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2015年03月21日

資料系アップデート:1503-2

cvPrideOfTC.jpgPride of Tamil Cinema 1931 - 2013
Tamil Films That Have Earned National and International Recognition

著者:G Dhananjayan
版元:Blue Ocean Publishers
発行:2014年
版型:A4版
頁数:594ページ(巻頭緒言頁を除いた数字)
主な販売サイト:bagchee.com ほか
定価:Rs.1500-(インド国内)、$29.25-(インド国外)、¥2325-(Kindleのebook)

2011年に刊行された The Best of Tamil Cinema 1931 to 2010 の続編というか何と言うか、の大型本。著者は同じゴーヴィンド・ダナンジャヤン。

前著では、名作であり、かつ商業的にヒットした作品という観点から232本が紹介された。本書では賞などで質的に評価された作品をセレクトしたと聞いていたのでさぞや薄い本なのだろうと思っていたら、600ページ近いものが届いて吃驚。ちなみに国家映画賞の作品賞を受賞したタミル映画は、これまでに Malaikkallan (1954) と Kanchivaram (2008) の僅か2本なのだそうだ。

著者へのインタビューによれば、前著を上梓した際に、(充分予想できることだが)なぜあれが入っていない、どういう基準で選んだのじゃetc.の批判が多かったのだそうだ。従って本書では、さらにすっぱりとした掲載基準を掲げた。1954年に設けられた国家映画賞の何らかの部門で受賞した作品、およびインド国際映画祭(IFFI)で1972年から始まった「インディアン・パノラマ」部門で上映された作品、米アカデミー賞外国語映画部門に出品された作品を取り上げる、というもの。また1954年以前のものに関しては、映画史家などの助言を得て前著から35本分を転載した。一方、興業的に振るわず、賞関係で無冠であっても優れた作品というのも、もちろん存在する。しかし選定基準にこだわる本書ではそれに言及することはあえて行わなかったという。

作品紹介の形式は前著とほぼ同じで、キャスト・スタッフ、センサー認証、ランタイム、タイトル英語訳、詳細シノプシス、映像作家略歴、その他のトリビアなどからなる。スチル写真も相変わらず豊富。国家によって認められた映画というと、なにやら辛気臭いアートもののオンパレードとなりそうな予感もしたが、たとえば Jeans [邦題:ジーンズ] (1998) なんてのまで入ってて(これはアカデミー賞外国語部門エントリー)、やっぱりタミル映画はどこまでもタミル映画なのだった。そして個人的には、バーラティラージャーの最高傑作だと思っている Karuthamma (1994) に光が当てられて溜飲を下げた。

上記のような選定基準から、前著との被りは不可避で、紹介の203本のうち91本までもが前著からの流用(スペース圧縮のための編集・リライトが若干あるようだが)となっている。

まあ、ダブりについては許す。しかし問題なのは、例によって索引がないこと、それからシノプシスの記述に誤りが多すぎること。

前著にあってのけぞった Autograph (2004) の粗筋での誤認は、本書の流用文中でも訂正されていなかった。他にも、座右において実際に鑑賞しながら目を通すと、どうしても看過できない誤りがちらほら見られる。映画の粗筋書きってのは一人でやるとどうしても勘違いが生じる、ちゃんとしたチェッカーを立てないと正確に記述できないってのは、プロの物書き・編集者なら常識なんだけど、インドの大らかすぎる出版業界人には無理な注文なのだろうか。

という感じに、問題含みではあるものの、やはり貴重な一冊であることには変わりない。厳密さや学術的正確さにこだわっているといつまでも本は出ないものだ。ダナンジャヤン氏のこのカジュアルさを見習って、是非ともテルグ、カンナダ、マラヤーラム映画についても同様な本を出す人が現れて欲しいもんである。

投稿者 Periplo : 23:39 : カテゴリー バブルねたtamil
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2015年03月08日

資料系アップデート:1503

合理主義(訳注:無神論をベースにした社会改革思想)運動のようなものを持つことができたというのは素晴らしい。それはまさに後進性の中から立ち上がってきたのだ。それは皆の心を開いたのだ。それは皆をある特定の流儀で思考するようにしむけた。それは何を信じるかを決めるのを助けてくれた。自分が成長する過程で大変に重要だったことがふたつある。ドラヴィダ民族運動―非常に力強い運動だった―の考え方、そして映画というメディアのもつ可能性の増大だ。それは本当に魅力的なものだった。現在ですら、タミル・ナードゥの未来を築こうとしていた白いドーティーとシャツとストール(thundu)の男たちは魅力的に見える。そして、そこにはこのきらびやかな映画界がある。ある意味では映画界が政治運動の種を蒔いているのだ。(P.163、Iruvar についての章より)

Iruvar2.jpg

別に新刊でもなんでもないのだけれど、東京でマニ・ラトナムの旧作上映があり、感慨とともに引っ張り出してきた。

cvManiRatnam.jpgConversations With Mani Ratnam

著者:Baradwaj Rangan
版元:Penguin Books India
発行:2012年(初版)※現在は改版され、若干増ページし、値段も上がっている模様。
版型:A5版
頁数:305
主な販売サイト:Amazon.co.jp ほか
定価:Rs.799-(インド国内)
コンテンツ要約:版元サイト上にあり
掲載図版数:モノクロ約150点、カラー42点

300ページ超、デビュー作から出版時点での最新作(Raavan / Raavanan)までの全作品について、ほぼ一作一章を割いて語りつくすという、在世中の映像作家についての本としては、インドでは破格な一冊。

インタビュアーのバラドワージ・ランガンは、The Hindu 紙の副編集長だが、映画評論家としての方が通りがよいだろう。タミル、ヒンディー、外国映画と、縦横に評論活動を展開している。このランガンもマニ・ラトナムも、バリバリのタミル人のはずだが、どうやら本書のインタビューは基本的に英語で行われたようだ。映画や文芸作品を味わえるだけのタミル語を知っている、しかしモノを考えるのは英語がデフォルト、というタミルの(というか、タミル語をそれぞれの地方語に置き換えればインド全般の)知識人の典型のような二人だ。

ランガンは、礼儀をわきまえ自分からの発言を抑制するタイプのインタビュアーでは全然なく、どちらかといえばオタクっぽく、あそこはなぜああなったのか、ここはこうしたほうが良かったのではないのか、などなど、かなり青臭い質問を連発する。対する巨匠マニは、あるところではのらくらかわしたり、別のところでは聞かれていない部分まで詳細に説明したり、こちらも口数が多い。なので、大変に読み応えのあるものとなっている。ただし、インテリの二人の間に無言の協約のようなものでもあったのだろうか、スターに関するゴシップは最小限に抑えられている。各作品のキャストが決まるまでのあれこれのいきさつなどは、ウィキペディアの各作品エントリーの方が詳しいぐらいだ。

日本でのマニ・ラトナムは、作家性と社会性の金字塔のように語られることが多い。しかし、ランガンにとって、1980年代後半に脚光を浴び始めた頃のマニは、最新の若者風俗を初めてスクリーン上に映し出した、ナウでヤングな新進監督だったという。そして、神話を翻案した悲劇からドタバタ・コメディーまで幅広い作品群に通低する陰のテーマは、”nallavana-kettavana?"(この男は善人なのか悪人なのか)であるという。

ManiRatnam.jpg

この3月に東京の国立フィルムセンターで Roja [邦題:ロージャー] (Tamil - 1992)、Bombay [邦題:ボンベイ] (Tamil - 1995)、Iruvar [邦題:ザ・デュオ] (Tamil - 1997)、Kannathil Muthamittal [邦題:頬にキス] (Tamil -2002) の4作がリバイバル上映されたので、これらに関して語られた章からちょっとだけ紹介したい。

【Roja について】 (16ページ分)
■タイトルのロージャー(=Rose)は、もちろんヒロインの名前であるが、美しくかつ棘持つ植物の名前にカシミールを重ね合わせる意図があったのだという。
■囚われの夫を救おうと奔走する妻の物語は、マハーバーラタなどの神話に現れるサーヴィトリーのエピソードから想を得たものだという。
■老人の群舞によって観客を驚かせたソングシーン♪Rukumani だが、マニは「田舎に行けば老人が群れているのは当たり前」と、大層クール。
■初期のマニらしいやりすぎ感のある燃える国旗のシーンについて、現実にあのような状況に自分が置かれたら、主人公と同じことをするかどうかは分からないが、少なくともやりたいと思うに違いない、と述べている。

【Bombay について】 (17ページ分)
■(検閲で揉めに揉めた本作に関して)マドラスのセンサーは責任を取りたがらず、決定をボンベイの総局に預けてしまった。そのため、マハーラーシュトラの州選挙と時期が被ったこともあり、認証プロセスはより一層時間のかかるものになった。
■構想の段階では、暴動の最中に親と離れ離れになってしまった二人の子供を描く、マラヤーラム語の低予算作品になるはずだった。
■マニーシャー・コイララのように、タミル語が母語ではない俳優を使って、良い演技を引き出すためには、最初に彼らの母語で台詞を言わせてみることもある。
■ヒーローとヒロインの想いがひとつになる心象風景を描いたソング ♪Uyire Uyire の撮影に当たっては、振付師の手を借りることはなかった。他の作品では、振付師ではなく、ファイト・マスターにアシストをさせたこともある。
■ヒーローの父、旧弊なヒンドゥー教徒のナーラーヤナ・ピッライ役にナーサルを、ヒロインの父、これまた保守的なムスリムのバシール役にキッティ(ラージャー・クリシュナムールティ)をキャスティングしたのは、意図的なものである。

【Iruvar について】 (20ページ分)
■本作の構想は、Bombay をマラヤーラム映画として作る計画だった時点で、マラヤーラム文学者MTヴァースデーヴァン・ナーイルと会話する中で芽ばえたものなのだという。
■時に時代考証のズレを指摘されることもある本作だが、マニはそのことについては充分承知していた。「もしも我々があの時代に行ったとしたら、どんなものを欲するだろうか」という視点から構築された、現代的なコンテクストと感性による映画なのだ。
■本作において初めて、マニの鉄道趣味が大爆発した。
■本作には台詞が途中で途切れてBGMが挿入されるシーンが二つある。アーナンダンの大臣ポストの要求を退けたタミルセルヴァムを、第二夫人のラマニが非難する海岸のシーン。それから、ヴェールタンビの死後の追悼集会で演説するアーナンダンをカメラが周回しながら捕らえる長回しシーン。どちらも検閲によって台詞を削るように要求された箇所だという。
■本作のソングは、全曲が、いわゆるインド映画の挿入歌とは違う性格で組み込まれている。俳優を職業とする登場人物が仕事として携わっている、映画挿入歌の撮影風景とその成果なのだ。

【Kannathil Muthamittal について】 (22ページ分)
■この章では珍しく作品自体から離れて、マニ作品におけるソングとは何かという議論に多くが割かれている。「ソングのないストレートな映画を撮りたい」という意思をしばしば表明するといわれているマニだが、本書中ではそれに類した台詞は口にしていない。「ソングは巨大なツールだ、適切に用いるならばその効果は計り知れない」「しかしナラティブに対するポーズボタンとして機能させる(ソング終了後にナラティブが再びソング前に戻る)のは感心できない」「ソングはむしろクリエイティブな息継ぎとでも言うべきものだ」「それはドラマ部分を支配するロジックを打ち壊しながら、映像・音・歌詞といった複数のレイヤーによって抽象的な表現を可能にする」「このようなツールを使わずに映画作りをしたいと欲望しても、イライヤラージャーやARラフマーンといった才能がそこに居る幸運の前ではソングを入れないことは難しい」
■脚本を書く段階で、すでにソングに関する構想も練りはじめている。
■デビュー作の Pallavi Anupallavi (Kannada - 1983) では、プラブ・デーヴァの父であるスンダラム・マスターに振り付けを頼んだが、旧来型の職人である彼とは最初は全く意見が合わなかった。しかし最後に彼は、リアリズムの延長上にダンスを構築するという試みを理解してくれた。
■本作の骨子は、雑誌に掲載されていた実話に基づく。米国人の夫婦の養子となったフィリピン人の少女が、生物学的な母親を探してフィリピンに行ったという話だった。記事を最初に見つけたのは妻のスハーシニで、マニは最初スハーシニに対して映画にして撮ってみてはどうかと提案した。
■タイトルはバーラティヤール(スブラマニヤ・バーラティ)の有名な「Chinnanchiru Kiliye Kannamma」からとられている。
■本作中、俳優をカメラに収めたシーンで、スリランカで撮影されたものは一切ない。

下世話な話は極力抑えられているとはいうものの、実作品を見てさえいれば、本書はかなり面白い。しかし当網站筆者が本書を発売と同時に息せき切って購入したのは、ひとえに Thalapathy [邦題:頭目/ダラパティ] (Tamil - 1991) にまつわるこの問題について知りたかったから。これについては本書の108ページに返答らしきものが書かれているのだが、はっきり言って承服しがたい。「巨匠の嘘つき!」と思わず叫んじまったのだった。

投稿者 Periplo : 12:08 : カテゴリー バブルねたtamil
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2015年03月01日

3月のタミル映画上映

主演のシヴァカールティケーヤン、グラサンしてるとヴィジャイに空目する。グラサン外すとヴィジャイ・イェースダースにクリソツ。困った奴だ。

KaakiSattai1.jpg

Kaaki Sattai (Tamil - 2015) Dir. R S Durai Senthilkumar

原題: காக்கி சட்டை
タイトルの意味: kakhi shirt (=police uniform)
タイトルのゆれ: Kaakki Sattai, Kakki Sattai, Kakki Chattai, Kaakhi Shattai, etc.
※なおカマル・ハーサン主演で1985年の同名作があるが、本作はこれのリメイクではない模様。また、Taana は撮影中の仮称。

Cast:Sivarajkumar, Sri Divya, Prabhu Ganesan, Vijay Raaz, Manobala, Vidyullekha Raman, Imman Annachi, Kalpana, Nagineedu, Yog Japee, Yuvina Parthavi, etc.

Music:Anirudh Ravichander

公式サイト(FB):https://www.facebook.com/KaakiSattaiMovie
公式トレーラー:http://youtu.be/leCsVj8SKyk
全曲ジュークボックス:http://youtu.be/e95tLiyxpcA?list=PLtDW0XO4GzxiWTpjPlrZ8FWjvEkKMKVZz

■日時:2015年2月7日、14:00開映(17:00前に終映)
■料金:大人2500円、5-15歳の子供1000円、5歳以下の子供は無料(座席なし)
■字幕:英語
■上映資材:DCP
■上映時間:ネット情報によれば約157分、途中で15分程度のインターミッションあり
■会場:千葉県市川市、イオンシネマ市川妙典(こちら参照)

※当日券の購入および予約の代金の支払いは、イオンシネマ3Fの共通チケットブースではなく、会場入り口にて。13:00から受付開始。
※本上映入場者はイオン市川妙典の駐車場が3時間まで無料で利用できる。
※今回はインド・スナックのケータリングはなし。イオンシネマの売店でドリンク、スナックの購入が可能。

■主催者公式サイト:http://celluloidjapan.com/
■参考レビュー集成:http://periplosjottings.blogspot.jp/2015/02/kaaki-sattai-tamil-2015.html

※事前予約をお勧めします。申し込みフォームへの入り口はこちら。万が一の直前の急な変更や今後の案内などもメールで受信できるようになります。同頁の注意書きも参照しておいて下さい。

KaakiSattai2.jpg

【粗筋】
マディマーラン(Sivakarthikeyan)は新米の巡査だったか、その子供っぽい見かけと態度から、誰からも重く扱われることがなかった。さらに彼は、権力と金に弱い警察の実態を目にして幻滅もする。その毎日は、定刻の出勤と退出の無気力な繰り返しだった。ある日彼は仕事で病院を警備することになり、そこで看護婦として働くディヴィヤー(Sri Divya)に一目惚れする。同じ頃、多数の病院を網の目のように結ぶ、非合法臓器売買のネットワークの存在を知り、埋もれかけていた正義感を取り戻して、捜査に取り組むことになる。

その他の登場人物
上司のインスペクター・サティヤムールティ:Prabu Ganesan
臓器売買の元締めドゥライ:Vijay Raaz
シンガペルマール、越境労働者の周旋人でドゥライの父:Naagineedu
マディマーランの母:Kalpana
大型私立病院の院長デーヴァサガーヤム:Yog Jaypee
同僚の巡査サマラサム:Imman Annachi

【釣り書き】
先日上映した Anegan のスターであるダヌシュがプロデュースし、新進スターのシヴァカールティケーヤンが初めて警官役に挑む(タミル・スターたるもの、お巡りさんをやらないでは一人前とはいえないのだ)ということで話題の一作。

監督のドゥライ・センディルクマールはもともとヴェトリマーラン監督(ダヌシュ主演の Adukalam が有名)のアシスタントをしていた人だそうだ。本作でやっと第二作目。デビュー作はやはりダヌシュ・プロデュース&シヴァカールティケーヤン主演の Ethir Neechal (Tamil - 2013) だった。前半はチェンナイの下町コメディ、後半は一転してスポ根という不思議な作品だったが、地味なキャストにも拘わらず、ユーモラスな要素が大うけしてヒットとなった。

シヴァカールティケーヤン(ヴェトリ・タラパティ・シヴァカールティケーヤン、公式サイトはこちら)は、1985年生まれの30歳。父親は警官だったという。大学生時代から物真似とスタンダップ・コメディで人気を博していた。リアリティ・ショーで優勝したのをきっかけにTVタレントとなり、その後2012年に映画界入り。脇役も含む出演は本作でやっと8作目、最初のブレイクは上述の Ethir Neechal だった。翌年の Maan Karate (Tamil - 2014) もスマッシュヒット。どちらも、ユーモア成分の勝った、一風変わった(そんなのありか!も含む)スポ根系映画だった。本作は、お笑いコップものとしてスタートするようなのだが、やがてそこに臓器売買マフィアとの闘い(先日上映の Yennai Arindhaal... とも共通する)というシリアスなテーマが現れる。笑える隣のアンちゃん系の(しかも踊りもそこそこイケる)タレントから、本当の意味でのヒーロー俳優になれるのかどうか、正念場に差し掛かっているのかもしれない。さらに詳しい経歴はこちら参照。

ヒロインのシュリーディヴィヤーはハイダラーバード生まれ。幼時には子役としてテルグ映画に出演していた。2010年にテルグ映画 Manasara でヒロインとしてデビュー。高く評価を受けたのは、初のタミル映画 Varuthapadatha Valibar Sangam によって。共演はシヴァカールティケーヤンだった。生年は明らかにされていないが、子役出身女優にありがちな、なんともロリロリしい容貌。しかし、芝居はしっかりしている。現在公開待ちのタミル映画 Pencil の撮影で昨年来日した(その時の映像はこちらなど)こともあり、やはり応援したい一人だ。

その他には、10年以上前に『モンスーン・ウェディング』で人気をさらったヴィジャイ・ラーズが悪役として登場するのが注目される。『チャンドラムキ』でラジニの友人役だったプラブ・ガネーシャンは文字通りに重みを添えているらしい。『あなたがいてこそ』でキョーフの御館様を演じたナーギニードゥ、コメディエンヌとして注目度ナンバー・ワンの可愛いヴィディユレーカーお嬢ちゃんなどなど、脇役も色々と楽しみ。

KaakiSattai3.jpgKaakiSattai4.jpg

投稿者 Periplo : 12:53 : カテゴリー バブルねたtamil
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