.57による)。

つまり、この人の生涯は20世紀のカンナダ映画の歴史とほぼ重なると言えるのだ。

スターシステムというべきものが南印ではっきりと形を成すのは大体1950年代からだが、2人または3人のトップ男優が覇を争うというのが決まったパターンで、これは今でも続いている。ところがカルナータカでだけはこれがなく、ラージクマールのほぼ一人勝ち状態が長く続いた(カリヤーン・クマールという俳優と並べて二大巨頭だったと主張する論客もいるのだが、数合わせのこじつけという感が濃厚である)。

だからこそ、この人の生涯についてはいくら知っても知りすぎることにはならない、どんなものであれ入手可能なものがあれば読みたいと渇望しているのだが、カンナダ語が読めなければ、過去に紹介した簡単な伝記本以外に今のところ選択肢はないようなのだ。

本書もまた文字情報としてはそれほど大したものではない。ラージクマールの3男プニートによる回想を共著者のバナワーシがまとめあげるという形式で、他にパールヴァティ夫人や他の子供達、その配偶者、そして孫達による想い出話が挿入され、若干のゲスト執筆者による章が加えられている。本書にはISBNコードは付与されていない。版元名の Parvathamma というのは夫人のことだから、つまりこれは私家本ということなのだ、ただし常規を逸したウルトラ豪華な。なので批判的な伝記などというものはもとより期待できない。ヴィシュヌヴァルダンを巻き込んだ銃の誤射事件(前にちょっとだけ書いた)、ヴィーラッパンによる誘拐事件、隠し子問題、ゴーカーク・アジテーションに端を発するいわゆる「カンナダ語ショービニズム運動」にまつわるエピソードへの言及は全くないか、あってもごく僅か。書名にある通り、ただただその人格について、無私で博愛主義的で自己を厳しく律するという崇高な人格について皆が証言をしているだけなのだ。

他州のスーパースターに目を転じれば、巨大なカリスマではあったが、MGRにしろNTRにしろ議会制民主主義の枠内で州政治のトップとなった。したがって熱烈な賛美者とともに敵対勢力も存在し、シニカルな批判にもしばしば行き当たる。しかしラージクマールの場合は、職業的政治家にはならず、そして映画界でもライバルが不在だった。そのため、死後の現在でも不可侵という雰囲気が濃厚なのだ。たとえば最近、左翼系(と思われる)詩人が、どちらかといえば他愛のない憎まれ口をドクター・ラージに対して公の場で口にしたことを読んだのだが、批判の内容よりもこれがニュースになってしまうということ自体にインパクトがあった。なんだかまるで擬似皇室みたいじゃん。

思わずファンの人にぶっ殺されそうなことばっかり書いてしまった。しかし、「皇室アルバム」としてのこの本の価値には計り知れないものがある。見開き大から5センチ角までのイメージの総数は1750点に及ぶ(自分で数えたわけじゃなくこの記事にそうあるのだが)。映画のスチルと日常生活のスナップとが半々というところか。残念ながらほとんどの写真にはキャプションはない。それでもこの洪水のようなイメージにはただ圧倒される。50年近くに渡って君臨し続けた名優の神彩が全てのページから立ち上り、一旦手にすると逃れることができなくなり、一点一点に見入ってしまう、既に何度も眺めたものであるにもかかわらず。実に困った本なのである。

資料性が低いとは書いたものの、ラージクマールの聞き書き自伝を執筆することになっていたChi. ダットゥによる詳細な前半生の記録(映画界入りの部分で終わってしまっている)は貴重だ。そして巻末には全出演作208本(え、57ページでは212本て書いてあったじゃん、ていうのは措いといて)のフィルモグラフィーが収録されている(下写真)。そのほとんどの作品にはDVDまたはVCDのジャケットカバーのイメージが添えられている。「いいか、ドクター・ラージの出演作は3本を除いて全てメディア化されているのだ。我々は全てをストックしている、お前はただ何が欲しいかを言いさえすればいいのだ」バンガロールのカンナダ映画専門ビデオショップで迫力のある兄ちゃんからいわれた迫力のある言葉。一人の俳優に対するこれほどまでの鑽仰と執着というのはインド広しと言えどもなかなか見当たらないものなのではないか。

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投稿者 Periplo : 18:59 : カテゴリー バブルねたkannada
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